女優の吉行和子さんが亡くなったそうです。共同通信さん配信記事。
個性派俳優として舞台や映画、テレビで活躍した吉行和子(よしゆき・かずこ)さんが2日未明、肺炎のため死去した。90歳。東京都出身。葬儀は近親者で行った。
昭和初期のダダイスト詩人吉行エイスケ、美容家あぐりさんの長女。兄は作家の淳之介。妹は詩人の理恵さん。
劇団民芸の舞台「アンネの日記」の主役で注目を集めた。今村昌平監督の映画「にあんちゃん」、早稲田小劇場で唐十郎さん作の舞台「少女仮面」などに出演。大島渚監督の映画「愛の亡霊」では夫を殺すヒロインを体当たりで演じた。
自立した女性から母親役、妖艶な悪女まで幅広い役柄をこなした。代表作に映画「父よ母よ!」「佐賀のがばいばあちゃん」など。
吉行さん、光太郎関係ですと、昭和40年(1965)封切りの映画「こころの山脈」にご出演なさっていました。
同作品、当時としては珍しい、クラウドファンディングのような形で資金を募る地域密着型フィルムコミッション方式の映画でした。仕掛けたのは、智恵子の故郷・福島二本松に隣接する本宮町(現・本宮市)の人々。元々本宮では映画を使った教育が盛んで、町内の「本宮映画劇場」に小中学生が授業の一環として移動し、良質な映画を観るということをやっていたそうです。
ところがそうした機会に子供たちに見せるに相応しい映画が少なく、だったら自分たちで作ろう、という流れになったとのこと。そのためキャストにはプロの俳優さんたち以外に地元の皆さんが大挙して動員されています。エキストラだけでなく、準主役の少年・清役も地元の小学生でした。本宮を中心に、二本松でもロケが行われました。
安達太良山は本宮の人々にとってもソウルマウンテンで、安達太良山にからめて「智恵子抄」にも触れられています。
主役の秀代は山岡久乃さん。小学校の産休補助教員という設定でした。
吉行さんは、産休に入る若い安子先生の役。
このクラスには一人、問題児が居て、しかし山岡さん扮する秀子との交流を通じ立ち直っていく……という、ある意味先が予想出来てしまう展開ですが、それはそれでそういうものでしょう。
「子供達にも安心して観せられる良質な映画を作ろう」という理念を掲げ、地元主導で制作されたものですので、過激な描写や突拍子もない設定などとは縁遠く、地味な作品です。そのため、その取り組みは高く評価されたものの、興行的にはさんざんでした。いたしかたないでしょう。
しかし、地元では「本宮の一つの宝」と位置づけ、平成25年(2013)から「カナリヤ映画祭」を実施、「名作」と称される映画を上映する試みを行っています。令和4年(2022)の第10回くらいまではほぼ毎年「こころの山脈」も上映されており、当方、それで本作を拝見したのですが、最近は本作の上映がなく少し残念です。
ともあれ、吉行さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
【折々のことば・光太郎】
到る処、日本人にも、エジプト人にも、ギリシヤ人にも、ゴチツク時代の人にも、十六世紀のフランス人にも、芸術は自然の研究に過ぎないのです。が此の絶対の、基本の原理の上に、国民により、気質によつて何といふ無限の変化のある事でせう!
「芸術は自然の研究に過ぎない」。しかし、その研究の仕方によって、フローチャートは無限の広がりを見せる、というわけで。
吉行さん、光太郎関係ですと、昭和40年(1965)封切りの映画「こころの山脈」にご出演なさっていました。
同作品、当時としては珍しい、クラウドファンディングのような形で資金を募る地域密着型フィルムコミッション方式の映画でした。仕掛けたのは、智恵子の故郷・福島二本松に隣接する本宮町(現・本宮市)の人々。元々本宮では映画を使った教育が盛んで、町内の「本宮映画劇場」に小中学生が授業の一環として移動し、良質な映画を観るということをやっていたそうです。
ところがそうした機会に子供たちに見せるに相応しい映画が少なく、だったら自分たちで作ろう、という流れになったとのこと。そのためキャストにはプロの俳優さんたち以外に地元の皆さんが大挙して動員されています。エキストラだけでなく、準主役の少年・清役も地元の小学生でした。本宮を中心に、二本松でもロケが行われました。
安達太良山は本宮の人々にとってもソウルマウンテンで、安達太良山にからめて「智恵子抄」にも触れられています。

吉行さんは、産休に入る若い安子先生の役。
このクラスには一人、問題児が居て、しかし山岡さん扮する秀子との交流を通じ立ち直っていく……という、ある意味先が予想出来てしまう展開ですが、それはそれでそういうものでしょう。
「子供達にも安心して観せられる良質な映画を作ろう」という理念を掲げ、地元主導で制作されたものですので、過激な描写や突拍子もない設定などとは縁遠く、地味な作品です。そのため、その取り組みは高く評価されたものの、興行的にはさんざんでした。いたしかたないでしょう。
しかし、地元では「本宮の一つの宝」と位置づけ、平成25年(2013)から「カナリヤ映画祭」を実施、「名作」と称される映画を上映する試みを行っています。令和4年(2022)の第10回くらいまではほぼ毎年「こころの山脈」も上映されており、当方、それで本作を拝見したのですが、最近は本作の上映がなく少し残念です。
ともあれ、吉行さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
【折々のことば・光太郎】
到る処、日本人にも、エジプト人にも、ギリシヤ人にも、ゴチツク時代の人にも、十六世紀のフランス人にも、芸術は自然の研究に過ぎないのです。が此の絶対の、基本の原理の上に、国民により、気質によつて何といふ無限の変化のある事でせう!
光太郎訳 ロダン「ロダンの言葉 ジユヂト クラデル筆録」より
大正4年(1915)頃訳 光太郎33歳頃
「芸術は自然の研究に過ぎない」。しかし、その研究の仕方によって、フローチャートは無限の広がりを見せる、というわけで。





