2026年06月

花巻で食を中心とした光太郎顕彰に当たられ、やつかの森LLCさんがメニュー考案に当たられ、光太郎が7年間の蟄居生活を送った旧太田村の道の駅はなまき西南(愛称・賢治と光太郎の郷)さんのテナント・ミレットキッチン花(フラワー)さんが毎月15日に限定10食調理・販売されている豪華弁当「光太郎ランチ」。今月分です。
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「鮭の塩焼き」「ベーコンとスナップエンドウのオリーブオイル添え」「わらびの煮物」「ミズのおひたし」「ニラ入り卵焼き」「五目ご飯」「柴漬けとおかかのまぜご飯」「レモンゼリー」。光太郎の日記などを元に、光太郎が自炊したメニューや使った食材などを参考に組み立てられています。

これまで800円だったのが、今月から物価高騰の影響で880円に値上げとのこと。

同様に光太郎の日記などを元に、光太郎が自炊したメニューや使った食材などを参考にして、やつかの森さんが調理にあたってランチを饗する「こうたろうカフェ」。市内のワンデイシェフの大食堂さんで、こちらはほぼ月イチで行われています。今月は24日(水)で、予定されているメニューが以下の通りです。
 ・ふわっとハンバーグ ・エビの春雨サラダ ・ミヅのおひたし ・卵焼き
 ・オクラとワカメのスープ ・漬物 ・茗荷竹味噌ご飯 ・みそまんじゅう・コーヒー

基本的に予約が必要なようですが、ぜひ足をお運び下さい。

やつかの森さん、花巻市主催の市民講座「わかくさ女性学級」で、6月9日(火)には「こうたろう散歩道~光太郎詩碑巡り・光太郎と賢治全集~」の講師も務められたそうです。
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散策コース
花巻の中心街を歩く文学散歩的な講座で、市役所近くの学び学園さんがスタートとゴール、約3㎞の行程とのこと。そちらの画像も送って下さいました。

昭和20年(1945)8月15日、光太郎が社務所で終戦の玉音放送を聞いた鳥谷崎神社さん。
0鳥谷崎神社
その玉音放送を題材とした「一億の号泣」詩碑
1詩碑 2一億の号泣 3一億の号泣詩碑
昭和20年(1945)からほぼ毎年、智恵子や両親の法事を行ってもらっていた松庵寺さん。

4松庵寺 5松庵寺の詩碑 7短歌の詩碑
詩「松庵寺」(昭和20年=1945)の詩碑が二基(終戦後の一時期、光太郎を自宅離れに住まわせてくれた花巻病院長・佐藤隆房揮毫のものと、英訳のもの)、それから光太郎が母・わかを謳った短歌「花巻の 松庵寺にて 母にあふ はははりんごを たべたまひけり」を刻んだ歌碑(右上画像)。

宮沢賢治実家に疎開中、光太郎も被災した昭和20年(1945)8月10日の花巻空襲の傷痕が残る花川橋
8花川橋の銃弾痕跡
9銃弾痕跡
近くに落とされた爆弾の破片で欄干が破損したままになっています。

その他、画像がありませんが、光太郎も訪れた記録のある旧菊池家住宅西洋館、光太郎が疎開していた宮沢家などもコースに入っていました。

まなび学園さんに戻って、30分の「光太郎と賢治全集」講話。
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意外と参加者の皆さん、ご存じないことばかりだったとのことです。

昼食。今月分の「光太郎ランチ」とほぼ同じものをミレットキッチン花さんに用意して貰ったとそうです。事前に注文しておけばそういうことも可能だとのことで。
11光太郎ランチ
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この手の花巻などでの文学散歩、やはり地元の方々に知っていただくのは大事なことですし、地元でない方もぜひ体験していただきたいものです。やれと言われればツアーコンダクターはお引き受けいたします(笑)。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 44 『高村光太郎詩集』大活字本シリーズ

平成16年(2004)1月18日 角川春樹事務所(ハルキ文庫) 高村光太郎著
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目次
 詩集『智恵子抄』より
  人に 或る夜のこころ 郊外の人に 晩餐 樹下の二人 狂奔する牛 鯰 金 夜の二人
  あなたはだんだんきれいになる あどけない話 同棲同類 人生遠視 風にのる智恵子
  千鳥と遊ぶ智恵子 値ひがたき智恵子 山麓の二人 或る日の記 レモン哀歌
  荒涼たる帰宅 亡き人に 梅酒 若しも智恵子が 智恵子抄その後 元素智恵子
  メトロポオル 裸形 案内 あの頃 吹雪の夜の独白 噴霧的な夢 智恵子と遊ぶ 報告
 詩集『道程』より
  失はれたるモナ・リザ 生けるもの 根付の国 鳩 食後の酒 寂寥 声
  地上のモナ・リザ 父の顔 冬が来る 或る宵 夜 狂者の詩 よろこびを告ぐ 冬が来た
  道程 淫心
 猛獣篇・造型詩篇
  白熊 苛察 ぼろぼろな駝鳥 マント狒狒 後庭のロダン 首の座 刃物を研ぐ人
  村山槐多 孤坐 美しき落葉 十和田湖畔の裸像に与ふ
 詩集『典型』より
  暗愚小伝
   家
    土下座(憲法発布) ちよんまげ 郡司大尉 日清戦争 御前彫刻 建艦費 楠公銅像
   転調
    彫刻一途 パリ
   反逆
    親不孝 デカダン
   蟄居
    美に生きる おそろしい空虚
   二律背反
    協力会議 真珠湾の日 ロマン ロラン 暗愚 終戦
   炉辺
    報告(智恵子に) 山林
  鈍牛の言葉 典型 クロツグミ
 拾遺詩篇(一九〇七~二五年)
  秒刻 恐怖 さびしきみち 海はまろく 小娘 雨にうたるるカテドラル
 拾遺詩篇(一九二六~三二年)
  校庭 冬の奴 怒 花下仙人に遇ふ 母をおもふ その年私の十六が来た 天文学の話
  或る墓碑銘 冬の言葉 さういふ友 焼けない心臓 上州湯桧曽風景 或る筆記通話
  激動するもの 孤独が何で珍しい 友よ 似顔 もう一つの自転するもの
 拾遺詩篇(一九三三~五〇年)
  ばけもの屋敷 堅冰いたる へんな貧 少女に 危急の日に 十二月八日
  シンガポール陥落 寒夜読書 紀元節を迎ふ 必勝の品性 石くれの歌 山の少女
 解説・瀬尾育生 高村光太郎、オークルジョーンの裸体
 エッセイ・道浦母都子 七・五坪の光と陰
 略年譜
 主要参考文献

詩集の構成を根幹としつつ、生前の単行詩集には収められなかった詩篇を編年体でカバーした編集です。現在でも新刊として入手出来るようです。

6月13日(土)、光太郎最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」のライトアップも為された「第61回十和田湖湖水まつり」の模様を報じる報道です。

RAB青森放送さん。

バルーンと花火が夜空を彩る 十和田湖湖水まつり 青森・十和田市

 夏の十和田湖観光の幕開けを告げる十和田湖湖水まつりが開かれました。
 十和田湖湖水まつりは、十和田湖畔休屋地区を会場にきのう1日限定で開かれました。
 午後8時すぎには、来場者の願い事が書かれた350個のバルーンランタンが一斉に夜空へ放たれました。
 湖畔は幻想的な雰囲気に包まれました。
 最後は200発の花火も打ち上げられ、訪れた人たちを魅了していました。
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地方紙『東奥日報』さん。

願いの光、夜空へ 十和田湖湖水まつり、幻想的に 青森県十和田市

 十和田湖湖水まつり(実行委員会主催)が13日、青森県十和田市の十和田湖畔休屋で開かれた。夜には参加者が願いや誓いを記したランタンを放ち、湖畔が幻想的な光に包まれた。
 電飾を施した遊覧船が桟橋を離れ、岸辺に並んだ来場者が一斉にランタンを空中に放つと、「きれい」などと歓声が上がった。湖から打ち上げられる花火が湖面を彩り、会場から拍手が起こった。
 県外から三沢市に帰省中の向谷地祈さん(27)は、家族と一緒に願い事やイラストをランタンに書き込んだ。「十和田湖に来るのは小さい時以来。改めて、山に囲まれた落ち着ける場所だなと思いました」と話した。
 まつりは今年で61回目。近年は2日間の開催が定着していたが、今年は物価高騰、人手不足などの影響で1日のみの開催となった。
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鹿角コミュニティFMさん。

バルーンランタンでメルヘンな世界 十和田湖の湖水まつり

 秋田と青森にまたがる十和田湖で「湖水まつり」が開かれ、明かりがともる灯ろうが夜空にいくつも浮かぶメルヘンチックな光景が広がりました。
 湖水まつりは、観光客を呼び込もうと地元の関係者でつくる団体が開いていて、61回めのことしは、物価高騰などによる中止も選択肢にあったなか、2日から1日に減らして開催にこぎつけられました。
 催しの主役になった「バルーンランタン」は、縦横およそ30センチ、高さおよそ45センチのビニール製で、LEDでオレンジや青に光り、浮かび上がります。
 13日午後8時すぎ、会場の休屋地区の湖畔にカウントダウンがアナウンスされ、バルーンランタンを購入した人たちが一斉に浮かび上がらせました。
 優しい色に光るランタンおよそ330個がふわふわと浮かぶ光景はメルヘンチックで、訪れた人たちがうっとりと眺めたり、写真を撮ったりしていました。
 さらにフィナーレには打ち上げ花火との共演になり、大きな花火が夜空と湖面に広がるたびに、大きな歓声が上がりました。
 またランタンのリリースと花火の打ち上げにあわせ、電飾を施した遊覧船も運行され、来場者たちが湖の上から幻想的な光景を楽しみました。
 青森県平川市の20代の男性は、「初めて来ましたが、映画の中の世界みたいにきれいで、いい思い出になりました」と話していました。
 ことしのイベントでは、日中も楽しんでもらおうと、例年よりも多い飲食のブースでの販売やステージイベントが昼前から行われ、カップルや家族連れなどでにぎわいました。
 実行委員会では、「これまで見たことがない十和田湖を楽しんでもらうコンセプトにしました。新たな景色や思い出をもちかえってほしい」としています。
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ここまで、「乙女の像」には触れられませんでしたが、主催の十和田湖湖水まつり実行委員会さんのX(旧・ツイッター)投稿に、「乙女の像」画像が。
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ありがたし。

それにしても、近年は2日間の開催だったのが今年はなぜ1日だけ? と思っていたのですが、『東奥日報』さんによれば「今年は物価高騰、人手不足などの影響で1日のみの開催となった」、鹿角コミュニティFMさんによれば「中止も選択肢にあった」とのこと。こんなところにも政府の無策ぶりが表れているのかと思うと、憤懣やるかたない感じです。関係者の皆様には苦渋の決断だったのでしょうが。

まつりは終わりましたが、十和田湖、ぜひ足をお運びになり、地域活性化にご協力ください。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 43 『高村光太郎詩集』大活字本シリーズ

平成14年(2002)10月20日 埼玉福祉会 高村光太郎著
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目次
  はしがき
 「道程」より
   失はれたるモナ・リザ 根付の国 画室の夜 寂寥 声 風 新緑の毒素 廃頽者より
   『心中宵庚申』 夏 けもの 父の顔 あをい雨 夏の夜の食慾 犬吠の太郎
  さびしきみち 狂者の詩 戦闘 カフエにて 山 冬が来た 冬の詩 牛 道程
  万物と共に踊る 秋の祈
 「道程」以後
  わが家 小娘 花のひらくやうに 丸善工場の女工達 米久の晩餐
  雨にうたるるカテドラル 落葉を浴びて立つ クリスマスの夜 鉄を愛す
  とげとげなエピグラム 清廉 月曜日のスケルツオ 白熊 傷をなめる獅子
  車中のロダン 葱 後庭のロダン 無口な船長 象の銀行 十大弟子 苛察
  ミシエル・オオクレエルを読む 火星がでてゐる 怒 偶作四篇 花下仙人に遇ふ
  母をおもふ 冬の言葉 旅にやんで ぼろぼろな駝鳥 当然事 首の座
  孤独が何で珍らしい 刃物を研ぐ人 のつぽの奴は黙つてゐる 偶作 七 村山槐多
  ばけもの屋敷 象 孤坐 手紙に添へて 団十郎像由来 つゆの夜ふけに 冬 へんな貧
  蝉を彫る 救世観音を刻む人
 「智恵子抄」より
  人に 郊外の人に 深夜の雪 人類の泉 僕等 晩餐 樹下の二人 鯰
  あなたはだんだんきれいになる あどけない話 美の監禁に手渡す者 人生遠視
  風にのる智恵子 千鳥と遊ぶ智恵子 値ひがたき智恵子 山麓の二人 レモン哀歌
  荒涼たる帰宅 亡き人に 梅酒
 あとがき(奥平英雄)

弱視の方々などのための、文字サイズを大きく組んだ「大活字本」です。
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底本は昭和30年(1955)発行で、現在も版を重ねている岩波文庫版の『高村光太郎詩集』です。岩波書店さんの厚意によるとのことで、さすが岩波さんですね。

大阪から演奏会情報です。

檜会箏曲演奏会

期  日 : 2026年6月28日(日)
会  場 : 大阪府立男女共同参画・青少年センター(ドーンセンター)
       大阪市中央区大手前1丁目3番49号
時  間 : 開場 13:00 開演 13:30
料  金 : 一般 3,000円 学生 1,000円

出  演 : 檜会会員 関西大学邦楽部
賛助出演 : 吉田興三郎 髙橋萌山 音登夢 mocoe 久米見奈子 コーロひびき
       飯田美琴 林律子

曲  目 : 都踊 宮城道雄作曲    新娘道成寺 石川勾当作曲
       手事 宮城道雄作曲    御山獅子 菊岡検校作曲
       北国雪賦 長岡勝俊作曲  瀬音 宮城道雄作曲
       智恵子抄より(朗読 箏と洋楽器による伴奏) 清水脩作曲
       残月 峰崎勾当作曲    秋韻 宮城道雄作曲

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故・清水脩氏作曲の「智恵子抄より」がプログラムに入っています。昭和33年(1958)、NHKさんのラジオ放送のための委嘱作品で、全6曲、箏曲独奏と室内楽をバックに朗読という異色の編成です。

昭和45年(1970)12月に東芝レコードからリリースされたLP「現代箏曲 清水脩作品集」に収められています。
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箏曲独奏は松尾恵子氏、朗読は竹脇無我さんと栗原小巻さん。清水氏自身が指揮をなさり、曲ごとに異なる編成での室内楽が伴奏でした。

同一音源を使ったCDが「松尾恵子 現代箏曲清水脩作品集」として東芝EMIから平成3年(1991)にリリースされています。
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清水脩氏といえば、独唱歌曲や合唱曲で「智恵子抄」詩篇に曲を付けた作品が多く、そちらは現代でもたびたび演奏されていますが、この箏曲と朗読の「智恵子抄より」はめったに演奏されることがありません。今回演奏される「檜会」さんが、松尾氏の興した「松風会」さんの流れを組むようですので、その関係から楽譜等が受け継がれているのでしょう。楽譜は公刊されていないようです。今回もきちんと室内楽伴奏が付けられるようで、オリジナルの形に近いと思われます。

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 42 『高村光太郎 暗愚小伝/青春の日/山の人々』作家の自伝 9

平成6年(1994)10月25日 日本図書センター 北川太一編解説
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目次
 序(自叙伝)
 Ⅰ
  詩「暗愚小伝」〔二十篇〕
 Ⅱ
  木彫師の家
   回想録 姉のことなど
  青銅時代
   わたしの青銅時代
  遍歴の日
   遙にも遠い冬 青春の日 遍歴の日
  根付の国にて
   父との関係 ヒウザン会とパンの会 『道程』について
  同棲同類
   近状 ロダンの手記談話録 詩の勉強 某月某日 智恵子の半生
  戦乱の中で
   某月某日 戦時下の芸術家 焼失作品おぼえ書
  山林に生きる
   詩集『典型』序 みちのく便り 山の人々 山の春 山の雪 詩について語らず
  生命の大河
   美と真実の生活 制作現況 裸婦像完成記念会挨拶 生命の創造
 引用作品初出一覧
 年譜 北川太一
 解説 北川太一

散文を中心とした作品選択です。「作家の自伝」シリーズのラインナップで、自伝的要素をもつ文章も含まれていますが、そうでないものも多く、その時々の光太郎の精神史、といった感じです。

このブログ、「高村光太郎連翹忌運営委員会代表」となった平成24年(2012)に始め、15年目に突入しています。当初はYahooさんにブログサービスがあり、しばらくそちらでしたが、令和元年(2019)に終了となり、現在のlivedoor Blogに移転しました。Yahooブログ時代の記事も移転できましたので助かりました。

それほどバズりたいというわけでもありませんが、やはり光太郎智恵子・光雲らに関する情報を広く知っていただきたいと思い、続けている次第です。

アクセス数を増やしたい一心で、令和2年(2020)にacebookTwitter(現・X)を開始。どちらも毎日「高村光太郎連翹忌運営委員会のblog更新しました。」というわけで、このブログの新着記事へのリンクを貼っております。
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facebookの方は、本名でのアカウント作成が基本ですのでそうしています。そこで、光太郎智恵子・光雲らに関係のない日記的な投稿もときどき。愛猫にはよく登場して貰っています(笑)。
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Twitter(現・X)の方は、「高村光太郎連翹忌運営委員会代表」としてのアカウントなので、基本、この手の投稿は致しておりません。

また、facebookとXは、光太郎智恵子・光雲関連の情報収集にもかなり役立っています。展覧会などの公式情報でそうした記述が無くとも、「高村光雲の××が展示されてます」みたいなものや、新刊書籍などでも「高村光太郎の○○が載っています」のような投稿で。

それから、一昨年くらいからInstagram、それと付随している感じのThreadsも始めました。そのあたりはやらなくてもいいかなと思っていたのですが、ある時、出先でとあるお店の情報をスマホで調べようとしたところ、そこの「公式サイト」がInstagramアカウントで、こちらがアカウントを持っていないと見られない状態。「困ったな」と思いつつ、画面に出て来るとおりにアカウント作成の手順を踏んだらできてしまい、せっかくアカウント作ったんだからこれも使うか、というわけで始めました(笑)。こちらも「高村光太郎連翹忌運営委員会のblog更新しました。」というわけで、このブログの新着記事へのリンクを貼っております。
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というわけで、facebookとX、Instagram、それと付随しているThreadsと4種類を使っていますが、基本的にはこのブログに誘導するためのもので、それぞれをあまり熱心に使っているわけではありません。特にXでは1日に何件もポスト(旧ツイート)してらっしゃる方を見かけますが、そういう使い方はしておりません。

そこで、各SNS、最低限の使い方しかしていないので、細かい機能など、未だによくわからないままです。そのあたりの疑問点を列挙しますので、お詳しい方、ご教示いただけると幸いです。

まずハッシュタグ(#)。

XとInstagramでは、「#高村光太郎」と入力するとリンクになり、他の方の投稿で同じハッシュタグを付けられているものが表示されます。
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facebookだと、ちょっと前はハッシュタグを付けようとすると「連携していません」とか何とか出て、ダメでしたが、今、ためしに過去記事を編集して付けてみたところ問題なく付きました。何だったんだ?という感じです。
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しかし、この画面上で「#高村光太郎」のリンクをクリックしてもこの記事が出ません。Instagramも同じです。どうしてでしょうか?

また、Threadsの場合、ハッシュタグを付けてもリンクになりません。Threadsにはハッシュタグ機能はないのでしょうか?あるとすればどうやればいいのかわかりません。

続いてXでの疑問点。情報収集のために使っていて、光太郎智恵子・光雲などについてのポストを見かけると「いいね」をつけさせていただいております。ただ、お友達同士などでやりとりしているようなポストなどは横から「いいね」と乱入するのも何だなぁ、と思ってスルーします。「返信先:@××さん」となっているようなポストです。ここで素朴な疑問。「返信先:@××さん」となっているポストなのに、全然誰かに対する返信のような内容でなく、「@××さん」が本人のアカウント名になっているポストをよく見かけます。なぜそういう現象が起きているのかな? という素朴な疑問です。

また、情報収集している中で、光太郎智恵子・光雲について頓珍漢なポストも時々見かけます。幼稚なネトウヨが光太郎の愚にもつかない翼賛詩を引用して喜んでいるものとか、よく知りもしないで光太郎智恵子・光雲をディスるだけのものとか、誤字だらけの「高村太郎の恵子抄に書かれている本当の空」とか、そういうポストは見たくないので、そのアカウントは速攻で「ミュート」や「ブロック」をかけています。ところが、「ミュート」がかけられるアカウントと、そうでないアカウントがあります。とにかくそのアカウントのポストは頓珍漢なので見たくないのに、検索の網に掛かって「またこいつかよ」。こういう「ミュート」のかけられないアカウントのポストを見ないで済む方法があればご教示いただきたいところです。

最もわからないのがInstagramでの最新情報の検索方法。先述の通り、ハッシュタグが有効なのですが、「#高村光太郎」で表示しても、古い情報がいっぱい出てきます。facebook、X、Threadsでは新しい投稿が見られるのですが、Instagramだと平気で「319週間前」とかの投稿が最初の方に出てきます。また、GoogleやYahoo JAPANなどで「高村光太郎」の更新が「24時間以内」で検索をかけると、Instagramの投稿も引っかかります。ところが、そのリンクを見てみるとまったく違う投稿だったりします。Instagramで最新の書き込みを検索する方法、おわかりでしたらご教示下さい。

まだよくわからない点があったように思われますが、すぐに思い出せませんのでとりあえず。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 41 『高村光太郎』近代の詩人 4

平成3年(1991)10月5日 潮出版社 中村稔編
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目次
 まえがき
 凡例
 第一章 青春の惑乱(明治三十七年~明治四十五年)
  短歌(Ⅰ) われ千たび君を抱かむ 失はれたるモナ・リザ 生けるもの 根付の国
  画室の夜 熊の毛皮 亡命者 侵蝕 失走 寂寥 声 新緑の毒素 廃頽者より 手
  泥七宝(一)抄 地上のモナ・リザ けもの 父の顔 泥七宝(二)抄 ビフテキの皿
  あをい雨 友の妻
  解説
 第二章 智恵子との出会い(明治四十五年~大正三年)
  人に 或る夜の心 涙 おそれ さびしきみち 冬が来る 或る宵 夜 或問 狂者の詩
  郊外の人に 冬の朝のめざめ 深夜の雪 人類の泉  よろこびを告ぐ 冬が来た 冬の詩
  牛 僕等 道程 愛の嘆美 群集に 万物と共に踊る 晩餐 淫心 秋の祈
  解説
 第三章 心の中の猛獣(大正五年~昭和七年)
  花のひらくやうに 海はまろく 無為の白日 猫 小娘 丸善工場の女工達
  雨にうたるるカテドラル ラコツチイ マアチ 米久の晩餐 クリスマスの夜
  真夜中の洗濯 沙漠 落葉を浴びて立つ 樹下の二人 鉄を愛す
  とげとげなエピグラム(抄) 清廉 白熊 首狩 傷をなめる獅子 狂奔する牛
  車中のロダン 葱 金 鯰 象の銀行 苛察 夜の二人 聖ジヤンヌ 秋を待つ
  火星が出てゐる あなたはだんだんきれいになる 花下仙人に遇ふ エピグラム(抄)
  美を見る者 母をおもふ 北東の風、雨 偶作十五篇(抄) 或る墓碑銘 ぼろぼろな駝鳥
  竜 なにがし九段 あどけない話 夏書十題(抄) 同棲同類 旅にやんで その詩
  首の座 上州湯桧曽風景 上州川古「さくさん」風景 刃物を研ぐ人
  のつぽの奴は黙つてゐる 美の監禁に手渡す者 非ヨオロツパ的なる
  もう一つの自転するもの 短歌(Ⅱ)
  解説
 第四章 智恵子の発狂と人生の崩壊(昭和十年~昭和十六年)
  人生遠視 風にのる智恵子 ばけもの屋敷 鯉を彫る 堅冰いたる よしきり鮫
  マント狒狒 象 千鳥と遊ぶ智恵子 秋風辞 夢に神農となる 冬が来る
  老耼、道を行く 未曾有の時 天日の下に黄をさらさう 森のゴリラ 潮を吹く鯨
  地理の書 山麓の二人 孤坐 或る日の記 レモン哀歌 つゆの夜ふけに 亡き人に
  お化け屋敷の夜 銅像ミキイヰツツに寄す 冬 へんな貧 源始にあり 蝉を彫る 梅酒
  最低にして最高の道 無血開城 荒涼たる帰宅 事変はもう四年を越す 必死の時
  解説
 第五章 戦争協力と戦後の事故流謫(昭和十七年~昭和三十年)
  沈思せよ蒋先生 独居自炊 寒夜読書 われらの道 突端に立つ 山林頌 一億の号泣
  雪白く積めり 暗愚小伝 暗愚小伝断片 蒋先生に慙謝す 「ブランデンブルグ」
  人体飢餓 噴霧的な夢 智恵子抄その後 典型 人間拒否の上に立つ 餓鬼 東京悲歌
  十和田湖畔の裸像に与ふ 生命の大河
  解説
 高村光太郎年譜 北川太一
 参考文献書目 北川太一
 月報
  光太郎の「戦後責任」 平川祐弘
  沈黙する智恵子 芹沢俊介
  「昔山巓」の愛について 分銅惇 作
  物を作る人 田村隆一

この手の上製本の文学全集もので、光太郎単独で刊行されたものはこれが最後のように思われます。バブル崩壊後、こういったシリーズの新刊はほぼ見かけなくなりました。並製本、文庫などはまだ刊行が続きますが。

昭和39年(1964)、故・二代目コロムビアローズさんが唄ってヒットした「智恵子抄」(丘灯至夫作詞/戸塚三博作曲)のアーカイブ映像が流れます。

プレイバック日本歌手協会歌謡祭

BSテレ東 2026年6月15日(月)  17:56〜19:00

「二人の星をさがそうよ」田辺靖雄     「ウェディング・ドレス」九重佑三子
「ごめんねチコちゃん」三田明       「智恵子抄」二代目コロムビアローズ
「東京の灯よいつまでも」新川二朗     「桑港のチャイナ街」渡辺はま子
「長崎の鐘」藤山一郎           「別れのブルース」淡谷のり子
「イヨマンテの夜」伊藤久男        「温泉芸者」五月みどり
「お座敷小唄」松平直樹          「浮世街道」畠山みどり
「幸せなら手をたたこう」ボニージャックス 「ラ・ノビア」ペギー葉山
「恋をするなら」橋幸夫          「愛と死をみつめて」青山和子

<司会>合田道人

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これまで何度も類似の番組でローズさんの「智恵子抄」がラインナップに入り、6月3日(水)に同じBSテレ東さんで放映された「日本歌手協会歌謡祭プレミアム」でも流されましたが、その際は見落としていました。

作詞の故・丘灯至夫氏は智恵子の故郷・福島二本松に近い田村郡小野新町(おのにいまち 現・小野町)の出身で、本名は西山安吉。郡山市立郡山商工学校(現・福島県立郡山商業高等学校)商業科を卒業後、西條八十に師事し、詩誌『蝋人形』郡山支部主宰となり、同誌に多くの詩を発表しました。生活のためもあって日本放送協会、のち毎日新聞社に勤務。太平洋戦争召集を経て、戦後は『毎日グラフ』記者として活躍しました。

昭和24年(1949)、たまたま手がけることとなった「母燈台」(三益愛子主演映画の主題歌 霧島昇歌唱)の作詞をきっかけに、毎日新聞社に籍を置いたまま日本コロムビアの専属作詞家となり、以後、故郷・福島を謳った「高原列車は行く」(昭和29年=1954 古関裕而作曲 岡本敦郎歌唱)、舟木一夫のデビュー曲「高校三年生」(昭和38年=1963 遠藤実作曲)などのヒット曲を世に送り出した他、テレビアニメ「ハクション大魔王」(昭和44年=1969 市川昭介作曲)、「昆虫物語みなしごハッチ(昭和45年=1970 越部信義作曲)の主題歌なども手がけました。
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その丘灯至夫氏の「「智恵子抄」と私」。

 私が歌謡として書いた「智恵子抄」が、戸塚三博氏の気品ある、曲を得、そしてコロムビア・ローズさんの心をこめた歌いぶりで、ひろくヒットしたことは本当にうれしい。もともとこういう地味な歌は、なかなか大衆にとけこまないレコード界のことだけに、私としても予想外のことであった。この歌は、ご存じのように、高村光太郎の詩集「智恵子抄」を、歌詞化したものだが、純粋な詩を、歌謡化することは、一歩あやまると原詩を汚すおそれがある。しかし私としては郷里が、亡き智恵子さんとおなじ、福島県であり、詩集「智恵子抄」がはじめて世に出た昭和初期から、私の心を魅了しつづけていただけに、私がレコード界に籍をおくようになってから、この歌謡化は、ひとつの大きな念願だった。難かしい仕事ではあったけれど、たまたま病後、静養のため、しばらく福島県、会津のひなびた温泉に滞在中、澄み切った青空の下、安達太良山を背景に、高原のからまつ林の道をゆく、浴衣姿の乙女のうしろ姿を見て、
   東京の空 灰色の空
   ほんとの空が見たいという
 というはじめの二行が、溢れ出たのである。
 この歌は、先にのべた詩集「智恵子抄」の中の「あどけない話」からヒントを得たもので一番の歌詩は、もちろん「あどけない話」がテーマになっているけれど、二番と三番の歌詩は、私のフィクションである。智恵子さんが精神に異常を起こしたのは中年になってからのことで、そのまま歌にしては、いかにも若さを失ってしまう。だから、私の「智恵子抄」は、智恵子さんを、乙女の姿として描いてみたものである。さきごろ、この歌のヒットが縁で、二本松市に招かれ、若いころの智恵子さんの写真や、手紙などを見せていただいたが、私が私なりに感じ、まとめあげたイメージが、そんなに違っていなかったことで安堵した。この歌をローズさんは、今後も折あるごとに歌いつづけるという。私にとっては思い出深い歌のひとつになるであろうし、地下の高村光太郎、智恵子夫妻も、あたたかなやさしい気持で、この歌を聞いて下さっていることと思う。
(ソノシートブック『智恵子のふるさとを訪ねて◆コロムビア・ローズ愛唱歌集◆』日本コロムビア 昭和39年=1964)
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今年4月、新宿で行われた朗読劇「ほんとの空・青い空」公演で、W主演のお一人だった演歌歌手の津吹みゆさんという方が、同公演のカーテンコールで「智恵子抄」を唄われていたそうですし、その後も各地のショッピングモール等での新曲キャンペーン中で「智恵子抄」も唄って下さっています。ありがたし。
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津吹さんも福島ご出身だそうで。

「智恵子抄」、今後とも歌い継がれていってほしいものです。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 40 『レモン哀歌 高村光太郎詩集』

平成3年(1991)1月25日 集英社(集英社文庫) 高村光太郎著
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目次
 ぼろぼろな駝鳥
  失はれたるモナ・リザ 根付の国 寂寥 声 新緑の毒素 父の顔 犬吠の太郎
  さびしきみち 冬が来る 山 冬が来た 牛 道程 秋の祈 わが家 小娘
  丸善工場の女工達 雨にうたるるカテドラル ラコツチイ マアチ 米久の晩餐
  落葉を浴びて立つ 鉄を愛す 月曜日のスケルツオ 白熊 車中のロダン 後庭のロダン
  苛察 火星が出てゐる 冬の言葉 ぼろぼろな駝鳥 当然事 その詩 首の座
  激動するもの 孤独が何で珍らしい 刃物を研ぐ人 もう一つの自転するもの 鯉を彫る
  へんな貧 蝉を彫る
 レモン哀歌
  人に(いやなんです) 郊外の人に 冬の朝のめざめ 人に(遊びぢやない) 深夜の雪
  人類の泉 僕等 樹下の二人 金 鯰 夜の二人 あなたはだんだんきれいになる
  あどけない話 同棲同類 美の監禁に手渡す者 人生遠視 風にのる智恵子
  千鳥と遊ぶ智恵子 値ひがたき智恵子 山麓の二人 レモン哀歌 亡き人に 梅酒
  荒涼たる帰宅 若しも智恵子が 元素智恵子 メトロポオル 裸形
 暗愚小伝
  家
   土下座 ちよんまげ 御前彫刻 楠公銅像
  転調
   彫刻一途 パリ
  反逆
   親不孝 デカダン
  蟄居
   美に生きる
  二律背反
   協力会議 真珠湾の日 ロマン ロラン 暗愚 終戦
  炉辺
   報告(智恵子に) 山林
  わが詩を読みて人死に就けり
 語注
 解説 粟津則雄
 鑑賞 残間里江子
 年譜 小田切進

手持ちのものは平成4年(1992)の第4刷です。1年で4刷、なかなか売れ行きが好調だったようで、林静一氏のカバーイラストも貢献度大だったのではないかと思われます。

ちょっと前まで新刊書店で見かけていたような気がするのですが、残念ながら現在は絶版のようです。

京都から書道展の情報です。

何必館コレクション 近代芸術家の書 展

期 日 : 2026年6月10日(水)~9月27日(日)
会 場 : 何必館 京都市東山区祇園町北側271
時 間 : 10:00~18:00
休 館 : 月曜日 ( 7/20、9/21は開館 )
料 金 : 一般 1,500円/学生 1,300円

 このたび「何必館コレクション 近代芸術家の書展」を開催いたします。「近代芸術家の書」
は、書家の書とは一線を画し、書壇の約束事にとらわれない自由な表現のなかに作家の研ぎ澄まされた感性が凝縮されています。書は、人間の内面を表現することのできる最短距離の芸術です。書の生命は、筆墨紙が織りなす地平を思索の場とすることにあります。一流の芸術家の書は、書かれた言葉の面白さと、肉筆が伝える書き手の呼吸が、文字の上手下手を越えて観るものの心を強烈に惹きつけます。
 本展では、近代日本を代表する画家、陶芸家、彫刻家、詩人、文学者たち芸術家の卓越した造型性や人間性豊かで自由奔放な書など、個性溢れる「書」の世界を、何必館コレクションより厳選した約60点の作品によって展覧いたします。是非ご高覧下さい。
何必館・京都現代美術館長 梶川芳友
出品作家
 北大路魯山人 川端康成 棟方志功 梅原龍三郎 村上華岳 平櫛田中 高村光太郎
 奥村土牛 須田剋太 富本憲吉 会津八一 加藤唐九郎 小倉遊亀 熊谷守一

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光太郎の書も出ています。公式サイトに画像が出ているのは短歌「山にゆきて何をしてくる山にゆきてみしみしあるき水のんでくる」を書いた幅。短歌自体は制作年不詳ですが、昭和4年(1929)、改造社刊行の『現代日本文学全集第三十八編 現代短歌集 現代俳句集』に載っており、そう離れた時期の詠ではないように思われます。この頃、光太郎は尾崎喜八らと連れ立って主に上州山間の温泉地などをよく歩いていました。

書自体は戦後の筆跡に見えます。まったく同じ歌を書いた幅が駒場の日本近代文学館さんに所蔵されており、こちらは昭和25年(1950)のものと分かっています。令和3年(2021)、富山県水墨美術館さんで開催され、当方もいろいろとお手伝いした「チューリップテレビ開局30周年記念「画壇の三筆」熊谷守一・高村光太郎・中川一政の世界展」の際にお借りして展示しました。左下がそちらです。
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二つを見比べてみると、ほとんど同一ですね。光太郎は同じ内容の書を同時に複数書くこともよくありました。

ただ、まったく同じというわけではなく、「こっちはこうしてみよう」「いや、やっぱりこうか?」といった試行錯誤の跡が見えます。どちらが先か分かりませんが。具体的には漢字で「何」と書くか平仮名で「なに」とするか、それから2回出てくる「く」で字母の「久」の形を残すか残さないか、2行目の「あるき」の「き」を「支」(左)にするか「幾」(右)にするかなど。

専門の書家でもここまでこだわる例は少ないように思われることが、二つを見比べると分かってきますね。

さて、「何必館コレクション 近代芸術家の書 展」、ぜひ足をお運び下さい。図録も発行されているようですが、どうも平成23年(2011)に開催された同名の展示の際のものをそのまま流用しているようです。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 39 『高村光太郎』少年少女のための日本名詩選集3

昭和61年(1986)9月25日 あすなろ書房 萩原昌好編
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目次
 読者のみなさんへ
 根付の国 父の顔 山 冬が来た 道程 あたり前 鯰 ぼろぼろな駝鳥 秋を待つ
 母をおもう その年私の十六が来た 詩人 冬の言葉 激動するもの 友よ
 最低にして最高の道 独居自炊 樹下の二人 あどけない話 千鳥と遊ぶ智恵子
 値ひがたき智恵子 レモン哀歌 荒涼たる帰宅 案内 クロツグミ 山の少女
 山からの贈物 山のともだち
 
詩人のプロフィール 現場の先生方へ 父母と教師の皆さんへ

学校図書館用を想定して作られたもののようです。手持ちのものは平成9年(1997)の第15刷です。

4月に刊行されたはずの書籍ですが、ネット上で書影を探しても見つかりませんでした。

『サンデー毎日』総目次・執筆者索引1945~1952  ―新聞社系週刊誌の戦後占領期2

発行日 : 2026年4月
著者等 : 石川偉子監修
版 元 : 金沢文圃閣
定 価 : 52,000円+税

 時局報道をまとめて伝える目的で始まった『週刊朝日』。―対して、生活に関する実用記事を強く意識した『サンデー毎日』。
 本書は総目次を作成することに対して懐疑的な世の中の風潮において、目次情報を確認するための総目次から一歩進んだ使い方が可能となるような書誌・資料目録の在り方を模索する中から編まれた。記事主タイトルや執筆者といった基本項目だけでなく、従来の総目次では採録されることのない記事小見出しや、記事内画像・カットのキャプションについても情報をまとめた。読み込むことで新たな気づきが得られる一冊を目指した。

【第一回配本】2026年4月 ISBN 978-4-86814-086-3 配本揃価48,000円
 上巻 (396頁)
  収録内容 
   『サンデー毎日』総目次 (1945年8 月12 日号~1949 年12 月25 日号)
    1945 年 解説—敗戦後の社会を生き抜くために(杉本佳奈)
    1946 年 解説—日常生活の変化と持続(片岡美有季)
    1947 年 解説—戦後の傷と膿みを綴る(松本拓真)
    1948 年 解説—『サンデー毎日』復活後の安定期(石井花奈)
    1949 年 解説—「ニュース雑誌」が追う革命闘争(須山智裕)
 下巻(482頁)
  収録内容
   『サンデー毎日』総目次(1950年1 月1 日号~1952 年5月10 日号)
    1950年 解説—方向性の模索と充実(渡部裕太)
    1951年 解説—1951年における『サンデー毎日』の映す日常(安藤史帆)
    1952年 解説—1952年の『サンデー毎日』(仲井眞建一)
   〈コラム〉占領期『サンデー毎日』の北海道現地印刷(石井花奈)
   〈コラム〉大佛次郎のもう一つの〝帰郷〟
―『サンデー毎日』連載作品『黒潮』における郷里(泉渓春)
   〈コラム〉『サンデー毎日』に描かれた「朝鮮動乱」(河田綾)
   〈コラム〉『サンデー毎日』に見る地方文化建設(牛路遥)
   〈コラム〉『サンデー毎日』にみるラジオ民間放送の開始(濱下知里)
【第二回配本】2026年10月 ISBN 978-4-86814-087-0 予価4,000円
 別冊(約170頁) 
  序論 戦後占領期『サンデー毎日』の刊行状況および誌面内容について(石川偉子)
  論考 戦後占領期の『サンデー毎日』における検閲(石川巧)
  索引
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近代文学研究などをなさっている方々は「ああ、この手の本か」とすぐおわかりでしょうが、特定の雑誌の目次や執筆者を索引化したものです。主な雑誌などについては、色々な出版社からかなり刊行されており、これまでも随分と使わせていただいて参りました。

『サンデー毎日』に関しては、ゆまに書房さんで創刊号(大正11年=1922 4月)から昭和20年(1945)8月12日号までを収録した『戦前期『サンデー毎日』総目次』が全三巻で既に刊行されています(現在はオンデマンド)。

今回のものは、昭和20年(1945)8月12日号から昭和27年(1952)年5月10日号まで。なぜ昭和27年(1952)で切ったのかよくわかりませんが。

戦前期を含め、光太郎の作品で『サンデー毎日』が初出、というものは今のところ確認できていません。ただ、他紙誌からの転載、光太郎について取材した記事などはいくつかありました。

まず転載系、今回のものの当該期間ですと、昭和25年(1950)10月20日の別冊中秋特別号。
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巻頭にカラー印刷で7ページにわたり「秋風帖」と題し、7人の詩人の旧作に当代一流の画家たちの挿画を添えたページが設けられています。北原白秋/足立源一郎で「片恋」、佐藤春夫/東郷青児の「秋の夜」、萩原朔太郎/古沢岩美による「青空」、室生犀星/山口華楊コンビで「消えゆく虫」、山村暮鳥/福田豊四郎が「ある時」、堀口大学/宮田重雄ときて「秋のピエロ」、そして光太郎/宮本三郎の「或る日」。

「或る日」は昭和3年(1928)9月の作ですので、この時点で20年以上経っています。初出誌が不明でして、翌4年(1929)2月の雑誌『現代文芸』第6巻第2号(素人社)に載ったそうですが、当会顧問であらせられた北川太一先生によればこれも初出ではなく転載だろうとのことです。

元々、光太郎が好感を抱いていた秩父宮雍仁親王と、旧会津藩主松平容保の孫・勢津子妃殿下のご成婚に題を採った詩でした。しかし、『サンデー毎日』に附された挿画は田舎の花嫁が馬で輿入れする姿。転載に際し、光太郎自身が詩の内容や背景を忘れていて、「どんな詩だか思い出せないけど転載は構わないよ」ということでこうなってしまいました。発行されてから秩父宮親王関連だったと思い出した光太郎、「ありゃま」でした(笑)。

それから、遡って昭和22年(1947)6月15日の第26年第25号には「父と子と 愛情に描く“文化の群像” 高村光雲と高村光太郎、豊周」という記事が載っています。芸術家親子ということで、3人の紹介です。光雲は既に亡くなっていましたが。
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今のところ当該期間で確認できている光太郎がらみはこの2冊です。しかしまだあってもおかしくありません。過日ご紹介した不二出版さんの『復刻版 海の旅』同様、国会図書館さんあたりで閲覧可能となったら調べてみようと思っております。国会図書館さんのデジタルデータでは、だいぶ新しい昭和42年(1967)の号からしか網羅されていません。

今回の当該期間外ですと、昭和31年(1956)4月15日の第35年第19号には、光太郎の追悼記事が出ています。
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ちなみにこの号と、上記の別冊中秋特別号は小磯良平、第26年第25号が光太郎と交流のあった硲伊之助が表紙を描いています。昔はそのあたり、豪華でしたね。

この手の特定の雑誌の目次や執筆者を索引化したもの、最近はかつてほど刊行されていないような気がしますが、そういう情報を得られていないだけかもしれません。「こんな雑誌についてのもこの間出たよ」という情報がありましたら、ご教示いただけると幸いです。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 38 『定本高村光太郎全詩集』

昭和57年(1982)6月30日 筑摩書房 北川太一編
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目次
 明治三十五年(一九〇二)
  なやみ
 明治四十年(一九〇七)
  秒刻 マデル 豆腐屋 博士 あらそひ 
  敗闕録
   ㈠われ千たび君を抱かむ ㈡君を見き ㈢遁れたる君は遣らばや
   ㈣眠りてあれか目覚めよか
 明治四二年(一九〇九)
  にほひ
 明治四三年(一九一〇)
  LES IMPRESSIONS DES OũONNAS TU VOIS? LE SOURIRE CACHÉ
   L'ABSINTHE POUSSE―POUSSE Á LA GUM―WA 失はれたるモナ・リザ
  友よ PRÉSENTATION 生けるもの 根付の国
 明治四四年(一九一一)
  画室の夜 熊の毛皮 人形町 甘栗 庭の小鳥 亡命者 鳩 食後の酒 侵蝕 失走
  寂寥 或る日の午後 街上夜曲 雪の午後 声 風 (別れぎは) (散りかかる)
  新緑の毒素 夏 廃頽者より 「河内屋与兵衛」 髪を洗ふ女 「心中宵庚申」 なまけもの
  手 縁日  金秤 はかなごと 狗ころ
  泥七宝
   (ちらちらと) (家を出づるが) (きりきりと錐をもむ) (それと知つて)
   (つくづく見れば) (バタを造れば) (もらつた人形を) (かなしや人は)
   (長き睫毛の) (この守袋は) (淘宮には) (かの国より来し)
   (われは気違ひとぞとよ) (生れてより) (女よ) (蛙が鳴く)
  めくり暦 地上のモナ・リザ 葛根湯 夜半 けもの  あつき日 かるた 髪を洗ふ女
  父の顔 「おもひで」と「夜の舞踏」と 白昼の空気
  泥七宝㈡
   (皮肉ものと) (言葉のほかにも) (読みてゆけば) (知らぬ顔の) (八重次の首は)
   (人ごみの) (無法な雷は) (蓮花の花の) (酔へる人の) (女の涙を) (朝なれど)
   (たてひき知らぬ人に) (おもしろや) (淋しい顔は) (はりに行くとは) (両国橋の)
  ビフテキの皿 恐怖
 明治四五年・大正元年(一九一二)
  青い葉が出ても 赤鬚さん 隣のおきやん 雨 鍵と錠 プリマドンナ 二人 あをい雨
  泥七宝㈢
   (われをなげけとてか) (「勝てば官軍」) (妻もつ友よ) (さけをつくるもね)
  友の妻
  泥七宝㈣
   (弱きは女の) (たとひ離れて) (てんちりんち) (お嫁にゆくを) (月さへいでて)
  人に(いやなんです) N――女史に(「人に」初出) 怨言 ヹネチヤの旅人
  夏の夜の食慾 或る夜のこころ 涙 おそれ からくりうた
  泥七宝㈤
   (ひとりものは) (それでみんなか) (さきがさきなら) (腕をくんで) (腹をたつた)
     (ものおぼえよき人は) (こびとじまの)
  犬吠の太郎 さびしきみち 寂しき道(「さびしきみち」異稿) 梟の族 かなしきこころ
  冬が来る(冬が来る) 或る宵 夜 或問 狂者の詩 郊外の人に 冬の朝のめざめ
  師走十日 戦闘
 大正二年(一九一三)
  人に(遊びぢやない) 深夜の雪 
  カフエにて
   (泥でこさえた) (何もかも) (アメリカ帰りの) (おれの魂を) (無理は天下の)
   (人間の心の影の)
  人類の泉 山 よろこびを告ぐ 冬が来た 冬の詩 粘土 牛 僕等 あたり前 現実
  現実(初出)
 大正三年(一九一四)
  道程 道程(初出) 愛の嘆美 群集に 婚姻の榮唱 万物と共に踊る 瀕死の人に与ふ
  晩餐 五月の土壌 淫心 秋の祈 
 大正五年(一九一六)
  わが家 我家(「わが家」初出) 花のひらくやうに 海はまろく 歩いても
  湯ぶねに一ぱい 晴れゆく空 妹に 無為の白日  無為の白日(初出) 猫
 大正六年(一九一七)
  小娘 (奇麗にお化粧した)
 大正九年(一九二〇)
  序曲 メロン 丸善工場の女工達 
 大正一〇年(一九二一)
  雨にうたるるカテドラル かがやく朝 かがやく朝(初出) ラコツチイ マアチ
  ベルリオの一片(「ラコツチイ マアチ」初出) 米久の晩餐 
 大正一一年(一九二二)
  クリスマスの夜 クリスマスの夜(初出) 真夜中の洗濯 下駄 冬の送別
  五月のアトリエ 沙漠 落葉を浴びて立つ Yoki kora yo! よき子等よ!(翻字)
  冬の子供 Fuyu no Kodomo(初出)
 大正一二年(一九二三)
  樹下の二人 Abraham Lincoln エブラハム リンコン(異稿) 鐵を愛す Liluli
  リリユリ(翻字)
  とげとげなエピグラム
   (夜中になると) (大変いいけれども) (おれは求めてゐる) (雨蛙よ)
   (詩はおれの安全弁) (避難はたのもしい) (おもしろい電車の中) (自分のあたまの)
   (おれの手の届かないさきを) (人のよろこびまで) (おなかが減つて)
   (そんなにおれが) (人のきめてくれた) (自分で自分を) (いいわるいを抜きにして)
   (皮肉ならお止し、夜が) (皮肉ならお止し、どうせ) (それが哲学か)
   (君の思ふ壺から) (喰べたものを) (ロダンを嫌ふのが) (三界をまたにかけた)
   (彫刻は俺の錬金術) (「杉の芽のやうな」) (人麿よ、芭蕉よ)
   (あまりよく知りもせずに) (与謝野晶子の歌に) (六十を越したら)
   (どうかきめないでくれ) (この猛獣を馴らして)
  Shine meshi 支那飯(翻字)
 大正一三年(一九二四)
  春駒 温泉と温泉場 清廉
 大正一四年(一九二五)
  月曜日のスケルツオ 白熊 氷上戯技 首狩 傷をなめる獅子 少年を見る
  ある首の幻想 校庭 狂奔する牛 車中のロダン あの詩人 無口な船長 後庭のロダン
  珍客 葱
 大正一五年・昭和元年(一九二六)
  路ばた 金 十大弟子 鯰 象の銀行 苛察 滑稽詩(穴蔵に先祖代々の兵糧が)
  夜の二人 聖ジヤンヌ 感謝 ミシエル・オオクレエルを読む 新茶 雷獣 秋を待つ
  深夜 大きな嚔 火星が出てゐる 冬の奴 偉大なるもの
 昭和二年(一九二七)
  あなたはだんだんきれいになる 無題(すばらしいものを見た) 懐ふ 二つの世界
  不平な人に あけぼの 怒 或日の日記より(「怒」初出) 笑
  二つに裂かれたベエトオフエン 花下仙人に遭ふ 
  エピグラム
   超現実派 煩瑣派 卑近美派 詩人 新感覚派
  美を見る者  「詩」
  名所
   大湧谷 草津
  母をおもふ 母をおもふ(初出) 北東の風、雨 昔話
  偶作十五篇
 
  (彫刻はおそろしい) (どうせ死ぬ首の中に) (おれは眼を見て) (急にしんとして)
   (翼のある人がある)(「急にしんとして」初出) (人間のからだは) (桃の実は)
   (くるみの種を) (人生への怒は) (人情ぽいものよ) (真の自由の) (女がぽかんと)
   (おれは力が) (木を彫ると) (ふつとさう思ふことがある)
   (朝晩少しひやひやするアトリエで) (平和的な平和を)
  天文学の話 平和時代 殺風景 或る墓碑銘 冬の言葉 その年私の十六が来た
 昭和三年(一九二八)
  ぼろぼろな駝鳥 最後の工程 彼は語る 竜 当然事 なにがし九段 さういふ友
  あどけない話
  偶作
   (うやうやしいのは) (御岳山の行者は)
  あの音 無限軌道 約束 
  夏書十題
   青空 底 寒山詩    うつたうしきもの (ヤマノイモの) さうか、寒公
   (夜明けのかなかなに) 死ねば 無いからいい 一人づつが  
  同棲同類 何をまだ指さしてゐるのだ 或る日 カタバミの実 焼けない心臓 触知
  存在 古事一則 旅にやんで 街上比興 その詩
 昭和四年(一九二九) 
  首の座 独り酸素を奪つて 北島雪山 上州湯桧曽風景 人生 或る筆記通話
  非ユークリツド的 偶作(詩歌の城に) (詩歌の城に)(「偶作」初出) 秋が来たんだ
  激動するもの 上州川古「さくさん」風景 或る親しき友の親しき言葉に答ふ
  孤独で何が珍らしい
 昭和五年(一九三〇)
  のんきな会話 のんきな会話(初出) 春の一年生 刃物を研ぐ人 消えずの火
  籠球スナツプ シヨツト “Die Welt ist scoen” のつぽの奴は黙つてゐる
  耳で時報をきく夜 冷熱 提要(「冷熱」異稿) 南極 機械、否、然り
  友よ(まづ第一に)
 昭和六年(一九三一)
  一艘の船が二艘になること 似顔 不許士商入山門 美の監禁に手渡す者 卓上の七月
  検温 霧の中の決意 ゆつくり急がう レオン ドウベル
 昭和七年(一九三二)
  非ヨオロツパ的なる 非欧米的なる(「非ヨオロツパ的  なる」改稿) 
  もう一つの自転するもの 五月のウナ電
 昭和九年(一九三四)
  「藤島武二画集」に寄す
 昭和一〇年(一九三五)
  人生遠視 風にのる智恵子 「悪魔の貞操」に寄す 寸言 秋風をおもふ ばけもの屋敷
  村山槐多 詩の道
 昭和一一年(一九三六)
  鯉を彫る 荻原守衛 堅氷いたる
 昭和一二年(一九三七)
  少年に与ふ わが大空 よしきり鮫 マント狒狒 象 千鳥と遊ぶ智恵子
  値ひがたき智恵子 秋風辞 夢に神農となる 晴天に酔ふ
  冬が来る(米予想収穫高の発表がすむと) 老耼、道を行く 未曾有の時 詩について
  天日の下に黄をさらさう
 昭和一三年(一九三八)
  手紙に添へて 団十郎像由来 森のゴリラ 潮を吹く鯨 若葉 地理の書 山麓の二人
  孤坐 日本の秋 或る日の記 吾が同胞 子を産む書物 その時朝は来る 群長訓練
  新しき御慶 正直一途なお正月 こどもの報告
 昭和一四年(一九三九)
  米のめしの歌 レモン哀歌 軍艦旗 芋銭先生景慕の詩 初夏言志 初夏到来
  つゆのよふけに 上海陸戦隊をおもふ 乃木大将を懐ふ 事変二周年 肉体 君等に与ふ
  亡き人に 愛について お化屋敷の夜 銅像ミキイヰツツに寄す 紀元二千六百年
  
発足点 北冥の魚 冬 先生山を見る 紀元二千六百年にあたりて へんな貧
  穴ずまひ(「へんな貧」初稿) 私は青年が好きだ 重大なる新年 源始にあり
 昭和一五年(一九四〇)
  ほくち文化 護国神社 蝉を彫る 落日 梅酒 五月のうた 新緑の頃 雷電の夜
  最低にして最高の道 無血開城 純潔 歩くうた 式典の日に 漁村曙 少女立像
  朋あり遠方に之く 世界は美し 太子筆を執りたまふ われら持てり 新年に与ふ
 昭和一六年(一九四一)
  さくら 四月の馬場 風かをる(「四月の馬場」異稿) 清くして苦きもの 少女に
  みかきにしん 協力の磊塊たれ 青年 荒涼たる帰宅 事変はもう四年を越す
     事変はもう四年を越す(初出) 或会議に列して 迎火 純潔のうた 百合がにほふ
  新穀感謝の歌 必死の時 こころに美をもつ 危急の日に 大詔渙発 十二月八日
  鮮明な冬 彼等を撃つ 新しき日に 神のごとく行へ
 昭和一七年(一九四二)
  沈思せよ蒋先生 ことほぎの詞 変貌する女性 シンガポール陥落
  夜を寝ざりし暁に書く 昭南島に題す 或る講演会で読んだ言葉 特別攻撃隊の方々に
  独居自炊 帝都初空襲 戦歿報道戦士にささぐ 与謝野夫人晶子先生を弔ふ 仕事場にて
  民国の民と兵とに与ふ 真珠港特別攻撃隊 鬱勃たる健康 われら文化を
  山道のをばさん 女性はみんな母である 感激をかくさず    感激をかくさず(不許可稿)
  三十年 神とともにあり 新天地 みなもとに帰るもの 少女よ 神これを欲したまふ
  逞しき一念 覆滅彼にあり 寒夜読書 戦にきよめらる われらの道
  決戦の年に志を述ぶ
 昭和一八年(一九四三)
  少女の思へる 殄滅せんのみ 紀元節を迎ふ さかんなるかな造船 「撃ちてし止まむ」
  供木のことば 監視哨 あそこで斃れた友に 艦隊を見る 海軍魂を詠ず 軍人精神
  提督戦死 厳然たる海軍記念日 山本元帥国葬 五月二十九日の事 報道の戦士をたたふ
  われらの死生 「まつた」を知らず 「江田島」を読んで ビルマ独立 友来る
  ぼくも飛ぶ おん魂来りうけよ 勤労報国 粛然たる天兵 救世観音を刻む人
  フイリツピン共和国独立 四人の学生 全学徒起つ 戦に徹す 断じてかへさず
  激戦未だ終らず 大決戦の日に入る 第五次ブーゲンビル島沖航空戦
  十二月八日三たび来る 貴さ限りなし 少年飛行兵 少年飛行兵の夢 少女戦ふ
  海上日出 熱鉄烈火の年 マキン、タラワの武人達 新年よ、熟視せよ 新年は見る
 昭和一九年(一九四四)
  昭南島生誕二周年 臣ら一億楠氏とならん 南洋眼前にあり 品性の美 少年兵
  陽春の賦 敵ゆるすべからず 必勝の品性 春暁におもふ 山林頌 美をすてず 保育
  写真を見て 米英自ら知らず 合せ祀らるる靖国の神に われらの祈 戦意愈々昂し
  古代の如く たのしい少女 弾薬手 根元の道 ほんとの力 婦女子凜烈たり
  黒潮は何が好き 南瓜賦 米英来る 美しき落葉 最大の誇りに起つ 神州護持
  十二月八日四度来る われらの雄たけび わたつみのうた 大東亜の子ども達よ 満三年
  新春に面す
  二千六百五年のむかし 皇太子さま御乗馬
 昭和二〇年(一九四五)
  皇国骨髄の臣 梅花かをる 青春のうた 力を知る 無想の剣 おほぞらのうた
  栗林大将に献ず 神潮特別攻撃隊 戦火 琉球決戦 海軍記念日に 薫風の如く
  勝このうちにあり
  小曲二篇
   (花はなにとて) (木の実草の実)
  石くれの歌
   (石くれは動かない) (あかい佐渡石が)
  一億の号泣 犯すべからず 小曲二篇 石くれの歌 非常の時 松庵寺 武装せざる平和
  永遠の大道 雪白く積めり
 昭和二十一年(一九四六)
  和について 皇太子さま 国民まさに餓ゑんとす 雲 絶壁のもと (観自在こそ)
 昭和二二年(一九四七)
  山菜ミヅ 田植急調子 (リンゴばたけに)
  暗愚小伝
   家
    土下座 ちよんまげ 郡司大尉 日清戦争 御前彫刻 建艦費 楠公銅像
   転調
    彫刻一途 パリ
   反逆
    親不孝 デカダン
   蟄居
    美に生きる おそろしい空虚
   二律背反
    協力会議 真珠湾の日 ロマン ロラン 暗愚 終戦
   炉辺
    報告 山林
  暗愚小伝断片
   わが詩を読みて人死に就けり (死はいつでも)
  山のひろば 蒋先生に慙謝す 脱卻の歌 「ブランデンブルグ」 試金石 岩手山の肩
 昭和二三年(一九四八)
  人体飢餓 東洋的新次元
  山口より
   山口部落 かくしねんぶつ クロツグミ ヨタカ 別天地
  噴霧的な夢 おれの詩 お祝のことば 新年 岩手の人 (人間劣性の)
 昭和二四年(一九四九)
  若しも智恵子が 女医になつた少女 悪婦 山の少女 山からの贈物  月にぬれた手
  滑稽詩二篇
   Rilke Japonica etc. 赤トンボ
  智恵子抄その後
   元素智恵子 メトロポオル 裸形 案内 あの頃 吹雪の夜の独白 
  鈍牛の言葉 山荒れる この年 あいさつ 一九五〇年
 昭和二五年(一九五〇)
  偶作(人が機械をつくるといふ)  典型 建てましよ吾等の児童会館 クチバミ
  金田一国士頌 東北の秋 開拓に寄す 大地うるはし 人間拒否の上に立つ 明瞭に見よ
  船沈まず 遠い地平 初夢まりつきうた 酔中吟
 昭和二六年(一九五一)
  岩盤に深く立て 智恵子と遊ぶ
 昭和二七年(一九五二)
  山のともだち ばた屋 餓鬼 (四つの仮面は) 報告(あなたのきらひな東京へ)
  お正月に
 昭和二八年(一九五三)
  東京悲歌 十和田湖畔の裸像に与ふ かんかんたる君子
 昭和二九年(一九五四)
  記者図 弦楽四重奏 新しい天の火
 昭和三〇年(一九五五)
  開拓十周年 追悼 開びゃく以来の新年 お正月の不思議 生命の大河
 解題(北川太一)
 年譜(北川太一編)
 編者覚え書(北川太一)
 詩題索引

この時点で確認できていた光太郎詩全編を編年体で収めてあります。初出発表形と決定稿がかなり異なる場合には、初出発表形もならべてあります。

先だつ昭和41年(1966)には新潮社から『高村光太郎全詩集』が出ていますが、そちらは詩集を根幹とした配列で言わば紀伝体でした。

当会顧問であらせられた故・北川太一先生の御著作をはじめ、光太郎がらみの出版物を多く刊行なさっている文治堂書店さん。
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PR誌を兼ねた文芸同人誌『とんぼ』も発行なさっていて、第二十二号が届きました。
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北川太一先生の御子息・光彦氏もいろいろ書かれています。

光太郎がらみでは当方の連載「連翹忌通信」。このブログに取り上げたことをまとめたり、書ききれなかったことを補ったりして書いています。

今号は「智恵子のエプロン」。

光太郎智恵子と関わりの深かった雑誌『婦人之友』第18巻第7号(大正13年7月)に、智恵子がデザインし自作したエプロンの写真と型紙が載り、その件を花巻で行われた市民講座で紹介したところ、花巻南高等学校の家庭クラブさんがそれをもとに復元して下さった件です。

その後、花巻での光太郎イベントでお披露目、二本松の智恵子記念館さんや花巻高村光太郎記念館さんで展示されたり、同校文芸部さんの部誌『門』に制作過程のレポートが載ったりもしました。また、さらに花巻の染物屋さんでも復元をして下さっています。
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エプロン エプロン3
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このブログではその都度ご紹介して参りました。

智恵子のエプロン。
東北レポート その1 岩手花巻なはんプラザ 「五感で楽しむ光太郎ライフ」。
「五感で楽しむ光太郎ライフ」報道。
花巻南高校文芸部誌『門 ⅩⅧ』。
みちのく随想 私たちのリレー。
高村智恵子生誕祭 音楽と朗読『智恵子抄』~愛はここから生まれた/「智恵子のエプロン」復刻展示。
花巻高村光太郎記念館 智恵子のエプロン復刻展示報道。
岩手レポート その1 トークイベント「光太郎と賢治 宮沢賢治全集ができるまで」他。

それらの動きも一段落しましたので、まとめのような感じで書かせていただきました。

奥付画像を貼っておきます。ご入用の方、そちらまでご連絡下さい。頒価600円+税だそうです。
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現在、一昨年6月の第十八号まで公式サイトでPDFが公開されていますが。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 37 『高村光太郎選集 6 一九四五年-一九五六年 昭和二〇年-昭和三一年』増訂版

昭和57年(1981)3月20日 春秋社 吉本隆明・北川太一編
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目次
 書簡 昭和二〇の書簡
 詩  松庵寺 雪白く積めり
    暗愚小伝
     家
      土下座(憲法発布) ちよんまげ 郡司大尉 日清戦争 御前彫刻 建艦費
      楠公銅像
     転調
      彫刻一途 パリ
     反逆
      親不孝 デカダン
     蟄居
      美に生きる おそろしい空虚
     二律背反
      協力会議 真珠湾の日 ロマン ロラン 暗愚 終戦
     炉辺
      報告(智恵子に) 山林
         わが詩を読みて人死に就けり
 評論 第四次元の願望
 随筆 玄米四合の問題 倉橋弥一さん 高祖保さんをしのぶ 水野葉舟君のこと
    逸見猶吉の死 尾形亀之助を思ふ 年越し 開墾
 評論 新薬師寺迷企羅像 夢殿救世観音像 法隆寺金堂釈迦三尊像
 詩  蒋先生に慙謝す 「ブランデンブルグ」 人体飢餓 東洋的新次元
 随筆 みちのく便り 一 みちのく便り 二 みちのく便り 三 みちのく便り 四
    詩について語らず――編集子への手紙 信親と鳴滝
 評伝 ミケランジエロ ブオナローテイ
 随筆 山の雪 山の春 山の人々 山の秋 人体について 美と真実の生活 美
 評論 日本詩歌の特質
     日本語の特質 詩形の短小 文語と口語 日本詩歌と押韻
     日本詩歌のリズムについて 自由詩
 随筆 雅歌
 評論 書の深淵 黄山谷について
 随筆 書についての漫談
 詩  智恵子抄その後
     元素智恵子 メトロポオル 裸形 案内 あの頃 吹雪の夜の独白
    典型
 随筆 日本芸術院のことについて アトリエにて1
    父との関係 アトリエにて2・3・4 荻原守衛 アトリエにて5
    モデルいろいろ アトリエにて6・7 生命の創造 アトリエにて8
    焼失作品おぼえ書き アトリエにて9・10
 追補
  日記 昭和二〇年日記(一〇月一七~一二月三一日)
  詩  おれの詩 月にぬれた手 鈍牛の言葉 山荒れる
 解題1 高村光太郎と水野葉舟―その相互代位の関係 吉本隆明
 解題2 第六巻収録作品について 北川太一
 高村光太郎年譜 北川太一編
 作品名総索引
 月報 智恵子遺珠6
  書簡Ⅸ 長沼せん子宛5通 齋藤 新吉・せつ子宛 長沼せん子・斎 藤せつ子宛2通
  後記     
  高村智恵子略年譜

全6巻で刊行された『高村光太郎選集』最終回配本。初版は昭和45年(1970)でした。編年体の編集で、晩年の作品群が収められています。

初版の際には別巻として造型作品集『高村光太郎 造型』が刊行されましたが、増補版刊行時には別巻の増補刊行はありませんでした。

戦前のかなりマイナー(と思われる)雑誌の復刻版です。

復刻版『海の旅』全4巻

発行日 : 2026年5月20日
著者等 : 解説=荒山正彦(関西学院大学教授)
版 元 : 不二出版
定 価 : 112,000円+税

 ”海国日本!……我々日本人はもっと船に近づき船を知ることが肝要である。その第一歩として『海の旅』の普及に努めたい”――「本誌の使命」『海の旅』第2号(1924年12月)より
 近代日本の海上運輸や旅行、観光に関する貴重資料を復刻! 近海郵船株式会社によって1924年に創刊され、1929年に日本郵船株式会社との共同発行となりながら、1933年まで刊行された雑誌『海の旅』。近海とされるその範囲には、瀬戸内海や伊豆諸島・小笠原諸島航路のみならず、樺太、台湾、南洋諸島といった植民地や委任統治領、中国天津・青島航路が含まれ、帝国日本の交通網の中核を担うものであった。運行状況はもちろん、「海国日本」に対する人々の意識、戦前期の海上交通の実態を克明に描き出す。
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内容見本のPDFに、光太郎の名。
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当方が作成した光太郎の初出掲載誌一覧に『海の旅』は含まれていません。他紙誌からの転載でなければ、『高村光太郎全集』等にもれている新発見、あるいは『高村光太郎全集』で「初出掲載誌不明」となっているものということになります。「人々の船旅への思い」とあるので、おそらくエッセイだと推定されます。他に与謝野夫妻や吉屋信子の作品も掲載されているようです。

復刻の原本は、日本郵船歴史博物館さん、北海道大学附属図書館さん所蔵のもの。それでも「第1号(年月不明)および第2巻第2号(1927年2月)は欠号」とのことです。

『海の旅』、よく使う国会図書館さん、日本近代文学館さん、神奈川近代文学館さんに所蔵がないようですし、古書サイト「日本の古本屋」にも掲載がありません。全国の大学図書館の所蔵状況を調べられるサイト「CiNii」では、天理大学附属天理図書館さん、東京農業大学図書館さん、早稲田大学中央図書館さん、そして今回の原本を提供された北海道大学附属図書館さんがヒットしますが、欠号が多いようです。

やはり海運系の雑誌『海運報国』(日本海運報国団)が国会図書館さんに所蔵されており、10数年前にそちらで『高村光太郎全集』にもれていた光太郎のエッセイを3篇見つけました。そのうち、昭和17年(1942)10月の第2巻第10号に載った「海の思い出」というエッセイは、驚嘆すべき内容でした。主として明治39年(1906)~同42年(1909)の欧米留学中の体験が語られていましたが、それまで知られていなかったことがいろいろと明らかになりましたので。まず、日本からアメリカへの航海中のエピソード、それからアメリカからイギリスへ渡った船がタイタニック号と同じホワイトスター社のオーシャニック号だったこと、さらにイギリスから渡仏する際はニューヘヴンからディエップへの航路を使ったことなど。

『海の旅』にはどんな作品が載っているのか、国会図書館さんあたりで閲覧が可能になったところで調査に赴こうと思っております。

それにしても、この手のマイナーな雑誌の復刻、商業的には厳しいと思われますが実に意義のあることです。これまでもいろいろ助けられて来たから言うわけでもありませんが。ちなみに今回の版元の不二出版さんでは、やはり光太郎が寄稿していた与謝野夫妻主宰の『冬柏』なども復刻して下さっています。今後ともこの手の復刻を続けていただきたいものです。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 36 『高村光太郎選集 5 一九四一年一二月-四五年 昭和一六年一二月-昭和二〇年』増訂版

昭和57年(1981)1月20日 春秋社 吉本隆明・北川太一編
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目次
 随筆 十二月八日の記
 評論 戦時下の美術家 戦時の文化
 対談 東亜新文化と美術の問題(川路柳虹)
 詩  大詔渙発 十二月八日 鮮明な冬 彼等を撃つ 新しき日に
 書簡 昭和一六、一七年の書簡
 随筆 子供の頃 某月某日 七月の言葉 一夏安居の弁
 詩  沈思せよ蒋先生 変貌する女性 夜を寝ざりし暁に書く 独居自炊 仕事場にて
    民国の民と兵とに与ふ
 評論 東大寺戒壇院四天王像 興福寺十大弟子 戒壇院の増長天 唐招提寺木彫如来像
    美の日本的源泉 照井瓔三著『国民詩と朗読法』序 朗読詩について
 随筆  与謝野晶子歌集「白桜集」序 希代の純粋詩人――萩原朔太郎追悼――
        あの頃――白秋の印象と思ひ出―― 詩魔佐藤惣之助氏 中原綾子歌集「刈株」序
        八木重吉詩集序
 評論 詩の深さ 詩と表現 詩精神と日常生活 詩の進展 言葉の美しさ 詩の本質
    戦争と詩
 詩  山道のをばさん 三十年 神とともにあり 少女よ 神これを欲したまふ
    覆滅彼にあり 寒夜読書 監視哨 あそこで斃れた友に 突端に立つ われらの死生
    「まつた」を知らず ビルマ独立 粛然たる天兵 救世観音を刻む人
    フイリツピン共和国独立 四人の学生 戦に徹す
 書簡 昭和一八~二〇年の書簡
 随筆 日本の母 人意以上のもの
 評論 某月某日
 随筆 乏しきに対す 人類清濁の分るるところ 卑俗との戦 厳たり古代のこころ
 評論 野間清六編「埴輪美」序
 随筆 ロダンの手記談話録
 評論 ドナテロ小感 関義訳ブルデル「ロダン」序 清水多嘉示著「巨匠ブルデル」序
 随筆 とびとびの感想
 評論 彫刻その他 美の中心 能の彫刻美 十大弟子 天平彫刻の技法について
 随筆 仕事はこれから 罹災の記 日本婦道の美 自信を以て起て 平常心を豊かに
 詩  陽春の賦 必勝の品性 美をすてず 保育 古代の如く たのしい少女
    黒潮は何が好き 南瓜賦 美しき落葉 力を知る 戦火 琉球決戦 一億の号泣
 随筆 回想録
 補遺
  随筆 美術学校時代 埃及彫刻の話
  日記 昭和二〇年日記
  書簡 椛沢ふみ子への書簡
 解題1 二題の回顧について 吉本隆明
 解題2 第五巻収録作品について 北川太一
 月報 智恵子遺珠5
  画室の冬
  書簡Ⅷ 長沼せん子宛三通 齋藤 新吉・せつ子宛二通 長沼修二宛
  斎藤新吉・せつ子・長沼せん子宛
後記    

編年体でさまざまなジャンルの作品を一冊に収めた全6巻の第5回配本で、初版は昭和43年(1968)。太平洋戦争開戦の昭和16年(1941)12月から終戦の同20年(1945)8月までの作品を収めてあります。

時期が時期だけに、全文筆を当たるとコテコテの翼賛詩文が多いのですが、そうでないものを中心にしています。それでも翼賛詩文も無かったことにはせず、重要と思われるものは網羅されています。

繰り返し書いていますが、一部の文学者の全集、選集の類では翼賛詩文はまったく無かったことにされたりし、しっかり書いていたにもかかわらず「反戦の視線を貫いた」と評されている者もいます。ちゃんちゃらおかしいと言わざるを得ません。

5月28日(木)、『朝日新聞』さんの長崎版に載った、元長崎原爆資料館長にして芥川賞作家の青来有一氏のエッセイです。

(信と偽のあいだ)日常、僕の前に未踏の山

000 どこから手をつけたらいいのかわからないで行き詰まる、そんな経験はだれにでもあるのではないかと思います。
 山の頂上は見えていながら登るルートがわからない、あるいは前人未踏の山でルートそのものを自分でつくりだしていかなければならない、そんな状況を思い浮かべたらイメージしやすいかもしれません。
 高村光太郎の『道程』の精神、「僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る」という、その凜(りん)とした気魄(きはく)は尊いのですが、世の中の取り組みの多くは先人がつくった道を知っていれば効率的に解決もできるはずです。長い時間をかけて学ぶのもそのためで、常に創造的であることは難儀なことです。
 とはいっても、日々の暮らしのいたるところに小さな未踏の山は出現します。超えなければいけないのにどう辿(たど)ったらいいのかわからないで立ちすくむ、些末(さまつ)なことを含めたら、毎日、そのような事態に直面しているのではないかと思います。
 この春、ある本の解説を頼まれ、まとまった量の文章を書くことになりました。自分として以前からその作者もよく知っていて、その本を巡る様々な反響も理解しているつもりで、気楽に引き受けましたが、さあ、書こうとすると書けない。全集をめくり、図書館から関連の解説本も借りて傍らに積み上げ、国会図書館から古い文献の複写を取り寄せもしましたが、密集した枝葉や蔦(つた)や葛がまとわりついて藪(やぶ)で身動きができないような状況に陥り、うーんと唸(うな)って机に長くへばりついていました。夜は眠れないし、顔は青ざめ、それこそ遭難状態です。
 締め切りまでいよいよ残り少なくなり、なんとか最初の一文を書いたら後の文章はするするとでてきて、危ういところで脱したのでした。
 19年間、ひとり暮らしをしていた日々を思い出しました。外食は費用がかかり、栄養も偏るので自炊していたのですが、食事の準備は自分ひとりでも、毎日続くとなるとじわじわと重荷になってきます。
 今夜、なにを食べるか、頭が真っ白になってなにも思い浮かばない日もありました。今ならインターネットで検索したりもできるでしょうが、携帯電話も普及する前で、仕事帰りのバスでなにを食べるか、けっこう深刻に思い悩んでいる自分に気づいて苦笑しました。
 そんな時は市場やスーパーマーケットに飛び込み、あれこれ食材をながめていたら、手短で簡単にできるメニューが思い浮かぶのでした。
 0から1の飛躍が難しい。よく、そう感じます。1を数えたら2、3、4……と自然に続きますが、解決の糸口となる1がなかなか見いだせません。
 数学史では「0の発見」が大きな飛躍ですが、日々の暮らしは、実は小さな「1の発見」の連続ではないかとも思います。0と1の間の深淵(しんえん)をひょいと飛び越え、暮らしの中に出現する未踏の山々を登ったり、降りたりしているのが、私たちの日常のようです。


青来氏の連載エッセイ「信と疑のあいだ」。『朝日』さんの長崎版で月イチの掲載のようです。その後、1ヶ月遅れくらいで朝日さんが運営されている読書関連サイト「好書好日」内にアップされています。今回のものも今月中には出るのでしょう。
000
日々の暮らしの中でも「未踏の山」の連続。それがエベレスト級の物凄いものではないにせよ、今日という日と同じ日が再び訪れないかぎり、そうなのでしょう。自炊のメニューのお話、自分が独り暮らしをしていた頃を思い出してニヤニヤしてしまいました(笑)。

0から1への飛躍が難しい」「1を数えたら2、3、4……と自然に続」く、という件。物書きあるあるだな、と思って苦笑しながら読みました。当方は「3」とか「4」が先に思い浮かび、遡って「1」や「2」で帳尻を合わせることもしばしばですし、そうならないために常に「1」をストックしておこうともしています。

僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る」とばかり、クリエイティブに生きるのもなかなか難しいものだと、改めて実感させられました。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 35 『高村光太郎選集 4 一九三三-一九四一年 昭和八-昭和一六年』増訂版

昭和56年(1981)12月20日 春秋社 吉本隆明・北川太一編
PXL_20260603_012952539 PXL_20260603_013010662 PXL_20260603_013042962
目次
 書簡 中原綾子への書簡
 詩  人生遠視 風にのる智恵子 千鳥と遊ぶ智恵子 値ひがたき智恵子 山麓の二人
    或る日の記 レモン哀歌 荒涼たる帰宅 亡き人に 梅酒
 短歌 昭和十三年(一九三八)ごろ
 随筆 智恵子の切抜絵 智恵子の半生 九十九里浜の初夏 某月某日Ⅰ(昭和一一年六月)
    某月某日Ⅱ(昭和一四年一月) 某月某日Ⅲ(昭和一四年四月)
    某月某日Ⅳ(昭和一四年九月) 某月某日Ⅴ(昭和一六年五月)
    コスモスの所持者宮沢賢治 宮沢賢治に就いて 与謝野先生を憶ふ
    八木重吉について 夭折を惜しむ――中原中也のこと 芭蕉寸言 新茶の幻想
    ヒウザン会とパンの会 本面について 揺籃の歌
 評論 一彫刻家の要求 画に於ける詩精神 写生の二面
 詩  寸言 ばけもの屋敷 村山槐多 鯉を彫る 荻原守衛 堅氷いたる よしきり鮫
    マント狒狒 象 森のゴリラ 潮を吹く鯨 北冥の魚 未曾有の時 吾が同胞
    芋銭先生景慕の詩 つゆの夜ふけに 蝉を彫る 雷電の夜 歩くうた 世界は美し
    青年 迎火
 随筆 小刀の味 九代目団十郎の首 こごみの味
 評論 美意識について
 随筆 蟻と遊ぶ
 評論 比例均衡
 随筆 手 
    身辺三題
     悠久山の一本欅 ほくろ 「こどもの報告」
 評論 書について
 随筆 詩の勉強 谷中の家
 評論 彫刻性について
 随筆 手形
 評論 仏画賛
 随筆 しやつくり病
 評論 木彫地紋の意義 ロダンの素描
 随筆 鷗外先生の「花子」 自作肖像漫談 自分と詩との関係 母のこと 三十年来の常用卓
   雷ぎらひ 蝉の美と造型 間違のこと
 評論 永遠の感覚
 随筆 姉のことなど 野菜の美
 評論 戦時、美を語る 美の健康性 彫刻家の場合
    奉祝展に因みて
     美術行政について 油絵の問題 彫刻寸言
 随筆 芸術政策の中心
 評論 芸術と国民生活 詩精神 芸術による国威宣揚
 随筆 中央協力会議の印象
 評論 ミケランジエロの彫刻写真に題す 彫刻に何を見る 美術館の事その他
 詩  秋風辞 夢に新農となる 老耼、道を行く 天日の下に黄をさらさう 地理の書
    群長訓練 事変二周年 君等に与ふ 銅像ミキイヰツツに寄す へんな貧
    源始にあり ほくち文化 最低にして最高の道
    無血開城(わが愛するフランスの為に) 太子筆を執りたまふ 強力の磊塊たれ
    事変はもう四年を越す 必死の時 危急の日に
 追補
  随筆 木彫ウソを作つた時
   父・光雲作の仏像
   某月某日Ⅵ(昭和一一年一一月)
  評論 羽仁五郎氏著『ミケルアンヂエロ』
   本邦肖像彫刻技法の推移
 解題1 崩壊の様式について 吉本隆明
 解題2 第四巻収録作品について 北川太一
 月報
  智恵子遺珠4
   現代日本の文学に対するアマチユアの注文と感想 貧しく、飾らず、単純であれ 
   暴力は臆病の変形 建設の根源は此処にあり 生き甲斐ある悩みを悩め 棄権
   書簡Ⅶ 長沼せん子宛 三通
 後記

初版は昭和42年(1967)。編年体でさまざまなジャンルの作品を一冊に収めた全6巻の第4回配本です。昭和8年(1933)から昭和16年(1941)ということで、智恵子の心の病の昂進そして死、世の中も日中戦争から太平洋戦争開戦と激動し、それにともなって光太郎も翼賛体制に自ら飛び込んでいく、大変革の時期です。連作詩「猛獣篇」が徐々に翼賛的になっていくさま、愚にもつかない翼賛詩群と「智恵子抄」所収の珠玉の詩篇が並行して書かれていた事実が重くのしかかります。

昨日も上京しておりました。文京区立森鷗外記念館特別展「近代文学でよむ文(ふみ)の京(みやこ)の坂と名所」の関連講演「文京から花開いた文学散歩―野田宇太郎と観潮楼を起点に」拝聴のためです。

展示自体は4月のうちに拝見。もう1度見ようかとも思ったのですが、昨日は家庭の事情でギリギリまで自宅兼事務所に居なければならなくなり、到着予定がほぼ開場の時間。それでも5分、10分の余裕がありましたので、会場近くの菊見せんべい総本店さんに寄り道。
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看板商品の一つ、正方形のせんべいをゲット。

明治8年(1875)創業だそうで、同16年(1883)生まれの光太郎が本郷区駒込林町155番地の実家と上野の東京美術学校とを往復していた通学路にあり、光太郎のエッセイ「私の青銅時代」(昭和29年=1954)にも登場します。
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やはり近くに住んでいた鷗外にも親しまれた、ということですが、鷗外関連の文献等でこちらに触れられたものがあるのかどうか、寡聞にして存じません。ご存じの方、ご教示いただければ幸いです。

さて、鷗外記念館さんに到着。
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明治25年(1892)から大正11年(1922)まで鷗外が住んだ「観潮楼」跡地にあり、ここで催された歌会に光太郎も参加(逃げ回っていて数える程しか顔を出しませんでしたが)した他、「軍服着せれば鷗外だ事件」(大正6年=1917)の際には光太郎は鷗外に呼び出されてネチネチと説教されました(笑)。

光太郎の方では鷗外を敬して遠ざける部分があり、鷗外の方では「しょうもないやつだ」と苦笑しながらも光太郎を認めていたようです。

東海大学さんの大木志門教授によるご講演「文京から花開いた文学散歩―野田宇太郎と観潮楼を起点に」は、開催中の企画展「近代文学でよむ文(ふみ)の京(みやこ)の坂と名所」が文京区内の文学散歩的な部分を前面に押し出していますので、「文学散歩」がキーワード。

文豪等の故地や先品の舞台などを巡る文学散歩は、既に戦前からそうした動きはあったものの、本格的になるのは戦後のことです。キーマンは野田宇太郎。光太郎とも交流のあった福岡出身の詩人・編集者です。野田は昭和26年(1951)から『日本読書新聞』に「新東京文学散歩」の連載を始め、早くも同年に単行本化されベストセラーに。さらに昭和36年(1961)からは雑誌『文学散歩』(雪華社)も主宰しました。
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野田の文学散歩への傾倒は、観潮楼がその起点である、というお話。観潮楼は昭和20年(1945)1月29日の空襲で灰燼に帰しましたが、翌年に野田自身が観潮楼跡地で武石弘三郎作の鷗外胸像(現在は森鷗外記念館蔵)が地元でも忘れ去られかけているのを目の当たりにし、「このままに放置すれば文豪鷗外の名はおろか文学さへ焼失するのではあるまいか」と危機感を抱いたことに始まるそうです。

ご講演レジュメの項目名のみ列挙します。
 ・「文学散歩」への再注目
 ・野田宇太郎(1909~1984)
 ・「文学散歩」ブームを作る
 ・「観潮楼」にはじまる
 ・観潮楼から広がる失われゆく「文学」への思い
 ・千駄木の高村光太郎アトリエ
 ・高村光太郎作品の中の千駄木
 ・『新東京文学散歩』の中の文京
 ・野田宇太郎の文京・文学散歩コース
 ・森川町の徳田秋聲宅の保存運動
 ・文学館運動への発展
 ・文学散歩の更新者・前田愛(1931-1987)
 ・鷗外『雁』の「無縁坂」
 ・土地の記憶を辿る「文学」
 ・徳田秋聲『縮図』(1941年)における白山の描写
 ・まとめ:「よりよく都市を生きる」知恵としての「文学散歩」

大木教授、徳田秋聲がご専門ですので、そちらのお話も。それから野田の文学散歩系についても近年、論考や再評価が為されているという点、野田の衣鉢を継ぐ前田愛の業績の紹介など。

近くに住んでいた光太郎についても触れて下さいました。ありがたし。「高村光太郎作品の中の千駄木」の項では、詩「丸善工場の女工達」(大正9年=1920)、同じく「荒涼たる帰宅」(昭和16年=1946)、エッセイ「十二月八日の記」(昭和17年=1942)が取り上げられました。

その他、文京区内の東京都指定文化財や同じく指定旧跡系のお話も。徳田の旧宅も野田らの奔走、さらに文壇あげて声を出した結果保存され、「指定文化財」として残っているそうです。また、鷗外記念館さん自体も観潮楼跡地と言うことで、元の建造物が現存しない跡地であるにもかかわらず「指定旧跡」に選ばれています(これにも野田の関与)。他に近代文学系では「幸田露伴宅跡」「石川啄木終焉の地」なども。文京区さん、さすがに「文(ふみ)の京(みやこ)」と称するだけあって、そのあたりはしっかりしています。

光太郎終焉の地・中野の中西利雄アトリエ(ちなみに上記の雑誌『文学散歩』表紙絵は中西利雄の手になるものです)は保存運動の甲斐なく現地保存を断念、移築の方向で解体した部材を保管しているところですが、はっきり言って中野区はそうした部分への理解が全く欠けていると言わざるを得ません。まぁ、中野駅前の中野サンプラザに関する迷走ぶりで全国に醜態をさらしているところからもよくわかりますが。

やはり家庭の事情で終了5分程前に申し訳ありませんが退出させていただきました。田舎に住んでいますと、その5分の差で帰り着くのが1時間ずれます。

さて、特別展「近代文学でよむ文(ふみ)の京(みやこ)の坂と名所」、6月28日(日)までの開催です。まだ足を運ばれていない方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 34 『高村光太郎選集 3 一九二三-一九三三年 大正一二-昭和八年』増訂版

昭和56年(1981)11月20日 春秋社 吉本隆明・北川太一編
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目次
 評論 美の立場から(震災直後)
     一 「事実」の力 二 美の標準に拠る 三 最初の覚悟     四 夢――極東の田園都市
     五 出来ない相談 六 出来る相談
 随筆 母性のふところ 若い人へ
 随筆 短歌 工房よりⅡ(抄) 工房よりⅢ(抄) 工房よりⅣ(抄)
 随筆 顔
 翻訳 エブラハム リンカンの死(ウオルト ホヰツトマン)
    風を称ふ(エミイル ヹルハアラン) ミケランジユ(エミイル ヹルハアラン)
    私の部屋(エミイル ヹルハアラン) 一九一五年の春(エミイル ヹルハアラン)
    病院(エミイル ヹルハアラン) 葬式(エミイル ヹルハアラン)
 詩  清廉 月曜日のスケルツオ 白熊 氷上技戯 傷をなめる獅子 狂奔する牛 
    十大弟子 鯰 象の銀行 苛察 滑稽詩 夜の二人 聖ジヤンヌ 
    ミシエル オオクレエルを読む 雷獣 深夜 火星が出てゐる 偉大なるもの
    あなたはだんだんきれいになる 無題 懐ふ 二つの世界 怒 
    二つに裂かれたベエトオフエン 花下仙人に遇ふ エピグラム
    超現実派
     煩瑣派 卑近美派 新感覚派
    詩人 美を見る者 「詩」 母をおもふ その年私の十六が来た 北東の風、雨 昔話
    殺風景 偶作十五 或る墓碑銘 冬の言葉 ぼろぼろな駝鳥 
 短歌 千駄木町小学校附近 工房雑詠
 随筆 彫刻的なるもの 成瀬前日本女子大学校長の胸像を作りながら
    ロマン ロラン六十回の誕辰に アンケート 世界平和の日 私の好きな世界の人物
 訳詩 Ara Pacis(平和の祭壇)
 評論 楽聖をおもふ――ベートオヴエン百年忌を迎へて
 アンケート 新時代の女性に望む資格のいろいろ
 随筆 ルイ十六世所刑の図 人の首 雑記帳より パンの会の頃
 評伝 オオギユスト ロダン
  序にかへて 一、一個の全球 二、親ゆづり 三、善い姉さんと腹の出た家と
  四、始まり 五、実地修行 六、修道院 七、下働きと仕立女工 八、総決算と新時代
  九、苦境と愉楽と 十、振出しへ返る事 十一、自己の道
  十二、「歩む人」と「地獄の門」と 十三、胸像群
  十四、記念像群及「バルザツク」の彫刻的意義 十五、一九〇〇年以後
  十六、晩年、死、死 十七、「小さい花子」
 アンケート 余はかく詩を観ず 詩界に就て
 評伝 ホヰツトマンの事
  一、自然現象 二、先祖調べ 三、和蘭のしわざとクエイカア宗 四、母
  五、父、或る臆測
 随筆 近状 百三十五番地
 書簡 更級源蔵・真壁仁への書簡
 詩  当然事 なにがし九段 あどけない話 さういふ友 偶作二篇 無限軌道
    夏書十題(抄) (一生かかつて) 死ねば 無いからいい 一人づつが 同棲同類
    何をまだ指さしてゐるのだ 或る日(昭和三年九月二十八日) 焼けない心臓
    触知 存在 旅にやんで 街上比興 その詩 首の座 人生 或る筆記通話
    秋が来たんだ 激動するもの 或る親しき友の親しき言葉に答ふ 孤独が何で珍しい
    のんきな会話 刃物を研ぐ人 籠球スナツプ シヨツト “Die Welt ist scoen”
    のつぽの奴は黙つてゐる 耳で時報をきく夜 冷熱 南極 機械、否、然り 友よ
    一艘の船が二艘になること 似顔 不許士商入山門 美の監禁に手渡す者
    卓上の七月 検温 ゆつくり急がう レオン ドウベル 非ヨオロツパ的なる
    もう一つの自転するもの
 アンケート 断想――既成文壇の崩壊期に処す
 随筆 小父さんが溺れかけた話
 評論 触覚の世界 生きた言葉
 随筆 岸田劉生の死
 評論 詩そのもの 詩について 正と譎と
    七つの芸術
     一、絵画について 二、彫刻について 三、建築について 四、音楽について
     五、映画について 六、書について 七、詩について
    日本語の新らしい美を
 評伝 ヹルハアラン
 追補
  随筆 遙にも遠い冬 天 ヘルプの生活 岸田兄の死を悼む
 解題1 成熟について 吉本隆明
 解題2 第三巻収録作品について 北川太一

 月報 智恵子遺珠3
 哀憐な美しさを見ます 芝居好きの婦人と読書好きの婦人と ロダンを見遁がした恨み
 書簡Ⅵ 長沼啓助・禎子宛 病感雑記

初版は昭和42年(1967)。編年体でさまざまなジャンルの作品を一冊に収めた全6巻の第3回配本です。

第2話と第3話を混同していました。6月8日(月)、6月12日(金)の第2話では湯畑の話にはならないようです。

テレビ番組の再放送情報です。

プロレス温泉 第3話 【草津温泉を満喫】武藤敬司が語ったアントニオ猪木の温泉秘話

BS TBS 2026年6月15日(月)  23:30〜00:00 6月19日(金)  23:30〜00:00

プロレス界のレジェンド、長州力&武藤敬司が後輩の清宮海斗を引き連れ温泉へ。無類の温泉好きのプロレスラーが極上の温泉宿で心と身体を癒す!  本能の赴くままに行動。せっかちなベテラン長州力&武藤敬司とせっかちな大先輩に振り回されるしっかり者な後輩・清宮海斗が織りなすデコボコ温泉旅。温泉旅を通して見られるレスラーの筋肉美、3人の食べっぷりは必見! 長州&武藤の現役時代の秘話などプロレス談義も繰り広げます。

長州力と裸の付き合いをして距離を縮めた清宮海斗に…翌朝、思いもよらぬ悲劇が! 長州の投稿したSNSが騒動を巻き起こす! 湯畑で先輩たちのために、おつかいに出かける清宮。その裏で長州&武藤はやりたい放題。大先輩の珍行動に清宮絶句! 驚愕の展開が…

【出演】長州力、武藤敬司、清宮海斗(プロレスリング・ノア)
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今年3月から始まった番組で、第3話の初回放映は3月31日(火)でした。

草津温泉にはシンボルの湯畑の周囲に巡らせた白御影の柵に、黒御影のプレートで「草津に歩みし百人」の名が刻まれています。草津町の町制100周年記念事業として平成12年(2000)に設置されました。
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古代から昭和の草津を訪れた著名人100人をセレクトし、氏名、肩書、いつ草津に来たかが刻まれています。複数回訪れている場合には主な来訪年。
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光太郎も含まれています。ありがたし。

というか、同時に刊行された冊子『草津に歩みし百人』では、光太郎詩「草津」(昭和2年=1927)が巻頭にドーンと。
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似顔絵はあまり似ていませんが(笑)。
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以前にも書きましたが、光太郎の草津行は、詩「草津」を書いた昭和2年(1927)以後も、記録に残る限り昭和4年(1929)にはおそらく交流の深かった詩人の尾崎喜八と共に、それから昭和8年(1933)にも心を病んだ智恵子の保養のために訪れています。残念ながら尾崎や智恵子の名は「百人」に入っていません。

さて、「プロレス温泉」。

ちらっと「草津に歩みし百人」が取り上げられます。湯畑で長州力さんと武藤敬司さんが座ったベンチの前にも刻名プレートがあり、「こりゃ何だ? ああ、そういうことか」という流れでした。
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しかも、たまたまお二人の目の前が光太郎のプレートで、「高村光太郎、知ってるぞ」的な(笑)。
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さらにお二人、「いくら金を出せば俺らの名前を入れてくれるかな?」(笑)。「そういう問題じゃないだろう」と思ったのですが、調べたところあながち無くもないようで、何と平成26年(2014)には101人目として「ルシウス・モデストゥス」が追加されていました。映画「テルマエ・ロマエ」で阿部寛さんが演じた古代ローマの浴場設計師で、現代の日本にタイムスリップし、草津も訪れたという設定でした。こういう遊び心も良いですね。
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ちなみに草津温泉、中心街から少し離れた囲山公園には、光太郎の「草津」詩碑があります。光太郎の実弟で人間国宝だった鋳金家・髙村豊周の弟子筋に当たる故・西大由氏によってパネルが制作されました。光太郎が遺した手控えの詩稿を拡大したもので、平成2年(1990)の建立です。
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草津を訪れられる方、ぜひこちらもご覧下さい。ご覧下さい、といえば、「プロレス温泉」も
ぜひ。
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【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 33 『高村光太郎選集 2 一九一二-一九二三年 大正一-一二年』増訂版

昭和56年(1981)10月20日 春秋社 吉本隆明・北川太一編
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目次
 詩  友の妻 
泥七宝(四) 人に ヹネチヤの旅人 怨言 夏の夜の食慾 或る夜のこころ
    涙 おそれ 泥七宝(五) 犬吠の太郎 カフエにて 冬が来る 或る宵 カフエにて
    夜 狂者の詩 郊外の人に 冬の朝のめざめ カフエにて 師走十日 戦闘 人に
    カフエにて 深夜の雪 人類の泉 よろこびを告ぐ 冬の詩 冬が来た 粘土 牛
    僕等 あたり前 現実 道程 晩餐
 評論 彫刻に関する二三の感想
 随筆 所感
 評論 言ひたい事を言ふ 大正博覧会の彫刻を見て所感を記す
    印象主義の思想と芸術
     一 概観 二 エドワール マネ 三 クロード モネ及び新印象派画家
     四 アルフレ シスレー 五 カミーユ ピサロ 六 オーギユスト ルノワール
     七 エドガー ドガ其他 八 ポール セザンヌ、附、後期印象派 九 附言
     年表
 詩  妹に 猫 小娘 (奇麗にお化粧した) メロン 丸善工場の女工達
 評論 文展分評 彫刻
 随筆 彫刻家ガツトソン ボーグラム氏 高村光太郎彫刻会趣意
 評論 ロダンに就いて二三の事
 翻訳 ロダンの言葉・続ロダンの言葉(抄)
 訳詩 明るい時(エミイル ヹルハアラン)
 詩  雨にうたるるカテドラル ラコツチイ マアチ 米久の晩餐 クリスマスの夜
    真夜中の洗濯 下駄 冬の送別 五月のアトリエ 沙漠 落葉を浴びて立つ
    冬の子供 樹下の二人 Abraham Lincoln 鉄を愛す とげとげなエピグラム
    (詩歌の城に)
 随筆 「一隅の卓」より
 追補
  詩  かなしきこころ 或問
  翻訳 反逆――ジヤン クリストフ(ロマン ロラン)
  随筆 私の事
 解題1 <自然>の位置 吉本隆明
 解題2 第二巻収録作品について 北川太一
 月報 智恵子遺珠2
  書簡Ⅳ 長沼両親宛 長沼両親宛 
  女流作家の美術観
 女なる事を感謝する点 私の最も幸福と感じた時 海か山かに
  書簡Ⅴ 長沼せん子宛 長沼今朝吉宛 長沼せん子宛 斎藤辰之介宛
  後記

初版は昭和42年(1967)。編年体でさまざまなジャンルの作品を一冊に収めた全6巻の第2回配本です。

神奈川県からクラシック歌曲の公開講座情報です。

歌曲アンサンブル研究会 第286回 6月例会

期 日 : 2026年6月18日(木)
会 場 : ミューザ川崎 音楽工房 市民交流室 神奈川県川崎市幸区大宮町1310
時 間 : 18:30~20:30
料 金 : 会員は無料 非会員1500円(聴講のみ) 学生500円

この研究会は、1997年二期会ドイツ歌曲研究会のシステムの変更に伴い、そこに在籍していたピアニストを中心に「歌曲伴奏研究会」として結成されましたが、21世紀を迎えるにあたり、アンサンブルの重要性を再認識すべく「歌曲アンサンブル研究会」と改称し、現在に至ります。約100名のピアニスト、声楽家、作曲家と一般会員により、歌曲を中心に「例会・公開レッスン講座」、「試演会」「定期コンサート」の活動を行い、「研究会便り」を発行しています。

例会では、これまでに会の趣旨に賛同された各分野の第一線で活躍される多くの方々を、講師に招いています。海外からもウィーン国立歌劇場の専属歌手として活躍されたオリヴェラ・ミリャコヴィチ女史をはじめとして、元シュトゥットガルト国立音楽大学教授のブルース・アーベル氏他、経験豊かな講師陣をお迎えしています。

例会ではそれぞれの分野で活躍していらっしゃる方々を講師に招き、 和やかな中にも毎回充実した成果をあげております。
※原則として、受講(演奏)できるのは、会員のみとなっております。
※非会員の方も聴講可能です。

プログラム
 1. 君死にたもうことなかれ  与謝野晶子 詩 朝岡真木子 曲
   西澤しのぶ(Sop)  入佐弥生(Pf)
 2. 歌曲集「夕暮れ巴水」より 幸福の形/ゆきみち  林望 詩 朝岡真木子 曲
   本宮廉子(Sop)  南日美奈子(Pf)
 3. 組曲「智惠子抄」より レモン哀歌  高村光太郎 詩 朝岡真木子 曲
   広川法子(Sop)  末松茂敏(Pf)

講 師:朝岡真木子氏(作曲家・ピアニスト)

東京藝術大学音楽学部作曲科卒業。2011年「音のポケット」により日本童謡賞を受賞。全音楽譜出版社より『朝岡真木子歌曲集』、『朝岡真木子歌曲集2』、組曲「あなたへ」(『二期会日本歌曲研究会作品集2』)、女声合唱曲集『花のなみだ』、女声合唱とピアノのための組曲『妖精模様』『まほろばの大和し美し』、カワイ出版より歌曲集『夕暮れ巴水』等が出版されている。CD(全作品の作曲及びピアノ演奏)として、『きっと 春は くる』〜木内弘子 朝岡真木子を歌う〜、『音のパレットⅤ』〜大澤一彰が歌う朝岡真木子の世界、組曲『智惠子抄』〜清水邦子が歌う、『子猫のミオとぼく』〜佐藤征一郎 バスバリトン 朝岡真木子の歌曲を歌う、等々がある。
楽譜・コンサート情報はangelongakuasaoka.blogspot.comに掲載しております。
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どういう形式なのか今ひとつわからないのですが、「受講(演奏)できるのは、会員のみ」とあるので、レッスンを公開するという感じなのではないかと思われます。過去の例を見てみますと、作曲家の方が講師を務められ自作の曲を課題として取り上げる場合もあれば、歌手の方(中堅からベテラン?)が講師となって他の歌手の方(おそらく若手なのでしょう)に指導なさるというパターン、それから「試演会」と銘打ち、コンサート形式に近い形でということもあるようです。

プロ、もしくはそれに近い歌曲アンサンブル研究会員の方々はもちろん、一般ピープルも聴講できるということです。

今回は連翹忌の集いにもいらして下さったことがおありの作曲家・朝岡真木子氏が講師。令和元年(2019)に初演され、令和4年(2022)には楽譜集『朝岡真木子歌曲集2』に収録、令和5年(2023)にメゾソプラノの清水邦子氏の歌唱でCD(ライナーノートを書かせていただきました)もリリースされた組曲『智恵子抄』から「レモン哀歌」が取り上げられます。

他に2曲、光太郎の姉貴分・与謝野晶子の詩「君死にたまふことなかれ」(明治37年=1904)に曲を付けたものと、光太郎と同年生まれの川瀬巴水の新版画からインスパイアされた林望氏作詞のものも。

以前にも書きましたが、楽譜集『朝岡真木子歌曲集2』、現在2刷が流通しているところ、近々3刷めとして重版の予定だとのことで、これまでの版に無かった詩集『智恵子抄』、歌曲集「智恵子抄」収録の詩篇についての解説を書けと頼まれ、書きました(昨日もその件でメールのやりとりでした(笑))。

こりゃ、行かざあなるめい、ということで行って参ります。ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 32 『高村光太郎選集 1 一八九七-一九一二年 明治三〇-四五年』増訂版

昭和56年(1981)9月20日 春秋社 吉本隆明・北川太一編
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目次
 日記 彫塑雑記
 書簡 高村光雲宛
 随筆 「滝縞格子」より
 俳句 明治三三年(梅、自転車・花、桜、運動会・酒・茶)
 戯曲 青年画家
 短歌 明治三三・三四・三五・三六・三七(赤城山の歌・桂の葉)・三八・三九・四〇年
 書簡 紐育より二
 詩 秒刻 マデル 博士 
   敗闕録
    (一)われ千たび君を抱かむ (二)君を見き
 随筆 画室日記の中より
 書簡 出さずにしまつた手紙の一束
 随筆 珈琲店より
 書簡 ルセルンの旅舎より
   ミラノの本寺とダ ヸンチの壁画
 随筆 伊太利亜遍歴
 翻訳 LE HASHICH(シヤルル ボオドレエル)
 訳詩 眠れる人(アルチユウル ラムボウ) 小娘の言へること(ジアン モレアス)
    あはれなる者(エミイル ヹルハアラン)
 短歌 明治四二(盆・ECOMI NELA MIA PATRIA!)・四三(DES OŬONNAS)年
 評論 フランスから帰つて 第三回文部省展覧会の最後の一瞥 AB HOC ET AB HAC
    緑色の太陽 死んだ荻原守衛君 MÉDITATIONS SUR LE MAÎTRE
 日記 三月七日(火曜日)
 評論 粘土と画布 日本の芸術を慕ふ英国青年 「熊野」と公衆 純一な芸術が欲しい
 随筆 芋と南瓜の触感
 評論 明治の時代を画せる作品
 アンケート どちらが好きか
 詩 にほひ
   LES IMPRESSIONS DES OũONNAS(À MA BIEN-AIMÉE AU CAOŬATCHI-LEAU)
   友よ PRÉSENTATION 失はれたるモナ・リザ 根付の国 甘栗 亡命者 食後の酒
   雪の午後 声 (別れぎは) 新緑の毒素 廃頽者より――バアナアド・リイチ君に呈す
   「河内屋与兵衛」 金秤 「心中宵庚申」 泥七宝(一) 地上のモナ・リザ けもの
   かるた 髪を洗ふ女 父の顔 泥七宝(二) 青い葉が出ても プリマドンナ あをい雨
   泥七宝(三)
 追補 
  書簡 加藤景雲への書簡
  詩 なやみ――若き彫刻家のうたへる
  評論 英国ニ於ケル応用彫刻ニ就テ
  書簡 巴里より 書簡一束
 解題1 端緒の問題 吉本隆明
 解題2 第一巻収録作品について 北川太一

 月報 智恵子遺珠1
  書簡Ⅰ 安田卯作宛 福島高等女学校卒業式答辞 マグダに就て
  書簡Ⅱ 柳敬助八重子宛 熊田てい子宛 長沼せん子宛
  無題録
  書簡Ⅲ 宮崎千代子宛 長沼両親宛 柳八重子宛 宮崎千代子宛 長沼両親宛
 後記

全6巻+別巻1で刊行された『高村光太郎選集』第1回配本です。ほぼ完全な編年体で編まれ、さまざまなジャンルの作品を一冊に収めています。

初版は昭和41年(1966)ですが、手持ちのものは昭和56年(1981)の増補版で、目次の「追補」の部分が新たに初版の内容に付け加えられました。「月報」は「智恵子遺珠」と題され、この時点で見つかっていた智恵子文筆作品のすべてをやはり編年体で掲載しています。それらはすべて後の筑摩書房版『高村光太郎全集』別巻(平成10年=1998)に収められました。

毎年恒例ですが、光太郎最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」ライトアップが為されます。

第61回十和田湖湖水まつり

期 日  : 2026年6月13日(土) 荒天の場合は6月14日(日)
会 場  : 十和田湖畔休屋桟橋憩いの広場 青森県十和田市奥瀬字十和田湖畔休屋486
問合せ  : 十和田湖観光交流センターぷらっと 0176-75-1531

タイムテーブル
 11:00 一の宮縁日(21:00まで)
 15:00 パフォーマーステージ(18:30まで)
 17:30 十和田湖メルティライト(バルーンランタン)引き換え開始 ・想い書込処オープン
 20:00 十和田湖ナイトクルーズ乗船開始
 20:15 十和田湖メルティライト(バルーンランタン)リリース
      十和田湖ナイトクルーズ出航
 20:30 メッセージ花火の打上げ
 20:45 湖水花火
 21:00 終了

北東北の夏の観光の幕開けを飾る「十和田湖湖水まつり」。静かな湖畔で、ランタンや花火でドラマチックに彩られる一日を体験してみませんか?
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一の宮縁日
 灯りとにぎわいが集まる「一の宮縁日」飲食店やキッチンカー、テント屋台が並ぶ一の宮エリア。ちょうちんの灯りとともに、レトロながら賑やかな縁日の雰囲気が広がります。

 豚専門店いろとん  さがり串 ホルモン串
 たご助  煮干したこ焼き トルネードポテト
 OIRASE TOWADAおまかせKitchen  バラ焼きうどん バラ焼きボール
 ほっとまん企画  生ハムカップ 生ハムサンド
 カレーハウスCoCo壱番屋  ポークカレー ロースカツカレー
 ナチュラルキャンディ&鶏笑  中津から揚げ フライドポテト
 トワダコボーイ  十和田バラ焼き風肉巻きおにぎり 油そば
 和のみせ  バラ焼きオムそば イカ焼き
 「こなもんや」田村商会  パイカ鍋 お好み焼き、オム焼きそば
 鉄板焼きかぐら  焼きそば 10円パン
 焼き芋専門店 芋姫  サツマスティック ロングチュロス
 宮本商店  たこ焼 バナナチョコ
 青空商店組合 華びし  シャカシャカポテト オム焼きそば
 湖白屋  ケバブサンド
 釡戸屋  はしまき てんぷら
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パフォーマーステージ
 まんなか広場では、パフォーマーによるステージを開催。会場を巡る途中に立ち寄って、のんびり過ごしながら音楽やパフォーマンスをお楽しみいただけます。

 15:00 声がヨーデル倶楽部 ソロ歌唱
 15:30 伊東恭子 民話の語りべ
 16:00 愛野由梨奈 弾き語り
 16:30 ギュゼル・ダンスチーム ベリーダンス
 17:00 Ast. HIPHOPダンス
 17:30 NAVILLERA K-POPダンス
 18:00 北里三源色 よさこい踊り
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飾らない十和田を飾る展/巡る展
 会場付近の「喫茶 憩い」「十和田神社」を含む「飾らない十和田」ポスターを展示します。また当日は、条件達成でプレゼントがもらえる「飾らない十和田を巡る展」も同時開催。詳細は、展示会場にてご確認ください。
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十和田神社 湖水まつり限定御朱印
 湖水まつり当日限定!十和田神社にて、数量限定で授与します。デザインは、湖水まつりをイメージした特別仕様。湖畔を巡る記念に、ぜひお受けください。
※初穂料500円 11:00〜17:00
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隠れ龍神をさがせ!
 十和田湖や十和田神社には、龍にまつわる言い伝えがあります。そんな龍をモチーフにした「隠れ龍神」が、会場内のちょうちん等に隠れています。一の宮縁日やまんなか広場など、会場を歩きながら探してみてください。
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十和田湖ナイトクルーズ 20:00~
 夜になると、十和田湖は静かにその表情を変える。湖の上で見るバルーンランタンと花火の共演。目の前いっぱいに広がるその景色は、ここでしか出会えない特別な時間です。限られた人だけが乗船できる「湖上の特等席」で、そのひとときをお過ごしください。
[早割] 6,800円 [通常] 7,200円
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十和田湖メルティライト 17:30~
 見上げる空と、見下ろす湖。その間に、私たちがいる。視界のすべてが光に彩られる時、あなたの知る十和田湖は、美しく塗り替えられる。世界で一つだけのバルーンランタンを打ち上げませんか。
[早割] 6,800円 [通常] 7,200円
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メッセージ花火 20:30~ 憩いの広場
 あなたの声をのせて、十和田湖の夜空へ花火を打ち上げる特別企画。 今年は、録音したあなた自身のボイスメッセージを会場内にお流しします。普段はなかなか伝えられない感謝の気持ち。記念日のお祝いや、新たな挑戦への宣言。そしてプロポーズの言葉まで。あなたの想い、お待ちしています。
 料金 10,000円(4号玉一発)~
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湖水花火 20:45~ 憩いの広場
 夜空を染める花火、湖上に浮かぶバルーンランタン。そのすべてを、十和田湖が映し出していく。 音楽にあわせて移り変わる光景は、 まるで空と湖がひとつにつながったよう。湖水まつりの最後を飾る幻想的なフィナーレです。

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公式サイトに記述がないのですが、問い合わせたところ、例年通りに「乙女の像」ライトアップも為されるとのことです。

厳冬期に開催される「十和田湖冬物語」の際には雪灯籠の灯りに照らされる「乙女の像」ですが、「湖水まつり」では夜空に浮かぶランタンや花火をバックにすることとなります。

ぜひ足をお運び下さい。ただし、クマ出没情報が出ていますので、十分にご注意を。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 31 『高村光太郎集』現代詩文庫1018

昭和55年(1980)6月15日 思潮社 芹沢俊介編・構成
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目次
 短歌
  明治三八年作 明治三九年作 明治四〇年作 明治四二年作
 詩篇
  明治四〇年(一九〇七)
   秒刻 マデル あらそひ 敗闕録㈣眠りてあれか目覚めよか
  明治四三年(一九一〇)
   失はれたるモナ・リザ 生けるもの 根付の国
  明治四四年(一九一一)
   亡命者 侵蝕 寂寥 声 廃頽者より 父の顔 恐怖
  明治四五年・大正元年(一九一二)
   あをい雨 人に 或る夜のこころ さびしきみち 冬が来る 或る宵 狂者の詩
   郊外の人に
  大正二年(一九一三)
   よろこびを告ぐ 冬が来た
  大正三年(一九一四)
   道程 淫心
  大正五年(一九一六)
   妹に
  大正一〇年(一九二一)
   雨にうたるるカテドラル
  大正一二年(一九二三)
   樹下の二人
  大正一四年(一九二五)
   狂奔する牛
  大正一五年・昭和元年(一九二六)
   鯰 苛察 夜の二人
  昭和二年(一九二七)
   あなたはだんだんきれいになる 懐ふ 怒 母をおもふ その年私の十六が来た
   或る墓碑銘 冬の言葉
  昭和三年(一九二八)
   ぼろぼろな駝鳥 あどけない話 同棲同類 焼けない心臓
  昭和四年(一九二九)
   無題 激動するもの 孤独が何で珍らしい
  昭和五年(一九三〇)
   刃物を研ぐ人
  昭和六年(一九三一)
   美の監禁に手渡す者
  昭和七年(一九三二)
   非ヨオロツパ的なる もう一つの自転するもの
  昭和一〇年(一九三五)
   人生遠視 風にのる智恵子 ばけもの屋敷 詩の道
  昭和一一年(一九三六)
   堅冰いたる
  昭和一二年(一九三七)
   千鳥と遊ぶ智恵子 未曾有の時
  昭和一三年(一九三八)
   山麓の二人 或る日の記 正直一途なお正月
  昭和一四年(一九三九)
   レモン哀歌 つゆの夜ふけに 肉体 お化け屋敷の夜 へんな貧
  昭和一六年(一九四一)
   少女に 純潔のうた 必死の時 危急の日に 十二月八日 新しき日に
  昭和一七年(一九四二)
   寒夜読書
  昭和一八年(一九四三)
   戦に徹す
  昭和一九年(一九四四)
   必勝の品性
  昭和二〇年(一九四五)
   皇国骨髄の臣 戦火
  昭和二二年(一九四七)
   暗愚小伝
    家
     土下座 ちよんまげ 日清戦争 御前彫刻
    転調
     彫刻一途 パリ
    反逆
     親不孝 デカダン
    蟄居
     美に生きる おそろしい空虚
    二律背反
     協力会議 真珠湾の日 終戦
    炉辺
     報告
  昭和二三年(一九四八)
   人体飢餓
  昭和二五年(一九五〇)
   典型
 エッセイ
  詩壇の進歩 余はかく詩を観ず(アンケート) 生きた言葉 詩そのもの 詩について
  気について 詩の勉強 自分と詩との関係 詩精神 詩精神と日常生活 詩と表現
  詩の本質 戦争と詩 アンケート・貴方の愛読書は 詩について語らず 日本詩歌の特質
 年譜
 研究
  四月詩壇月評=福士幸次郎 福士さんへ=高村光太郎
 解説 光太郎の虚像と実像=芹沢俊介

この手のものとしては珍しく、ほぼ編年体による構成です。「詩集」と銘打ちつつ短歌や散文もそれなりの量が収められています。

新刊です

酒場・下宿・路地をめぐる46人の「やらかしと逸話」 文豪てくてく散歩

発行日 : 2026年5月29日
著者等 : 進士泰丸
版 元 : KADOKAWA
定 価 : 1,700円+税

さあ、地図を片手に、天才たちの「黒歴史」の現場を歩こう! 太宰治が愛した一杯を味わえるバーから、いわく付きの事故物件跡まで。天才たちの「黒歴史」の現場を歩ける文学散歩本が誕生!

太宰治が愛し、『人間失格』にも登場する“あの一杯”。梶井基次郎が「アナーキスト万歳!」と叫んだ、新橋駅のホーム。江戸川乱歩が商才ゼロで潰してしまった古本屋跡。46人の文豪たちの“やらかし”と“逸話”を軸に、笑いと哀愁が滲む132スポットを超充実収録。これを片手に街を歩けば、文豪がもっと好きになる!

【散歩できる物語】
『雁』森鴎外、『坊っちゃん』夏目漱石、『たけくらべ』樋口一葉、『ローマ字日記』石川啄木、『墨東綺譚』永井荷風、『神楽坂七不思議』泉鏡花、『破船』久米正雄、『細雪』谷崎潤一郎、『注文の多い料理店』宮沢賢治、『五重塔』幸田露伴…他多数

【登場する文豪たち】
芥川龍之介、有島武郎、宇野千代、江戸川乱歩、尾崎紅葉、梶井基次郎、川端康成、菊池寛、北原白秋、小林秀雄、坂口安吾、佐藤春夫、島崎藤村、高村光太郎、太宰治、坪内逍遙、徳田秋声、中原中也、平塚らいてう、三島由紀夫、宮本百合子、室生犀星、与謝野晶子…他多数

【本書掲載エリア】
本郷・神保町・神楽坂・早稲田・銀座・浅草・吉原・田端・谷中・根津・千駄木
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目次
 はじめに
 本郷
  東京大学 鉄門/育徳園心字池/樋口一葉旧居「桜木の宿」跡・法眞寺/カフェ銀時計/
  「燕楽軒」跡/「菊富士ホテル」跡/石川啄木・金田一京助旧居「赤心館」跡/
  徳田秋声旧居跡・終焉の地/石川啄木・金田一京助旧宅「蓋平館別荘」跡/
  樋口一葉菊坂旧居跡・旧伊勢屋質店/樋口一葉終焉の地/金田一京助旧居跡/
  坪内逍遥旧居・常盤会跡/宮沢賢治旧居跡/石川啄木旧居「喜之床」跡/
  梶井基次郎旧居「蓋平館支店」跡/「藤むら」跡/竹むら
 神保町
  神保町ブックセンター/「らんぼお」跡/神田 天麩羅 はちまき/文房堂/「錦輝館」跡
 神楽坂
  紀の善ビル/志満金/泉鏡花旧居跡・北原白秋旧居跡/助六/丸岡陶園/末よしビル/
  「常盤屋」跡/「魚徳」跡/神楽坂 小割烹 め乃惣/善國寺/「尾澤薬舗」跡/
  「紅谷」跡/「いろは」跡/「牛込亭」跡/赤城神社/芸術倶楽部跡・島村抱月終焉の地/

  圓福寺/尾崎紅葉旧居跡/泉鏡花旧居跡
 早稲田
  早稲田大学坪内博士記念演劇博物館/夏目漱石誕生の地/新宿区立漱石山房記念館/
  有島武郎旧居跡/坪内逍遥旧居跡/永井荷風旧居跡/小泉八雲旧居跡/
  三島由紀夫生誕の地
 銀座 
  新橋駅/末げん/中央区立泰明小学校/きよ田/「銀座よし田」跡/石川啄木碑/空也/
  スタイル社跡/銀座ウエスト本店/バー・ルパン/「カフェー・タイガー」跡/
  Book café&&Bar十誠/鳩居堂/木村屋總本店/煉瓦亭/はち巻岡田/
  ローマイヤレストラン/資生堂パーラー/カフェーパウリスタ/「はせ川」跡/竹葉亭/
  MATSUZAKISHOTEN/改造社ビル
 浅草
  等光寺/風流お好み焼 染太郎/久保田万太郎生誕の地/亀十/尾張屋/神谷バー/
  弁天山美家古寿司/梅園/中清/浅草フランス座演芸場東洋館/「オペラ館」跡/
  木馬亭/「浅草凌雲閣」跡/草津亭/「老松」跡/池波正太郎生誕の地
 吉原
  吉原弁財天/鷲神社/台東区立一葉記念館/千束稲荷神社/浄閑寺
 田端
  芥川龍之介旧居跡/「天然自笑軒」跡/「楽天堂医院」跡/
  平塚らいてう・奥村博史旧居跡/北区立童橋公園/田端文士村記念館/
  サトウハチロー旧居跡/そば処浅野屋/室生犀星旧居跡/大龍寺/
  堀辰雄下宿「紅葉館」跡/ポプラ坂/佐多稲子旧居跡/小林秀雄・田河水泡旧居跡/
  萩原朔太郎旧居跡/上田端八幡神社
 谷中・千駄木・根津
  羽二重団子/「天王寺五重塔」跡/谷中霊園/幸田露伴居宅跡/菊見せんべい総本店/
  団子坂/文京区立森鷗外記念館・森鷗外旧居「観潮楼」跡/佐藤春夫下宿跡/
  宮本百合子旧居跡/高村光太郎旧居跡/養源寺/「三人書房」跡/青鞜社発祥の地/
  藪下通り/森鷗外・夏目漱石旧居跡/根津神社/根津遊郭跡/喜久月/
  国立国会図書館国際子ども図書館
 COLUMN
  菊地寛暴行事件の顛末 芥川龍之介と文 平塚らいてうの『青鞜』誕生秘話
 春日ゆらの漫画でてくてく散歩!
  ①東京理科大学近代科学資料館に行ってみよう ②歌舞伎座と夏目漱石
  ③田端文士村で芥川龍之介旧居跡を探す
 文豪紹介
 おわりに

 参考文献

目次の通り、23区内の特にほぼ東半分、つまりはおおむね江戸府内だったエリアでの文学散歩ガイド的なものです。

現存する建造物等については現状の写真、「跡」となっているスポットは古写真などがふんだんに使われ、理解の手助けとなっています。また、目次では割愛されていますが、それぞれの場所に関わる「ミニコラム」、各スポットを舞台とした書籍の紹介なども細かく。

光太郎に関しては、「谷中・千駄木・根津」の章で旧駒込林町25番地(現・千駄木3丁目)の「高村光太郎旧居跡」が取り上げられ、そこに掲げられたミニコラム「高村光太郎と森鷗外の事件」で「軍服着せれば鷗外だ事件」が扱われている他、近くの「菊見せんべい総本店」の項でも光太郎の名が。

ただ「菊見せんべい総本店」さんの項では、勘違いもあるようです。第一に「高村光太郎は学生時代、菊見せんべいの店先で働く娘に一目惚れしちゃって毎日せんべいを買いに行ったという話がありますが、これはどうも根拠のない噂話のようです」とありますが、「一目惚れしちゃって」は光太郎によれば「根拠のない噂話」でなく事実です。

 塩せんべい屋は店先でせんべいを押し、刷毛で醤油を付けながら焼く。そこの娘がちゃんとしたきりっとした娘で、子供の時から店に出ていて私も知っていたが、美術学校に行く途中でその煎餅屋の前に来ると、私は顔が赤くなる。それが自分で分かる。何故か分からぬがそうなる。はじめは気がつかなかったけれど、毎日毎日そうなるので何だか恥ずかしくなってきた。店の処まで歩いてくると胸がどきどきして顔がほてって困った。しまいにはどうしてもその通りが通れなくなった。だから根津の方を遠回りして学校に行ったけれども、後で考えると、その娘に思し召しがあって、娘の顔を見ると顔がほてったのだと知った。むこうでも真っ赤になっていた。あれがむかしの純情な子供の気持ちなんだろう。(「私の青銅時代」昭和29年=1954)

思し召しがあって」は、「気になるところがあって」といった意味ですね。「毎日せんべいを買いに行った」とは書かれていません。そういう話が流布しているのだとしたら、そちらは「根拠のない噂話」と言えるでしょう。

第二に、「その娘さんの名前は「智恵子」だったといわれ、高村光太郎の代表作『智恵子抄』になぞらえてそんな与太話が生まれたようです」とも書かれています。これも決して「与太話」などではなく、菊見せんべいさんの店主氏の証言が残っています。地域雑誌『谷中根津千駄木』第9号(昭和61年=1986)に掲載されています。
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話を戻しますが、『文豪てくてく散歩』、「青鞜社発祥の地」に関わるコラム「平塚らいてうの『青鞜』誕生秘話」では、智恵子が『青鞜』創刊号表紙絵を描いたことが紹介されています。

全文は未読ですが、光太郎智恵子に関してはおそらく以上だと思われます。他にタイトルにある通り「46人の文豪」。なかなかの労作です。

ぜひお買い求めを。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 30 『高村光太郎集』日本の詩 第5巻

昭和53年(1978)10月25日 集英社 伊藤信吉編
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目次
 蝉を彫る<彫刻詩篇>
  五月のアトリエ 鉄を愛す 後庭のロダン 葱 鯰 金 首の座 刃物を研ぐ人
  鯉を彫る 孤坐 蝉を彫る 美しき落葉 十和田湖畔の裸像に与ふ 石くれの歌
 秋の祈<『道程』詩篇>
  失はれたるモナ・リザ 根付の国 食後の酒 寂寥 新緑の毒素 地上のモナ・リザ
  犬吠の太郎 さびしきみち 冬が来る 夜 冬が来た 道程 五月の土壌 秋の祈
 雨にうたるるカテドラル<人生的詩篇>
  わが家 小娘 丸善工場の女工達 雨にうたるるカテドラル クリスマスの夜 下駄
  落葉を浴びて立つ  少年を見る 新茶 冬の奴 母をおもふ 北東の風、雨 天文学の話
  平和時代 或る墓碑銘 冬の言葉 さういふ友 或る筆記通話 激動するもの
  孤独が何で珍らしい お化け屋敷の夜
 ぼろぼろな駝鳥<ヒューマニストの歌>
  白熊 苛察 雷獣 ぼろぼろな駝鳥 火星が出てゐる 花下仙人に遇ふ 上州湯桧曽風景
  上州川古「さくさん」風景 似顔 もう一つの自転するもの
 レモン哀歌<「智恵子抄」>
  郊外の人に 深夜の雪 人類の泉 晩餐 樹下の二人 夜の二人 あどけない話
  同棲同類 人生遠視 風にのる智恵子 千鳥と遊ぶ智恵子 値ひがたき智恵子
  山麓の二人 レモン哀歌 亡き人に 梅酒 荒涼たる帰宅 松庵寺 若しも智恵子が
  元素智恵子 メトロポオル 裸形 案内 あの頃
 青空<抒情小詩・エピグラム>
  泥七宝抄 とげとげなエピグラム抄
 典型<岩手の山小屋で>
  雪白く積めり 「ブランデンブルグ」 山口部落 かくしねんぶつ クロツグミ ヨタカ
  別天地 女医になつた少女 山の少女 山からの贈物 月にぬれた手 鈍牛の言葉
  一九五〇年 典型
 暗愚小伝<生涯の途>
  家
   土下座 ちよんまげ 郡司大尉 日清戦争 御前彫刻 建艦費 楠公銅像
  転調
   彫刻一途 パリ
  反逆
   親不孝 デカダン
  蟄居
   美に生きる おそろしい空虚
  二律背反
   協力会議 真珠湾の日 ロマン ロラン 暗愚 終戦
  炉辺
   報告(智恵子に) 山林
 高村光太郎・生命感の詩人 伊藤信吉
 年譜 北川太一

この手の光太郎選詩集を何冊も編んだ伊藤信吉ですので、既存のものとの区別のためもあるのでしょうか、作品配列に工夫が為されています。いきなり「彫刻詩篇」と題して彫刻家としての光太郎自身が謳われる詩篇をもってくるあたり。

5月31日(日)、吉祥寺での「第20回明星研究会 与謝野寛・晶子を偲ぶ会」参加の前に、調布市の競輪場・東京オーヴァル京王閣さんで開催されていた「ごほうび浪漫博TOKYO」に立ち寄りました。この日と前日はレースが無く、広い敷地を使っての大規模なフリーマーケット的催しです。
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午前11:00からの開催で、10分ほど前に着いたのですが、入口には長蛇の列。こんなに混雑しているとは思っていませんでした。
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開門後、少しずつ入場させるという措置が為されており、入場できるまでにかなり時間がかかりましたが大きな混乱もなく、それはそれで良かったと思いました。いくつものエリアに分かれており入場客は思い思いに分散、入ってしまえばそれほどの大混雑ではありませんでした。
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まず目指したのは「TAMAGAWA BOOK CARNIVAL」というエリア。
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「言葉と表現を愛する人のための、本と知識の迷宮」というわけで、ZINE(個人や少人数で発行する自主的な出版物)や文学系の小物など、古書籍や一般に流通している新刊を販売する店舗が約90店舗。各地で開催されている文学フリマに近い感じなのでしょう。
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その文学フリマにも出店されている「装幀室白亜」さん。
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近代文学の文豪たちの作品等をモチーフにしたZINEやハンドメイドの布製小物など。
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こちらで光太郎詩「レモン哀歌」(昭和14年=1939)のZINEが販売されているということで、足を運んだ次第です。

ありました。
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1,000円とのことで、一つゲット。
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右上はパッケージから出した状態。びろーんと広がるようになっていました。「レモン哀歌」全文が印刷されています。
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他に、光太郎と深い縁で結ばれた宮沢賢治系なども。購入はしませんでしたが。
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落ち着きのある上品でさらに統一感のある品ぞろえ、ごちゃごちゃしていなくて実に良いと感じました。

他店舗にも光太郎系が無いかと見て回りました。古書籍も販売している店舗で光太郎作品の載った古い詞華集が複数売られていましたが、既に持っているものでした。他には見当たりませんでした。

ただ、やはり文豪系の小物を販売している店舗で、与謝野晶子モチーフのポストカード。「文画師Gani」さんという方のお店で、残念ながら光太郎はありませんでしたが、他の文豪ものも。
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顔が浮かび上がっていますが、それぞれの文豪の作品を書いた文字がベースです。晶子のものは「君死にたまふことなかれ」(明治37年=1904)。「へー」と思って1枚購入し、この後参加した明星研究会主宰の松平盟子氏へのお土産としました。

まだ時間がありましたので、「TAMAGAWA BOOK CARNIVAL」以外のエリアもぶらぶら。
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自宅兼事務所付近でもフリマ的なイベントはありますが、千葉の田舎とは違い、さすが東京都、出店数が桁違いですし、何より一つ一つが実にシャレオツでした。逆にこちらにあるような穫れたて農産物の格安直売みたいなコーナー(笑)は見当たらず、まぁ、そういうコンセプトなんだろうなと思いましたが。

以上、レポートを終わります。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 29 『高村光太郎』日本の詩

昭和50年(1975)12月1日 ほるぷ出版 岡庭昇編
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目次
 道程以前
  にほひ
 道程
  生けるもの 根付の国 画室の夜 亡命者 食後の酒 寂寥 声 風 新緑の毒素
  廃頽者より 夏 手 葛根湯 けもの 父の顔 友の妻 夏の夜の食慾 犬吠の太郎
  さびしきみち カフエにて 冬が来る カフエにて 夜 狂者の詩 カフエにて
  カフエにて 山 現実 冬が来た 冬の詩 道程 群集に 婚姻の栄誦 万物と共に踊る
  瀕死の人に与ふ 五月の土壌 秋の祈
 道程時代
  友よ 泥七宝 恐怖 或問 カフエ ライオンにて 粘土 あたり前
 道程以後
  花のひらくやうに 海はまろく 序曲 雨にうたるるカテドラル 真夜中の洗濯 下駄
  冬の送別 沙漠 冬の子供 とげとげなエピグラム
 猛獣篇
  清廉 白熊 傷をなめる獅子 狂奔する牛 鯰 苛察 ぼろぼろな駝鳥 マント狒狒
  森のゴリラ 潮を吹く鯨 北冥の魚
 猛獣篇時代
  車中のロダン あの詩人 後庭のロダン 聖ジヤンヌ 感謝
  ミシエル オオクレエルを読む 秋を待つ 無題 二つの世界 不平な人に 怒
  二つに裂かれたベエトオフエン
  エピグラム
   超現実派 煩瑣派 卑近美派 新感覚派
  詩人 美を見る者 母をおもふ その年私の十六が来た 殺風景 天文学の話 偶作十五
  或る墓碑銘 冬の言葉 当然事 触知 存在 古事一則 街上比興 その詩 北島雪山
  激動するもの 孤独が何で珍らしい 刃物を研ぐ人 消えずの火
  のつぽの奴は黙つてゐる
 友よ 霧の中の決意 冬が来る 未曾有の時
 大いなる日に
  その時朝は来る 銅像ミキイヰツツに寄す
 智恵子抄
  或る夜のこころ 涙 おそれ 郊外の人に 深夜の雪 人類の泉 人に 愛の嘆美
  晩餐 淫心 樹下の二人 金 夜の二人 あなたはだんだんきれいになる あどけない話
  同棲同類 人生遠視 風にのる智恵子 千鳥と遊ぶ智恵子 値ひがたき智恵子
  山麓の二人
 レモン哀歌 梅酒 荒涼たる帰宅 松庵寺 メトロポオル 裸形 あの頃
  智恵子の半生
 九十九里浜の初夏
 典型
  雪白く積めり
  暗愚小伝
   家
    土下座 ちよんまげ 郡司大尉 日清戦争 御前彫刻 建艦費 楠公銅像
   転調
    彫刻一途 パリ
   反逆
    親不孝 デカダン
   蟄居
    美に生きる おそろしい空虚
   二律背反
    協力会議 真珠湾の日 ロマン ロラン 暗愚 終戦
   炉辺
    報告(智恵子に) 山林
  人と作品 岡庭昇

刊行された単行詩集の配列をもとにした編集です。度会純价氏による版画の挿画が実にエモい感じです。

手持ちのものは昭和60年(1985)の第三版です。

昨日は上京しておりました。2日に分けてレポートいたします。

メインの目的が、吉祥寺の武蔵野商工会議所さんで開催された「第20回明星研究会 与謝野寛・晶子を偲ぶ会 「晶子短歌の全貌を見渡す~『みだれ髪』から『白桜集』まで」。
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明星研究会さんでは年2回、研究発表会を開催されていますが、1回はこの時期で、5月29日の与謝野晶子忌日・白桜忌に合わせての設定です。

会場での対面型と、Zoom使用によるオンライン開催でしたが、会場の方でも100名近く集まられたでしょうか。
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ご発表はお三方の歌人。それぞれが「明治」「大正」「昭和」を担当され、それぞれの時期の晶子短歌を中心に、さらに事蹟や社会情勢などを追ったものでした。

まず古谷円氏。演題は「明治の晶子、ほとばしる豊かな抒情『みだれ髪』~『青海波』」。
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晶子がはなばなしくデビューした明治期ですが、「恋」を一つのキーワードにその時期を。ただ、歌集の中で晶子が「恋」の語を多用したのは、実は明治期より大正期だったそうですが。また、かの『みだれ髪』についても、晶子自身、後になって「取るにたらないものだった」的な自作評をしていたというあたり、興味深いものでした。
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光太郎も第一詩集『道程』(大正3年=1914)については、同じようなことを語っています。

「道程」の構成がいはゆる詩集のやうでなくて、むしろ一つの雑綴のやうであるといふ 人もあるが、その通りである。当時私は世人のいふ詩集といふ特殊観念に鼻もちがならず、(詩集にガラスの宝石をちりばめるといつたやうな観念だ。)ただ製作順に自己の詩を並べて、注意深い読者におのつから筆者内面のエヴオリユウシヨンを見てもらはうとしたのである。それ故、装幀も無装飾、まるで違つたカテゴリイに属する詩篇も平気で並べたのである。お上品な、いはゆる詩人気質の好きな人は始から「道程」などを手に取らない方がいい。(「某月某日」昭和16年=1941)

ただ、ここにはある種の自負心は感じられますが。

続いて米川千嘉子氏が、「大正の晶子、人生にわたる浪漫『夏より秋へ』~『瑠璃光』」と題してのご発表。
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晶子というと「明治の歌人」というイメージがありますが、最も旺盛に執筆や出版を行っていたのが大正期ということで、さらに夫の寛との関係性の変化、生活上の苦労、明治期と異なる様々なモチーフ(滞欧体験、連作の試み、羈旅歌的な作他)や新たなジャンル(感想集、評論集、『源氏物語』訳、自由詩など)への挑戦といったお話。

智恵子の先輩にして『青鞜』主宰だった平塚らいてう等とのいわゆる「母性保護論争」などについても言及されました。

トリの松平盟子氏で、「昭和の晶子、その変節と不変『心の遠景』~『白桜集』」。
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昭和2年(1927)に与謝野家は荻窪に移り、同10年(1935)に寛、そして同17年(1942)に晶子が逝去。いわば晩年ですね。この頃になると晶子の作品発表先が、主宰していた雑誌『冬柏』は別として、『横浜貿易新報』などに限られていたというお話など。晶子自身も現場近くに居たという、関東軍による張作霖爆殺事件(昭和3年=1928)以後、満州事変(同6年=1931)、日中戦争(同12年=1937)と推移していく世情の中で、ある意味、かつての晶子スタイルの作は世の中にとって不要とされていくさまなど。

そして晶子も翼賛的歌文を書くように。松平氏、昭和9年(1934)の散文集『優勝者となれ』序文の一節を引かれていました。

 目前の日本は、国家としても、個人としても、破天荒の飛躍を断行しつつ、歴史を新しくする一大転機の中に動いてゐる。無用の旧憤、有害なる前例は之を破らねばならぬ。すべての人が各自の能力相応に日本の進転を円滑にする歯車の一つとして国民の本文を尽さねばならぬ。(略)この一大転機に歓呼して進む日本人は、もとより百難千苦の抵抗を前途に覚悟してゐる。

どこぞの大統領と会ってぴょんぴょん跳びはねた愚物が涙を流して有り難がるような文章ですね。

また、遡って昭和7年(1932)には、昭和とは思えないような文語定型の翼賛詩も発表しています。これは存じませんでした。
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昨年亡くなった晶子研究の泰斗・逸見久美氏はこのあたり、寛の代筆ではないかとおっしゃっていたそうです。さもありなん、ですね。

休憩を挟んで、最後に発表のお三方が揃ってご登壇なさり「まとめ 人生の歓喜も悲哀も詠み尽くすということ」。
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ちなみにスクリーンの下に写っている茶髪はシャンソン系歌手のモンデンモモさんです。2週間ぶりに会いました(笑)。荻窪の晶子顕彰団体・杉並与謝野晶子研究会さんに所属されているそうです。そういえば昨冬、当方が発表を仰せつかった「第19回 明星研究会シンポジウム 『明星』と美術~ 華麗にして心に響くカタチ」にもいらしていました。少し前から晶子短歌モチーフの曲を作られ、歌われているそうで。

関係の皆様のますますのご活躍、そして晶子研究のさらなら進展を祈念いたし、都内レポートその1、終わります。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 28 『日本の詩歌 10 高村光太郎』中公文庫

昭和49年(1974)9月10日 中央公論社 編集委員 伊藤信吉/伊藤整/井上靖/山本健吉
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目次
 道程
  失はれたるモナ・リザ 生けるもの 根付の国 画室の夜 食後の酒 寂寥 声
  新緑の毒素 廃頽者より 髪を洗ふ女 なまけもの 手 地上のモナ・リザ 父の顔
  泥七宝 犬吠の太郎 さびしきみち 冬が来る 夜 狂者の詩 山 よろこびを告ぐ
  冬が来た 冬の詩 牛 道程 群集に 万物と共に踊る 五月の土壌 秋の祈 失走
  白昼の空気 あたり前 PRÉSENTATION  秒刻 マデル 豆腐屋
 道程以後
  わが家 花のひらくやうに 海はまろく 湯ぶねに一ぱい 晴れゆく空 無為の白日
  小娘 丸善工場の女工達 雨にうたるるカテドラル ラコツチイ マアチ 米久の晩餐
  クリスマスの夜 下駄 冬の送別 沙漠 落葉を浴びて立つ とげとげなエピグラム
  新茶
 猛獣篇
  清廉 白熊 傷をなめる獅子 狂奔する牛 鯰 象の銀行 苛察 ぼろぼろな駝鳥 竜
 猛獣篇時代
  聖ジヤンヌ 秋を待つ 火星が出てゐる 冬の奴 怒 花下仙人に遇ふ 母をおもふ
  その年私の十六が来た 詩人 偶作 平和時代 寸言 或る墓碑銘 冬の言葉 当然事
  さういふ友 あの音 夏書 焼けない心臓 街上比興 上州湯桧曽風景 或る筆記通話
  無題 激動するもの 上州川古「さくさん」風景 或る親しき友の親しき言葉に答ふ
  孤独が何で珍しい のつぽの奴は黙つてゐる 機械、否、然り 友よ 霧の中の決意
  非ヨオロツパ的なる もう一つの自転するもの ばけもの屋敷 お化け屋敷の夜
  つゆの夜ふけに
 造型篇
  五月のアトリエ 鉄を愛す 月曜日のスケルツオ 車中のロダン 後庭のロダン 葱
  美を見る者 最後の工程 首の座 刃物を研ぐ人 似顔 村山槐多 鯉を彫る 荻原守衛
  孤坐 蝉を彫る 十和田湖畔の裸像に与ふ 偶作
 独居自炊
  秋風辞 地理の書 銅像ミキイヰツツに寄す へんな貧 最低にして最高の道
  百合がにほふ 手紙に添へて 新緑の頃 氷上戯技 晴天に酔ふ 独居自炊 われらの道
  美しき落葉 石くれの歌 春駒
 智恵子抄
  人に 涙 おそれ からくりうた 或る宵 郊外の人に 冬の朝のめざめ 深夜の雪
  人類の泉 人に 僕等 愛の嘆美 晩餐 樹下の二人 金 夜の二人
  あなたはだんだんきれいになる あどけない話 同棲同類 美の監禁に手渡す者
  人生遠視 風にのる智恵子 千鳥と遊ぶ智恵子 値ひがたき智恵子 山麓の二人
  レモン哀歌 亡き人に 梅酒 荒涼たる帰宅 うた六首 もしも智恵子が 元素智恵子
  メトロポオル 裸形 案内 あの頃 吹雪の夜の独白 噴霧的な夢 松庵寺
  智恵子と遊ぶ
 典型
  雪白く積めり
  暗愚小伝
   家
    土下座 ちよんまげ 郡司大尉 日清戦争 御前彫刻 建艦費 楠公銅像
   転調
    彫刻一途 パリ
   反逆
    親不孝 デカダン
   蟄居
    美に生きる おそろしい空虚
   二律背反
    協力会議 真珠湾の日 ロマン ロラン 暗愚 終戦
   炉辺
    報告 山林
  「ブランデンブルグ」  人体飢餓 悪婦 月にぬれた手 鈍牛の言葉 典型
  田園小詩
   山口部落 かくしねんぶつ クロツグミ クチバミ 別天地 ヨタカ
  女医になつた少女 山の少女 山のともだち 餓鬼 わが詩をよみて人死に就けり
 詩人の肖像 山本健吉
 鑑賞 伊藤信吉
 年譜 

刊行された単行詩集の配列をもとにした編集です。文庫本としては異例の多くの作品を掲載し、さらに一篇ごとに伊藤信吉による的確な解説文が附されています。残念ながら絶版ですが。

手持ちのものは平成3年(1991)の9版です。

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