『日本経済新聞』さんに広告が出ました。
販売元のアートデイズさんで出しているカラーパンフレットがこちら。
光太郎の父・光雲の木彫を原型としてブロンズに写した工芸品ですね。新商品かと思いきや、そうでもなく、少し前から販売されているようです。だいぶ以前からというわけでもなさそうですが。
販売元のアートデイズさんで出しているカラーパンフレットがこちら。
光太郎の父・光雲の木彫を原型としてブロンズに写した工芸品ですね。新商品かと思いきや、そうでもなく、少し前から販売されているようです。だいぶ以前からというわけでもなさそうですが。
● 作品寸法:高さ21×幅25.5×奥行15センチ
● 材質:ブロンズ(本金粉手彩色仕上げ)
● 題字・落款入り高級桐箱
● 詳細解説書付
● 黒塗り台座
● 価格:220,000円(本体200,000円+税)
● 本品は受注生産ですのでお届けまでにお時間をいただく場合もあります。ご了承ください。
慈愛溢れる菩薩像と生気みなぎる白象。その静と動が織りなす造形の美を、光雲がもてる技の限りを尽くして彫り上げた傑作。まさに近代彫刻の祖・光雲の技を堪能できるブロンズ作品です。どうぞお手許でご堪能ください。
理知の普賢、聖なる白象、 巨匠の妙技をここに。聖獣の象徴といわれる白い象に乗った普賢菩薩。普賢の「普」は、「あまねく」という意味で、ありとあらゆる世にあらわれて、仏の慈悲と理知により、人々を救う賢者であることを意味しています。また、長寿、延命の大きな功徳により、古来より特に民衆の篤い信仰を集めてきました。
作品と桐箱、光雲の落款2つが揃い、光雲原型による真正の作品であることを証明。所定鑑定人である高村家の承認により、作品本体の背部には光雲の落款が写されています。さらに、桐箱の蓋裏には高村家の正式許可を受けた証として、光雲の落款が押印されています。これにより、本品が高村光雲の原型により制作された優れた仕上がりの真正オリジナル作品であることを証明しています。
光雲作の普賢菩薩像というのは、記憶にありませんでした。手許にある作品写真集や図録の類を見ても、見落としがなければ普賢菩薩像は掲載されていません。ただ、普賢菩薩の化身とされる「江口の遊君」像は京都の清水三年坂美術館さんに収蔵されており、現物を拝見いたしました。やはり白象に乗っています。
昨日も書きましたが、自身が篤く信仰していた観音像だけで生涯に百数十体彫ったという光雲ですので、その他の像を含めるといったいどのくらいその作があるのか、見当もつかない状態で、意外と一般的な普賢菩薩像があっても何ら不思議ではなく、むしろ無い方がおかしいくらいです。
「おやっ」と思ったのは、普賢菩薩さまの髪の毛の処理の仕方。光雲令孫の藤岡貞彦氏から花巻市に寄贈され、花巻高村光太郎記念館さんで2回展示が為された「鈿女命像」とよく似ています。
切れ長の目の表現も心なしか似ていますね。
さて、ご興味おありの方、または信心深く普賢菩薩さまを篤く信仰されている方(ちなみに十二支の辰年・巳年の方は普賢菩薩さまが守り本尊という俗信もあります)、ぜひお買い求めを。
【折々のことば・光太郎】
模様がへなどしてゐたため、メダルの完成が遅れてゐましたが、お話の鋳金家に原型を見ていただいて予算を立てたいので、その鋳金家に小生アトリエまでおいで下さるやう貴下より御通知下さるやうお願ひいたします、
「メダル」は、10月に行われる生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」除幕式の際に関係者に記念品として贈られる「大町桂月メダル」。元々「乙女の像」は、十和田湖周辺の国立公園指定15周年記念かつ、桂月ら「十和田の三恩人」を顕彰するというコンセプトでした。

何度も書いていますが「乙女の像」を「光太郎最後の作品」とする記述が、出版されている様々な書籍、ネット上の書き込みなどに溢れかえっていますが、違いますのでよろしくお願いいたします。SNS等でも十和田湖を訪れ、「乙女の像」の写真等アップされている方が時々いらっしゃり、実にありがたいのですが、そこで「高村光太郎最後の作品」と書かれていると、「ちげーよ!」というわけで「いいね」もつけられません。

昨日も書きましたが、自身が篤く信仰していた観音像だけで生涯に百数十体彫ったという光雲ですので、その他の像を含めるといったいどのくらいその作があるのか、見当もつかない状態で、意外と一般的な普賢菩薩像があっても何ら不思議ではなく、むしろ無い方がおかしいくらいです。
「おやっ」と思ったのは、普賢菩薩さまの髪の毛の処理の仕方。光雲令孫の藤岡貞彦氏から花巻市に寄贈され、花巻高村光太郎記念館さんで2回展示が為された「鈿女命像」とよく似ています。
切れ長の目の表現も心なしか似ていますね。
さて、ご興味おありの方、または信心深く普賢菩薩さまを篤く信仰されている方(ちなみに十二支の辰年・巳年の方は普賢菩薩さまが守り本尊という俗信もあります)、ぜひお買い求めを。
【折々のことば・光太郎】
模様がへなどしてゐたため、メダルの完成が遅れてゐましたが、お話の鋳金家に原型を見ていただいて予算を立てたいので、その鋳金家に小生アトリエまでおいで下さるやう貴下より御通知下さるやうお願ひいたします、
昭和28年(1953)8月31日 牛越誠夫宛書簡より 光太郎71歳
「メダル」は、10月に行われる生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」除幕式の際に関係者に記念品として贈られる「大町桂月メダル」。元々「乙女の像」は、十和田湖周辺の国立公園指定15周年記念かつ、桂月ら「十和田の三恩人」を顕彰するというコンセプトでした。

小品ながら、完成作としては光太郎最後の彫刻作品となりました。
何度も書いていますが「乙女の像」を「光太郎最後の作品」とする記述が、出版されている様々な書籍、ネット上の書き込みなどに溢れかえっていますが、違いますのでよろしくお願いいたします。SNS等でも十和田湖を訪れ、「乙女の像」の写真等アップされている方が時々いらっしゃり、実にありがたいのですが、そこで「高村光太郎最後の作品」と書かれていると、「ちげーよ!」というわけで「いいね」もつけられません。



