光太郎の父・光雲の木彫の特別公開が為されています。

『上越タウンジャーナル』さん記事から。

高村光雲の「木造毘沙門天像」6年ぶり一般公開 春日山城跡ものがたり館で9月15日まで

 新潟県上越市の春日山城跡本丸跡北側に建つ「毘沙門堂」の本尊で、明治期を代表する仏師で近代木彫界の巨匠、高村光雲(1852〜1934)が制作した「木造毘沙門天像」が同市大豆の「春日山城跡ものがたり館」で一般公開されている。2025年9月15日まで。8月23、24日に開催される「第100回謙信公祭」に合わせた展示で、公開は2019年以来6年ぶり2度目となる。入館無料。
 郷土の戦国武将、上杉謙信は仏教を守護する四天王の一つ、毘沙門天を敬い、自らを毘沙門天の化身と信じ、軍旗には「毘」の一字を用いていた。出陣前に毘沙門天を安置した毘沙門堂に籠もり、戦勝祈願を行ったと伝えられる。
 上杉謙信が信仰した銅造の毘沙門天像は、上杉家の移封に伴い会津を経て米沢に移り、米沢城本丸の御堂に安置されていたが、1849年(嘉永2年)の火災で損傷。その後、1928年(昭和3年)に高村光雲が修復した。その際、像のかけらを体内に収めた木造の分身像を制作し、1930年(同5年)に完成。当時の春日村に寄贈された。翌年、寄贈を受けた旧春日村が毘沙門堂を建立し、木造毘沙門像を安置。現在、春日地区町内会長連絡協議会が所有し、毘沙門天奉賛会が管理している。関係者によると、毘沙門堂に安置されているのはレプリカだという。
 今回公開された木造毘沙門天像は高さ41cm。左手にやりを持ち、よろいで身を固め、怒りの表情をたたえる。訪れた人たちは貴重な像の姿をガラス越しにじっくりと眺めていた。大豆町内会長で、毘沙門天奉賛会の新保稔会長(71)は、「謙信公が拝んで出陣したといわれる像の凛々しい姿をご覧いただければ」と話している。会場には木造毘沙門天像のほか、謙信公祭の歴史などを紹介するパネルも掲示している。
 午前9時から午後4時30分まで。8月23日は午後8時30分まで観覧可能。
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6年ぶりの公開だそうですが、6年前が初公開で、上越市の埋蔵文化財センターさんでの公開でした。

今回は春日山城史跡広場内の春日山城跡ものがたり館さん。8月23日(土)・24日(日)に開催される「第100回謙信公祭」に合わせての企画だそうです。

工房作を含め、光雲の木彫は日本各地で未だに崇敬の対象となっているものが多く、常時見られるものもあれば、今回のように特別展示、期間限定ご開帳といった措置になる場合もあります。今年も神奈川県伊勢原市の雨降山大山寺で「秘仏三面大黒天立像」、同じ神奈川の鎌倉覚園寺さんでは「後醍醐院法躰御木像」の特別ご開帳が為されました(後者はまだ開催中です)。

このように、決して「死蔵」とならないようにしていただくのはありがたいことです。ぜひ足をお運びください。

【折々のことば・光太郎】

其の美を会得する為めに、構図の主題を知る必要はない。此処では律度が君臨する。此が其の主権である。此が其の玉座である。


光太郎訳ロダン「ランスの本寺」より 大正4年(1915)訳 光太郎33歳

「ランスの本寺」はノートルダム大聖堂のことです。光太郎と同じく、心の師・ロダンもこよなくこの建築を愛しました。

ここでいう「主題」は造形作品のモチーフやモデル。「何を作ったか」は最重要の命題ではなく、その作品の美を構成する一つの要素に過ぎず、それよりも「律度」。「いかに作られているか」の方に重きを置くべしということです。