今からちょうど70年前の昨日、昭和28年(1953)10月21日、青森県十和田湖畔休屋御前ヶ浜において、光太郎最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」除幕式が行われました。二人の「乙女」も古稀を迎えたわけで……(笑)。
節目節目の日には、必ず雨、もしくは雪だったという光太郎。この日も雨でした。光太郎は「清めの雨だ」と言ったそうです。
光太郎と一緒に写っている女性は、モデルを務めた藤井照子です。まだご存命なのかも知れませんが、消息が分かりません。情報をお持ちの方はコメント欄等から御教示いただけると幸いです。
さて、昨日、現地では、式典とまでは行きませんでしたが、地元の皆さんが「乙女の像」の清掃を行って下さいました。元・十和田奥入瀬観光機構の方が音頭を取って集まって下さり、やはり雨の中、本格的に。ありがたいことです。
泉下の光太郎も喜んでいることと思います。
バックの木々、少し色づいていますね。これから十和田湖、そして奥入瀬渓流と、紅葉シーズンです。ぜひ足をお運び下さい。
「乙女の像」といえば、今夜(日付が変わって明日未明ですが)、BS放送で下記の番組が放映されます。
光太郎詩も載ったこの手のアンソロジーは数多く存在し(手許に40冊ばかりあります)、国民の戦意高揚に資することが期待されました。
節目節目の日には、必ず雨、もしくは雪だったという光太郎。この日も雨でした。光太郎は「清めの雨だ」と言ったそうです。
光太郎と一緒に写っている女性は、モデルを務めた藤井照子です。まだご存命なのかも知れませんが、消息が分かりません。情報をお持ちの方はコメント欄等から御教示いただけると幸いです。
さて、昨日、現地では、式典とまでは行きませんでしたが、地元の皆さんが「乙女の像」の清掃を行って下さいました。元・十和田奥入瀬観光機構の方が音頭を取って集まって下さり、やはり雨の中、本格的に。ありがたいことです。
泉下の光太郎も喜んでいることと思います。
バックの木々、少し色づいていますね。これから十和田湖、そして奥入瀬渓流と、紅葉シーズンです。ぜひ足をお運び下さい。
「乙女の像」といえば、今夜(日付が変わって明日未明ですが)、BS放送で下記の番組が放映されます。
ニッポン美景めぐり 十和田・奥入瀬
BSフジ 2023年10月23日(月) 00:00〜00:25日本の美しい景観を求めて、俳優・和合真一がカメラ片手に日本各地をめぐる旅番組。
今回の旅先は、青森県の十和田市。十和田ビジターセンターで十和田湖の歴史を学ぶ。名産のひめます料理やご当地グルメを味わう。美しい景勝地、奥入瀬渓流を散策。大自然が生んだニッポンの美景をご紹介。
旅人:和合真一 ナレーター:服部潤
初回放映が一昨年。その後、繰り返し再放送があり、今回で7回目くらいかな、と思われます。
ぜひ御覧下さい。
【折々のことば・光太郎】
“海洋詩集”への拙詩御選択、お示しの通にて結構に存じます、
「海洋詩集」は宮崎と小森盛の共編で刊行予定だったアンソロジー。二部構成で、第一部には一般の船員らの書いた詩、第二部では光太郎を含む職業詩人の詩が集められる予定でしたが、結局、戦争による出版事情の悪化で日の目を見ずに終わりました。
お蔵入りになりましたが、光太郎は序文も書きました。その中には「今日此の大東亜戦争の決戦段階に戦局は進み入り、船の意義、船員諸士の重大任務の真剣さは平時の比倫をはるかに絶し……」といった文言も見られます。おそらく単に「海洋」を題材とするだけでなく、翼賛的な内容のものが大半を占めていたと思われます。
ぜひ御覧下さい。
【折々のことば・光太郎】
“海洋詩集”への拙詩御選択、お示しの通にて結構に存じます、
昭和18年(1943)2月10日 宮崎稔宛書簡より 光太郎61歳
「海洋詩集」は宮崎と小森盛の共編で刊行予定だったアンソロジー。二部構成で、第一部には一般の船員らの書いた詩、第二部では光太郎を含む職業詩人の詩が集められる予定でしたが、結局、戦争による出版事情の悪化で日の目を見ずに終わりました。
お蔵入りになりましたが、光太郎は序文も書きました。その中には「今日此の大東亜戦争の決戦段階に戦局は進み入り、船の意義、船員諸士の重大任務の真剣さは平時の比倫をはるかに絶し……」といった文言も見られます。おそらく単に「海洋」を題材とするだけでなく、翼賛的な内容のものが大半を占めていたと思われます。
光太郎詩も載ったこの手のアンソロジーは数多く存在し(手許に40冊ばかりあります)、国民の戦意高揚に資することが期待されました。