一昨年昨年と送っていただいた花巻南高校文芸部さんの部誌『門』、今年の第19号もいただきました。
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同校は宮沢賢治の妹にして、賢治の「永訣の朝」等に謳われたトシの母校であり、トシ自身も短期間でしたが教壇に立っていました。

何度もご紹介していますが、同部と家庭クラブさんとが連携、大正13年(1924)の『婦人之友』で紹介された智惠子デザイン・制作のエプロンを復刻して下さり、昨年に続き、今号でもその関係の記事が多く掲載されています。

昨年は制作に関してと、岩手花巻なはんプラザで開催されたイベント「五感で楽しむ光太郎ライフ」での初披露についてがメインでしたが、今年は4月から5月にかけての福島二本松の智恵子記念館さん、7月から8月にかけての花巻高村光太郎記念館さんでの実物展示についていろいろ書かれていました。
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智恵子記念館さんでの展示の際は、4月27日(日)に文芸部・家庭クラブの生徒さんと先生方が観覧にいらして、さらに周辺の智恵子遺跡を廻られてのレポート。写真などもふんだんに使われていました。
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花巻高村光太郎記念館さんでは、7月25日(金)と8月4日(月)に報道の取材、生徒さんたち作成の夾纈(きょうけち)染めのしおりを来館者に配付するというイベントがあり、そのレポート。
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いずれも文芸部さんだけでなく、家庭クラブの生徒さんも寄稿されていて、よく書けていました。また、文芸部顧問の菊池久恵先生が地元紙『岩手日報』さんに昨年寄稿されたエプロンに関する「みちのく随想 私たちのリレー」も再録されています。

他に、四国の徳島商業高校文芸同好会さんとのコラボ企画「ケンシとケンジトシ」。両校の顧問の先生同士が大学時代の同級生とのことで実現した交流会のレポートです。「ケンシ」はかの米津玄師さんから。米津さんが徳島商業さんの卒業生だということで。米津さん、光太郎詩「レモン哀歌」からのインスパイアもあるとご自身でおっしゃっていた「lemon」以外にも近代文学オマージュ作品が多く、「カムパネルラ」「恋と病熱」「地球儀」などの楽曲は賢治由来です。花巻南高さんは先述の通り、賢治の妹・トシの母校。そこで「ケンジトシ」。不思議な縁を感じますね。

両校の交流会、「短歌甲子園」ふうに「咲」と「空」、二つの題による短歌の競詠をなさったそうで、そのうち「空」の方で、応援メンバーとして参加された花巻南高家庭クラブの生徒さんが智恵子がらみの短歌を。二本松での「ほんとの空」体験が鮮烈だったのでしょう。
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さらに望月善次・岩手大名誉教授が監修・編集されたトシの『自省録(宮澤トシ)』についてなども。盛りだくさんです。

南高さんでは先月末には文化祭「花南祭」が開催され、やはり文芸部さん、家庭クラブさんによるエプロン関連のステージ発表や、夾纈(きょうけち)染めしおりの配付なども行われたそうです。
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素晴らしいと思いました。

関係の皆さんのますますのご活躍を祈念いたします。

【折々のことば・光太郎】

本当の才能に行きつく辛抱の無い芸術家は、真実を外にして、題目や形の気まぐれなもの、変なものを探します。それが世人の独創と称してゐるものです。しかし其は何にもなりません。


光太郎訳 ロダン「ジユヂト クラデル筆録」より
大正4年(1915)頃訳 光太郎33歳頃

奇を衒うことを嫌ったロダン、そしてそれを受け継いだ光太郎の思想がよく表されています。