新刊です。

三人書房

2023年7月28日 柳川一著 東京創元社 定価1,700円+税

 大正八年東京・本郷区駒込団子坂、平井太郎は弟二人とともに《三人書房》という古書店を開く。二年に満たない、わずかな期間で閉業を余儀なくされたが、店には松井須磨子の遺書らしい手紙をはじめ、奇妙な謎が次々と持ち込まれた──。同時代を生きた、宮沢賢治や宮武外骨、横山大観、高村光太郎たちとの交流と不可解な事件の数々を、若き日の平井太郎=江戸川乱歩の姿を通じて描く。第十八回ミステリーズ!新人賞受賞作「三人書房」を含む連作集。
 乱歩デビュー作「二銭銅貨」発表から百年の年に贈る、滋味深いミステリ。

目次
 「三人書房」
 「北の詩人からの手紙」
 「謎の娘師(むすめし)」
 「秘仏堂幻影」
 「光太郎の〈首〉」
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というわけで、若き日の江戸川乱歩の元に持ち込まれた謎の数々を、快刀乱麻を断つ如く(死語ですね(笑))、博覧強記頭脳明晰で行動力にも富む乱歩が次々と解決していく、という連作推理小説です。

全五話から成り、それぞれに語り手が交代。乱歩の友人だったり、弟たちだったり……。ちなみにタイトルの「三人書房」は、乱歩が二人の弟と共に一時期経営していた古書店の屋号です。

そして最終話「光太郎の〈首〉」では、光太郎が語り手。戦後の七年間、蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村で、光太郎がやはり乱歩によって真相の解明された昭和初期の奇妙な事件を回想するという形です。

奇妙な事件というのは、光太郎が作ったブロンズの胸像が依頼主の元から盗難に遭い、さらに無残に破壊されて見つかるということがたてつづけに起こり……というもの(架空の話ですが)。イタズラや怨恨や金目当てなどではなく、犯人には、光太郎彫刻を破壊しなければならない切羽詰まった事情があって……という設定ですが、詳しくはお買い求めの上、お楽しみ下さい。

ちなみに乱歩の代表作の一つ「D坂の殺人事件」の「D坂」は、かつて「三人書房」があり、さらに光太郎アトリエ兼住居にも近い団子坂です。『高村光太郎全集』には乱歩の名はありませんが、近くに住んでいた同士、顔を合わせたことくらいはあったでしょう。

その他、内容説明欄にある通り、宮澤賢治(第二話の章題にある「北の詩人」)、宮武外骨、横山大観らが登場。さらに物故者として松井須磨子や葛飾北斎、その娘お栄(応為)、岡倉天心、そして智恵子らにも触れられます。

ぜひお買い求め下さい。

【折々のことば・光太郎】

おてがみありがたく存じました、又先日は届書の事にていろいろ御世話さまになりましたが、昨日区役所へ無事に届済みとなりました。今晩小生等は二本松へ出発いたします、お墓まゐりを致した上どこかの温泉にてしばらく静養いたしてまゐります、

昭和8年(1933)8月24日 長沼セン宛書簡より 光太郎51歳

」は婚姻届。永らく事実婚だった光太郎智恵子でしたが、ついに届けを出しました。智恵子の心の病が昂進し、光太郎は結核。万が一、先に自分が死ぬことがあったら、法律上、妻ではない智恵子に相続の権利がないことを考慮し、正式な夫婦となりました。

光太郎自身には財産と呼べるものはほとんどなかったのですが、この頃まだ健在だった父・光雲が没すれば、相当額の遺産が入ることが予想され(実際、翌年に光雲が亡くなり、相続した遺産が後の智恵子のゼームス坂病院入院費用に宛てられます)、それをふいにしたくないという……。

ただし、夢幻界の住人となってしまっていた智恵子に、その意味が理解できたかどうか……。

どこかの温泉」は、巡った順に、裏磐梯川上温泉、蔵王青根温泉不動湯温泉塩原温泉でした。