2026年04月

昨日開幕の特別展です。

特別展「近代文学でよむ文の京の坂と名所」

期 日 : 2026年4月11日(土)~6月28日(日)
会 場 : 文京区立森鷗外記念館 東京都文京区千駄木1-23-4
時 間 : 10:00〜18:00
休 館 : 4月27日(月)・28日(火) 5月25日(月)・26日(火) 6月22日(月)・23日(火)
料 金 : 一般600円(20名以上の団体:480円)  中学生以下無料

 文の京(ふみのみやこ/文京区)には、根津神社や小石川植物園、団子坂など明治以前から現在に至るまで親しまれている名所や坂がたくさんあります。また、明治初期に本郷に移転した東京大学の周辺には、のちに作家となる若者たちが多く暮らしていました。
 明治から昭和初期の近代文学の中には、文の京を人々が行きかい、名所が登場する作品があります。鴎外『青年』では主人公が根津神社を通り過ぎ、夏目漱石『三四郎』は東京大学構内、石川啄木『天鵞絨(ビロウド)』は混雑した本郷三丁目、徳田秋声『みち芝』は牛天神(北野神社)、中野重治『むらぎも』は富坂、泉鏡花『外科室』は小石川植物園が書かれました。志賀直哉は『クマ』で飼い犬を追って護国寺へと走ります。樋口一葉は、日記に名所への外出を書き残しました。
 他方、鴎外の住んだ観潮楼は、秋に菊人形でにぎわった千駄木、団子坂上に建っていました(現・当館所在地)。周辺には高村光太郎、宮本百合子、室生犀星、江戸川乱歩なども住み、千駄木は彼らの生活圏であり、作品にも書かれました。
 本展では、明治から昭和初期の近代文学に書かれた文の京の坂と名所を紹介します。100年ほど前の風景や人々の営みを近代文学でよんでいきます。 
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イベント情報

「文豪とアルケミスト」 タイアップ企画
2026年4月11日(土)~2026年6月28日(日)
特別展会期中(2026年4月11日~6月28日)、文豪転生シミュレーションゲーム「文豪とアルケミスト」(DMM GAMES)とのタイアップ企画を行います。
地下展示室入口に描き起こしイラストのバナーと、森鴎外、高村光太郎、室生犀星、江戸川乱歩の等身大パネルを展示しています。
開催期間(4/11~6/28)のみ、《鴎外胸像》も共に撮影いただけます。SNSへのアップもOKです。文京区・千駄木にて、皆様のお越しをお待ちしております。
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特別展ギャラリートーク
2026年4月29日(水)
展示担当者による特別展「近代文学でよむ文の京の坂と名所」のギャラリートークです。
申込不要のイベントです。当日の展示観覧券をお持ちください。
日時:2026年4月29日(水・祝)14時~(30分程度)

デビュー前に団子坂で暮らした乱歩の生活と、この地を舞台にした小説「D坂の殺人事件」についてお話しします。
講師:杉本佳奈 氏(立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センター助教)
日時:5月23日(土)14時~15時30分
会場:文京区立森鴎外記念館 2階講座室
定員:50名(事前申込制)
料金:無料(参加票と本展覧会観覧券(半券可)が必要)
申込締切:5月8日(金)必着

近年の旅行熱や「文豪」ブームなどで再脚光を浴びている文学散歩。その起源や魅力を鴎外や文京ゆかりの作家たちとともに語ります。
講師:大木志門 氏(東海大学教授)
日時:6月6日(土)14時~15時30分
会場:文京区立森鴎外記念館 2階講座室
定員:50名(事前申込制)
料金:無料(参加票と本展覧会観覧券(半券可)が必要)
申込締切:5月22日(金)必着

出品目録に依れば光太郎著書『某月某日』(昭和18年=1943)が出ています。その他、予告解説文には光太郎の名があるので、解説パネル等で鷗外同様団子坂近くに居を構えた光太郎についても少しは触れられているのではないでしょうか。それが無かったら見識を疑います(笑)。

関連イベントとして、ゲーム「文豪とアルケミスト」とのタイアップ企画。こちらではゲームキャラクターとしての光太郎の等身大パネル(上の画像で左端)も出ているそうです。

それから、6月6日(土)には東海大学さんの大木志門教授によるご講演。「文京から花開いた文学散歩―野田宇太郎と観潮楼を起点に」と題されています。

野田宇太郎は文学散歩的な視点をメインに明治大正の文学史を俯瞰した書物を多く著し、そのうち『パンの会』(昭和24年=1949)は、当時花巻郊外旧太田村に隠棲していた光太郎にも送られ、光太郎からの礼状が遺されていますし、光太郎が当会の祖・草野心平に宛てた書簡や高見順との対談で、同書に深く感心したことが述べられています。また、野田はずばり『文学散歩』という雑誌も主宰。十和田湖にからめた光太郎の小特集を組んだり(昭和36年=1961)もしてくれました。直接、野田と光太郎に面識があったのかどうかは光太郎側からの資料では不明ですが。

講師の大木教授は昨年、神田の八木書店さんで開催された「近代文学特別講座 活字をはみだすもの 第25回 高村光太郎「独居自炊」の思想―宮崎稔宛書簡から」の講師も務められ、その際に知遇を得ました。タイアップ企画の「文豪とアルケミスト」にも関心を寄せられ、『文豪とアルケミストを本気で考えてみた』を共著で出されるなど、柔軟な思考をお持ちの方です。

当方、こちらを申し込みました。抽選に当たることを祈念しております。その前に展示のみは来週あたり拝見に伺うつもりです。

皆様方も是非どうぞ。

【高村光太郎書誌】

本人著作(部分)15 『日本美術の鑑賞 古代編』 

昭和17年(1942)6月20日 帝国教育会出版部 北川桃雄/奥平英雄編
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目次
 序
 伊勢神宮 伊東忠太 ブルーノ・タウト
 埴輪 濱田耕作         法隆寺の建築 伊東忠太
 法隆寺の五重塔 関野貞     法隆寺の釈迦三尊 フェノロサ
 百済観音 会津八一 植田壽蔵     夢殿観音 フェノロサ
 夢殿秘仏抄 中村憲吉 島木赤彦 香取秀真 会津八一
 中宮寺観音 和辻哲郎      大和の国法起寺 木下利玄
 広隆寺の弥勒 田澤坦      法隆寺金堂阿弥陀浄土 児島喜久雄
 法隆寺の壁画 安田靭彦     薬師寺三重塔 足立泰
 薬師寺聖観音 木村素衛     薬師寺金堂薬師堂 足立康
 新薬師寺香薬師像 松本栄一   東大寺三月堂 関野克
 法華堂不空羂索観音 植田壽蔵  三月堂月光像 源豊宗 岡倉天心
 三月堂執金剛 瀧井孝作     戒壇院の増長天 高村光太郎
 戒壇院四天王 岡倉天心     夢殿 岸田日出刀 会津八一 北原白秋
 興福寺八部衆像 大口理夫    興福寺十大弟子 高村光太郎
 聖林寺十一面観音 和辻哲郎   唐招提寺金堂 東伏見邦英
 鑑真和上像 北原白秋      唐招提寺千手観音 東伏見邦英
 薬師寺の吉祥天女 和辻哲郎   鳥毛立女屏風 中井宗太郎
 神護寺薬師如来 源豊宗     法華寺十一面観音 植田壽蔵
 観心寺の秘仏 瀧井孝作     唐招提寺木彫如来形像 高村光太郎
 道明寺十一面観音 濱田耕作   高野の赤不動 野口米次郎
 清涼殿 中村憲吉        京都御所 岸田日出刀
 鳳凰堂 関野貞         定朝の阿弥陀像 矢代幸雄
 厳島神社 関野貞        光堂 泉鏡花
 一字金輪像 源豊宗       浄瑠璃寺吉祥天女像 丸尾彰三郎
 舞楽面 野間清六        普賢菩薩像 秋山光夫
 孔雀明王図 濱田耕作      二十五菩薩来迎図 西田直二郎
 高野山聖衆来迎図 田中一松   西本願寺三十六人集 佐佐木信綱
 源氏物語絵巻 田中一松     信貴山縁起 上野直昭
 鳥羽僧正の蛙 室生犀星     鳥獣戯画 森田恒友
 伴大納言絵詞 福井利吉郎    無著・世親像 丸尾彰三郎
 快慶「八幡神像」 野間清六     快慶「地蔵菩薩」 三才笹吉
 空也上人の像 西田直二郎    鞍馬寺の聖観音 村上華岳
 頼朝像 熊谷宣夫        北野天神縁起 大塚保治
 一遍上人絵伝 上野直昭     明恵上人像 平福百穂
 高野山不動堂 足立康      古瀬戸 小山富士夫
 解説 北川桃雄 奥平英雄

執筆者順ではなく、取り上げられている作品の時代順での配置。したがって、光太郎の文章は3箇所でとびとびに掲載されています。

それにしても戦時中によくまぁこれだけの豪華な執筆陣のものを出せたな、と思われます。物故者の旧稿もかなり入っていますが。

智恵子のふるさと、福島二本松からの情報。

まず市の広報誌『広報にほんまつ』今月号。同市は令和元年(2019)に「全国さくらシンポジウム」会場となり、それ以来その際のキャッチコピーで光太郎詩「あどけない話」(昭和3年=1928)由来の「ほんとの空にさくら舞う」を、毎年の4月号に転用し、市内の桜の名所を紹介しています。
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そして桜がらみの各種情報。その中で、智恵子の生家などを巡る周遊バス「二本松春さがし号」についても。

その件で、地方紙『福島民報』さん記事。

二本松市街地の桜楽しんで 観光協企画の循環バス運行

 福島県二本松市市街地の桜を楽しむ循環臨時バス「二本松春さがし号」は6日、運行を始めた。15日まで毎日6便が走る。
 にほんまつ観光協会の企画。JR二本松駅発着で、智恵子の生家、霞ケ城公園、大隣寺などを巡る。割安な1日フリー乗車券は中学生以上500円、小学生250円。
 初日にJR二本松駅前で出発式を行い、塩田英勝にほんまつ観光協会事務局長、鈴木友和福島交通二本松営業所長がテープカットした。
 問い合わせは同営業所 電話0243(23)0123、または観光協会 電話0243(24)7702へ。
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運行されている福島交通さんサイトから。

二本松の名所旧跡を巡る「二本松春さがし号」を運行いたします。

 二本松駅前より、詩人で彫刻家である高村光太郎の妻智恵子が育んだ住まい、少年隊も眠る丹羽家の菩提寺「大隣寺」などを巡る、二本松市内を循環する “二本松春さがし号”臨時バスを運行しますので、是非ご利用ください。
【注意事項】
・道路交通状況等により遅れが発生します。列車への乗り継ぎには十分余裕をお取りください。
・混雑時のマスク着用にご協力ください。
 ご理解ご協力を重ねてお願い申し上げますとともに、皆様のご乗車をお待ちいたしております。

運 行 日   : 2026年4月6日(月)~4月15日(水)毎日運行
運賃・時刻表  : 「二本松春さがし号」ご案内(以下PDFよりご確認ください)
お問い合せ先  : 福島交通㈱二本松営業所 0243-23-0123
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1日フリー乗車券で大人でもワンコインだそうですから、実に良心的ですね。

続いて智恵子のソウルマウンテン・安達太良山情報。奥岳登山口周辺であだたら高原リゾートを展開する富士急さんのプレスリリースから。

詩人・高村光太郎の妻 智恵子 が焦がれた “ほんとの空” の下、あだたら山ロープウェイ山頂駅に絶景読書ラウンジ【あ】の図書室 4月11日 始動

 富士急グループの富士急安達太良観光株式会社(福島県二本松市、取締役社長:渡邉康治)が展開する「あだたら高原リゾート」(同市)では、あだたら山ロープウェイ山頂駅にある休憩所をリニューアルし、2026年4月11日(土)に【あ】の図書室をオープンいたします。
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 あだたら高原リゾートでは、2024年のグリーンシーズンに山頂での楽しみ方を拡充する取り組みとして、「あだたらやま」の「あ」に着目した空間演出など、自然と遊び心を感じられる体験づくりを行ってきました。山頂展望広場に設置された【あ】のオブジェも、その一環として多くの来場者に親しまれています。
 今回新たにオープンする【あ】の図書室は、文学にゆかりのあるこの地ならではの“静かな過ごし方”を提案する空間です。安達太良山は、高村光太郎の詩集『智恵子抄』に登場する「ほんとの空」の舞台として知られ、その空を焦がれた智恵子の想いが今も息づいています。雄大な自然と、四季折々に表情を変える山並みに囲まれた山頂で、本を手に取り、ゆったりとした時間をお過ごしいただけます。
 日常から少し離れた場所で、デジタルデトックスとともに味わう、すこやかなひとときをお楽しみください。

【あ】の図書室概要
■リニューアルオープン 2026年4月11日(土)
■営業時間 9:00~16:00
※ロープウェイの上り最終15:50、下り最終16:20
■利用料金 無料 ※山頂に行くロープウェイの料金が必要となります。
【ロープウェイ料金】
 大人(中学生以上)片道: 1,300円、往復2,200円
 小人(4歳~小学生)片道: 1,000円、往復1,700円
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【あ】のオブジェ
 ロープウェイ山頂広場には「あだたらやま」の「あ」をモチーフにした不思議なモニュメント【あ】のオブジェがあります。大小さまざまな「あ」が並ぶ「あ」の道の先には、高さ約180cmのモニュメントがあり、安達太良山の空と阿武隈の山並みを背景に撮影を楽しめるフォトスポットとなっています。
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「あだたら高原リゾート」施設概要
■ロープウェイからの絶景、薬師岳パノラマパークからの雄大な景色を一望
 「日本百名山」の一つに数えられる安達太良山は、標高1,700mで夏でも涼しい環境で大自然を満喫できます。あだたら山ロープウェイに乗って約10分の空中散歩を楽しんだ後、山頂駅からは阿武隈山系や福島市街地を一望。さらに、散策道を10分程歩いたところにある「薬師岳パノラマパーク」では、高村光太郎が『智恵子抄』の中で「ほんとの空」と謳ったことで知られる、青く澄みきった空と絶景の大パノラマが楽しめるほか、山肌にはハートの形を発見することができ、見どころいっぱいです。
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■絶景露天風呂「あだたら山奥岳の湯」でリフレッシュ!
 標高約950mに位置する「あだたら山奥岳の湯」は、遮るもののない眺望が自慢の露天風呂です。また、内湯は「源泉かけ流し」で、泉質は全国的にも珍しいph2.5の酸性泉で、筋肉痛や神経痛、疲労回復、また皮膚病への効能や美肌効果もあると言われております。
【施設概要】
・営業日 年中無休※メンテナンス休業あり
・営業時間 10:00~19:00(最終入館18:30)
・施設内容 内湯(9㎡)、露天風呂(20㎡)※男女別
・利用料金 大人800円/小人(4才~小学生)500円
・泉質 単純酸性温泉
・適応症 神経痛・筋肉痛・関節痛・運動麻痺・慢性消化器病・冷え性・疲労回復・健康増進
     慢性皮膚病

「あだたら高原リゾート」営業概要
・営業時間 8:30~16:30
  ※日によって異なり、定休日もあります(HPをご参照下さい)
・お問い合わせ 福島県二本松市奥岳温泉 TEL:0243-24-2141
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奥岳登山口から出発するロープウェイの山頂駅に、今日「【あ】の図書室」がオープンするそうです。なぜに【あ】かというと、「だたらやま」の「あ」でもありますし、「あだたらやま」がローマ字だと「ADATARAYAMA」で、母音が全て【あ】ということに由来します。一昨年にはやはり山頂駅の外に「【あ】のオブジェ」が設置され、そちらと呼応する感じですね。

ところで「【あ】のオブジェ」、てっきり期間限定での設置だと思い込んでいまして、昨年4月に山頂駅に行った際に見逃しました。次に行く際には「【あ】の図書室」ともども拝見します。ちなみに山頂駅近くの薬師岳パノラマパークには、有名な「この上の空がほんとの空です」碑がありますので、これから行かれる方、そちらにもどうぞ。

長くなりましたがもう1件、お付き合い下さい(笑)。

やはり『福島民報』さんで、4月7日(火)掲載のコラム。

こけし

▽二本松市のチーズケーキ工房&カフェ風花が開発した新商品「ほんとの空サイダー」が人気を集めている。▽詩集・智恵子抄で詠まれた「ほんとの空」をイメージし、クチナシ由来の天然着色料で空色を表現。県産リンゴ果汁を用いた味わいが特徴。安達太良山の風景をラベルに描いた。360円(税込み)。店内のほか、道の駅安達などで販売している。▽企画担当の長田花梨さんは「温泉後の一杯に安達太良山を眺めつつ味わって」と青空のように爽やかなドリンクをPRしている。
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過日、当方も購入して参りました「チーズケーキ工房・カフェ風花&もりのこうぼう」さんの「ほんとの空サイダー」。人気を集めているそうで、「おお!」という感じでした。

実際、気になる方が多いようで、花巻からも「オンラインで手に入らんか?」と問い合わせがありましたし、過日の連翹忌の集いに持っていって光太郎智恵子関連の新刊書籍やパンフレット等と一緒に並べておいたら、参会の方から「これ、都内で手に入りませんかね?」。ちなみに持っていった一本は渡辺えりさんにさしあげました(笑)。

いろいろ調べたのですがどうも現地に行かないと無理っぽい感じです。「チーズケーキ工房・カフェ風花&もりのこうぼう」さんは岳温泉近く、それから今回の『民報』さんで、道の駅安達智恵子の里さんでも販売と知りました。智恵子生家/智恵子記念館に行った際にゲットしようと思いました。

他にも二本松・安達太良山・ほんとの空がらみのいろいろがあるのですが、他にも紹介すべき事項が山積しておりまして、また後日。

【高村光太郎書誌】

本人著作(部分)12 『ミケランヂェロ』 

昭和16年(1941)8月20日 アトリヱ社 天田文雄編
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目次
 ミケランヂエロの彫刻作品に題す 高村光太郎
 図版
 ミケランヂエロ年譜 富永惣一
 図版目次


ミケランジェロ・ブオナローティは、ロダン同様、あるいはそれ以上に光太郎が敬愛し続けた彫刻家です。その大判の彫刻写真集です。光太郎の文章が巻頭に置かれ、序文に近い感じですが、一応、部分的執筆の項に入れました。

たまたまなのでしょうが、発行日が昭和16年(1941)8月20日。これは詩集『智恵子抄』初版、それから散文集『美について』それぞれの発行日と全く同じ日です。

この項、刊行順に紹介していますが、一昨日取り上げた『仏蘭西詩集』、昨日の『生活と文化技術』と順番が前後してしまいました。すみません。

NHKラジオさんで放送されている「保阪正康が語る昭和人物史」。 3月までタイトルが「放送100年 保阪正康が語る昭和人物史」で、毎週日曜日の夜にオンエアされていましたが、4月から「放送100年」が取れて、単に「保阪正康が語る昭和人物史」と改題、放送時間も土曜の昼に変更となったそうです。そのリニューアル後の記念すべき初回が、「詩人・彫刻家 高村光太郎 第1回」ということで、先週4月4日(土)のオンエアでした。光太郎の肉声も流されました。
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聞き逃し配信の「らじる★らじる」さんで拝聴しました。ご出演は評論家の保阪正康氏と、ノンフィクション作家・梯久美子氏。番組途中までは、お二人の光太郎智恵子への思いなど。概ね好意的に光太郎を評して下さり、敬愛の念が感じられ、その点は良かったと思いました。

一つ気になったのは「家事」。画家として大成することを目指していた智恵子が「家事」に追われ……みたいな。お二人ともそういう論調でした(光太郎を非難するという感じではありませんでしたが)。

実際、智恵子没後の光太郎の散文「智恵子の半生」に以下の一節があります。

互にその仕事に熱中すれば一日中二人とも食事も出来ず、掃除も出来ず、用事も足せず、一切の生活が停頓(ていとん)してしまふ。さういふ日々もかなり重なり、結局やつぱり女性である彼女の方が家庭内の雑事を処理せねばならず……

結局やつぱり女性である彼女の方が家庭内の雑事を処理せねばならず」。この一言を以て「光太郎=結局は男尊女卑論者」説的なものがまかり通っています。80~90年代に毒舌のジェンダー論でテレビ番組に引っ張りだこだった女性論者など、頭からそう決めつけています。

しかしよく読むと、「一切の生活が停頓」する「さういふ日々」が「かなり重なり」ということは、実際にそういうことがたびたびあったわけで、智恵子が日々「家事」に追われていたわけでもないことが読み取れます。

また、同じ「智恵子の半生」で、

私と同棲してからも一年に三四箇月は郷里の家に帰つてゐた。田舎の空気を吸つて来なければ身体(からだ)が保(も)たないのであつた。

とあり、光太郎がゴリゴリの男尊女卑主義者であれば、そんなことは絶対に許さなかったのではないかと思われます。

また、光太郎は長男でありながら家督相続を放棄し、髙村家は実弟の豊周が嗣いで、光太郎は実家からは出たため、智恵子は舅姑の光雲夫妻と同居せず、「嫁」という立場ではなく、その分楽だったような気もしますし。それから、光太郎智恵子を知る人々の証言として、「光太郎が八百屋などで買い物をしているのはよく見かけたが、智恵子が買い物に出ているのは見たことがない」というのもあります。結局、光太郎、この当時としては一般の男性よりもかなり理解があったのではないかと思われますし、少なくとも「家父長論」的なものに縛られる人物ではなかったと断言できます。

閑話休題、放送の話に戻ります。番組中盤で、いよいよ光太郎肉声。

まずは昭和27年(1952)3月、やはりNHKのラジオ放送のため、花巻温泉松雲閣で詩人・真壁仁との対談が収録された後に収録された自作詩朗読3篇のうち、「風にのる智恵子」(昭和10年=1935)と「千鳥と遊ぶ智恵子」(昭和12年=1937)。いずれも昭和9年(1934)に智恵子が千葉九十九里浜で療養していた頃を回想して後に書かれた詩です。それから、智恵子没後の詩「梅酒」(昭和15年=1940)も収録されましたが、今回はオンエアされませんでした。

以前にも引用しましたが、録音に立ち会ったNHKの熊谷幸博アナウンサーの回想から。

 さらに私どもは詩の朗読の録音もお願いした。これも快く承諾されて、智恵子抄の中から“千鳥と遊ぶ智恵子”“梅酒”“風にのる智恵子”の三編を朗読された。梅酒のくだりではちょっと涙ぐんで朗読がとぎれた。この感動が伝わって私も涙ぐんだ。
(『日本放送史 下』昭和40年=1965 日本放送協会放送史編集室編 日本放送協会)

3篇全ての朗読はかつてNHKさんで販売していたCD『昭和の巨星肉声の記録 文学者編 室生犀星 高村光太郎』に収められています。その直前に収録された真壁との対談、それから下って最晩年の昭和30年(1955)、当会の祖・草野心平と行った対談も。
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また、「千鳥……」と「梅酒」の朗読は、平成14年(2002)山川出版社発行の中学校教材用CD『中学校 音の国語』にも収められています。それから「レモン哀歌」が現代の中田薫さんという方の朗読で。
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どちらも絶版のようですが……。

詩の朗読の後、美術史家で晩年の光太郎に親炙した奥平英雄との対談で、昭和28年(1953)12月27日の録音、翌年1月7日に文化放送さんでオンエアさた「彫刻と人生」から抜粋で。こちらは主に最近の生活ぶり。前年に生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」制作のため上京して住んでいた中野の貸しアトリエで、一部はその前に7年間隠棲していた花巻郊外旧太田村の山小屋(高村山荘)での暮らしです。

こちらは奥平著『晩年の高村光太郎』特装本(瑠璃書房 昭和52年=1977)に対談を収録したカセットテープが附録として付いており、そちらをお貸ししました。
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「彫刻と人生」は、新潮社さん発行の『新潮カセットブック 高村光太郎詩集』(平成2年=1990)に一部が収録されています。どちらも古書籍市場等でしか入手できないようですが……。

ほぼ全文は『高村光太郎全集』第11巻に文字起こしして収められています。ところが良寛の書について述べた数十秒程の部分がなぜか脱漏していまして、その部分は高村光太郎研究会さん発行の『高村光太郎研究(30)』(平成21年=2009)中の当方連載「光太郎遺珠」に収録しました。

さて、4月4日(土)の「第1回」、聞き逃し配信の「らじる★らじる」さんで4月11日(土)午後0:45の配信終了まで聴けます。どうぞお聴き下さい。

また、「第2回」のオンエアが今週末。

保阪正康が語る昭和人物史 詩人・彫刻家 高村光太郎 第2回

NHKラジオ(AM) 2026年4月11日(土) 12:15-12:45

今年没後70年の高村光太郎。大正3年に結婚した智恵子は、次第に体調を崩し、昭和13年に亡くなります。昭和16年太平洋戦争が始まると光太郎は戦争賛美の詩を多数作り、敗戦後は花巻市郊外の山荘で自給自足の生活を送ります。その折々の気持ちをどう表現しているのか?昭和27年3月放送の「自作朗読」で、光太郎は智恵子を思う詩「梅酒」を朗読。昭和29年1月文化放送の「彫刻と人生」では戦後の人生を語っています。

出演 保阪正康 梯久美子


「彫刻と人生」の「第1回」で放送されなかった部分から抜粋があります。

ついでというと何ですが(笑)、当会の祖・草野心平編が4月18日(土)と4月25日(土)です。以前に頂いた企画書的なデータによれば4月18日(土)は「婦人の時間 智恵子抄について」(昭和27年=1952)、4月25日(土)で「わが文学わが回想」(昭和58年=1983)から心平肉声が流れるようです。

それぞれぜひお聴き下さい。

【高村光太郎書誌】

本人著作(部分)14 『生活と文化技術』 

昭和16年(1941)11月20日 白水社 網戸武夫編者代表
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目次
 国防と文化 岸田国士      芸術と国民生活 高村光太郎
 生活の真の楽しさ 島木健作   生活と文化 内藤濯
 生活の秩序 片山敏彦      平衡感覚の鍛錬 颯田琴次
 医者の立場から 小林彰     家と生活合理化の方向 大泉博一郎
 住居・生活・文化 網戸武夫   国語教育 高倉テル
 これからの親の責任 波多野勤子 児童文化と児童観の問題 百田宗治
 演劇と生活 遠藤慎吾      文化政策 城戸幡太郎
 文化と教養 上泉秀信

太平洋戦争開戦目前ということで、目次を見てもキナ臭い感じです。光太郎の「芸術と国民生活」は、この年4月の心平主宰『歴程』に載ったものの転載です。

既に始まっている展示の情報を2件。

まずは岩手から。地方紙『岩手日報』さん記事。

高村光太郎 交流の足跡 八重樫健一さん 花巻疎開80年で企画展

日報 北上市江釣子の八重樫健一さん(76)は地元の江釣子地区交流センターで、彫刻家・詩人高村光太郎の花巻疎開80年を記念した企画展を開いている。光太郎と住民の交流の様子などを伝えている。
 光太郎の作品や関連資料約150点を展示。本人と密接な関わりがあり、高村記念会事務局長などを務めた故宮森祐昭さんや疎開当時に世話人を務めた人物らの談話、さまざまな資料を八重樫さんが分かりやすくまとめた。
 光太郎を題材としたドラマの台本など、関係者から提供を受けた貴重な資料も並ぶ。関心を持ち、2年ほど前から準備してきた八重樫さんは「展示会を通した語り部として、(光太郎)先生の功績や苦楽を伝えたい。当時を知る人たちによるトークショーも開きたい」と語った。
 30日までで、午前8時半~午後5時。入場無料。


同じ件で『岩手日日』さん。

光太郎 花巻疎開80年 江釣子地区交流セ 記録、資料展示

日日 北上市江釣子の八重樫健一さん(76)は展示会「高村光太郎花巻疎開80年」を、同市の江釣子地区交流センターで開いている。彫刻家、詩人の高村光太郎(1883~1956)が花巻に疎開していた時代の記録や、地元住民との交流の記録を紹介している。30日まで。
 八重樫さんは、義理のいとこの宮森祐昭さんが疎開中の光太郎と交流を持ち、高村光太郎記念館の館長を20年務めたことなどをきっかけに研究を開始。今回の展示会は2年間の研究の成果として開催した。
 展示では、光太郎が太田村山口(現花巻市)に疎開していた7年間について解説する資料など約150点を展示。宮森さんの他、光太郎の疎開期間中に同村村長を務めていた高橋雅郎さんら光太郎を支えた地域住民についても紹介している。
 八重樫さんは「光太郎先生の花巻疎開から80年になり、当時を語れる人もわずかになった今、展示を通した語り部として先生の功績を伝えられればいいと開催した」とし「当時の人でも元気な人はいる。先生をしのぶトークショーなどの機会があれば、供養につながるのではないか」と話していた。


北上市は光太郎ゆかりの花巻市の南に位置しています。生前の光太郎と交流があり、財団法人高村記念会(現・花巻高村光太郎記念会)の事務局長を永らく務められた宮森祐昭氏の親族の方が個人的に企画したものだそうです。

どんなものが出品されているのか細かいところは不明ですが、花巻で光太郎顕彰に当たられているやつかの森LLCの皆さんでご覧になってくるということなので、報告を待ちたいと存じます。

続いて兵庫県。

こちらも報道というか、プレスリリースから。

【兵庫教育大学】文学を見て、触れて、嗅いで、いざ物語の世界へ飛び込もう!『ぞわる文学~五感がいざなう魅惑の世界』展を開催中!

 兵庫教育大学教材文化資料館では、2026年4月1日から8月31日まで企画展『ぞわる文学~五感がいざなう魅惑の世界』を開催中です。
 本展では、日本近代文学を中心に、梶井基次郎の『檸檬』や宮沢賢治の『セロ弾きのゴーシュ』など、五感を刺激する作品を紹介します。さらに、それら作品の一場面をそれぞれの感覚に焦点を当てて再現し、実際に香りを嗅いだり、音楽を聴いたりと「読む」だけではない、体で感じる文学体験をお楽しみいただけます。
 教科書でお馴染みの作品に加え、学校では教わらなかった妖しい作品も並びます。文豪たちの、ときに鋭く、ときに繊細な表現を、その文章のみでなく、見て、触れて、嗅いで、より物語に没入してみませんか。
 ぞわっと鳥肌が立つような、背筋がぞくりとするような、そんな魅惑の世界へご案内します。

2.主催   兵庫教育大学附属図書館 教材文化資料館
3.会期   2026年4月1日(水)から2026年8月31日(月)まで
4.開館時間 平日:8時45分から20時まで、土日祝:10時から17時まで
       ※開館日時は兵庫教育大学附属図書館に準じます。
5.会場   兵庫教育大学附属図書館内 教材文化資料館展示室
        〒673-1494 兵庫県加東市下久米942-1
                             https://www.hyogo-u.ac.jp/museum/
6.観覧料  無料
7.展示資料数 約40点

見て、嗅いで、触れて、あのワンシーンを体感しよう
 のれんをくぐった先の展示の入り口では、積み重なった画集の上に置かれたレモンが出迎えます。ここでは五感のひとつ、嗅覚に着目した展示として、梶井基次郎の『檸檬』、高村光太郎の『レモン哀歌』をとりあげます。それぞれの作品の中でレモンはどのように表現され、またどのような効果をもたらしているのでしょうか。詩や小説の一節を読みながら、その場で実際にレモンの香りを嗅いでご自身の鼻で確かめてみてください。すっぱいレモンの香りが、文学の世界へぐっと引き込んでくれます。
 また、展示室の中央には、江戸川乱歩の『人間椅子』の一節とともに、立派なアンティークチェアが置かれています。どうぞ、ご自由にお座りください。一見するとただの椅子ですが、『人間椅子』の内容に触れてから座ると、それはもうただの椅子ではないかもしれません。知ってしまったが最後、気づけば文豪が紡ぎ出す妖しくも魅惑的な世界の登場人物の一人になっていることでしょう。

懐かしの教科書作品から最新の映画化作品まで紹介
 文学作品の楽しみ方は「読む」だけにとどまりません。その文章からすこし目線を上げると、文学作品がさまざまな形で展開し、楽しみ方を広げていることが分かります。例えば、文学作品を朗読したオーディオブックは「聴く」という楽しみ方を提供しています。本展では、夏目漱石の『夢十夜-第一夜』と有島武郎の『一房の葡萄』の一節を朗読者を変え聴き比べることができます。女性か男性か、幼いか渋いかといった朗読者の声の違いは、同じ文章であっても物語の印象をどう変えるでしょうか。
 他にも、本の表紙デザインを「観て」楽しむコーナーや、学校で学んだ文学作品を振り返るコーナー、映画化作品のコーナーまで、文学作品の楽しみ方をあらゆる角度からご紹介しています。
 本を手に取って帰りたくなるような、そんな時間をお過ごしください。
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おそらく、現在も版を重ねている近代文学作品の書籍や当時ものの書籍、雑誌等を並べ、解説パネルで作品や作者について詳しく説明、そして作品からインスパイアされた現代アートのインスタレーション的な展示も為されている、と、そんな感じだと思われます。
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フライヤーでサムネイルとして取り上げられているのが集英社文庫で川端康成『伊豆の踊子』、太宰治『人間失格』、宮沢賢治『銀河鉄道の夜』、リブレさんから出ている『江戸川乱歩傑作集3芋虫』、KADOKAWAさんの漫画『芋虫』(丸尾末広・画)、KADOKAWAホラー文庫で『芋虫江戸川乱歩ベストセレクション2』。

画像を見て、紹介されているのが確認出来る作家は、芥川龍之介、森鷗外、中原中也、夏目漱石、志賀直哉、中島敦。プレスリリースの本文中には梶井基次郎と光太郎の名も。

「ぞわる」の語の通り、妖しい感じですね(笑)。

それぞれご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

本人著作(部分)13 『仏蘭西詩集』 

昭和16年(1941)11月19日 青磁社 村上菊一郎編
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目次
 高村光太郎 午後の時 エミイル・ヹルハアラン
 小林秀雄 酩酊船 アルチュル・ランボオ
 堀辰雄 窓 ライナア・マリア・リルケ
 菱山修三 海辺の墓地 ポオル・ヴァレリイ
 三好達治 祝祷 シャルル・ボオドレエル
 堀口大学 知られぬ海 ジュウル・シュペルヴィエル其他
 村上菊一郎 ランボオ詩鈔
 山内義雄 散文詩 マルセル・プルウスト
 編纂者の言葉

後に設ける「詩華集(アンソロジー)」の項に入れようかとも迷ったのですが、光太郎の頁数も多く、とりあえず「本人著作(部分執筆)」の項に入れておきます。

その後出された各種の版が存在します。

奈良県から演奏会情報です。

田中彩子×藤木大地デュオ・リサイタル2026 大和高田公演

期 日 : 2026年4月11日(土)
会 場 : 大和高田さざんかホール 奈良県大和高田市本郷町6-36
時 間 : 14時00分~
料 金 : 一般3,500円 高校生以下1,000円(当日各500円増)
      友の会会員3,000円(1会員4枚まで、前売りのみ)

コロラトゥーラ・ソプラノとカウンターテナー 二人の声楽家が織りなす至上の響き

ハイコロラトゥーラの美しい歌声で人々を魅了する田中彩子と奇跡と呼ばれるカウンターテナー藤木大地が共演するプレミアムなリサイタル

出 演 : 田中彩子(ソプラノ) 藤木大地(カウンターテナー) 佐藤卓史(ピアノ)
 
曲 目 : G.F.ヘンデル 主は羊飼いのようにその群れを養い
       (オラトリオ《メサイア》より)
      E.ショーソン 二つの二重唱作品11 第1曲「夜」/第2曲「目覚め」
      A.L.ウェーバー ピエ・イエズ
      ペルゴレージ 《スターバト・マーテル》P.77
       Ⅰ悲しみの聖母 Ⅻ肉身は死して朽つるとも
      バッハ 《羊は安らかに草を食み》BWV208
      加藤昌則 レモン哀歌
      
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カウンターテナーの藤木大地氏。光太郎詩に曲を付けた加藤昌則氏作曲の「レモン哀歌」を持ち歌の一つとなさっていて、これまでも各地でのコンサート、リサイタル等で歌われています。昨秋は智恵子の故郷、福島二本松で演奏され、好評を博しました。

今回はソプラノの田中彩子氏と組まれてのデュオ。他にも群馬の高崎などでお二人のデュオ公演が組まれていますが、フライヤーに「レモン哀歌」が書かれているのはこの大和高田公演のみのように思われます。違っていたらすみません。

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

本人著作(部分)11 『風経』 

昭和15年(1940)9月20日 昭森社 森谷均編
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目次
 鷗外先生の「花子」 高村光太郎    模様と工芸 富本憲吉
 花にそへて(陸凱) 小村定吉     帽子 玉村方久斗
 意匠の力 小池新二          支那の石 増田渉
 春江花月夜(隋煬帝) 小村定吉      大陸で見た松 小林勝
 野分 北園克衛            東行先生の質問 土方定一
 三戦争を識る人々 高橋邦太郎     吾々は最早ダンサーでしかない 神原泰
 邪食談義 長田恒雄          鮎 佐藤惣之助
 うるさい夢(ギイ・レヴィヌ・マノ) 山中散生
 電車とバスの話 石田周三       流行歌的生き方 中岡宏夫
 おるがにざとほる 小名木滋      ぜんまい(デツサン) 庫田叕
 恐ろしい大衆 里見勝蔵        毛蟲 蔵原伸二郎
 火翳御愛染(表紙) 棟方志功
 カツト 富本憲吉・里見勝蔵・棟方志功

光太郎を筆頭に、さまざまな人物のさまざまなジャンルの作品が載っている、としか言いようのない不思議な書籍です。並製のペラいもので紙質もよくありませんが、表紙が棟方志功の多色刷り版画だということで、高値が付く場合もあります。

光太郎の「鷗外先生の花子」は、恩師・森鷗外の短編小説「花子」についての評論的なもの。「花子」は確認出来ている限り唯一、ロダンのモデルを務めた女優です。

今週末、都内で開催される朗読劇のご紹介です。

小見川千明のお気楽文学サロンpresents 朗読劇「双視双愛-智恵子抄より-」

期 日 : 2026年4月11日(土)  4月12日(日)
会 場 : ガルバホール新宿  東京都新宿区西新宿6-21-1アイタウンプラザB103
時 間 : 4/11 18:00~ 4/12 14:00~ 18:00~
料 金 : 一般チケット ¥9,000(税込)
      メッセージ付きポストカード特典付き※数量限定前方2列 ¥12,000(税込)

同じ愛を求めていたはずなのに、同じ景色を見ることが叶わない 男女の愛のジレンマを朗読として再構築

原作 高村光太郎  原案 小見川千明  脚本 今浪祐介

出演者
 小見川千明 飯田江未加 飛田剛志 林寛太郎 春内涼花(五十音順)
 ピアニスト coba48  チェリスト 宮景琢充

【4月11日】
 17時 開場  18時 開演
 1部 朗読 春内涼花 飛田剛志
 2部 小粋なトークと贅沢なカラオケ大会 春内涼花 飛田剛志 小見川千明

【4月12日】
 13時 開場  14時 開演
 1部 朗読 飯田 江未加 林 寛太郎
 2部 小粋なトークと贅沢なカラオケ大会 飯田 江未加 林 寛太郎 小見川千明

 17時 開場  18時 開演
 1部 朗読 小見川千明
 2部 小粋なトークと贅沢なカラオケ大会 小見川千明
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アニメ「文豪ストレイドッグス」など多くの作品で声優としてご活躍の小見川千明さん。直接は存じ上げませんが、だいぶ以前からYouTube等に光太郎詩の朗読動画等あげられていて、それで存じていました。最近も今回の公演のプロモーションを兼ねてでしょう、「智恵子抄」収録作品の朗読動画等があがっています。


ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

本人著作(部分)10 『芸術方法論』 芸術論2

昭和15年(1940)7月5日 河出書房 山際靖著作者代表
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目次
 詩学 工藤好美
 天才と才能 杉田直樹
 環境 小林秀雄
 技巧論 山際靖
 素材と造型 高村光太郎

光太郎の評論「素材と造型」は書き下ろしです。

日中戦争は泥沼化、翌年には太平洋戦争開戦の年の刊行で、既に物資不足の状態と思われ、函も本体も紙質がよくありません。

昨日から宮城県に来ております。現在地は亘理町のファミリーロッジ旅籠屋仙台亘理店。モーターホテルタイプの宿で、3度目の利用です。
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何ゆえ宮城に来ているかと申しますと、過日の連翹忌の集いにもご参加くださり、いろいろお手伝い下さいました声優・朗読家の荒井真澄さんの朗読公演「声優による朗読の夕べ」がありまして、そちらが第一目的でした。公演の中で荒井さんも参会の方々にご紹介下さいましたが、平成24年(2012)以来の長い付き合いです。

そちらが昨日夕方で、その前に光太郎や宮沢賢治と交流があった仙台出身のマイナー詩人、石川善助についての調査。まず石川がらみの古い同人誌的な雑誌に光太郎が寄稿しているというこれまで知らなかった情報を得、その雑誌が仙台文学館さんに所蔵されていることをつきとめ、閲覧に伺いました。
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しかし残念ながら、石川の詩集「亜寒帯」に光太郎が寄せた序文の転載でした。まあ、よくあるケースです。他に数種類の雑誌など閲覧しましたが、結局収穫はありませんでした。

気を取り直して、石川の詩碑がたつ太白区の愛宕神社さんへ。詩碑そのものでなくかたわらの説明板に光太郎の名が記されているという情報を得たもので。
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「仙台総鎮守」と称するなかなかに由緒あるお社でした。

広瀬川流れる岸辺の河岸段丘に鎮座ましまし、市街が一望、遠く見える雪山は蔵王山系でしょうか。
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碑は境内の一角に。
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説明板には確かに光太郎の名。さらに賢治や当会の祖・草野心平の名も記されています。ガセ情報ではなくて、胸をなで下ろしました。

さて、朗読公演に。

会場は宮城野区の「となりのえんがわ」さん。こちらも由緒ある納豆工場の一角、倉庫をリノベーションして作られたレンタルスペース的な施設です。
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どうせ車なのでということで、彩りを添えるために智恵子紙絵と油絵の複製、それから過日の連翹忌の集いで参会の皆さんに配布した様々なフライヤーの残部を持参。
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申し遅れましたが、今回の公演は智恵子抄づくし。
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荒井さんの一つのポリシー的な感じで、全体を一つの流れにし、荒井さん曰く「私は旗を持ってツアー客の皆さんを先導するガイドさんのようなもので、ついて来てくだされば全てがわかります」という形にしたいとのことでした。なるほど、と思いました。

その荒井さん。
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照明の関係であまり写りが良くありませんが、実物は実に可愛らしい方です(笑)。

お客様は20名ほど。皆さん、光太郎智恵子の世界に聴き入られていました。過日、花巻で宮沢賢治実弟の清六令孫の宮沢和樹氏、賢治の親友だった藤原嘉藤治の顕彰に当たられている瀬川正子さんと当方の鼎談「トークイベント 光太郎と賢治 宮沢賢治全集ができるまで」を聴きにいらした一関の方もいらっしゃり、ありがたい限りでした。

終演後、荒井さんと夕食。この後も智恵子の故郷・福島二本松などで朗読なさるとのことでそのあたりの打ち合わせを兼ねて。

光太郎智恵子、それから荒井さんは元々賢治ファンでもあらせられ、末永くその世界の伝道師としてご活躍いただきたいものです。

当方、今日はこの後、千葉に帰ります。「高村光太郎書誌」は休みます。

4月2日(木)、光太郎忌日の連翹忌に合わせての発行となる定期刊行物2種、ご紹介します。

まず当方も加盟しております高村光太郎研究会から、『高村光太郎研究(47)』。
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同会では毎年秋に研究発表会を行っておりまして、その際の発表者の方がそれを元に一文を寄せるという慣例になっています。そこで昨秋の第68回研究会の発表者、武蔵野美術大学さんの前田恭二教授が「雑司ヶ谷の季節―フユウザン会前夜を中心に―」。明治末から大正初めの一時期、智恵子も暮らした雑司ヶ谷に集った芸術家たちの人間模様、といった感じです。ちなみに『智恵子抄』所収の光太郎詩「郊外の人に」(大正元年=1912)の「郊外」は雑司ヶ谷です。

それから光太郎と年の離れた従妹で、令和4年(2022)、105歳までご存命だった故・加藤照さんの子息、加藤千晴氏の「高村光太郎の渡米」。ご自宅に残る資料等を活用されてのものでした。

当方の拙稿が2本。まず1年間で発見した『高村光太郎全集』に漏れていた光太郎文筆作品の集成「光太郎遺珠」。散文「『新世界文学全集』推薦文」(昭和15年=1940)、アンケート「こうあってほしい鶏卵肉」(昭和26年=1951)、雑纂で「『詩洋』二十周年記念の会挨拶」(昭和18年=1943)、「詩集『智恵子抄』初版正誤表」、それから書簡が10通ちょっと。戦後、神奈川県の小学校教師だった岩本飛行六に宛てたものが7通まとめて見つかりましたし、斎藤茂吉、木山捷平などビッグネーム宛ても(1通ずつですが)。他に参考資料として、花巻郊外旧太田村に隠棲中の光太郎の訪問記。おそらく武者小路実篤の娘婿・穣の執筆と思われます。光太郎の語った言葉が中心ですが、地の文と分離しにくいので参考資料扱いにしました。昭和22年(1947)のものです。

さらにこのブログの昨年12月末に4回に分けて掲載したものをアレンジして「高村光太郎没後年譜 令和七年(二〇二五)」。

あとは主宰の野末明氏による一年間の「光太郎文献目録」、「研究会記録・寄贈資料紹介・あとがき」です。

奥付画像、上の方に貼ってありますので、ご入用の方、そちらまで。

002続いて当会発行の『光太郎資料 65』。手作りの冊子です。印刷のみは印刷屋さんに頼んでいますが。

 「光太郎遺珠」から 岩手にて その三  
 光太郎回想・訪問記  宮本甲治 高村光太郎と出会う 
 光雲談話筆記集成 奈良の彫刻を観て 
 昔の絵葉書で巡る光太郎紀行   九十九里町(千葉県)
 音楽・レコードに見る光太郎
     丘灯至夫作詞「智恵子抄」(その一)
 高村光太郎初出索引 (昭和13年に初出のあったもの)
 編集後記 

「「光太郎遺珠」から」は、上記『高村光太郎研究』に20年ほど載せ続けている「光太郎遺珠」掲載作品をテーマや時期で区切って再掲しています。今回は昭和21年(1946)と翌年のもの。主に花巻郊外旧太田村での隠遁生活にまつわるものです。

「光太郎回想・訪問記」は、やはり太田村でそこに住んでいるのが光太郎とは知らずに偶然訪れたハンターが、後になって、あれは高村光太郎だったんだ、という、特異な回想文です。

「光雲談話筆記集成」は、光太郎の父・光雲の、確認出来ている限り最も古いもの。東京美術学校に奉職した明治22年(1889)の雑誌『国華』に載っていました。

それから、昭和9年(1934)に智恵子が療養していた九十九里浜の紹介、昭和39年(1964)、故・二代目コロムビア・ローズさんの歌唱でヒットした丘灯至夫作詞「智恵子抄」の紹介などとなっています。

ご入用の方はお申し付け下さい。送料実費のみでお頒けします。

また、一金10,000円お支払いいただければ、永続的に年2回(4月と10月)、お送りします。必要であれば第37集以降のバックナンバーも(一部は品切れでコピー)。当会顧問であらせられた北川太一先生編集の第36集までは、手元に1冊ずつしかありませんのでお頒けできませんが。

【高村光太郎書誌】

本人著作(部分)9 『マチス』

昭和14年(1939)12月10日 高見澤木版社 上村益郎編
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目次
 画論(1908・マチス) 高村光太郎  たわごと(1937・マチス) 硲伊之介
 マチスの頭のよさ 正宗得三郎     マチスを訪ふ 武者小路実篤
 マチス師のこと 青山義雄       マチス論 トオマス・クラヴン
 マチス伝その他 小野忠重
 年譜
 書誌

光太郎と軽く交流のあった、アンリ・マティスの大判の画集です。光太郎を筆頭に6名の解説文的な文章が掲載されています。

一昨日は光太郎忌日、第70回連翹忌でした。当日、『読売新聞』さん夕刊のコラムで触れて下さいました。

よみうり寸評

駅までの道中、川べりの土手で菜の花が咲いていた。その先の桜並木はもう満開。薄紅の花びらによる天然の回廊を道行く人が時折、立ち止まって見上げていた。◆草木の色の共演が楽しい季節になった。黄色の花を鈴なりにつける連翹(れんぎょう)も、街角に春を告げる使者であろう。きょう2日は、この花を好んだ詩人高村光太郎の命日、連翹忌である。今年で没後70年となる◆高村は「手紙に添えて」という詩のなかで、自然の美を生み出すこの世界を〈不思議に満ちた精密機械の仕事場〉と表現し、こう続けている。〈たった一度何かを新しく見てください/あなたの心に美がのりうつると/あなたの眼は時間の裏空間の外をも見ます〉◆心を病んだ妻智恵子を最期まで愛した高村は晩年、岩手県の山小屋で隠遁(いんとん)生活を送った。ひとり自然と向き合い、時間の裏や空間の外に心が飛ぶ経験をしたのかもしれない◆行き過ぎて尚連翹の花明り(中村汀女)。世俗を離れられぬ身なれども自然の美に心震わす感性は持ち続けたいものである。

引用されている「手紙に添へて」は昭和13年(1938)1月の作。全文は以下の通りです。題名を含め『読売』さんでは新仮名遣いで表記していますが、旧仮名遣いで。

   手紙に添へて

 どうして蜜柑は知らぬまに蜜柑なのでせう
 どうして蜜柑の実がひつそりとつつましく
 中にかわいい部屋を揃へてゐるのでせう
 どうして蜜柑は葡萄でなく
 葡萄は蜜柑でないのでせう001
 世界は不思議に満ちた精密機械の仕事場
 あなたの足は未見の美を踏まずには歩けません
 何にも生きる意味の無い時でさへ
 この美はあなたを引き止めるでせう
 たつた一度何かを新しく見てください
 あなたの心に美がのりうつると
 あなたの眼は時間の裏空間の外をも見ます
 どんなに切なく辛(つら)く悲しい日にも
 この美はあなたの味方になります
 仮りの身がしんじつの身に変ります
 チルチルはダイヤモンドを廻します
 あなたの内部のボタンをちよつと押して
 もう一度その蜜柑をよく見て下さい

さて、連翹忌当日、光太郎が戦後の7年間隠棲した花巻郊外旧太田村では、太田地区振興会さん主催で、光太郎を偲ぶ「詩碑前祭」が開催されています。「詩碑」は、光太郎が暮らした山小屋(高村山荘)敷地内の「雪白く積めり」碑。以前は5月15日(昭和20年=1945に光太郎が疎開のため東京を発った日)を記念する「高村祭」がこの碑の前で行われていました。昭和33年(1958)、光太郎自筆の原稿用紙を元に、実弟にして鋳金分野の人間国宝となった光太郎実弟の豊周がブロンズパネルに鋳造して作られ、地下には光太郎の遺髯が納められています。

今年、現地は霙(みぞれ)だったそうで、詩碑前ではなくやはり同じ敷地の高村光太郎記念館さんで開催したとのこと。岩手恐るべしで、数年に一度はこの日が雪だったりします。
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地元の皆さんが光太郎詩の朗読をなさって下さっています。中には生前の光太郎をご存じの方もいらっしゃるのではないでしょうか。

都内で連翹忌を主催している立場上、こちらには伺えませんが、末永く続いて欲しいものですし、5月15日の「高村祭」の復活も心より祈念いたしております。

【高村光太郎書誌】

本人著作(部分)8 『青沼彦治翁遺功録』

昭和11年(1936)9月5日 菅原京司編刊
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目次
 青沼彦治翁遺功録序 鎌田三之助
 序 衆議院議員 岡田喜久治
 序 国幣中社志波彦神社塩竃神社宮司 古川左京
 序 高村光太郎
 遺功写真集
 緒言
 青沼家の家系と翁の略譜
 青沼家系図
 翁の経歴
 翁の村葬
 弔詞
 青沼彦治翁の御遺徳を偲びて 青沼幸之助
 遺徳千歳 雲洞庵 新井石龍
 青沼翁の為に聊か無縫塔を描く 壽徳寺住職 熊谷泰壽
 宿植徳本 修禅寺住職 武中文山師
 発菩提心修菩薩行 南浦静夫
 翁の功徳也不朽 龍興院 高塲泰映氏
 神社より見たる翁 斗瑩神社社掌 橋本純氏
 本県酒造組合に対する翁の功績 宮城県酒造組合長 小野惣助
 青沼翁を憶ふ 高清水小学校長従七位勲六等 鎌田謙吉
 所感 古川町長 佐々木君五郎
 青沼彦治君の片影 宮城県古川商業学校長 三原篤治
 翁の報謝生活と其の識見 元古川税務署長 大友喜四郎
 青沼彦治翁を偲ぶ 前大日本体育協会専務理事 佐藤武雄
 所感 株式会社七十七銀行頭取 大庭経之輔氏
 青沼翁を憶ふ 同七十七銀行副頭取 氏家清吉
 我が大崎酒造業界に於ける青沼彦治翁の功績を偲ぶ
 宮城県酒造組合古川支部長 新澤順吉
 青沼彦治翁を追慕して 仙台警察署長 千葉与左衛門
 感想 古川警察署長 舘山久米蔵
 感想 宮城県古川高等女学校長 田中浅次郎
 青沼彦治翁に対する感想 古川裁縫学校長 尾花勇
 故青沼翁を追憶す 元古川中学校長 山下勝太郎
 青沼彦治翁の一面 元志田郡長 下山鉄之助
 偉材青沼彦治翁 遠田郡北浦村長 千葉多利司
 翁の映像 札幌市 農学士 松本精一
 翁を通しての私感 同 医学士 松岡幸七
 青沼彦治翁遺功の片鱗 元荒雄小学校長 川田素助
 荒雄村在郷軍人分会と青沼翁 帝国在郷軍人会荒雄村分会長 工藤観禅
 翁と吾等の団体 荒雄村婦人会長 早坂いし
 翁の功績と感想の一端 荒雄村消防組頭 矢越亥八郎
 所感 仙台市 三神備克
 翁を思ひ出づるがまゝに 赤尾穆如
 翁を偲びて 仙台市七十七銀行塩竃町支店長 鈴木充仁
 所感 玉造郡鳴子温泉 高野善兵衛
 私の翁に私淑せる動気 古川町 佐々木与右衛門
 青沼彦治翁の幼時 小牛田駅前 伊勢忠太郎
 感想 荒雄村役場財務課 竹中明
 郡村分合に就て 荒雄村長濱 高橋悟
 所感 古川町 豊島庄之助
 所感 東京市宮城館主 浅野謙六
 福浦区民鎮守の森に翁の遺徳を偲ぶ事 荒雄村福浦区学務員 佐々木忠之助
 翁の先見 荒雄村字馬寄区学務員 青沼敏夫
 在りし日の翁を慕ひ
 荒雄村馬寄区村会議員兼馬寄耕地整理組合会計 佐々木正衛
 大旦那様と私 青沼商店内 佐藤覚右衛門
 鴻恩に浴せし私の所感 同 菅泉亀治
 感激 同 青沼養蔵
 旦那様と建築 荒雄村字江合大工職 村田吉助
 感想録 古川町 鉄工職 鈴木寛三郞
 青沼彦治翁の芸術感に就いて 古川町川端 表具師 横山豊助
 御主人公御夫妻と成田山 古川町裏町 武力職 石川萬
 所感 樋口光平
 青沼彦治翁と厥郷土 古川町横町電気器具商 大泉良平
 青沼彦治翁の葬儀 荒雄小学校高等二年生 千葉義夫
 故青沼彦治翁に就いて 荒雄小学校高等一年生 青沼常雄
 所感 龍銅院檀頭 早坂与兵衛
 所感 素荒雄村長 相沢琢造
 荒雄村基本財産 現荒雄村助役 高橋勇吉
 村の恩人青沼翁 同助役 高橋勇吉
 青沼彦治翁を憶ふ 荒雄小学校長 土田徹三
 翁の赤誠奉安殿を新築寄付す 同校長 土田徹三
 翁の教育に与せられし厚儀 同校長土田徹三
 青沼彦治翁の至誠と敬神思想 神官 祇園寺大亮
 青沼彦治翁龍洞院に対する功績所感 龍洞院住職 工藤観禅
 信心歓喜を忍ぶ 工藤観禅
 翁を偲びて 荒雄村馬寄排地整理組合長 佐々木与一
 噫青沼翁 荒雄小学校内 三浦利康
 所感 同小泉区 関庸之助
 所感 青沼勇吉
 感想 佐々木壽治
 余録

たぶん函がついていたと思うのですが、手持ちのものには欠けています。

青沼彦治(慶応2年=1866~昭和10年=1935)は宮城県志田郡荒雄村(現・大崎市)で醸造業を営んでいた素封家です。大正14年(1925)、光太郎が父・光雲の代作でその銅像原型を制作しました。像は戦時中の金属供出のため現存せず、台座のみが大崎に残っています。

この書籍は主に地元の人々が青沼の功績を讃える文章等を寄せたものです。光太郎の文章は「序」となっていますが、序文的な内容ではなく、おそらく通常の寄稿者と同様に寄稿したもの。数多い執筆者中の特筆すべき人物ということで巻頭に置き、「序」の扱いとしたかと思われます。全文はこちら。十数年前に見つけたもので、『高村光太郎全集』には漏れていました。青沼像について詳細に述べているのはこの文章のみで、貴重なものです。

下記はこの書籍に載った青沼像の写真の一部です。左下の方には光太郎、光雲、豊周の父子三人も写っています。
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昨日は光太郎忌日・第70回の連翹忌でした。

夕方には光太郎智恵子ゆかりの老舗洋食店・日比谷松本楼さんにて関係の皆様にお集まりいただいての集いを開催いたしましたが、その前にルーティンとして2箇所の墓参。

まず文京区の浄心寺さん。永らく連翹忌の集いを主催されてきた北川太一先生ご夫妻の奥津城があります。「桜のお寺」としてもそこそこ有名です。
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続いて豊島区の染井霊園、光太郎らの眠る髙村家墓所。
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どちらも既に供花が成されていました(髙村家の方はレモンも)が、自宅兼事務所から剪って持参した連翹を追加で。それぞれに「いわずもがなですが、今宵は連翹忌の集いです。お見守り下さい」と祈願。

染井霊園周辺の旧染井村はソメイヨシノの発祥の地ということもあり、見事でした。年によってはもう散ってしまっている場合があるのですが、今年はまだ満開でした。
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正午前、千葉の自宅兼事務所を愛車で出発した際はまだ雨天でしたし、都内に入っても止んでいませんでしたが、午後2時過ぎのこの段階では青空となり、助かりました。

そして集いの会場、千代田区は日比谷松本楼さんへ。

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持参した光太郎遺影(写真家で光太郎令甥の故・髙村規氏撮影)と、連翹。
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配付資料の袋詰め、受付準備等、多くの方にお手伝いいただき、万全の備え完了。感謝に堪えません。

関東一円を中心に、大阪、長野、山梨、岩手、宮城、福島など各地からお集まりいただいたのは総勢65名。年度初めの平日にもかかわらず、この点も感謝感激でした。
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17:30分過ぎ、当方による開会宣言の後、光太郎、そしてこの1年に亡くなった関係の方々にという意味も込めて黙祷。

その後、5名ご参加下さった光太郎親族を代表し、光太郎令甥子息・髙村達氏に献杯の音頭を取っていただきました。
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そしてしばし喉を潤し、腹ごしらえ。着席ビュッフェ形式です。

恒例のスピーチ。

やはり光太郎親族(光太郎のすぐ下の妹・しづ(静子)令孫)の山端加寿子様、ご主人の通和様、そのご近所さんで、光太郎の親友だった水野葉舟令曾孫にして、やはり光太郎と親交の深かった尾崎喜八令孫でもある石黒敦彦氏。
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光太郎と同じ血を引くしづ(静子)が、やはり文才にも恵まれていたのでしょう、味のある俳句をたくさん遺し、その句集を刊行されるそうで、そのあたりを宣伝していただきました。
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光太郎第二の故郷・岩手花巻の高橋信一郎氏。一昨日付で市立高村光太郎記念館館長の役職に成られた方です。それから同じく花巻のやつかの森LLC・藤原正代表。
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続いて、デザイナーの杉本光志朗氏とフリーアナウンサーの早見英里子氏のご夫妻。お話に聞き入っていたらお二人の写真を取り忘れました。すみません。何と、連翹忌テーブルウェアを制作なさってくださいました。会場内でもご販売。
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ここで、実は大トリにと考えていたのですが、「みんな酔っ払う前にさっさとやらせてよ!」と、ある意味強引な(笑)渡辺えりさんと一色采子さんの女優コンビに光太郎智恵子の詩文朗読をしていただきました。渡辺さんの亡きお父さまは戦時中、戦後と光太郎と交流があり、一色さんのお父さまの故・大山忠作画伯は智恵子と同郷で、智恵子を描いた作品が複数おありでした。
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大輪の花を添えていただき、ありがとうございました。

智恵子の故郷・福島二本松で智恵子顕彰に当たられている「智恵子のまち夢くらぶ~高村智恵子顕彰会~」さん熊谷健一代表、東京青森県人会・山田安秀氏。
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光太郎智恵子がらみの公演を昨年もいろいろやられたテルミン奏者・大西ようこさん、朗読家・荒井真澄さん。お二人プラスご欠席でしたが箏曲奏者の元井美智子さんとのトリオで、昨春に続いて今秋、二本松の智恵子生家で朗読と音楽演奏のコンサートを予定しています。
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「高村光太郎研究会」主宰の野末明氏。それから今回初めてのご参加で、NHKさんの安藤佳祐アナウンサー。安藤アナはお父さまの仁隆氏が高村光太郎研究会会員でして、ご自身も平成25年(2013)に千葉市美術館さんで開催された企画展「生誕130年 彫刻家高村光太郎展」の関連行事としての北川太一先生の講演「ひとすじの道―光太郎研究を回顧して―」(当方、「聞き手」でした)をお聴き下さったそうで。
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「きょうの料理」の司会、「あさイチ」のレポーターなどを務められている安藤アナ、女性陣に大人気でした(笑)。
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智恵子が学んだ太平洋画会の後身・太平洋美術研究所の坂本富江氏、光太郎と親交のあった高田博厚顕彰のさかんな埼玉県東松山市役所の矢部良明氏。
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矢部氏は昭和58年(1983)、同市の新宿小学校さんに建てられた光太郎碑の除幕の際、児童代表としてご挨拶なさった経験をお持ちです。
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また写真を取り忘れましたが、つい先日もステージを拝聴したソプラノ歌手の黒川京子氏、お仲間のメゾソプラノ清水邦子氏。お二人は昨秋、杉並公会堂さんで開催された「POEM*CONCERTⅣ ほんとうの幸い 宮沢賢治も夢みた世界」にご出演、同じシリーズで今秋には光太郎をメインで扱って下さるそうで、ありがたいところです。
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信州安曇野碌山美術館さんで、一昨日に新館長に就任された平沢重人氏。また4月22日(水)には碌山忌ですぐお会いするのですが(笑)。最後に中西利雄・高村光太郎アトリエを保存する会の曽我貢誠氏。
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他にももっとスピーチを賜りたかったのですが、そうもいかず、20:00閉会。実に盛会となりまして、喜びに堪えませんでした。

また、お体の具合が思わしくないとか年度初めの平日で日程が合わないとかで欠席の方々からも、「盛会を祈念いたします」的なメッセージがたくさん寄せられ、ありがたく存じました。

基本、どなたにも門戸を開いております。このような肩の凝らない催しですし、ご興味持たれた方、二の足を踏まれているという方など、来年以降よろしくお願いいたします。

【高村光太郎書誌】

本人著作(部分)7 『現代詩三十講』

昭和9年(1934)1月20日再版(初版刊行年月日不明) 四明社 大井清吉編
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目次
 詩の本質・形式 川路柳虹   詩学叙説 外山卯三郎
 西洋詩歌論 西脇順三郎    日本詩歌の発達 土田杏村
 日本歌謡の新研究 藤澤衛彦 
 童謡及民謡論
  童謡論 民謡論 北原白秋   小唄流行時代 西條八十
  現代童謡の鑑賞 濱田廣介   現代民謡の鑑賞 佐藤惣之助
  児童自由詩の問題 百田宗治  童謡・童詩の指導に就て 富原義徳
 仏蘭西近代詩研究 山内義雄   英米新興詩派の研究 阿部知二
 ダダと超現実主義(シユル・レアリスム) 瀧口修造
 純粋詩とフオルマリスム 春山行夫
 詩話十講
  小曲について 生田春月   生きた言葉 高村光太郎
  詩と散文 西條八十     詩と社会性 白鳥省吾
  詩作について 千家元麿   作詩の信條 佐藤惣之助
  詩劇と叙事詩 福田正夫   僕の詩に就て 佐藤春夫
  詩作に就いて 室生犀星   予の詩論の一縦断面 日夏耿之介

光太郎の散文「生きた言葉」が掲載されています。書き下ろしではなく昭和4年(1929)の『時事新報』が初出です。他の執筆者の掲載文について、寡聞にして存じませんが、やはり他からの転載なのでしょうか。

ちなみに「生きた言葉」についてちょっとした発見がありまして、いずれこのブログでご紹介します。

今日、令和8年4月2日(木)は、第70回連翹忌です(「光太郎忌」という呼称は使っておりません)。本日午後には当方は、光太郎らの眠る染井霊園の髙村家墓所に参拝、その後、日比谷松本楼さんで全国から関係の方にお集まりいただき、集いを開催いたします。
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毎年同じようなことを書いていますが、昭和31年(1956)4月2日早暁、季節外れの大雪にすっぽり包まれた中野の中西利雄アトリエで光太郎が没し、ちょうど70年が経過しました。

翌年、同アトリエで記念すべき第一回連翹忌の集いが執り行われました。その際はリンゴ箱に板を渡し、テーブルクロス代わりの白い布を敷いただけの即席会場だったそうですが、50人ほどが集まり、光太郎を偲んだそうです。「連翹忌」の名付け親は、発起人だった佐藤春夫や草野心平でした。席上、春夫は黒い手帳を取り出し、次の短歌を披露しました。
 
  れんげうにかなしみのいろあらたなりきみゆきてよりひととせをへぬ
 
以後、一ツ橋如水会館、銀座資生堂パーラーなどに会場が変遷しつつ集いは連綿と続き(パリでの開催もありました)、平成11年(1999)から日比谷松本楼さんに会場が落ち着いて今日に至っています。 日比谷松本楼さんは、明治末に光太郎と智恵子が訪れ、現在でも名物の氷菓(アイスクリーム)を食べた店ですし、光太郎も参加した芸術運動「パンの会」会場として使われたこともありました。途中、東日本大震災やコロナ禍により、集いは中止して代表者による染井霊園墓参だけとした年もありましたが、まがりなりにも70回の節目を迎えられたことを喜ばしく存じます。ひとえに皆様方のご協力の賜物と感謝いたしております。

連翹忌が今日であることにちなみ、近い日でということで、明後日、NHKラジオさんが光太郎の肉声を流して下さいます。来週土曜と2週連続の前後編です。

保阪正康が語る昭和人物史 詩人・彫刻家 高村光太郎

NHKラジオ(AM) 2026年4月4日(土)/4月11日(土) ともに12:15-12:45

「放送100年 保阪正康が語る昭和人物史」は2026年4月からタイトルが「保阪正康が語る昭和人物史」になります。放送時間はNHK AM 土曜昼0時15分からです。放送後1週間、らじる★らじる聴き逃し配信でいつでも聴くことができます。

詩人で彫刻家の高村光太郎は、明治16年東京生まれ、東京美術学校を卒業した後、詩集「道程」を発表し注目されます。その後のちに妻となる長沼智恵子と生活を共にし、昭和16年に詩集「智恵子抄」を出版します。昭和27年3月にラジオ第2で放送した「自作朗読」では、光太郎が「千鳥と遊ぶ智恵子」などの詩を朗読。昭和29年1月に文化放送で放送した「彫刻と人生」では、智恵子の思い出や岩手での一人暮らしを語っています。

出演 保阪正康 梯久美子
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ついでというと何ですが(笑)、当会の祖・草野心平編が4月18日(土)と4月25日(土)です。

光太郎編については制作に協力させていただきました。流される肉声のうち、「彫刻と人生」は美術史家で晩年の光太郎に親炙した奥平英雄との対談で、昭和28年(1953)12月27日の録音、翌年1月7日に文化放送さんでオンエアされました。奥平著『晩年の高村光太郎』特装本(瑠璃書房 昭和52年)に対談を収録したカセットテープが附録として付いており、そちらをお貸ししました。NHKラジオさんで光太郎の肉声は、一昨年、昭和24年(1949)に花巻郊外旧太田村での暮らしぶりを語った「朝の訪問」(聞き手は高橋忠アナウンサー)、同じ題で昭和27年(1952)に詩人の真壁仁と対談した録音も平成28年(2016)に使われ、それらNHKさんのアーカイブに残っている以外に何か無いか? というので。

ぜひお聴き下さい。

それから、連翹忌が近いからというわけではないのかもしれませんが、立て続けに新聞各紙に光太郎の名が。

3月31日(火)、『岩手日報』さん一面コラム。

風土計

通り雨が降る午後5時。東京・千駄木の通りで若い女性の工員たちと高村光太郎はすれ違う。その時の情景を詩にしている。〈ああすれちがつた今の女工達/丸善インキ工場の女工達/君達は素直だな〉▼〈さびしさうで賑(にぎ)やかで/つつましさうで快活だ/いろんな心配事がありさうで/又いろんな夢で一ぱいさうだ〉。寂しそうで控えめでも、にぎやかで快活。不安と夢が入り交じる工員たちを詩人は優しく見守る▼年度末の今だからかもしれない。若さへの賛歌であろうこの詩が、新たな一歩を踏み出す人への応援歌に響いてくるのは。あすの入社式に臨む若者たちも、いろんな心配事とともに、いろんな夢でいっぱいだろう▼新入社員だけではない。きょう退職辞令を受け、新しい世界に飛び込む人がいる。継続雇用でも、違う仕事に取り組む人がいる。転勤で新天地に赴く人がいる。不安と夢が入り交じるのは年齢に関係あるまい▼まだ見ぬ未来には、どんな世界が待っているのだろう。詩人は工員たちの姿に想像力を働かせる。〈さびしいが又たのしい世界/遠いやうで又近いやうな世界だ〉と▼入社の後も、退社してからも、人生の道のりは長い。長渕剛さんの「乾杯」から借りれば〈遙(はる)か長い道のりを歩き始めた君に幸せあれ〉。新たな世界で、「いろんな夢」がかないますように。

引用されている詩はずばり「丸善工場の女工達」(大正9年=1920)。

   丸善工場の女工達

 「それでも善い方なのよ003
 傘貸してくれる工場なんか外に無い事よ」
 番傘の相合傘の若い女工の四五人連れ
 午後五時の夕立の中を
 足つま立つて尻はしよりしをらしく
 千駄木の静かな通を帰つてゆく

 ああすれちがつた今の女工達
 丸善インキ工場の女工達
 君たちは素直だな
 さびしさうで賑やかで
 つつましさうで快活だ
 いろんな心配事がありさうで
 又いろんな夢で一ぱいさうだ
 想像もつかない面白い可笑しい夢でね
 有り余る青春に
 ぱつと花開いた君達だ
 君達自身で悟るには勿体ないほどのだ酣酔だ
 八百屋から帰つて来る
 こののつぽのをぢさんを
 君達の一人は見て笑つたね
 をぢさんはその笑が好きなんだ
 いはれも無く可笑しい笑を
 ああ何といふ長い間私は忘れてゐた事ぞ004

 丸善の番傘の中に一かたまり
 若い小さな女工達は
 雨のしぶきに濡れながらいそいそと
 道をひろつて帰つてゆく
 どうやら通り雨らしい土砂降の雨あし
 ふと耳にした女工の言葉に
 不思議な世界は展開する
 さびしいが又たのしい世界
 遠いやうで又近いやうな世界だ
 何処かでもうがちやがちやが啼き出した

丸善インキ工場は、本郷区駒込林町(現・文京区千駄木)の光太郎アトリエ兼住居の近くにありました。

続いて掲載順は前後しますが、3月30日(月)の『日本経済新聞』さん夕刊。

匂いで読む、大地の予兆 土壌学者・藤井一至

 ここだけの話だが、私には特殊能力が備わっている。そう思っていた。雨が降る直前に気付く。風が匂うのだ。
 残念ながら、私以外にも類似の能力を持つ人々がいる。詩人、高村光太郎もその一人だ。「五月の土壌」には「野に まんまんたる気魄(きはく)はこもる (中略) 一面に沸き立つ生物の匂よ (中略) わが足に通(かよ)つて来る土壌の熱に 我は烈(はげ)しく人間の力を思ふ」という一節がある。土の生命力を讃(たた)えている。私は雨の匂いをエッセーに、高村光太郎は土の匂いを感知して詩に残した。
 まだ5月ではないが、すでに土は匂い始めている。温暖化の影響だろうか、約110年前(大正3年)の東京の5月上旬の気温(16度)と現在の3月下旬の暖かい日の気温は近い。冬のあいだは土の匂いは少ないが、虫が動き出す暦(啓蟄(けいちつ)。今年は3月5日)を前後して土は匂いを増す。生物活動の証(あかし)だ。
 特に、長く乾燥した土に雨が降ると、独特の香りがする。これはペトリコールと呼ばれ、ペトロスは石、イコールは神々の霊液を意味する。厳密には、石ではなく土から、神々の霊液ではなく根や微生物のエキスが出ている。乾燥を耐え抜くために植物や微生物が体内にため込んだ物質、雨によって死んだり増えたりした微生物の代謝産物、すなわちオナラが放出される。ペトリコールは単一の物質ではなく、数十以上の揮発性物質を含む。土の匂いは空気と反応し、雷とともにオゾンも発生させる。私が雨の直前に感知していたのも土の匂いだった。
 雨が続くと「大地の香り」と呼ばれる匂い物質、ゲオスミンが増加する。放線菌(ストレプトマイセス属の細菌)が出すオナラだ。かつて砂漠の町を結ぶシルクロードを旅したラクダのキャラバンが迷子にならなかったのは、オアシスから漂うゲオスミンのおかげだ。細菌の出す匂いがラクダを呼び寄せ、ラクダが土を掘って水にありつくと、胞子が鼻に付着して細菌は労せず胞子を拡散できる。私の特殊能力はラクダの鼻と同じで、多くの人の嗅覚は土の匂いを敏感に感知できることが分かっている。私の特殊能力はラクダの鼻と同じで、多くの人の嗅覚は土の匂いを敏感に感知できることが分かっている。科学はいろいろと面白いことを教えてくれるが、私に現実を直視することを迫る厳しさもある。
 皆が土の匂いを感知できることで落ち込んでいるのは私だけで、社会的にはプラスの面が大きい。土砂崩れが起きる手前、近隣住民から「腐った土の匂いがした」という証言が多数ある。この前兆もゲオスミンだ。酢酸発酵と同じ原理で、湿った土で増加する酢酸を取り込んだ放線菌がゲオスミンを大量に発生させる。伝統的な知恵と先端科学を活かせたならば、事前に避難して命を守る可能性が増す。
 ゲオスミンは魚や水道の泥臭さの原因物質でもあり、私たちは口にする前に鮮度を判断できる。一方で、ゲオスミンはワインの香りに深みを与えることもある物質だ。特殊な匂いに気付くことができるかどうかは、日ごろから匂いを意識しているかどうかにかかっている。例えば、森からは松由来のピネン、広葉樹由来のリモネン(レモンの香り)などがごく微量に含まれている。土の中のあまたの微生物たちが放出している名もなき物質も多く含まれる。季節の香りを楽しむ特殊能力を持つのは私だけではないのだから。 

「土壌」といえば宮沢賢治のような気もしますが(笑)。こちらで引用されているのは「五月の土壌」。内容的には、戦後花巻郊外旧太田村に隠棲し晴耕雨読の生活に入ってからのような感じですが、第一詩集『道程』に収められた大正3年(1914)、初期の詩です。

    五月の土壌

 五月の日輪はゆたかにかがやき
 五月の雨はみどりに降りそそいで
 野に
 まんまんたる気魄はこもる
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 肉体のやうな土壌は
 あたたかに、ふくよかに
 まろく、うづたかく、ひろびろと
 無限の重量を泡だたせて
 盛り上り、もり上り
 遠く地平に波をうねらす

 あらゆる種子をつつみはぐくみ
 虫けらを呼びさまし
 悪きもの善きものの差別をたち
 天然の律にしたがつて
 地中の本能にいきづき
 生くるものの為には滋味と塒とを与へ
 朽ち去るものの為には再生の穏忍を教へ
 永劫に
 無窮の沈黙を守つて
 がつしりと横はり
 且つ堅実の微笑を見する土壌よ
 ああ、五月の土壌よ

 土壌は汚れたものを恐れず
 土壌はあらゆるものを浄め
 土壌は刹那の力をつくして進展する
 見よ
 八反の麦は白緑にそよぎ
 三反の大根は既に分列式の儀容をなし
 其処此処に萌え出る無数の微物は
 青空を見はる嬰児の眼をしてゐる
 ああ、そして
 一面に沸き立つ生物の匂よ
 入り乱れて響く呼吸の音よ
 無邪気な生育の争闘よ

 わが足に通つて来る土壌の熱に
 我は烈しく人間の力を思ふ

なるほど、「一面に沸き立つ生物の匂よ」。ふと思ったのですが、光太郎詩には「におい」「香り」が盛り込まれているのが結構あるような気がします。まんま「にほひ」という題名の詩(明治42年=1909)ともありますし、かの「レモン哀歌」(昭和14年=1939)では「トパアズ色の香気」。他にもあったような……。それを言えば、嗅覚以外にも味覚、触覚、聴覚、そして当然視覚の五感がフル活用されているようにも感じます。「五月の土壌」でも「入り乱れて響く呼吸の音」だの「わが足に通つて来る土壌の熱」だの……。こんなところに着目すれば論文の一本二本、直ぐに書けそうです(笑)。

もう1件、『東京新聞』さん。

〈視点〉「ふるさと」とは何か 福島へのラブレター 前福島特別支局長・片山夏子

 桜、菜の花が一斉に開花し、春の訪れを知らせる。福島市の支局に着任して5年8カ月。4月からは東京本社での勤務になる。
 「ある日突然、住んでいた町から人が消えた。いったいどこに消えたんだろうって不思議な気持ちになる。人の声も、生活の音も、夕飯の香りも」
 原発事故が起きた年の暮れ。福島第1原発で働く福島県浪江町の作業員が、避難で人影が消えた町の写真を見せながらつぶやいた言葉が心に残る。「何年かかっても帰りたい。山があって海があって、何があるってわけじゃないけど何より人がいい。1人でふらりと飲みに行っても親しい飲み仲間ができる。そんな町だった」
 ふるさととは何か。東京で生まれ育った私は「何年たっても故郷に」という記事を書きながら、このとき何もわかっていなかった。原発事故から10年を前に、福島に住むようになってようやく「ふるさと」の意味を実感していく。
 磐梯山、安達太良(あだたら)山、信夫(しのぶ)山…。福島の山は、雄大で険しい山もあるが、やさしい稜線(りょうせん)の山が多い。県内どこを車で走っても、周囲を山々に囲まれ、山に抱かれているような気持ちになる。それを自覚したのは、郡山市から新潟市に避難した人が福島を懐かしむ言葉がきっかけだった。「新潟にも海も山もある。でもここは平地が広く、海も山も遠く感じる」
 避難先の家々を訪ねると、よく「ふるさとに風景が似ているからここにした」と聞いた。その気持ちに胸が痛んだ。
 詩人・高村光太郎の「智恵子抄」に書かれた「ほんとの空」の意味も知った。福島では、朝焼けから夕焼け、星空まで、とにかく空をよく見た。それは日常であり、空を見て地震が来ないか、あすの天気はどうかと地元の人に教えてもらった。いくつの美しい夕日を見ただろう。周辺の山々や紺碧(こんぺき)の海とともに心に残った。
 ふるさとの風景だけではない。避難で地域のつながりが無くなったことは人々を打ちのめした。「車が通れば誰の車かすぐわかった」「雨が降ったら洗濯物を誰かが取り込んでおいてくれた」「野菜も魚ももらったりあげたりだった」「悩んでも、近所でお茶飲みしながら話すうちに気持ちが晴れた」「地域みんなで子育てをし高齢者を手伝うのは当たり前だった」
 言葉の問題もあった。「福島の言葉が聞きたくて」。福島いのちの電話には、県外避難者からそんな電話がかかってくるという。
 福島第1原発に他県から来た作業員から「コンビニでも話しかけてくれる。地元の人と交流するうちに、福島のために役に立ちたいと思うようになった」とよく聞いた。福島のために、と思わせる人間関係や人柄の良さがあった。
 いつの間にか福島は私の帰りたい場所になっていった。そして思う。記者として話を聞き、1人でも心が少し晴れる時間がつくれただろうか。これは6年近く住み、これからも通う福島へのラブレターである。

今年は福島二本松出身の智恵子生誕140周年にもあたります。光太郎没後70年と併せ、各地でそれらを記念してのイベント等が計画(一部は既に実施)されております。

今後ともその灯を絶やすことなく、次の世代へと引き継いでいきたいと存じますので、 さらなるご助力をお願いいたします。

【高村光太郎書誌】

本人著作(部分)6 『近代作家論』岩波講座世界文学第九回配本

昭和8年(1933)8月15日 岩波書店 
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目次
 ホヰツトマン 長沼重隆  ボオドレエル 辰野隆
   ヹルハアラン 高村光太郎
 ショオ 石田憲次     ウェデキント 相良守峯  カイザー 武田忠哉

光太郎は敬愛していたベルギーの詩人、エミール・ヴェルハーレンについて書きおろしています。

分冊もののペーパーバックで、同じシリーズに光太郎単独執筆の『現代の彫刻』があります。同じ年に出た第7回配本でした。

光太郎と同じくロダンによって目を開かせられ、光太郎の親友だった彫刻家・碌山荻原守衛関連で2件。

まず、守衛を顕彰する信州安曇野の碌山美術館さんで、建屋2棟が新たに国の登録有形文化財指定を受けました。

『信濃毎日新聞』さん。

独特な意匠が特徴 安曇野市の碌山美術館の休憩室と旧収蔵庫、国登録有形文化財に

 文化審議会が登録有形文化財にするよう26日に答申した安曇野市にある碌山美術館の休憩室「グズベリーハウス」と旧収蔵庫「美術の倉」。いずれも開館10周年を記念して建てられ、独特な意匠が特徴。地域の教員や子どもが建築作業に携わり、手作りの温かみが感じられる。
 グズベリーハウスは1968(昭和43)年に作品展示や来館者の休憩が可能な「付属館」として建設。枕木を積み上げた校倉造りで屋根が小石で覆われている。同市出身の作家臼井吉見(1905~87年)の小説「安曇野」のラストシーンにも登場する。
 美術の倉は70年完成。床面積は7・3平方メートル。同館が作品収蔵する市出身の彫刻家荻原碌山(本名守衛(もりえ)、1879~1910年)がキリスト教の影響を受けたこともあり、扉などに十字架の装飾をあしらっている。
 碌山美術館では、荻原の作品を展示・収蔵する教会風の建物「碌山館」が2010年2月に国登録有形文化財となった。碌山館も地元住民や県内の子どもの寄付と協力で建てられた。学芸員の武井敏さんは敷地内の建物が「地域のボランティア精神によって完成したという経緯にも価値がある」と話している。
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『市民タイムス』さん。

碌山美術館の「グズベリーハウス」と「美術の倉」 国の登録有形文化財に

 安曇野市穂高の碌山美術館にある2棟の建造物が、国の登録有形文化財に登録されることになった。来館者の休憩室として使われている「グズベリーハウス」と、作品の収蔵庫として使われた「美術の倉」で、どちらも石置き板ぶき風の屋根や、払い下げの枕木を積み重ねて造った壁体が特徴だ。敷地の雰囲気に趣を添えている。
 国の文化審議会が26日、登録有形文化財(建造物)に登録するよう文部科学大臣に答申した。登録される県内建造物は9件で、中信では同館の2件。
 グズベリーハウスは山小屋風の平屋93.9平方メートルで、会議や休憩用の場所として昭和43(1968)年に建設された。美術館設立に尽力した彫刻家・笹村草家人のデザインで、臼井吉見の長編大河小説『安曇野』の結末にも物語の舞台として登場する。
 美術の倉は高床式の7.3平方メートル。作品収蔵庫の不足を受けて45年に建設され、約20年前まで現役で使われた。破風板の上部に多くの十字架を飾り、屋根はこけむして独特な外観を有している。
 両棟とも旧南安曇郡の教員や学生らがボランティアで建設工事に携わった。グズベリーハウスのはりには、高校生の手による「自由 平等 献身」の言葉が彫り込まれている。学芸員の武井敏さん(52)は「ボランティアから始まった碌山美術館の成り立ちの一部を象徴している。珍しくもあり温かさもある建物を楽しんでほしい」と話している。
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SBC信越放送さん。

島崎藤村も訪れた楼閣風の建物や碌山美術館の展示施設も 新たに9件が国の登録有形文化財に登録へ

004 文豪の島崎藤村も訪れたという小諸市の水明楼や、安曇野市の碌山(ろくざん)美術館の展示施設など9件が、国の登録有形文化財に登録されることになりました。
 県の文化審議会が26日に文部科学大臣に対して登録有形文化財に登録するよう答申したものです。
 登録されることになったのは、長野市にある駒形嶽駒弓神社本殿、小山家住宅の主屋と土蔵及び離れ、長屋門、湯福神社の本殿と拝殿及び祝詞殿、小諸市にある水明楼、安曇野市にある碌山美術館のグズベリーハウスと倉の9件です。
 このうち、小諸市の水明楼は、小諸城跡南側の斜面に位置する小諸義塾塾長の木村熊二の旧書斎で、1900年に建設され島崎藤村なども訪れたという楼閣風の建物です。
 また、碌山美術館のグズベリーハウスは、1968年に美術館の開館10周年を記念して建てられたもので、払い下げられた枕木を積んで壁にしているほか、石置板葺風モルタル塗りの切妻屋根が特徴の山小屋風の展示施設です。
 登録有形文化財は、原則として建設後50年が経過し、国土の歴史的景観に寄与したり造形の規範になるなどしている建築物などを登録するもので、今回の9件が官報に告示されると県内の建造物の登録は671件になります。

最初、信越放送さんの記事見出しだけをネット上で見て、「碌山美術館」「登録有形文化財」といったワードで、てっきり本館にあたり、光太郎の名も刻まれた「碌山館」のことだと思い「あれっ?  とっくに指定されてたよな」と思いました。「碌山館」は平成22年(2010)に指定を受けています。
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ところが記事本体を読むと「グズベリーハウス」と「美術の倉」だとのことで「そっちかい」でした。
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「グズベリーハウス」は、毎年4月22日に開催される、守衛を偲ぶ碌山忌の集い会場です。毎回、冒頭に光太郎詩「荻原守衛」(昭和11年=1936)が参加者全員で群読されます。

「美術の倉」は、元々収蔵庫だったもので、上記鳥瞰図にはその名が記されていませんが、受付兼ミュージアムショップの隣に立つ校倉造りの建屋です。

ともに昭和40年代の建造で、それほど古いものではないのに、と思ったのですが、昭和40年代というともう十分にそういう対象なのですね。昭和30年代生まれとしてはある意味複雑です(笑)。冗談はさておき、文化財指定、実に喜ばしいことですね。痛みの激しかったグズベリーハウスも令和4年(2022)に行われたクラウドファンディングで集まった資金の一部で補修が成されましたし。

昨年急逝された、同館の理事も務められていた太田寛前安曇野市長も泉下で喜ばれていることでしょう。

もう1件。3月29日(日)に放映された、NHK Eテレさんの「日曜美術館」。この日は銀座の王子ホールさんで開催された「朝岡真木子歌曲コンサート第9回@王子ホール」拝聴のため上京しておりまして、録画しておきました。帰ってから拝見したところ、碌山美術館さんにも触れられていまして、「おお!」でした。

この日の回は「日曜美術館」放映開始50周年記念の一環で、「放送開始50年特集 “わたし”の日曜美術館」と題された60分拡大版でした。スタジオには現司会者の守本奈実アナウンサーと坂本美雨さんに加え、歴代司会者のうち、檀ふみさん、井浦新さん、柴田祐規子アナウンサーが集われ、アーカイブ映像を振り返るというコンセプト。

その中で、初期の頃は各界の美術ファンが好きな絵画や芸術家について語る「私と○○」というコーナーがあったという流れで、碌山美術館さん。
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「私」が臼井吉見だったので、驚きました。臼井は昭和20年代、雑誌『展望』の編集長で、光太郎と交流の深かった人物です。光太郎は昭和22年(1947)、自身の半生と戦争責任を振り返る連作詩「暗愚小伝」20篇を『展望』に寄せ、一つのエポックメーキングとなりました。また、臼井は守衛や光太郎も登場する大河小説『安曇野』の作者でもあります。

当方、生きて動いている臼井の姿を動画で見るのは初めてでした。
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この言の裏側には、自身が親交のあった光太郎の姿も念頭に置かれていたのではないでしょうか。そして当方も自分自身光太郎顕彰に取り組む中で、いろいろ広がった人脈を思い、「そうなんだよなぁ」でした。

この頃の司会、太宰治息女の太田治子氏だったとは存じませんでした。司会と言えば、その後のアーカイブ映像で歴代司会者が続々映ったり、ビデオ出演されたりでしたが、こんな人も司会者だったんだと驚きの連続でしたし、臼井同様、存命だった美術作家や評論家などの生きて動いて喋っている姿もたくさんで、実に貴重だと感じました。

ちなみに同番組、光太郎メインの回(スタジオで収録を拝見しました)が「智恵子に捧げた彫刻~詩人・高村光太郎の実像~」として平成25年(2013)10月6日、光雲で「一刀に命を込める 彫刻家・高村光雲」が平成27年(2015)5月31日にそれぞれ放映されましたが、今回の中では紹介されませんでした。何せ2,500回にも及ぶ放映でしたので、いたしかたありますまい。

再放送が4月5日(日)にオンエアされます。

日曜美術館 放送50周年 放送開始50年特集「“わたし”の日曜美術館」

NHK Eテレ 2026年4月5日(日) 20:00~21:00

 日美50特集の総決算の今回は、長年番組を愛していただいた視聴者、そして出演者の皆さんへの感謝祭。歴代の番組司会者が大集合して、番組が伝えてきた“美”を振り返る。
  2026年4月に迫った放送開始50年へのカウントダウンとして、昨年10月から制作してきた「日美50」プロジェクト。その総決算となる今回は、長年番組を愛していただいた視聴者、そして出演者の皆さんへの感謝祭。案内役として歴代の番組司会者が大集合!スタジオだけでなく、VTRやナレーションでも懐かしいあの顔、あの声が。半世紀の歴史の中で番組が伝えてきた「美」の魅力を改めて振りかえる。

【出演】檀ふみ 井浦新 小野正嗣 はな 山根基世 柴田祐規子
【司会】坂本美雨 守本奈実
【語り】石澤典夫 加賀美幸子 森田美由紀
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ぜひご覧下さい。

【高村光太郎書誌】

本人著作(部分)5 『世界美術全集別巻第七巻 西洋版画篇』

昭和5年(1930)12月15日 平凡社 下中弥三郎編
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目次
 総説
  西洋版画略史 石井柏亭     創始期の西洋版画 森口多里
  十八世紀の豔情版画 太田三郎  民俗版画 足立源一郎
  現代西洋版画展望 仲田定之助
 図版及解説

「図版及解説」中の「90 ユーゴー、ベローヌ ロダン作」を光太郎が執筆しました。分量はわずかですが、函には光太郎の名も執筆者として大きく掲げられています。

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