毎年恒例、昭和13年(1938)10月5日、南品川ゼームス坂病院でレモンをがりりと噛んで亡くなった智恵子を偲ぶイベントです。
期間中、さまざまなコンテンツが用意されています。10月14日(月)の「「夢を描くひと~高村智恵子」紙芝居上演」のみは、地元の智恵子顕彰団体・智恵子のまち夢くらぶ~高村智恵子顕彰会~さんの主催です。
さらにこの日は同会としての行事「智恵子純愛通り記念碑第15回建立祭」も。
期 日 : 2024年10月3日(木)~11月17日(日)
会 場 : 智恵子の生家/智恵子記念館 福島県二本松市油井字漆原町36
時 間 : 9:00~16:00
休 館 : 水曜 ※祝日の場合は翌日
料 金 : 大人(高校生以上)410円(360円)
子供(小・中学生)210円(150円) ( )内団体料金
蘇る智恵子season2~生家のライトアップ~
智恵子の命日に生家がライトアップされます。ライトアップを堪能するとともに、智恵子への哀悼の意を表しませんか?
■実施期間
1.10月3日(木)~5日(土) 午後5時~午後8時
2.11月5日(火)~17日(日) 開館時間内(生家内)
※生家正面ライトアップは歩道よりご鑑賞ください。
智恵子の生家 2階公開
■公開日
10月5日(土)~6日(月) 12日(土)~14日(月) 19日(土)~20日(日)
26日(土)~27日(日) 11月2日(土)~4日(月)
26日(土)~27日(日) 11月2日(土)~4日(月)
※10月26日(土)は、午前に「紙絵コンクール」表彰式実施のため、公開を一時中止する場合がございますのでご了承ください。
奇跡といわれる智恵子の「紙絵」の実物展示
■展示期間 10月3日(木)~20日(日)
■場所 智恵子記念館内
生家の未だ見ぬ見処クイズ
■実施日 10月3日(木)~11月17日(日)
生家に関するクイズに正解された方には、粗品を差し上げます。
「夢を描くひと~高村智恵子」紙芝居上演
坂本富江氏(智恵子研究者・画家・作家)による読み聞かせ
■上演日時 10月14日(月・祝) 午前10時30分~正午
■場所 智恵子の生家内
■問い合わせ 熊谷 TEL:090-7075-6743
期間中、さまざまなコンテンツが用意されています。10月14日(月)の「「夢を描くひと~高村智恵子」紙芝居上演」のみは、地元の智恵子顕彰団体・智恵子のまち夢くらぶ~高村智恵子顕彰会~さんの主催です。
さらにこの日は同会としての行事「智恵子純愛通り記念碑第15回建立祭」も。
「智恵子純愛通り記念碑」は、智恵子生家/智恵子記念館駐車場に入る交差点の信号脇に佇む碑で、光太郎令甥の故・髙村規氏の揮毫によるものです。碑の前にちょっとしたスペースがあり、そこで野外集会的なことを行ったりもできるようになっています。
10時半からの「「夢を描くひと~高村智恵子」紙芝居上演」の前に、同会会員の方々や地元小中高生による光太郎詩朗読、智恵子と光太郎のことばを書いたボード設置等が行われ、紙芝居上演の後、ボード設置除幕式祝賀昼食会になだれ込むとのこと。
ちなみにボードは高村光太郎研究会会員でのあらせられる書家の菊地雪渓氏の揮毫だそうです。
ついでというと何ですが、同じ二本松でもう1件。
10時半からの「「夢を描くひと~高村智恵子」紙芝居上演」の前に、同会会員の方々や地元小中高生による光太郎詩朗読、智恵子と光太郎のことばを書いたボード設置等が行われ、紙芝居上演の後、ボード設置除幕式祝賀昼食会になだれ込むとのこと。
ちなみにボードは高村光太郎研究会会員でのあらせられる書家の菊地雪渓氏の揮毫だそうです。
ついでというと何ですが、同じ二本松でもう1件。
期 日 : 2024年10月1日(火)~11月17日(日)
会 場 : 大山忠作美術館 福島県二本松市油井字漆原町36
時 間 : 9:30~17:00
休 館 : 期間中無休
料 金 : 一般 800円(700円) 高校生以下 400円(300円) ( )内団体料金
大山忠作美術館は、二本松市出身で現代日本画壇の重鎮として活躍した日本画家・大山忠作の作品を中心に収蔵・展示するとともに、大山の65年にわたる画業を永く顕彰する目的で、 2009年10月1日に開館いたしました。
このたび、開館15周年を記念し、大本山成田山新勝寺特別協力のもと、大山が約二年の歳月をかけ完成させた、成田山新勝寺光輪閣「日輪の間」「月輪の間」襖絵《日月春秋》全二十八面を一堂に展示いたします。
二本松の染物業を営む家に生まれた大山。描きたいものを描くという姿勢で、人物、花鳥、風景と題材は多岐にわたります。郷土をこよなく愛し、その想いを色濃く感じる作品も多く描いています。光輪閣の客殿に描かれた襖絵《日月春秋》は、日輪・月輪・瀧桜(春)・楓(秋)が構成され、春と秋の面では、ふるさと福島県の自然美が舞台となり、絢爛豪華でありながらも荘厳さに包まれた雄大な景観が描かれています。制作にあたり大山は、「大きな試練の場であり、精進の場でもありました」と述べています。画家としての一心な軌跡が凝縮された大山忠作の大作、襖絵《日月春秋》。今秋、ついに大山忠作美術館にやってきます!
故・大山画伯、同郷の智恵子をモチーフとした絵画も複数描かれていますし、と、北條秀司作の「朗読劇 智恵子抄」で智恵子役を務められた一色采子さんのお父さまでもあらせられました。
同展運営資金の一部を調達する目的でのクラウドファンディング(おかげさまで目標額を達成しました)をご紹介する際にも書きましたが、画伯の代表作の一つである成田山新勝寺光輪閣さんの襖絵全28面が初めて外に出ます。今年4月、将棋の名人戦七番勝負の第二局会場となった光輪閣さんで、藤井聡太七冠と豊島将之九段の死闘を見守った襖絵です。
併せて足をお運び下さい。
【折々のことば・光太郎】
亡父や智恵子が十月のいい季節に死んでゐてくれたものと思ひました。
この年はちょうど智恵子の命日の10月5日に、花巻町中心部の古刹・松庵寺で智恵子と父・光雲の法要を営みました。何くれとなく光太郎の面倒を見ていた総合花巻病院長・佐藤隆房は病院の仕事が忙しかったのでしょう、欠席でした。代わりに妻の雪江が参列しました。
「十月のいい季節に死んでゐてくれた」は、直後であれば何て言いぐさだ、という感じですが、10年以上も経過すると、暑くもなく寒くもなく、参列する人々にその部分で苦労をかけないという意味で、妥当な発言でしょう。

併せて足をお運び下さい。
【折々のことば・光太郎】
亡父や智恵子が十月のいい季節に死んでゐてくれたものと思ひました。
昭和24年(1949)10月11日 佐藤雪江宛書簡より 光太郎67歳
この年はちょうど智恵子の命日の10月5日に、花巻町中心部の古刹・松庵寺で智恵子と父・光雲の法要を営みました。何くれとなく光太郎の面倒を見ていた総合花巻病院長・佐藤隆房は病院の仕事が忙しかったのでしょう、欠席でした。代わりに妻の雪江が参列しました。
「十月のいい季節に死んでゐてくれた」は、直後であれば何て言いぐさだ、という感じですが、10年以上も経過すると、暑くもなく寒くもなく、参列する人々にその部分で苦労をかけないという意味で、妥当な発言でしょう。
![[]](https://livedoor.blogimg.jp/koyama287/imgs/5/d/5d329f62-s.jpg)




