新刊、というか、増補改訂を伴う復刊です。
発行日 : 2025年8月27日
著者等 : 鈴木孝
版 元 : グランプリ出版
定 価 : 3,800円+税
自動車メーカーで数々のエンジン開発に携わり国内外の博物館に出向いて調査、著者自らが描いたイラストとともにわかりやすく解説する決定版!
工学博士でエンジンの権威である著者が、ヨーロッパ、アメリカ、日本で開発された新旧の自動車用、飛行機用、舶用、戦車用、機関車用、産業用、汎用まで、広く59点のエンジンを選び、博物館や所蔵先に足を運んで徹底調査。そのエンジンの誕生と技術的背景を、著者自らが描いたイラストを用いて詳しく平易に解説する。ページが180度近く開く「PUR製本」を採用して、読みやすさにも配慮。さまざまなエンジンの誕生の経緯をこの一冊で知ることができるので、開発者をめざす方はもちろん、エンジンに興味のある方には最適の書。
※本書は品切れていたロングセラーの『名作・迷作エンジン図鑑』(2013年8月31日発行)をベースに、2017年1月25日刊行の『古今東西エンジン図鑑』の内容を盛り込み、大幅に増補してカバーデザインを一新した増補改訂版です。
古今東西(「今」はほとんど入っていませんが)の先人たちが開発した各種エンジンを図版入りで紹介するものです。構成は、ほぼ実用には至らなかった「草創期」、産業革命を引き起こしたワットの蒸気機関などの「産業用」、その後は搭載された乗り物ごとに「自動車用」「航空用」「舶用」「戦車用」「機関車用」、さらに「汎用」。
著者の鈴木孝氏は、日野自動車の研究開発部にいらした方で、最終的には副社長まで務められ、日本自動車殿堂(そういう機構が存在するのは存じませんでした)入りされました。本書はその鈴木氏が書かれた『名作・迷作エンジン図鑑』(平成25年=2013 グランプリ出版)、『古今東西エンジン図鑑』(平成29年=2017 同)を併せて一冊にまとめたもののようです。
「航空用」の中に「第32章 高村光太郎の乙女に見守られ、湖底に眠った 「天風」とその親「神風」」と、光太郎の名を出して下さいました。直接的には光太郎に関わる訳ではありませんが、平成22年(2010)に東京大学さん他による十和田湖の地形調査の際に水深60㍍の湖底で偶然発見され、同24年(2012)に引き上げられた旧日本陸軍の「一式双発高等練習機」に搭載されていたエンジン「天風」についてです。
カバーにも「天風」イラストが。
「一式双発高等練習機」は昭和16年(1941)に制式採用されたもので、開発・製造に当たったのは立川飛行機。エンジン「天風」は日立航空機製。
昭和18年(1943)に、秋田県の能代飛行場から青森県の八戸飛行場へ向かう途中、十和田湖に着水し水没(原因は不明だそうです)した一機(搭乗員4人中、助かったのは1人だけだったとのこと)が、先述の通り平成24年(2012)に引き上げられ、大きく報道されました。
鈴木氏曰く、
戦争が終わりそれから8年目の秋、1953年10月、あたかも水に没した少年航空兵を見守るかのごとく、高村光太郎の乙女の像が、その湖畔に紅葉を塗らす涙雨の中で除幕された。彼らの魂は癒され、長い眠りについたに違いない。(略)そして2012年9月5日、ついに陸揚げは成功したのである。水没してからちょうど69年目の同じ秋であった。1つの時代の結晶が、その魂が、せめて最後の残存機体を見てくれという叫びとなり、難渋を極めた作業者全員の執念を呼び起こし、乙女に見守られてふたたび地上に戻ったのである。叫んでくれた御霊に、ただ心からの黙祷を捧げるものである。
光太郎自身にそういう意図がどの程度あったか不明ですが、地元では「乙女の像」に平和祈念の意味合いもあると伝えられていますので、この記述もあながち牽強付会とはいえますまい。
引き上げられた機体は、一時、青森県立三沢航空科学館で展示されていたようですが、現在は製造元の立川飛行機の後身・立飛ホールディングスさんの手に戻り、同社で保管されています。
ちなみに著者の鈴木氏、戦前のお生まれで、故郷の長野県の飛行場で、戦時中、実際に現役の一式双発高等練習機をご覧になったことがおありだそうで。
あたかも戦後80年。他の戦時中の各種エンジンについての項は特に興味深く読ませていただきました。バリバリ文系の当方には全く理解不可能の箇所もありましたが。それでも読めてしまうのは、鈴木氏の丁寧な語り口のおかげでしょう。
というわけで、ぜひお買い求め下さい。
【折々のことば・光太郎】
小生あの小屋に居りました頃は忠善さまにいろいろお世話にあり、東京に来てからも、忠善さまのあの立派なお姿を思ひうかべていました、 御本家はじめ部落中の人がどんなにか力をおとされたことでしょう。あとのさびしさをお察しいたします。
駿河忠善は、かつて光太郎が蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村の山小屋の土地を提供してくれた駿河重次郎の甥。前月には東京中野のアトリエにも顔を見せていました。まだ壮年でしたが、伐木中の事故で亡くなってしまったとのこと。
その光太郎自身も3ヶ月後には不帰の客となります。やはり太田村山口地区の人々は「どんなにか力をおとされたこと」と思われます。
目次
序文 過去の技術に学ぶ大切さ/飯島晃良(日本大学理工学部教授)
序文 過去の技術に学ぶ大切さ/飯島晃良(日本大学理工学部教授)
はじめに
■草創期
第1章 人類が火を手に入れた エンジンの原点はプロメテウス?
第2章 水くみを命じられて作った人類初のエンジン ホイヘンスのエンジン
第3章 まるで近代芸術の奇妙なオブジェ セイヴァリエンジン
第4章 初の実用内燃機関の燃料はシダ植物の胞子 ニエプスのエンジン
■産業用
第5章 天秤棒を用いてポンプを作動 ニューコメンエンジン
第6章 55トンの天秤棒を付けた ワットの蒸気エンジン
第7章 初めて商品となった内燃機関 ルノワールのエンジン
第8章 石油に替えて石炭で回した ディーゼルエンジンとジェットエンジン
■自動車用
第9章 高速2輪馬車 チャリオット
第10章 あっちこっちから悪口の的となった キュニョーの蒸気自動車
第11章 ボイラーマン泣かせ 蒸気バスエンジン
第12章 創業から終焉まで空冷で押し通した フランクリン
第13章 R・ディーゼルが作れなかったディーゼル自動車 ザフィアエンジン
第14章 フランス陸軍が発想した 木炭自動車
第15章 ラバウルで捕えられてジープに見染められ? ガス電L型エンジン
第16章 ディーゼル乗用車の日本初 アカデミックエンジン
第17章 ニューヨークバス・ラプソディーを奏でた GMエンジン
第18章 木曽谷の奥で待っていた 帝国陸軍の軍用車エンジン
第19章 玉座に座り損ねた DB52 100式エンジン
第20章 ガス電(日野重工)の有終の美を飾った V形12シリンダーディーゼルエンジン
第21章 放浪の果て親に巡り会えたが、再び放浪の旅に消えた ヒノサムライのエンジン
第22章 偉大な技術者の躓き ケタリングと本田宗一郎
第23章 一気に30%の燃費向上を果たした 日野EP100エンジン
第24章 お役人のひとことが生んだ世界初 高圧コモンレール燃料噴射システム
■航空用
第25章 正道を駆け上がり、奇想天外ぶりを発揮した クレマン・アデァ
第26章 設計者と一緒にポトマック川に投げ込まれた マンリーのエンジン
第27章 ないない尽くしの世界初アルミエンジン ライト兄弟のエンジン
第28章 うっかりミスでモーターを発明した
シーメンスの互い違いに回るロータリーエンジン
第29章 日本初の国産91式戦闘機の原点となった ブリストルジュピターエンジン
第30章 プロペラと一緒に自分自身も懸命に回った ル・ローンエンジン
第31章 お腹が大きいミス・ビードルを追っかけた男 P&Wエンジンとライトエンジン
第32章 高村光太郎の乙女に見守られ、湖底に眠った 「天風」とその親「神風」
第33章 優等生の席にちゃっかり座り込んで世界記録を立てた 川崎エンジン
第34章 的矢六兵衛エンジン!? ガス電「初風」
第35章 MIT(マサチューセッツ工科大学)に捕虜となった ガス電「ハ143」
第36章 シリンダーにピストンを2つ入れた ユンカース ユモ成層圏エンジン
第37章 サン・テグジュペリに愛され、山本五十六も
誘って星に向かった アリソンエンジン
第38章 ソ連でも生まれていた 四角顔のユンカースエンジン
第39章 お騒がせ、ひとり玉座のブリストル スリーブバルブエンジン
第40章 ガス灯から生まれた最後の2500馬力 「ハ51」
第41章 ドイツから持ち帰った戦闘機Me163の写真とスケッチを元に
緊急開発された ロケット戦闘機「秋水」
第42章 仲間が分かれ分かれになって落っこちた H−Ⅱロケット
■舶用
第43章 天と地を逆にしてみたらという機転から誕生 サイドレバーエンジン
第44章 正真正銘の名エンジン 戦艦「三笠」のエンジン
第45章 頭とお尻に燃焼室がある変なディーゼルエンジン 氷川丸のエンジン
第46章 自動車用ディーゼルが里子に出されて日本初の舶用ディーゼルに?
池貝4HSD10型ディーゼルエンジン
第47章 休みなしで働き続ける“月月火水木金金”エンジン 艦本エンジン
第48章 帝国陸軍の潜水艦に搭載 ダイハツ ヘッセルマンエンジン
第49章 ヒノサムライの血を引き漁場レースを制した 日野舶用エンジン
■戦車用
第50章 ブリキの玩具と揶揄された 日本の戦車
第51章 ヨーロッパと同時期に開発した 池貝戦車用小型ディーゼルエンジン
第52章 東京学芸大学の倉庫で見つけた 戦車エンジン
第53章 ディーゼルの宋主国ドイツを征した V2エンジン
■機関車用
第54章 ツェッペリン号で名を挙げ、トラブルでも名を成した マイバッハエンジン
第55章 跳梁跋扈のSボート対策で生まれた 三角エンジン
■汎用
第56章 崑崙の高嶺の彼方に大地を削る 日野建機用エンジン
第57章 往年の名機と最新の名機との邂逅 その1 日野最古参DSエンジン
第58章 往年の名機と最新の名機との邂逅 その2 最先端E13Cエンジン
第59章 取り残されたディーゼルエンジンを救う 下町の黒煙フィルタ
エピローグにかえて
参考文献
謝辞
古今東西(「今」はほとんど入っていませんが)の先人たちが開発した各種エンジンを図版入りで紹介するものです。構成は、ほぼ実用には至らなかった「草創期」、産業革命を引き起こしたワットの蒸気機関などの「産業用」、その後は搭載された乗り物ごとに「自動車用」「航空用」「舶用」「戦車用」「機関車用」、さらに「汎用」。
著者の鈴木孝氏は、日野自動車の研究開発部にいらした方で、最終的には副社長まで務められ、日本自動車殿堂(そういう機構が存在するのは存じませんでした)入りされました。本書はその鈴木氏が書かれた『名作・迷作エンジン図鑑』(平成25年=2013 グランプリ出版)、『古今東西エンジン図鑑』(平成29年=2017 同)を併せて一冊にまとめたもののようです。
「航空用」の中に「第32章 高村光太郎の乙女に見守られ、湖底に眠った 「天風」とその親「神風」」と、光太郎の名を出して下さいました。直接的には光太郎に関わる訳ではありませんが、平成22年(2010)に東京大学さん他による十和田湖の地形調査の際に水深60㍍の湖底で偶然発見され、同24年(2012)に引き上げられた旧日本陸軍の「一式双発高等練習機」に搭載されていたエンジン「天風」についてです。

「一式双発高等練習機」は昭和16年(1941)に制式採用されたもので、開発・製造に当たったのは立川飛行機。エンジン「天風」は日立航空機製。
昭和18年(1943)に、秋田県の能代飛行場から青森県の八戸飛行場へ向かう途中、十和田湖に着水し水没(原因は不明だそうです)した一機(搭乗員4人中、助かったのは1人だけだったとのこと)が、先述の通り平成24年(2012)に引き上げられ、大きく報道されました。
鈴木氏曰く、
戦争が終わりそれから8年目の秋、1953年10月、あたかも水に没した少年航空兵を見守るかのごとく、高村光太郎の乙女の像が、その湖畔に紅葉を塗らす涙雨の中で除幕された。彼らの魂は癒され、長い眠りについたに違いない。(略)そして2012年9月5日、ついに陸揚げは成功したのである。水没してからちょうど69年目の同じ秋であった。1つの時代の結晶が、その魂が、せめて最後の残存機体を見てくれという叫びとなり、難渋を極めた作業者全員の執念を呼び起こし、乙女に見守られてふたたび地上に戻ったのである。叫んでくれた御霊に、ただ心からの黙祷を捧げるものである。
光太郎自身にそういう意図がどの程度あったか不明ですが、地元では「乙女の像」に平和祈念の意味合いもあると伝えられていますので、この記述もあながち牽強付会とはいえますまい。
引き上げられた機体は、一時、青森県立三沢航空科学館で展示されていたようですが、現在は製造元の立川飛行機の後身・立飛ホールディングスさんの手に戻り、同社で保管されています。
ちなみに著者の鈴木氏、戦前のお生まれで、故郷の長野県の飛行場で、戦時中、実際に現役の一式双発高等練習機をご覧になったことがおありだそうで。
あたかも戦後80年。他の戦時中の各種エンジンについての項は特に興味深く読ませていただきました。バリバリ文系の当方には全く理解不可能の箇所もありましたが。それでも読めてしまうのは、鈴木氏の丁寧な語り口のおかげでしょう。
というわけで、ぜひお買い求め下さい。
【折々のことば・光太郎】
小生あの小屋に居りました頃は忠善さまにいろいろお世話にあり、東京に来てからも、忠善さまのあの立派なお姿を思ひうかべていました、 御本家はじめ部落中の人がどんなにか力をおとされたことでしょう。あとのさびしさをお察しいたします。
昭和31年(1956)1月7日 駿河タニ宛書簡より 光太郎74歳
駿河忠善は、かつて光太郎が蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村の山小屋の土地を提供してくれた駿河重次郎の甥。前月には東京中野のアトリエにも顔を見せていました。まだ壮年でしたが、伐木中の事故で亡くなってしまったとのこと。
その光太郎自身も3ヶ月後には不帰の客となります。やはり太田村山口地区の人々は「どんなにか力をおとされたこと」と思われます。



