明後日のイベントですが、昨日になってネット上での情報に気がつきましたので……。
大人のための朗読ライヴ
期 日 : 2025年6月1日(日)
会 場 : 磯部生涯学習センター 三重県志摩市磯部町迫間878−9
時 間 : 13:00開場 13:30開演
料 金 : 無料
料 金 : 無料
プログラム
『朝のリレー』 谷川俊太郎/朗読:花笑み
『グチャグチャ飯』 佐藤愛子/朗読:江坂淳子
『ヤギとライオン』 トリニダード・トバゴの民話/ストーリーテリング 森本時子
『智恵子抄』 高村光太郎/朗読:牧野範子
『驟り雨(はしりあめ)』 藤沢周平/朗読:岡野秋子
「オーシャンボーイズ」演奏会 (男性デュオ・フォークソング・ニューミュージック)
「志摩市での朗読会」というのが記憶に残っており、調べたところ、平成25年(2015)にも同じ団体さんの同じ方がやはり「智恵子抄」朗読をなさっていました。ありがたし。
昨日ご紹介したアニメ「花は咲く、修羅の如く」も朗読を題材としたものですし、朗読は大ブームとはいえないものの、根強い人気があるのでしょう。
光太郎自身も自作の詩の朗読をたびたび行いました。戦後の昭和27年(1952)、ラジオ放送のために花巻温泉松雲閣で詩人の真壁仁との対談が録音され、その終了後に光太郎の発案で「風にのる智恵子」「千鳥と遊ぶ智恵子」「梅酒」の三篇を光太郎自身が朗読した音源がNHKさんに残っています。
ただ、光太郎の自作詩朗読は戦時中に行われることが多く、愚にもつかない翼賛詩がほとんどでした。そのあたりも戦後の7年間の蟄居生活を送ることになった要因の一つでしょう。
また、やはりラジオで光太郎詩の朗読を行い、光太郎とも面識のあった盛岡出身の照井瓔三(栄三)の著書『国民詩と朗読法』(昭和17年=1942)に以下の序文を寄せています。
最近詩の朗読が日本全国のあらゆる青年層の間に歓び迎へられてゐるといふ事を聞く。民族の大いに動く時、まづ詩精神の鬱勃が起り、その発現としての詩が求められ、詩そのものへの共感合体に魂の喜を人人が経験するに至るのは当然である。詩精神の発揚は即ち民族主義の溌剌を意味する。今日人が詩を読んで詩への共感を熱望する実状を見聞して、私は限りなき心強さを感ずる。
詩を朗読するといふ事は人が詩を熱愛するのあまりに起こる衝動である。われにもあらず声に出るのである。その朗読をきく者は音響といふ要素の力に変形した詩の力に打たれる。詩は朗読といふ音響によつて淘汰され、洗練される。朗読のゆるがせに出来ないわけが此所にある。朗読技法の大切なわけも亦此所にあるのである。その技法の指針を示さうとするのが此書である。
戦時中の馬鹿馬鹿しい(というか、罪深い、というか)翼賛詩ということを考えなければ、特に後半部分「詩を朗読するといふ事は……」以下云々(「でんでん」ではありません、「うんぬん」です)、なるほど、と思わせられる内容ですが。
ちなみに照井は昭和20年(1945)5月の空襲により、東京で亡くなりました。
詩の朗読が妙な方向に利用される、そうした時代が再び来ないことを祈って已みません(「いません」ではありません、「やみません」です)。
【折々のことば・光太郎】
東京の夏には閉口、来年の夏は山で過さうと思ひました、
めっぽう夏の暑さに弱かった光太郎、花巻郊外旧太田村との二重生活を目論みました。結局、それが実現することはなかったのですが……。
「オーシャンボーイズ」演奏会 (男性デュオ・フォークソング・ニューミュージック)
「志摩市での朗読会」というのが記憶に残っており、調べたところ、平成25年(2015)にも同じ団体さんの同じ方がやはり「智恵子抄」朗読をなさっていました。ありがたし。
昨日ご紹介したアニメ「花は咲く、修羅の如く」も朗読を題材としたものですし、朗読は大ブームとはいえないものの、根強い人気があるのでしょう。
光太郎自身も自作の詩の朗読をたびたび行いました。戦後の昭和27年(1952)、ラジオ放送のために花巻温泉松雲閣で詩人の真壁仁との対談が録音され、その終了後に光太郎の発案で「風にのる智恵子」「千鳥と遊ぶ智恵子」「梅酒」の三篇を光太郎自身が朗読した音源がNHKさんに残っています。
ただ、光太郎の自作詩朗読は戦時中に行われることが多く、愚にもつかない翼賛詩がほとんどでした。そのあたりも戦後の7年間の蟄居生活を送ることになった要因の一つでしょう。
また、やはりラジオで光太郎詩の朗読を行い、光太郎とも面識のあった盛岡出身の照井瓔三(栄三)の著書『国民詩と朗読法』(昭和17年=1942)に以下の序文を寄せています。
最近詩の朗読が日本全国のあらゆる青年層の間に歓び迎へられてゐるといふ事を聞く。民族の大いに動く時、まづ詩精神の鬱勃が起り、その発現としての詩が求められ、詩そのものへの共感合体に魂の喜を人人が経験するに至るのは当然である。詩精神の発揚は即ち民族主義の溌剌を意味する。今日人が詩を読んで詩への共感を熱望する実状を見聞して、私は限りなき心強さを感ずる。
詩を朗読するといふ事は人が詩を熱愛するのあまりに起こる衝動である。われにもあらず声に出るのである。その朗読をきく者は音響といふ要素の力に変形した詩の力に打たれる。詩は朗読といふ音響によつて淘汰され、洗練される。朗読のゆるがせに出来ないわけが此所にある。朗読技法の大切なわけも亦此所にあるのである。その技法の指針を示さうとするのが此書である。
戦時中の馬鹿馬鹿しい(というか、罪深い、というか)翼賛詩ということを考えなければ、特に後半部分「詩を朗読するといふ事は……」以下云々(「でんでん」ではありません、「うんぬん」です)、なるほど、と思わせられる内容ですが。
ちなみに照井は昭和20年(1945)5月の空襲により、東京で亡くなりました。
詩の朗読が妙な方向に利用される、そうした時代が再び来ないことを祈って已みません(「いません」ではありません、「やみません」です)。
【折々のことば・光太郎】
東京の夏には閉口、来年の夏は山で過さうと思ひました、
昭和28年(1953)9月25日 北川太一宛書簡より 光太郎71歳
めっぽう夏の暑さに弱かった光太郎、花巻郊外旧太田村との二重生活を目論みました。結局、それが実現することはなかったのですが……。
