テレビ放映情報です。

追記 光雲ではなく後藤貞行でした‼

開運!なんでも鑑定団【超絶彫刻&昭和<美人画巨匠>東郷青児作にド級値】

地上波テレビ東京 2024年5月28日(火) 20:54〜21:54

■エッ東郷青児!?…昭和<美人画巨匠>の超大作にド級鑑定額■上野&皇居前のアノ像を作った…<天才彫刻家作>ウマすぎる像に驚き値■人気<ロレックス>に…仰天鑑定■

番組内容
 コレクションは全てネットオークションで入手した絵画コレクターが登場!その審美眼は鑑定団で証明済みで、過去2回出演し、2回とも高額鑑定を出している。それに自信をつけ、さらに買いまくり、遂には調子に乗って114万円で、家に飾れないほど巨大な絵を購入!
 それは昭和洋画壇の重鎮の傑作だというが…3匹目のどじょうを狙うが、果して結果は!?

出演者
【MC】今田耕司、福澤朗、菅井友香    【ゲスト】岩城滉一
【出張鑑定】出張鑑定 in 愛知県犬山市   【出張リポーター】岡田圭右
【出張アシスタント】吉川七瀬     【ナレーター】銀河万丈、冨永みーな

鑑定士軍団
 中島誠之助(古美術鑑定家)       北原照久(ブリキのおもちゃ博物館館長)
 安河内眞美(ギャラリーやすこうち店主) 山村浩一(永善堂画廊代表取締役)
 川瀬友和(株式会社ケアーズ会長)    大熊敏之(日本大学大学院非常勤講師)
 森由美(陶磁研究家)          額賀大輔(ヌカガファインアート代表取締役)
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番組説明欄や次回予告等では、イチオシは東郷青児の絵。本物かどうかまだわかりませんが。
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そして「上野&皇居前のアノ像を作った…<天才彫刻家作>ウマすぎる像に驚き値」とあり、「天才彫刻家」は光太郎の父・光雲ですね。いわずもがなですが、「アノ像」の「上野」は西郷隆盛像、「皇居前」は楠正成像でしょう。

この番組、光雲の真作が出たこともしばしば。平成17年(2005)にはゲストとしてご出演なさった山口もえさんのご実家にあったレリーフ「朝日に虎」、平成31年(2019)にはやはりゲストの秋川雅史さんがお持ちの「寿老舞」、令和3年(2021)には富山県の一般の方の鑑定依頼で「聖徳太子像」。逆に真っ赤なニセモノもありましたが、たとえニセモノであっても、鑑定結果オープンの前に為される作者等の紹介のVはなかなか凝った作りです。また、「出張鑑定」が智恵子の故郷・二本松市で開催されたこともありました。

今回は番組紹介欄に「驚き値」。高額なので「驚き」なのか、何千円とかで「驚き」なのか……。前者であってほしいものですが。

地上波テレビ東京さん系は全国に系列局が少なく、この日に見られないという地域が多いのですが、ネットの見逃し配信(https://video.tv-tokyo.co.jp/kantei/)、後日、BSテレ東さんでの再放送、さらに番販によるローカル局での放映がありますのでよろしく。

【折々のことば・光太郎】

バツハのブランデンブルグのレコードに実に打たれました。その美は天上のものでこんな高い、しかも親しい美があるものかと今更のやうに驚きました。

昭和22年(1947)10月23日 宮崎丈二宛書簡より 光太郎65歳

レコードは宮沢家で聴いたものと思われます。ことによると賢治の遺品だったりしたのでしょうか?

初めて聴いたわけではないので「今更のやうに」と書かれていますが、改めてその魅力にとりつかれ、すぐにずばり「「ブランデンブルグ」」という比較的長い詩を書きました。

   「ブランデンブルグ」006

 岩手の山山に秋の日がくれかかる。
 完全無欠な天上的な
 うらうらとした一八〇度の黄道に
 底の知れない時間の累積。
 純粋無雑な太陽が
 バツハのやうに展開した
 今日十月三十一日をおれは見た。

 「ブランデンブルグ」の底鳴りする
 岩手の山におれは棲む。007
 山口山は雑木山。
 雑木が一度にもみじして
 金茶白緑雌黄の黄、
 夜明けの霜から夕もや青く澱むまで、
 おれは三間四方の小屋にゐて
 伐木丁丁の音をきく。
 山の水を井戸に汲み、
 屋根に落ちる栗を焼いて
 朝は一ぱいの茶をたてる。
 三畝のはたけに草は生えても
 大根はいびきをかいて育ち、008
 葱白菜に日はけむり、
 権現南蛮(ごげなんばん)の実が赤い。
 啄木は柱をたたき
 山兎はくりやをのぞく。
 けつきよく黄大癡が南山の草蘆
 王摩詰が詩中の天地だ。
 秋の日ざしは隅まで明るく、
 あのフウグのように時間は追ひかけ
 時々うしろへ小もどりして
 又無限のくりかへしを無邪気にやる。
 バツハの無意味、009
 平均率の絶対形式。
 高くちかく清く親しく、
 無量のあふれ流れるもの、
 あたたかく時にをかしく、
 山口山の林間に鳴り、
 北上平野の展望にとどろき、
 現世の次元を突変させる。

 おれは自己流謫のこの山に根を張つて
 おれの錬金術を究尽する。
 おれは半文明の都会と手を切つて
 この辺陬を太極とする。
 おれは近代精神の網の目から010
 あの天上の音に聴かう。
 おれは白髪童子となつて
 日本本州の東北隅
 北緯三九度東経一四一度の地点から
 電離層の高みづたひに
 響きあふものと響きあふ。

 バツハは面倒くさい岐道(えだみち)を持たず、
 なんでも食つて丈夫ででかく、
 今日の秋の日のやうなまんまんたる
 天然力の理法にに応へて
 あの「ブランデンブルグ」をぞくぞく書いた。
 バツハの蒼の立ちこめる岩手の山山がとつぷりくれた。
 おれはこれから稗飯だ。
 
「平均率」は「平均律」の誤りですが、原文の通りとしました。

最後の画像は北上市の飛勢城趾に建てられた、この詩の一節を刻んだ詩碑。「北上平野の展望」の語があるので、選ばれたようです。

この後、光太郎自身は「幻聴」としていますが、いわゆる「脳内リフレイン」の状態になったようです。

 やはり山の中で、まだ手許にラジオのないときに、バツハの「ブランデンブルグ協奏曲」を幻聴で聴いたことがある。ちようど谷の底の方から聞えてくるもんだから、私はとりわけバツハが好きでもあるし、あとで谷底の家へ行つて、そのレコードをもう一度聴かせて貰いたいと頼みに行つたら、そんなものはないというので驚いた。考えてみれば、月に一度花巻の町に出かけて行つて聴かせて貰つていたのが再生されて聞えたものだと気がついた。そんなとき、音楽は人間に非常に必要なものだということをしみじみ感じた。 「ラジオと私」(昭和28年=1953)