掲載日順にまず『毎日新聞』さん。俳人・坪内稔典氏による「季語刻々」という連載コラム、8月11日(金)掲載分です。

季語刻々 立山の秋に腰掛けかりんとう 鶴濱節子

「立山の秋に腰掛け」が雄大でいいなあ。かりんとうが実にうまそう。句集「始祖鳥」(2012年)から。この作者、私の近所に住むが、かつていっしょに立山に登った。俳句仲間に山好きがいて彼に先導されての登山だった。以来、節子さんは山ガールだ。「安達太良(あだたら)の智恵子の空へ登山道」も彼女の作。今日は山の日。

メインは立山連峰の句ですが、最後に智恵子のソウルマウンテン・安達太良山の句。言わずもがなですが、「ほんとの空」の語が使われた光太郎詩「あどけない話」(昭和3年=1928)へのオマージュですね。

続いて『山形新聞』さん。8月13日(日)の一面コラムです。

談話室

▼▽「新鮮なものになるとまったくうまい」。明治生まれの詩人・高村光太郎はこう綴(つづ)る。果物や野菜、肉魚ではなくビールの話である。注ぎたてのグラスをぐっと干す。酷暑で、夜ごと欲しくなるという方は多いだろう。▼▽いつ飲んでもうまいが最初の一杯の喉越しは格別だ。高村は一口目の感動を「いつでも初めて気のついたような、ちょっと驚きに似た快味をおぼえる」と記す。そんな爽快感を大勢で味わえるイベントが先日、山形市で開かれた。山形一小旧校舎が会場の「ビアナイト」だ。▼▽こだわりグルメの店もあったが、この日の主役は県内にある複数の醸造所が手がけるクラフトビール。中には県の花・紅花を使った山形らしさ満開の地ビールもあった。若い人のビール離れが言われているが、会場では友人同士や会社の同僚といった感じの若者が多かった。▼▽大量生産とは異なる個性的な味や香りがクラフトビールの魅力だろう。加えて多彩なラベルが目を引く。「取りあえずビール」ではない楽しさがいい。高村は1、2本でやめておくのが良さそうとも書いている。味わいを追求するには度を超えないこと。助言は今に通じる。

引用元は昭和11年(1936)に雑誌『ホーム・ライフ』に発表された随筆「ビールの味」。以前も抜粋でご紹介しましたが、再掲します。

小さなコツプへちびちびついで時間をとつて飲んでゐるのは見てゐてもまづさうだ。(略)ビールは飲み干すところに味があるのだから飲みかけにすぐ後からまたつがれてしまつては形無しである。(略)ビールの新鮮なものになるとまつたくうまい。麦の芳香がひどく洗練された微妙な仕方で匂つて来る。どこか野生でありながらまたひどくイキだ。さらさらしてゐてその癖人なつこい。一杯ぐつとのむとそれが食道を通るころ、丁度ヨツトの白い帆を見た時のやうな、いつでも初めて気のついたやうな、ちよつと驚きに似た快味をおぼえる。麦の芳香がその時嗅覚の後ろからぱあつと来てすぐ消える。すぐ消えるところが不可言の妙味だ。(略)二杯目からはビールの軽やかな肌の触感、アクロバチツクな挨拶のやうなもの、人のいい小さなつむじ風のやうなおきやんなものを感じる。十二杯目ぐらゐになるとまたずつと大味になつてコントラバスのスタツカートがはひつて来る。からだがきれいに洗はれる。(略)何でもさうだがビールも器物で味が違ふ。錫の蓋のついたいはゆるシユタインで飲むとコクが出る。薄手の大きいギヤマンもよし、キリコもいい。いつも無色透明なのがいい。一番飲み心地のいいコツプの大きさは四分の一リツトルくらゐであらう。ビールはうまいが、本当の味は一二本で止めて置く所にあり相だ。(略)
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全文を読みたい方は、令和3年(2021)、平凡社さん刊行のアンソロジー『作家と酒』をどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

ちゑ子は一時よくなりかけたのに最近の陽気のせゐか又々逆戻りして、いろいろ手を尽したが医者と相談の上やむを得ず片貝の田舎にゐる妹の家の母親にあづける事になり、一昨日送つて来ました。小生の三年間に亘る看護も力無いものでした。鳥の啼くまねや唄をうたふまねをしてゐるちゑ子を後に残して帰つて来る時は流石の小生も涙を流した。


昭和9年(1934)5月9日 水野葉舟宛書簡より 光太郎52歳

昨日ご紹介した書簡と前後してしまいました。

九十九里浜に預けられた智恵子、その当日から「千鳥と遊ぶ智恵子」だったとは驚きです。