8月6日(水)、新宿の東京オペラシティアートギャラリーさんで開催中の「難波田龍起」展を拝見後、上野に足を向けました。次なる目的地は東京文化会館さん。モダニズム建築の巨匠・前川國男の設計です。音楽ホールとしては珍しく、かつてテレビ東京さん系の「新美の巨人たち」でも取り上げられました。もっとも同番組、ヘーベルハウスさんの単独提供となってから「『建築の巨人たち』じゃねーか」と突っこみたくなっているのですが(笑)。
こちらの小ホールで、「第18回二期会駅伝コンサート~喜怒哀楽~」を拝聴。
「駅伝」の名に相応しく、15:30から20:00まで、50名超の歌い手の皆さん、10名以上のピアニストさんが演奏し継いでいくという催しでした。
最後の「日本歌曲研究会」さんの部で、朝岡真木子氏作曲の「組曲 智恵子抄」から「千鳥と遊ぶ智恵子」を清水邦子氏が歌われるので、最終休憩の前、18:30頃参上いたしました。いきなり受付付近に朝岡氏がいらっしゃり、ご挨拶させていただきました。
休憩中の小ホール。
こちらには初めて足を踏み入れましたが、小ホールといいつつ、へたな施設の大ホールより素晴らしいと思いました。ステージは確かに狭いのですが、天井の高さがそれを感じさせず、実際、後ほど演奏が始まると音響効果はえもいわれぬものでした。
来年、大規模改修が始まるそうですが、オリジナルの雰囲気はそのままにリニューアルされることを強く望みます。
「ロシア歌曲研究会」さんの後、「日本歌曲研究会」さん。
朝岡氏作曲の「千鳥と遊ぶ智恵子」。清水氏は組曲の中の一曲だけを取り出すのは難しいとおっしゃっていましたが、どうしてどうして秀逸な演奏でした。
トリをつとめられた前澤悦子氏、令和4年(2022)の「えつ子とまき子のコンサート 2022秋」など、朝岡氏作曲のコンサートご常連で、この日も「智恵子抄」ではありませんでしたが、朝岡氏作曲の「日の光」(詩:金子みすゞ)を清水氏とデュエットなさったりもされました。
「日本歌曲研究会」さんの終演後。
さらにグランドフィナーレは、おそらく今回の駅伝に参加されたほぼ全ての歌い手さん(プラスアルファもいらしたような……)による「歓喜の歌」サビの部分大合唱。伴奏はピアノ連弾でした。
すべて終演後のホワイエ。
この項、元々、『高村光太郎全集』第1巻から始め、光太郎の詩文から「人生訓」的なものを紹介するというコンセプトでしたが、第12・13・20巻の日記や第14・15・21巻、さらに補遺である「光太郎遺珠」の書簡からの引用になって、当初の意義が薄れてしまっていました。
今日からは第16~18、20巻の翻訳の巻から元に戻して「人生訓」的な言葉を拾います。翻訳なので光太郎自身の言葉と言えませんが、やはり原語を日本語に変換する過程で光太郎の思想も入っていますし、多くはそれらの言葉が光太郎の血肉となっていますので。
まずは訳書『ロダンの言葉』(大正5年=1916)の序文的な文章から。ここで言う「芸術」は、彫刻などの造型芸術に限らず、文筆や音楽など、すべてのジャンルに当てはまるものと思われますね。
こちらの小ホールで、「第18回二期会駅伝コンサート~喜怒哀楽~」を拝聴。
「駅伝」の名に相応しく、15:30から20:00まで、50名超の歌い手の皆さん、10名以上のピアニストさんが演奏し継いでいくという催しでした。
最後の「日本歌曲研究会」さんの部で、朝岡真木子氏作曲の「組曲 智恵子抄」から「千鳥と遊ぶ智恵子」を清水邦子氏が歌われるので、最終休憩の前、18:30頃参上いたしました。いきなり受付付近に朝岡氏がいらっしゃり、ご挨拶させていただきました。
休憩中の小ホール。
こちらには初めて足を踏み入れましたが、小ホールといいつつ、へたな施設の大ホールより素晴らしいと思いました。ステージは確かに狭いのですが、天井の高さがそれを感じさせず、実際、後ほど演奏が始まると音響効果はえもいわれぬものでした。
来年、大規模改修が始まるそうですが、オリジナルの雰囲気はそのままにリニューアルされることを強く望みます。
「ロシア歌曲研究会」さんの後、「日本歌曲研究会」さん。
朝岡氏作曲の「千鳥と遊ぶ智恵子」。清水氏は組曲の中の一曲だけを取り出すのは難しいとおっしゃっていましたが、どうしてどうして秀逸な演奏でした。
トリをつとめられた前澤悦子氏、令和4年(2022)の「えつ子とまき子のコンサート 2022秋」など、朝岡氏作曲のコンサートご常連で、この日も「智恵子抄」ではありませんでしたが、朝岡氏作曲の「日の光」(詩:金子みすゞ)を清水氏とデュエットなさったりもされました。
「日本歌曲研究会」さんの終演後。
さらにグランドフィナーレは、おそらく今回の駅伝に参加されたほぼ全ての歌い手さん(プラスアルファもいらしたような……)による「歓喜の歌」サビの部分大合唱。伴奏はピアノ連弾でした。
すべて終演後のホワイエ。
関係の皆さまのますますのご活躍を祈念いたします。
【折々のことば・光太郎】
芸術による思想の伝導は、生の伝導と同じく、熱情と愛との仕事である。
【折々のことば・光太郎】
芸術による思想の伝導は、生の伝導と同じく、熱情と愛との仕事である。
光太郎訳「ロダンの芸術」(ユージエヌ カリエール)より
大正5年(1916)訳 光太郎34歳
この項、元々、『高村光太郎全集』第1巻から始め、光太郎の詩文から「人生訓」的なものを紹介するというコンセプトでしたが、第12・13・20巻の日記や第14・15・21巻、さらに補遺である「光太郎遺珠」の書簡からの引用になって、当初の意義が薄れてしまっていました。
今日からは第16~18、20巻の翻訳の巻から元に戻して「人生訓」的な言葉を拾います。翻訳なので光太郎自身の言葉と言えませんが、やはり原語を日本語に変換する過程で光太郎の思想も入っていますし、多くはそれらの言葉が光太郎の血肉となっていますので。
まずは訳書『ロダンの言葉』(大正5年=1916)の序文的な文章から。ここで言う「芸術」は、彫刻などの造型芸術に限らず、文筆や音楽など、すべてのジャンルに当てはまるものと思われますね。








