講談の公演情報です。

夏の太陽講談会 読めなかった講釈を読もう〜講談前線異常なし〜(仮)

期 日 : 2025年8月16日(土)・17日(日)
会 場 : スカイルーム太陽 千代田区神田駿河台2-4-3 藤沢ビル5F
時 間 : 【一部】10:30開演 【二部】13:00開演 【三部】15:30開演
料 金 : 予約2,000円 当日2,200円
出 演 : 一龍斎貞橘
       助演 16(土) 1部いちか 2部伊織 3部貞奈
          17(日) 1部紅純 2部琴鶴 3部お楽しみ!

予約問合せkoudankai@gmail.com 熱い夏に熱い講談を! カレーもあるよ!

過日ご紹介しました「一龍斎貞奈 入門10周年記念公演〜昭和100年特集〜」で、「高村智恵子の恋」が演目に入り、ぜひ拝聴に伺いたかったのですが、あいにく第34回女川光太郎祭とブッキングでした。すると、一龍斎貞奈さんのX(旧ツイッター)アカウントに以下の投稿
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これは聴かざあなるめいと、予約いたしました。8月16日(土)ということで、ラッキーでした。翌日ですとまたブッキング(テレビ番組の収録です)でしたので。

さらに貞奈さんのX(旧ツイッター)投稿から。

【高村智恵子についてのボヤキ】006
昨日は、「高村智恵子の恋」を初口演した。
相変わらず計画を守れない私は、前日まで台本が仕上がらず独演会でトリネタで語るクオリティとして全く仕上がっていなかっただろう・・・

が、私自身としては台本の構成と人物描写について「及第点かな」と、自信過剰な自己評価をしよう。

そもそも高村智恵子の人生について興味を持ったのは2002年のスパイラルホール。
野田秀樹さん脚本監督・大竹しのぶさん主演の一人芝居「売り言葉」。

高村光太郎の詩は、中学の教科書で「レモン哀歌」「あどけない話」を習ったという記憶があったくらいで良く知らなかった。
『むかしの芸術家のラブレターが文学になるんだな~』くらいの認識だったように思う。

「売り言葉」は、妻を愛しその死を嘆き悲しみ光太郎の見た美しい智恵子への愛を、その真逆から映し出したお芝居だった。

私の講談に取り入れたこの場面。
「あんたの見るあの南天の色と、私が見る南天の色が同じとは、限んねぇよない」

これは、私が14歳のころに同じく感じた事だった。

内弁慶で無口で恥ずかしがりやなのに、なぜか大胆不敵で自意識過剰。

この辺りの人物解釈も私の共感を生んだ。

智恵子と光太郎が恋人同士になる前、
「私がこれほど高村さんをお慕いしているんだから、高村さんだって少なからず私に好意を持ってくださっているはず・・・」
と思いつつも、お見合いのために故郷へ帰るという智恵子を引き留めない光太郎に、涙を流す。

私の台本のこのシーンを、昨日評価してくださる方が多くいらっしゃって、それだけでも「高村智恵子の恋」はまずまず「及第点」を取れたと自負する。

この部分に、私が表現したかったすべてが詰まっていた。それが観客に少なからず伝わったのであれば、これほどやりがいのある仕事はないよね、と思ったり、思わなかったり、ラジバンダリ。

結婚生活が始まり、幸せな暮らしも束の間、数々の苦境に立たされて、やがて心を病んでいく智恵子。
むしろ後半の人生こそ、令和の女性たちにぜひ聞いていただけたら嬉しい。

そんなわけで、後半は「智恵子の変」をいずれの場で口演したいと思います。

智恵子の異変。
光太郎の能天気さに対する純愛文学への変。
光太郎の変心。

まぁ、智恵子も私も変なんだ。
しかし、恋するって素晴らしい。
恋できるって素晴らしい。

そんな私の「智恵子の変」。こうご期待。

「期待」しております(笑)。ただ、この手の公演の場合、急遽出演者や演目が変更になったりする場合があるようですが、そうならないことを祈ります。

【折々のことば・光太郎】

自然、とは天と地とである。人々は此の天と地との間で苦しみ又考へる。

光太郎訳ロダン「フランスの自然」より 大正4年(1915)訳 光太郎33歳

古今の人々が「天と地との間で苦しみ又考へる」その生きざまを語る、という意味では、講談にも通じる一言ですね。