2026年03月

照明設備の改修工事で昨年12月から今年2月いっぱいまで休館中だった、二本松市の大山忠作美術館さんが再オープンしました。同市出身の文化勲章受章画家にして、繰り返し上演された朗読劇「智恵子抄」で智恵子役を演じられた女優・一色采子さんのお父さまである大山忠作画伯の作品を収蔵・公開なさり、一色さんが名誉館長を務められています。

地元紙『福島民報』さん。

大山忠作美術館が再開館 常設展「本日は日本画日和」開始 9月13日まで 福島県二本松市

 福島県の二本松市大山忠作美術館は改修工事による休館を経て再開館し、第32期常設展「本日は日本画日和」が始まった。同市出身の日本画家で文化勲章を受けた大山忠作さん(1922~2009年)の自然体で「描きたいものを描く」心を映す大作や扇面画などが並び、来館者を楽しませている。9月13日まで。
 LED照明の設置工事に伴い3カ月間休館し、今月1日に再開館した。「荷花」「天壇白日」「霧(高村智恵子)」などの大作をはじめ、春、夏の季節を感じられる作品、わが子の愛らしい姿を描いた「童女」、制作の過程がわかるスケッチや下絵もある。傘寿(80歳)を記念して制作した扇面画は、扇形の画面に清らかな花々や安達太良山が描かれ、「雷神午睡」「風神一服」などユーモアがにじむ作品の魅力も味わえる。展示点数は計70点。
 渡辺陽菜学芸員は、「照明が変わり、画面の鮮やかさが増した。大山家所蔵の初公開資料もあり、当美術館ならではの作品を楽しんでほしい」と来館を呼びかけている。開館時間は午前9時30分~午後5時。観覧料は一般410円、高校生以下210円。月曜休館(祝日の場合は翌日)。問い合わせは大山忠作美術館へ。

■大山采子さん 15日にトークイベント
 大山忠作さんの長女で大山忠作美術館名誉館長の大山采子(俳優・一色采子)さんのトークイベントは15日午後1時30分から二本松市市民交流センターで開かれる。
 美術館の再開館を記念し、楽しいトークを繰り広げる。終了後、美術館に移動してギャラリートークをする。定員120人で参加料は500円(常設展観覧券、ミニプレゼント付き)。申し込み・問い合わせは大山忠作美術館へ。
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000「霧(高村智恵子)」は右画像のもの。品切れになっていなければ、ミュージアムグッズとしてA4クリアファイルやポストカードも販売されています。

画伯には同郷だった智恵子をモチーフとした作品「智恵子抄」、「智恵子に扮する有馬稲子像」などがあり、特に「有馬稲子像」の方はデッサンも複数遺されています。

休館中、「移動美術館」という形で、それらを同市の智恵子記念館さんとにほんまつ城報館さんで公開していました。

リニューアル記念として、名誉館長の一色采子さんによるトークイベントが3月15日(日)に開かれるとのことで、早速申し込みました。

ついでというと何ですが、同じ福島県のいわき市では、市立の草野心平記念文学館さんで企画展「草野心平と川内村」が前日の3月14日(土)から始まるので、そちらも拝観して参ります。

当会の祖・草野心平を名誉村民として下さった川内村と心平の縁にスポットを当てるもので、直接的には光太郎に関わりませんが、フライヤー裏面画像に写る心平の別荘「天山文庫」は、建設委員に光太郎実弟の豊周も名を連ねていますし、豊周子息で写真家の故・規氏も何度も同村を訪れられています。もちろん当方も。
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それぞれご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)68 『詩集 道程』復元版 角川文庫リバイバルコレクション

平成元年(1989)6月30日 角川書店(角川文庫) 高村光太郎著
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目次
 一九一〇年
  失はれたるモナ・リザ 生けるもの 根付の国
 一九一一年
  画室の夜 熊の毛皮 人形町 甘栗 庭の小鳥 亡命者 鳩 食後の酒 寂寥 声 風
  新緑の毒素 頽廃者より 「河内屋与兵衛」 髪を洗ふ女 「心中宵庚申」 夏 なまけもの
  手 金秤 はかなごと めくり暦 地上のモナ・リザ 葛根湯 夜半 けもの あつき日
  父の顔 泥七宝 ビフテキの皿
 一九一二年
  青い葉が出ても 赤鬚さん あをい雨 友の妻 ――に 夏の夜の食慾 或る夜のこころ
  おそれ 犬吠の太郎 さびしきみち カフエにて 梟の族 冬が来る カフエにて
  或る宵 夜 狂者の詩 郊外の人に 冬の朝のめざめ カフエにて 師走十日 戦闘
 一九一三年
  人に カフエにて 深夜の雪 人類の泉 山 よろこびを告ぐ 現実 冬が来た 冬の詩
  牛 僕等
 一九一四年
  道程 愛の嘆美 群集に 婚姻の栄誦 万物と共に踊る 瀕死の人に与ふ 晩餐
  五月の土壌 淫心 秋の祈
 注釈
 解説 高村光太郎―人と作品 藤原定
    作品解説 草野心平
 主要参考文献
 年譜

角川文庫40周年記念特別企画ということで、読者アンケートによる限定復刊が為されたうちの一冊です。はさまっていたフライヤーには30冊がラインナップに挙げられていました。近代日本文学系だと、他に『一葉青春日記』(樋口一葉)、『月に吠える』(萩原朔太郎)、『新訂版 石川啄木』(金田一京助)なども。各冊共通の金色のカバーが装着されました。それが第一期で、この後第三期まで、計74作品104冊が復刻出版されたそうです。

『道程』は昭和26年(1951)に角川文庫のラインナップに入り、この版が「改版十刷」でした。

北海道での報道等を2件。

まずは昨日も御紹介した漫画『本郷新伝』について。『毎日新聞』さん北海道版で3月4日(水)に出た記事です。

戦後代表する彫刻家 本郷新の生涯 漫画に 札幌でコレクション展 生誕120年記念 反戦・平和の願い込め /北海道

 札幌市生まれで、戦後日本を代表する彫刻家、本郷新の生涯を描いた漫画「本郷新伝」(teamエアーダイブ著、ダイブックス)が出版された。生誕120年を記念して本郷新記念札幌彫刻美術館(中央区)が企画。現代と本郷の生きた時代を往還しながら物語が展開し、反戦・平和への願いを込めた制作エピソードも織り交ぜた。同館で原画パネルや作品のコレクション展「マンガでわかる本郷新」が開かれている。
 漫画は、札幌市内の漫画制作・出版会社「エアーダイブ」と鴨修平さん、桜井さよるさんの2人の漫画家が共同制作した。3話で構成。同館が史実に基づいて監修した。
 第1話は彫刻を始めた女子高校生が同館を訪れ、館長の案内で戦没学生の青年像「わだつみの声」像などの作品に込めた思いを知っていく。第2話は広島市平和記念公園の「嵐の中の母子像」にまつわる物語だ。母親が2人の幼子を懸命にかばって前かがみに進む像で、広島原爆で犠牲になったとみられる祖母を図書館員が追想する。 
 同館で先行販売しており、4日から書店発売の予定だ。市内の小中高には3月 中をめどに配る。梅村尚幸学芸員(38)は「純粋に漫画として面白い。漫画家の創造性を尊重し、本郷新からのイマジネーションを広げてストーリーを作ってもらった。大人から子供まで、彫刻を知らない人や詳しい人も楽しめる」と話している。梅村さんは漫画の途中に挿入された解説を書いた。
 巻末にブロンズ像の作り方の図解や札幌・全国の公共空間にある作品群も紹介。A5判128ページ。990円。
 コレクション展は原画の拡大パネル約60枚と作品31点のほか、本郷が幼少期に描いた絵や学生時代のノートなど貴重な資料も公開している。5月24日まで(月曜休館、5月4日開館、同7日休館)。
 出版を記念して3月21日午後2時、中央区の市民交流プラザでトークイベント「マンガで伝える彫刻家 本郷新の思い」を開催。エアーダイブの田中宏明代表、三守小百合副編集長、漫画家2人と同館 ... 問い合わせは同館(011・642・5709)へ。

 □人物略歴. 本郷新. 1905年12月生まれ。札幌二中(札幌西高)、東京の順天中学を経て北海中学(北海高)卒業。東京高等工芸学校(千葉大工学部)へ。在学中から師事した高村光太郎を通じてロダンの影響を受けた。東京で若手彫刻家たちと「新制作派協会彫刻部」を旗揚げ、彫刻界に新風を吹き込む。全国各地の公園などにモニュメントの彫刻が設置され、80点以上が現存する。80年2月、74歳で死去。札幌市中央区宮の森のアトリエを含む2棟が本郷新記念札幌彫刻美術館となっている。
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広島市平和記念公園の「嵐の中の母子像」(1960年設置)。後ろの建物は広島平和記念資料館本館=広島市中区で2022年11月、安味伸一撮影

最初の画像で展示されている3枚の原画が写っていますが、一番右のそれはちょうど光太郎が登場しているシーンです。

もう1件、『北海道新聞』さんの一面コラム。先週6日の掲載でした。

<卓上四季>高木美帆さんの「道程」

<僕の前に道はない/僕の後ろに道は出来る>。高村光太郎の「道程」の冒頭の詩句である。このとき光太郎は31歳。ひとりの芸術家として未知の荒野を突き進み、前例のない新たな道を切り開きたい―。ストイックかつ強い意志を感じさせる宣言であった▼北海道が生んだひとりのアスリートの軌跡が重なってみえる。スピードスケートの五輪金メダリスト、高木美帆さんだ▼中学生だった15歳で五輪の初舞台に立つ。以来、計4回も出場を重ねて、10個ものメダルを手にする。だれも到達することのできなかった高峰をめざし続けた▼輝きは成績にとどまらない。短距離から長距離までをカバーし、個人種目でも団体でも圧倒的な強さ。希代のオールラウンダーとして世界の尊敬を集めてきた▼ずっと順風満帆だったわけではない。五輪出場を逃したこともあるし、今季は好不調の波に苦しんだ。それでも体力と技術を極限まで高めてリンクに立った。試練に負けない求道者をみるようだった▼いつも道を切り開いてきた高木さんが引退を表明した。栄光の陰につらい日々もあっただろう。31歳までのがんばりに心から拍手を送りたい。オランダでの世界選手権がラストランとなる。<残りの期間も変わらずに、スケートに向き合い続け、高みへ挑みにいきます>。彼女らしいことばである。

光太郎詩「道程」(大正3年=1914)の冒頭部分は、このように様々な分野でのパイオニア的な活躍を見せた人々を語るマクラとしてよく使われます。特に高木選手同様、レジェンドと化した皆さん(野茂英雄投手とか、将棋の藤井聡太六冠とか)。ただ、時折、そこまで行ってないだろ、という若手や、その後不祥事があったりで「何だかなぁ」という人物の形容にも使われることもあるのですが……。

光太郎自身、芸術分野に於ける日本でのパイオニアたらんとする自負や矜恃があって「僕の前に道はない/僕の後ろに道は出来る」としたのでしょう。パイオニアと言えば、「道程」の前年に発表された詩「人類の泉」では「私は自分のゆく道の開路者です」とし、「開路者」には「ピオニエエ」とルビを振っています。これは仏語の「pionnier」。英語の「pioneer(パイオニア)」に相当します。

ところで高木選手、昨日行われたオランダでの世界選手権オールラウンド部門では3位入賞を果たし、現役生活にピリオドを打ったそうです。
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お疲れさまでした、ですね。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)67 『愛の時』愛蔵版

昭和61年(1986)4月2日 アムリタ書房 ヹルハアラン著 高村光太郎訳
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目次
 明るい時 LES HEURES CLAIRES
  Ⅰ おう さんらんたるわれらのよろこび
   O LA SPLENDEUR DE NORTRE JOIE
  Ⅱ 無言のままわれらの歩くこの明るい花園が
   QUOIQUE NOUS LE VOYIONS FLEURIR DEVANT NOS YEUX
  Ⅲ この野蛮な柱頭、そこには怪物等が身をもだえ
   CE CHAPITEAU BARBARE OU DES MONSTERES SE TORDENT
  Ⅳ 夜の空はひろがり
   LE CIEL EN NUIT S'EST DÉPLIÉ
  Ⅴ いつでも,かほど純真にふかい
   CHAQUE HEURE OÙ JE SONGE À TA BONTÉ
  Ⅵ あなたは時としてあのなよやかな美を示す,
   TU ARBORES PARFOIS CETTE GRÂCE BÉNIGNE
  Ⅶ おう! 戸を叩かせて置かう,
   OH! LAISSE FRAPPER CETTE GRÂCE BÉNIGNE
  Ⅷ あどけない頃のやうに,私は自分の心をあなたに上げた,
   COMME AUX ÂGES NAÏFS JE T'AI DONNÉ MON C CEUR
  Ⅸ わかい,気のやさしい春は
   LE PRINTEMPS JEUNE ET BÉNÉVOLE                           
  Ⅹ しづかに来て
   VIENS LENTEMENT T'ASSEOIR
  Ⅺ 火のやうな恍惚の眼をして
   COMBIEN ELLE EST FACILEMENT RAVIE
  Ⅻ 長い間私のくるしんでゐた時,
   AU TEMPS OÛ LONGUEMENT J'AVAIS SOUFFERT
  ⅩⅢ どういふわけか何故なのかいはれは何か
   ET QU'IMPORTENT ET LES POUQUOIS ET LES RAISONS
  ⅩⅣ 黄金と花との階段をしづしづ降りる
   A CES REINES QUI LENTEMENT DESCENDENT
  ⅩⅤ 私はあなたの涙に,あなたの微笑みに,
   JE DÉDIE À TES PLEURS, À TON SOURIRE
  ⅩⅥ 私はあなたの二つの眼の中に自分の魂全てを溺らす,
   JE NOIE EN TES DEUX YEUX MON ÂME TOUT ENTIÈRE
  ⅩⅦ われらの眼を愛するため
   POUR NOUS AIMER DES YEUX
  ⅩⅧ われらあの愛の園に,夏はつづく。
   AU CLOS DE NOTRE AMOUR, L'ÉTÉ SE CONTINUE
  ⅩⅨ あなたの明るい眼,あなたの夏の眼が,
   QUE TES YEUX CLAIRS, TES YEUX D'ÉTÉ
  ⅩⅩ 言つてごらん,私の質素な私の静かな友よ,
   DIS-MOI MA SIMPLE ET MA TRANQULLE AMIE
  ⅩⅪ われら自身以外の一切のものからこんなに遠く
   EN CES HEULES OÙ NOUS SOMMES PERDUS
  ⅩⅫ おお! この幸福!
   OH! CE BONHEUR!
  ⅩⅩⅢ 生きませう,われらの愛とわれらの熱情とに。
   VIVONS DANS NOTRE AMOUR ET NOYRE ARDEUR
  ⅩⅩⅣ われらの口の触れ合ふやいなや
   SITOT QUE NOS BOUCHES SE TOUCHENT
  ⅩⅩⅤ 底知れぬ深さ神のやうに聖い
   POUR QUE RIEN DE NOUS DEUX N'ÉCHAPPE ÀNOTRE ÉTREINTE
  ⅩⅩⅥ たとひもう,こよひ,
   BIEN QUE DÉJÁ, CE SOIR
  ⅩⅩⅦ からだを捧げるとは,魂のある以上,
   LE DON DU CORPUS, LORSQUE L'ÂME EST DONNÉE
  ⅩⅩⅧ われらのうちにたつた一つの心やさしさ,
   FUT-IL EN NOUS UNE SEULE TENDRESSE
  ⅩⅩⅨ 炎に花咲く美しい庭は
   LE BEAU JARDIN FLEURI DE FLAMMES
  ⅩⅩⅩ もし万一にも
   S'IL ARRIVE JAMAIS
 午後の時 LES HEURES D'APRÈS-MIDI
  Ⅰ 年は来ました、ひと足ひと足,ひと日ひと日,
   L'ÂGE EST VENU, PAS Á PAS, JOUR Á JOUR
  Ⅱ 六月の薔薇,おん身最も美しいもの,
   ROSES DE JUIN, VOUS LES PLUS BELLES
  Ⅲ 若しほかの花々が家をかざり
   SI D'AUTRES FLEURS DÉCORENT LA MAISON
  Ⅳ 陰は浄まりあけぼのは虹いろ。
   L'OMBRE EST LUSTRALE ET L'AUROPE IRISÉE
  Ⅴ 私は,こよひ,おみやげとして,あなたにあげる,
   JE T'APPORTE, CE SOIR, COMME OFFRANDE, MA JOIE
  Ⅵ ふたりして路ばたに腰かけよう,
   ASSEYONS-NOUS TOUS DEUX PRÈS DU CHEMIN
  Ⅶ しづかに,なほもしづかに,
   TRÈS DOUCEMENT, PLUS DOUCEMENT ENCORE
  Ⅷ われらの愛の生れるわけであつたこの家には,
   DANS KA MAISON OÚNOTR AMOUR A VOULU NATRE
  Ⅸ 窓をあけひろげて
   LE BON TRAVAIL, FENÊTRE OUVERTE
  Ⅹ まつたき信がわれらの愛の底に住む。
   TOUTE CROYANCE HABITE AU FOND DE NOTRE AMOUR
  Ⅺ  暁、陰、夕暮,空間,星。
   L'AUBE L'OMBRE, LE SOIR, L'ESPACE ET LES ÉTOIRES
  Ⅻ 今は善い時,ラムプのつく時。
   C'EST LA BONNE HEURE, OÛ LA LAMPE S'ALLUME
  ⅩⅢ 過ぎ去つた年の死んだ接吻が
   LES BAISERS MORTS DES DÉFUNTES ANNÉES
  ⅩⅣ われらが同じ思に生きてゐてもう十五年。
   VOICI QUINZE ANS DÉJÀ QUE NOUS PENZONS D'ACCORD
  ⅩⅤ 永遠にわれらの喜は麻痺したと思つた,
   J'AI CRU Á TOUT JAMAIS NOTRE JOIE ENGOURDIE
  ⅩⅥ われらのまはりに生きる一切のもの,
   TOUT CE QUI VIT AUTOUR DE NOUS
  ⅩⅦ 私の感覚,私の心,私の頭脳,
   AVEC MES SENS, AVEC MON C ŒUR ET MON CERVEAU
  ⅩⅧ 爽やかな静かな健康の日々,
   LES JOURS DE FRAICHE ET TRANQUILLE SANTÉ
  ⅩⅨ 私は眠の林から出て来た。
   JE SUIS SORTI DES BOSQUETS DU SOMMEIL
  ⅩⅩ ああ,病の鉛が,
   HÉLAS! LORSQUE LE PLOMB DES MALADIES
  ⅩⅪ 明るい庭こそ健康そのもの。
   LE CRAIR JARDIN, C'EST LA SANTÉ
  ⅩⅫ 六月であつた,庭での事,
   C'ÉTAIT EN JUIN, DANS LE JARDIN
  ⅩⅩⅢ 身を捧げるだけでは足らず,あなたは自身を濫費する。
   ET TE DONNNER NE SUFFIT PLUS, TU TE PRODIGUES
  ⅩⅩⅣ おう もの一つ動かぬ静かな夏の庭よ。
   O LE CALME JARDIN D'ÈTÈ OÚ RIEN NE BOUGE
  ⅩⅩⅤ 時間も気持ちも,まるで別,
   COMME Á D'AUTRES, L'HEURE ET L'HUMEUR
  ⅩⅩⅥ 美しい夏の金色の小舟等は,
   LES BARQUES D'OR DU BEL ÉTÉ
  ⅩⅩⅦ 感覚の熱,心情の熱,霊魂の熱,
   ARDEUR DES SENS, ARDEUR DES CŒURS, ARDEUR DES ÂMES
  ⅩⅩⅧ 不動の美は
   L'IMMOBILE BEAUTÉ
  ⅩⅩⅨ そなたは,あの夕,あんな美しい言葉をきかせてくれた。
   VOUS M'AVEZ DIT, TEL SOIR, DES PAROLES SI BELLES
  ⅩⅩⅩ 「明るい朝の時」「午後の時」
   《HEURES DU MATIN CLAIR》《HEURES D'APRÈS SI BELLES》
 夕の時 LES HEURES DE SOIR
  Ⅰ DES FLEURS FINES ET MOUSSEUSES COMME L'ÉCUME
  Ⅱ  S'IL ÉTAIT VRAI
  Ⅲ LA GLYCINE EST FANÉE ET MORTE EST L'AUBPINE
  Ⅳ METS TA CHAISE PRÉS DE LA MIENNE
  Ⅴ SOIS-NOUS PROPICE ET CONSOLANTE ENCOR
  Ⅵ HÉLAS! LES TEMPS SONT LOIN
  Ⅶ LE SOIS TOMBE, LA LUNE EST D'OR
  Ⅷ LORSQUE TA MAIN CONFIE
  Ⅸ ET MAINTENANT QUE SONT TOMBÉS
  Ⅹ QUAND LE CIEL ÉTOIREÉ COUVRE NOTRE DEMEUR
  ⅩⅠ  AVEC LE MÉME AMOUR QUE TU ME FUS JADIS
  ⅩⅡ  LES FLEURS DU CLAIR ACCUEIL
  ⅩⅢ  LORSQUE S'ÉPAND SUR NOTRE SEUIL
  ⅩⅣ SI LE SORT NOUS SAUVA DES BANALES ERREURS
  ⅩⅤ NON, MON ÂME JAMAIS DE TOI NE S'EST LASSÉE
  ⅩⅥ QUE NOUS SOMMES ENCORE HEUREUX
  ⅩⅦ SUBIRONS-NOUS, HÉLAS! LE POIDS MORT DES ANNÉES
  ⅩⅧ LES MENUS FAITS, LES MILLE RIENS
  ⅩⅨ VIENS JUSQU'Á NOTRE SEUIL RÉPANDRE
  ⅩⅩ QUAND NOTRE JARDIN CLAIR
  ⅩⅩⅠ AVEC MES VIEILLES MAINS
  ⅩⅩⅡ SI NOS CŒURS ONT BRÛLÉ EN DES JOURS EXALTANTS
  ⅩⅩⅢ EN CE RUGUEUX HIVER OU LE SOLEIL FLOTTANT
  ⅩⅩⅣ PEUT-ÊTRE
  ⅩⅩⅤ OH! TES SI DOUCES MAINS
  ⅩⅩⅥ LORSQUE TU FERMERAS MES YEUX Á LA LUMIÈRE
 ヹルハアラン 高村光太郎
 解説 北川太一

ベルギーの詩人、エミール・ヴェルハーレンの詩集「時の三部作」。4年前に「光太郎生誕100年記念出版」として出版されたものが、ハードカバーになって「光太郎没後30周年記念」として再刊されました。

札幌の本郷新記念札幌彫刻美術館さんで開催中の「本郷新生誕120年記念 コレクション展 マンガでわかる本郷新」がらみで、そのマンガそのものがネットで入手できるようになったため、早速購入しました。

タイトルは『本郷新伝』。同館が企画、監修し、札幌のエアーダイブさんが制作・刊行。A5版120ページほどです。作画はエアーダイブさんに所属されているんだか、契約なさっているんだかの方々なのでしょう、鴨修平氏と桜井さよる氏。
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3話構成で、「1話:創り出す手」「2話:差し伸べる手」「3話:繋ぎあう手」となっています。主人公というか、狂言廻しというかが、「1話」と「3話」が札幌在住で高校の美術部に所属する女子生徒(「3話」では美大に進学したという設定)。さらに「2話」では広島での被爆者の孫にあたる中年男性。それぞれに本郷の彫刻、そこに込められた思いなどに触れ、新たな目を開かされるというストーリーです。

途中途中に本郷の評伝的な部分がちりばめられ、「1話」中には光太郎も。ロダンにも触れられています。
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本郷は東京高等工芸学校の出身。本郷新記念札幌彫刻美術館さんの公式サイトによれば関東大震災の翌年、大正13年(1924)に入学しています。「フリー百科事典 ウィキペディア」の本郷の項では、「東京美術学校志望だったが親に反対され、産業との関係が深い東京高等工芸学校彫刻部(現千葉大学工学部)に1925年に入学。作品が完成するたびに高村光太郎のもとを訪れ批評を受けた。ただしこの頃の高村はすでに彫刻を離れ、詩作に専念していた時期であった。間違いだらけです。まず、工芸学校入学の年が違っています。本郷新記念札幌彫刻美術館さんの公式サイトの方が間違っているということはありえないでしょう。さらに頓珍漢なのは「ただしこの頃の高村はすでに彫刻を離れ、詩作に専念していた時期であった」。まったく逆で、大正13、14年(1924、25)は一時期離れていた木彫を再開し、「蝉」「柘榴」「鯰」「魴鮄」「鷽(うそ)」などを作り、好評を博していた時期です。あらためて「ウィキペディア」をそのまま信用するのは危険だなと思いました。

ちなみに東京高等工芸学校といえば、かの「アンパンマン」の作者・やなせたかし氏の母校でもあります。やなせ氏の在学期間は昭和12年(1937)~同15年(1940)。昨年の朝ドラ「あんぱん」でも同校の場面がかなり描かれていましたね。
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また、本郷新記念札幌彫刻美術館さんの公式サイトでは「1928年(昭和3年)22歳 卒業後、国画創作協会第7回展に《少女の首》初入選。この頃より高村光太郎に師事」。『本郷新伝』では「高等工芸学校の卒業前後に高村光太郎の自宅を訪ね彫刻を見てもらうようになる」。「卒業前後」の幅がどの位の期間なのか、光太郎の書き残したものの中には記述がありません。『高村光太郎全集』には本郷の名は最晩年の昭和30年(1955)と翌年の日記に数回出て来るだけでして。その中では、光太郎が作りたいと思っていたものの、健康状態がもはやそれを許さず断念した藤島武二の胸像を代わりに本郷に作ってもらうよう頼んだとあります。
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おそらくこちらでしょう。画像は「ken's銅像探索日誌」というサイトからお借りしました。

ただ、本郷新記念札幌彫刻美術館さんには、光太郎から本郷宛の書簡が残されているということで、『高村光太郎全集』やその補遺である当方編の「光太郎遺珠」には掲載されていないものです。そちらを拝見できれば本郷と光太郎の交流の様子がもう少し明らかにできると思っております。

漫画以外の部分も充実しています。間に挟まれているコラム的なページ、それから巻末には資料編的なページも。項目名を列挙すると「わだつみの声」「本郷新と関係の深い人物・団体」「彫刻の美」「なぜ、服を着ていないの?」「嵐の中の母子像」「泉の像」「彫刻鑑賞のポイント」「ブロンズ像の作り方」「北海道内の公共空間にある彫刻」「北海道内の公共空間にある彫刻」。

本郷作品、当会事務所兼自宅のある千葉県香取市と利根川を挟んだ隣町になる茨城県神栖市の市立図書館さんに設置されています。「北海道内の公共空間にある彫刻」の項でちゃんと紹介されていました。
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3、4日前に撮影して参りました。
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さて、『本郷新伝』、ぜひお買い求め下さい。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)66 『芸術論集 緑色の太陽』

昭和57年(1982)6月16日 岩波書店(岩波文庫) 高村光太郎著
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目次
 Ⅰ 自伝 父との関係
 Ⅱ 人の首 木彫ウソを作った時 蝉の美と造型
 Ⅲ 緑色の太陽 彫刻鑑賞の第一歩 彫刻十個条 触覚の世界 生命の創造
 Ⅳ ミケランジェロ・ブオナローティ ロダンに就いて二、三の事 荻原守衛
 Ⅴ 手 信親と鳴滝 美の日本的源泉
 Ⅵ 書について 書の深淵 黄山谷について 書についての漫談
 Ⅶ 詩についてⅠ
    余はかく詩を観ず 詩そのもの 詩について 小感 気について 詩の深さ
    詩と表現 私の詩の理法
   詩についてⅡ 生きた言葉 自分と詩との関係 詩について語らず 日本詩歌の特質
 解説 北川太一

当会顧問であらせられた故・北川太一先生が編まれ、解説されたものです。光太郎生前には『緑色の太陽』という書籍は存在しませんでした。岩波書店さんのサイトでは「品切れ」。重版が待たれます。

都内から演奏会情報です。

銀座ぶらっとコンサート #216 宮本益光の王子な午後38 ~別れの歌~

期 日 : 2026年3月11日(水)
会 場 : 王子ホール 東京都中央区銀座4-7-5
時 間 : 13:30開演
料 金 : 全席指定 4,000円

平日の昼下がり、銀座でのお買い物のついでに、お友達との銀ぶらの途中に立ち寄れる気軽なコンサート、『銀座ぶらっとコンサート』第216回は、王子ことオペラ歌手の宮本益光が魅惑のバリトンと楽しいトークで綴る大人気シリーズの第38回。別れの歌を切々と、あっさりと、うじうじと、様々なシーンをお聴かせしましょう、お見せしましょう。

プログラム
 モーツァルト:オペラ『フィガロの結婚』より もう飛ぶまいぞこの蝶々
 文部省唱歌:仰げば尊し
 三木たかし:友だちはいいもんだ
 ハイドン:別れの歌
 ヴォルフ:あばよ
 モーツァルト:オペラ『魔笛』より パパゲーナ、パパゲーナ、パパゲーナ!
 グノー:オペラ『ファウスト』より 故郷を離れる前に
 加藤昌則:レモン哀歌
     :桜の背丈を追い越して
     :「刻(とき)の里標石(マイルストーン)」より じゃあね

出演 宮本益光(バリトン) 加藤昌則(作曲/ピアノ)
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これまでもたびたび宮本益光氏の歌唱で各種演奏会に取り上げられてきた、加藤昌則氏作曲の「レモン哀歌」がプログラムに入っています。令和4年(2022)にはCDもリリースされています。

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)65 『愛の時』

昭和57年(1982)4月2日 アムリタ書房 ヹルハアラン著 高村光太郎訳
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目次
 明るい時 LES HEURES CLAIRES
  Ⅰ おう さんらんたるわれらのよろこび
   O LA SPLENDEUR DE NORTRE JOIE
  Ⅱ 無言のままわれらの歩くこの明るい花園が
   QUOIQUE NOUS LE VOYIONS FLEURIR DEVANT NOS YEUX
  Ⅲ この野蛮な柱頭、そこには怪物等が身をもだえ
   CE CHAPITEAU BARBARE OU DES MONSTERES SE TORDENT
  Ⅳ 夜の空はひろがり
   LE CIEL EN NUIT S'EST DÉPLIÉ
  Ⅴ いつでも,かほど純真にふかい
   CHAQUE HEURE OÙ JE SONGE À TA BONTÉ
  Ⅵ あなたは時としてあのなよやかな美を示す,
   TU ARBORES PARFOIS CETTE GRÂCE BÉNIGNE
  Ⅶ おう! 戸を叩かせて置かう,
   OH! LAISSE FRAPPER CETTE GRÂCE BÉNIGNE
  Ⅷ あどけない頃のやうに,私は自分の心をあなたに上げた,
   COMME AUX ÂGES NAÏFS JE T'AI DONNÉ MON C CEUR
  Ⅸ わかい,気のやさしい春は
   LE PRINTEMPS JEUNE ET BÉNÉVOLE                           
  Ⅹ しづかに来て
   VIENS LENTEMENT T'ASSEOIR
  Ⅺ 火のやうな恍惚の眼をして
   COMBIEN ELLE EST FACILEMENT RAVIE
  Ⅻ 長い間私のくるしんでゐた時,
   AU TEMPS OÛ LONGUEMENT J'AVAIS SOUFFERT
  ⅩⅢ どういふわけか何故なのかいはれは何か
   ET QU'IMPORTENT ET LES POUQUOIS ET LES RAISONS
  ⅩⅣ 黄金と花との階段をしづしづ降りる
   A CES REINES QUI LENTEMENT DESCENDENT
  ⅩⅤ 私はあなたの涙に,あなたの微笑みに,
   JE DÉDIE À TES PLEURS, À TON SOURIRE
  ⅩⅥ 私はあなたの二つの眼の中に自分の魂全てを溺らす,
   JE NOIE EN TES DEUX YEUX MON ÂME TOUT ENTIÈRE
  ⅩⅦ われらの眼を愛するため
   POUR NOUS AIMER DES YEUX
  ⅩⅧ われらあの愛の園に,夏はつづく。
   AU CLOS DE NOTRE AMOUR, L'ÉTÉ SE CONTINUE
  ⅩⅨ あなたの明るい眼,あなたの夏の眼が,
   QUE TES YEUX CLAIRS, TES YEUX D'ÉTÉ
  ⅩⅩ 言つてごらん,私の質素な私の静かな友よ,
   DIS-MOI MA SIMPLE ET MA TRANQULLE AMIE
  ⅩⅪ われら自身以外の一切のものからこんなに遠く
   EN CES HEULES OÙ NOUS SOMMES PERDUS
  ⅩⅫ おお! この幸福!
   OH! CE BONHEUR!
  ⅩⅩⅢ 生きませう,われらの愛とわれらの熱情とに。
   VIVONS DANS NOTRE AMOUR ET NOYRE ARDEUR
  ⅩⅩⅣ われらの口の触れ合ふやいなや
   SITOT QUE NOS BOUCHES SE TOUCHENT
  ⅩⅩⅤ 底知れぬ深さ神のやうに聖い
   POUR QUE RIEN DE NOUS DEUX N'ÉCHAPPE ÀNOTRE ÉTREINTE
  ⅩⅩⅥ たとひもう,こよひ,
   BIEN QUE DÉJÁ, CE SOIR
  ⅩⅩⅦ からだを捧げるとは,魂のある以上,
   LE DON DU CORPUS, LORSQUE L'ÂME EST DONNÉE
  ⅩⅩⅧ われらのうちにたつた一つの心やさしさ,
   FUT-IL EN NOUS UNE SEULE TENDRESSE
  ⅩⅩⅨ 炎に花咲く美しい庭は
   LE BEAU JARDIN FLEURI DE FLAMMES
  ⅩⅩⅩ もし万一にも
   S'IL ARRIVE JAMAIS
 午後の時 LES HEURES D'APRÈS-MIDI
  Ⅰ 年は来ました、ひと足ひと足,ひと日ひと日,
   L'ÂGE EST VENU, PAS Á PAS, JOUR Á JOUR
  Ⅱ 六月の薔薇,おん身最も美しいもの,
   ROSES DE JUIN, VOUS LES PLUS BELLES
  Ⅲ 若しほかの花々が家をかざり
   SI D'AUTRES FLEURS DÉCORENT LA MAISON
  Ⅳ 陰は浄まりあけぼのは虹いろ。
   L'OMBRE EST LUSTRALE ET L'AUROPE IRISÉE
  Ⅴ 私は,こよひ,おみやげとして,あなたにあげる,
   JE T'APPORTE, CE SOIR, COMME OFFRANDE, MA JOIE
  Ⅵ ふたりして路ばたに腰かけよう,
   ASSEYONS-NOUS TOUS DEUX PRÈS DU CHEMIN
  Ⅶ しづかに,なほもしづかに,
   TRÈS DOUCEMENT, PLUS DOUCEMENT ENCORE
  Ⅷ われらの愛の生れるわけであつたこの家には,
   DANS KA MAISON OÚNOTR AMOUR A VOULU NATRE
  Ⅸ 窓をあけひろげて
   LE BON TRAVAIL, FENÊTRE OUVERTE
  Ⅹ まつたき信がわれらの愛の底に住む。
   TOUTE CROYANCE HABITE AU FOND DE NOTRE AMOUR
  Ⅺ  暁、陰、夕暮,空間,星。
   L'AUBE L'OMBRE, LE SOIR, L'ESPACE ET LES ÉTOIRES
  Ⅻ 今は善い時,ラムプのつく時。
   C'EST LA BONNE HEURE, OÛ LA LAMPE S'ALLUME
  ⅩⅢ 過ぎ去つた年の死んだ接吻が
   LES BAISERS MORTS DES DÉFUNTES ANNÉES
  ⅩⅣ われらが同じ思に生きてゐてもう十五年。
   VOICI QUINZE ANS DÉJÀ QUE NOUS PENZONS D'ACCORD
  ⅩⅤ 永遠にわれらの喜は麻痺したと思つた,
   J'AI CRU Á TOUT JAMAIS NOTRE JOIE ENGOURDIE
  ⅩⅥ われらのまはりに生きる一切のもの,
   TOUT CE QUI VIT AUTOUR DE NOUS
  ⅩⅦ 私の感覚,私の心,私の頭脳,
   AVEC MES SENS, AVEC MON C ŒUR ET MON CERVEAU
  ⅩⅧ 爽やかな静かな健康の日々,
   LES JOURS DE FRAICHE ET TRANQUILLE SANTÉ
  ⅩⅨ 私は眠の林から出て来た。
   JE SUIS SORTI DES BOSQUETS DU SOMMEIL
  ⅩⅩ ああ,病の鉛が,
   HÉLAS! LORSQUE LE PLOMB DES MALADIES
  ⅩⅪ 明るい庭こそ健康そのもの。
   LE CRAIR JARDIN, C'EST LA SANTÉ
  ⅩⅫ 六月であつた,庭での事,
   C'ÉTAIT EN JUIN, DANS LE JARDIN
  ⅩⅩⅢ 身を捧げるだけでは足らず,あなたは自身を濫費する。
   ET TE DONNNER NE SUFFIT PLUS, TU TE PRODIGUES
  ⅩⅩⅣ おう もの一つ動かぬ静かな夏の庭よ。
   O LE CALME JARDIN D'ÈTÈ OÚ RIEN NE BOUGE
  ⅩⅩⅤ 時間も気持ちも,まるで別,
   COMME Á D'AUTRES, L'HEURE ET L'HUMEUR
  ⅩⅩⅥ 美しい夏の金色の小舟等は,
   LES BARQUES D'OR DU BEL ÉTÉ
  ⅩⅩⅦ 感覚の熱,心情の熱,霊魂の熱,
   ARDEUR DES SENS, ARDEUR DES CŒURS, ARDEUR DES ÂMES
  ⅩⅩⅧ 不動の美は
   L'IMMOBILE BEAUTÉ
  ⅩⅩⅨ そなたは,あの夕,あんな美しい言葉をきかせてくれた。
   VOUS M'AVEZ DIT, TEL SOIR, DES PAROLES SI BELLES
  ⅩⅩⅩ 「明るい朝の時」「午後の時」
   《HEURES DU MATIN CLAIR》《HEURES D'APRÈS SI BELLES》
 夕の時 LES HEURES DE SOIR
  Ⅰ DES FLEURS FINES ET MOUSSEUSES COMME L'ÉCUME
  Ⅱ  S'IL ÉTAIT VRAI
  Ⅲ LA GLYCINE EST FANÉE ET MORTE EST L'AUBPINE
  Ⅳ METS TA CHAISE PRÉS DE LA MIENNE
  Ⅴ SOIS-NOUS PROPICE ET CONSOLANTE ENCOR
  Ⅵ HÉLAS! LES TEMPS SONT LOIN
  Ⅶ LE SOIS TOMBE, LA LUNE EST D'OR
  Ⅷ LORSQUE TA MAIN CONFIE
  Ⅸ ET MAINTENANT QUE SONT TOMBÉS
  Ⅹ QUAND LE CIEL ÉTOIREÉ COUVRE NOTRE DEMEUR
  ⅩⅠ  AVEC LE MÉME AMOUR QUE TU ME FUS JADIS
  ⅩⅡ  LES FLEURS DU CLAIR ACCUEIL
  ⅩⅢ  LORSQUE S'ÉPAND SUR NOTRE SEUIL
  ⅩⅣ SI LE SORT NOUS SAUVA DES BANALES ERREURS
  ⅩⅤ NON, MON ÂME JAMAIS DE TOI NE S'EST LASSÉE
  ⅩⅥ QUE NOUS SOMMES ENCORE HEUREUX
  ⅩⅦ SUBIRONS-NOUS, HÉLAS! LE POIDS MORT DES ANNÉES
  ⅩⅧ LES MENUS FAITS, LES MILLE RIENS
  ⅩⅨ VIENS JUSQU'Á NOTRE SEUIL RÉPANDRE
  ⅩⅩ QUAND NOTRE JARDIN CLAIR
  ⅩⅩⅠ AVEC MES VIEILLES MAINS
  ⅩⅩⅡ SI NOS CŒURS ONT BRÛLÉ EN DES JOURS EXALTANTS
  ⅩⅩⅢ EN CE RUGUEUX HIVER OU LE SOLEIL FLOTTANT
  ⅩⅩⅣ PEUT-ÊTRE
  ⅩⅩⅤ OH! TES SI DOUCES MAINS
  ⅩⅩⅥ LORSQUE TU FERMERAS MES YEUX Á LA LUMIÈRE
 ヹルハアラン 高村光太郎
 解説 北川太一

ベルギーの詩人、エミール・ヴェルハーレンの詩集「時の三部作」。このうち「明るい時」は光太郎訳で大正10年(1921)に芸術社から刊行されました。「午後の時」光太郎訳は各種雑誌やアンソロジーに断片的に収められたものの、まとめられたことはありませんでした。さらに光太郎は「夕の時」翻訳には手を出さなかったようです。そこで本書では「夕の時」はヴェルハーレンの原文で収録しています。

また、光太郎の評伝「ヹルハアラン」(昭和8年=1933)を追補、当会顧問であらせられた北川太一先生が解説をご執筆。「光太郎生誕100年記念出版」という位置づけでした。

2月21日(土)に岩手県花巻市で開催されたトークイベント「光太郎と賢治 宮沢賢治全集ができるまで」につき、地元紙『岩手日日』さんが報じて下さいました。もう一紙、『岩手日報』さんでも記事が出るかなと思って待っていたのですが、今朝の段階でネット上に出ていませんで、『岩手日日』さんの記事のみ御紹介します。

会いた光太郎と賢治関わりは 3人トークで思いはせ 花巻

 トークイベント「光太郎と賢治―宮沢賢治全集ができるまで―」は21日、花巻市大通りのなはんプラザで開かれた。参加者は、関係者による講話を通じて彫刻家、詩人の高村光太郎(1883~1956年)と詩人、童話作家の宮沢賢治(1896~1933年)との関わりに思いを巡らせた。
 高村光太郎記念館で開催中の高村光太郎花巻疎開80年企画展(3月31日まで)の関連行事。高村光太郎連翹(れんぎょう)忌運営委員会の小山弘明代表、林風舎の宮沢和樹代表取締役、共同園芸の瀬川正子取締役の3人が講話し、市民ら約200人が聴講した。
 このうち小山代表は、2人が詩人・草野心平主宰の詩誌「銅鑼(どら)」の同人となったことで関係が始まったことや、1926(大正15)年に東京にある光太郎アトリエで1回だけ面会したことを紹介。賢治没後の34(昭和9)年、東京で開かれた追悼会に賢治の実弟・清六が「雨ニモマケズ」が記された手帳を含む遺稿を持ち込み、光太郎や草野らが「このまま埋もれさせてはいけない」と一念発起し、数回にわたる「宮沢賢治全集」の編集刊行に取り組んだことなどを説明した。
 講和後は参加者から人脈が広がっていった経緯や、編さんに関わった賢治の親友で花巻高等女学校の音楽教師だった藤原嘉藤治に関する質問などが出された。
 父と参加した市立石鳥谷中学校2年の大竹彩未さんは「賢治作品が好きでよく読んでいる。面白い話が聞けて、人物同士の関係や作品の背景を知ることができて楽しかった」と話していた。
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その後、市役所さんからは、お聴き下さった一般の方々からのアンケート結果等も送られてきて、拝読したところ概ね好評で胸をなで下ろしました。

それにしても毎回感じますが、賢治と言えば花巻で、地元の皆さんの賢治愛。光太郎は現在の東京台東区の生まれ、没したのは中野区、最も長く住んだのは文京区ですが、それらの地域に賢治の花巻ほどのふるさと感が感じられません。それぞれの区で地元の偉人として光太郎を推しているかというとそうでもありません。文京区さんだけは公式サイト内の「文京ゆかりの文人」といページで光太郎も取り上げて下さっていますが、60名ほどの中の一人という扱いです。サムネイル画像つきでまず紹介されているのは森鷗外、夏目漱石、樋口一葉、石川啄木の4人です。鷗外・漱石・一葉はともかく、啄木の後塵を拝しているというのはくやしいところです(笑)。
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ちなみに60人ほどの中には、大正10年(1921)、菊坂に下宿して国柱会に通っていたということで賢治も含まれています。

文京区立本郷図書館さんで発行していた「谷根千ゆかりの文人まっぷ」でも同じような感じです。このエリアだけでも30人ほど。もっとも、谷中は文京区でなく台東区ですが。
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こういうところも東京一極集中ということなのでしょうか。漱石と一葉は東京出身ですが、鷗外と啄木はそれぞれ島根と岩手ですし、他の「文京ゆかりの文人」の60人ほど、「谷根千ゆかりの文人まっぷ」の30人ほども、半分くらいは地方出身者のようです。

閑話休題、花巻高村光太郎記念館さんで開催中の「高村光太郎花巻疎開80年企画展 光太郎と賢治 宮沢賢治全集ができるまで」、今月いっぱいです。ぜひ足をお運びください。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)64 『CHIEKO’S SKY』

昭和53年(1978)2月 KODANSHA INTERNATIONAL 高村光太郎著 古田草一訳
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目次
 translator's preface to someone heart of one night fear peep-show song
 one evening to a woman in the suburbs winter morning awakening to someone
 midnight snow us in admiration of love supper beneath the trees
 stampede catfish a couple at night you get prettier and prettier innocent tale
 kinds cohabiting beauty's imprisonment distant view of life Chieko riding the wind
 at the foot of the mountain lemon elegy to the deased plim wine
 Chieko's papercuts the latter half of Chieko's life atomizing dream metropolis
 guiding thouse days blizzard night monologue Chieko the Element naked form
 to play with Chieko 

「智恵子抄」の英訳です。詩文の選択は独自のものがあり、昭和31年(1956)の新潮文庫版に収められた戦後のものも含みますが、新潮文庫版と完全に一致するわけでもなく、昭和16年(1941)龍星閣刊行のオリジナルとも異なっています。

広島市に本社を置く『中国新聞』さん。文化面のコラム「緑地帯」が50周年だそうで、それを記念して50年前の昭和51年(1976)に掲載された、岡山出身の詩人・永瀬清子の連載「会いたる人々」8回分が再掲されました。平成7年(1995)に亡くなった永瀬が生前に親交のあった文学者たちの思い出を語るものです。
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ラインナップは以下の通り。

① 高村先生の呼び声
② 春芬・佐藤惣之助
③ 北川冬彦の背中
④ 詩人の妻(仲町貞子)
⑤ 前掛けと三好達治
⑥ 忙しい小熊秀雄の生命
⑦ 発見者・草野心平
⑧ うぶなる人・井伏鱒二先生

いきなり初回が「髙村先生の呼び声」。

永瀬清子 会いたる人々① 高村先生の呼び声

 高村光太郎先生が、戦後岩手の山奥から東京へ出て来られて、中野の中西伊之助画伯のアトリヱに落ちつかれたのは昭和二十七年のころだった。
 私も戦後東京から岡山へ帰ってくらしていたが、夫が再び東京で勤務することになったので上京し、絶えて久しく高村さんにお会いしようとたずねていった。
 中西家の玄関で女中さんに来意を告げると、高村さんの方へ伝えて下さったらしい。玄関につづくお座敷があけはなされていて広い中庭をへだてて高い屋根のアトリヱがみえている。すると縞(しま)のちゃんちゃんこを着た、なつかしい先生が思いがけずアトリヱの入り口にあらわれ、
 「おーい、永瀬さあん」ととてつもなく大声で呼ばれた。それはまるで岩手の山の中で猟師が谷向こうの人を呼ぶような感じで、思わず私も「はあい」と答え、胸がせまった。
 中西家の横の路地をアトリヱの方へいそぎながら高村さんがいとしく思えてならなかった。
 戦争の責任をだれよりも強く感じて岩手の雪の中に自己を流謫(るたく)し、一人悔みの詩を書いていられた。そして今ようやく新しい彫刻作品を作ることによって、すべてを出なおしたいと決心して、老いた身で東京へ出て来られたのだ。でも今私を呼ばれたその度はずれな声は、まるでいじめっ子から母の懐へとびこむ幼な子のそれのようにも聞こえたではないか。
 おおそんなことを言えば人にしかられるだろう。でも少なくとも高村さんはいろいろのことから開放されて、私と話したく思っていられるのにちがいないのだ。以前駒込林町に住んでいられ、私の詩集の序文をも書いていただいた時から十数年。智恵子夫人も今はなく戦争をへだて言うに言われぬ重く痛い月日が過ぎ去った。その時私には高村さんという山獄のようにそびえ立った人が、まるで一羽の雀(すずめ)のようにかわいそうでならなかった。

「中西伊之助」は「中西利雄」の誤記です。永瀬が中西アトリエを訪れたのは、確認出来ている限り昭和29年(1954)4月25日と翌30年(1955)2月25日の2回。それぞれ日記に「午前真壁仁、永瀬清子同道くる、午后二(時)頃辞去」「午后永瀬清子さんくる、来月インド行の由」の記述があります。

語られているのはおそらく29年4月の初回訪問のことと思われます。昭和56年(1981)の永瀬のエッセイ集『かく逢った』に加筆訂正された「高村先生の呼び声」が収録されていて、それによれば「高村さんをお訪ねしたのはそれからあと、もう一、二度あったかと思います」とありますし、全体のニュアンスも久闊を叙したという感じですので。同道したはずの真壁仁については割愛されているようです。

『かく逢った』収録の加筆訂正された稿の方が、この際の訪問に関して詳しく語られていますが、末尾の「高村さんという山獄のようにそびえ立った人が、まるで一羽の雀(すずめ)のようにかわいそうでならなかった」あたりはかなりニュアンスが異なります。

ついでですので(笑)、当会の祖・草野心平の回。

永瀬清子 会いたる人々⑦ 発見者・草野心平

 昭和八年の春、はじめて草野心平さんが私の家へいらした。何かの会合ですでにお顔みしりだったが、そのころ職のない彼は名刺印刷の注文取りをしていて、その用で来たのだった。幸い夫が名刺の注文をし、草野さんは宮沢賢治の詩集「春と修羅」を、大変いい特集だから読んでごらんなさい、と言って置いていった。
 私がその詩集を読むと全く今までにない詩集で、空の遠くに星雲が渦まいているように感じた。しかしその宮沢さんがどんな人かすこしもわからないし、そのことを尋ねようにも草野さんの所がまたわからない。名刺の注文取りはしても草野さん自身の名刺は作っていなかったのだ。でも注文した名刺が出来て来た時、きけると思い心待ちにしていたら私が留守の時、弟さんが注文品を置いていかれたので駄目(だめ)だった。こうして翌九年の二月までそのまま詩集は私の手許(もと)にあった。
 何も知らぬ私はその作品だけを頼り、「麺麭」8月号に「宮沢賢治の“春と修羅”について」紹介と感想を書いたが、その雑誌をすぐ宮沢さんに送れたら、きっと生前読んでいただけたろうに、昭和八年九月二十一日に遠い岩手県で詩人は死なれ、ただ宮沢さんについて書いた最も早いものとしてこの拙(つたな)い文章は残った。
 翌年の二月に宮沢さんの弟の清六さんが上京して来られ、その時宮沢さんの第一回追悼会が新宿モナミで催された。久々に草野さんに会って詩集がうちにあることを言うと、忘れっぽい草野さんはとてもよろこんだ。草野さんは私の所だけでなく、ありとあらゆる知人の所へその詩集を持ってまわり、そして宮沢発掘のために尽くしたのだ。
 昨年はまた福島県の老女、吉野せいさんの「洟をたらした神」のために尽くし、大きな名声をかち得た。いい作品を発見する目と世の中へ紹介するための情熱、それはなまなかな者には不可能なことで、事実彼の詩人としての大きな仕事であった。

こちらも『かく逢った』に加筆訂正され「親分草野心平さん」と改題されたものが掲載されています。そちらでは昭和28年(1953)3月15日(永瀬は「昭和二十六、七年頃」としていますが)、心平が経営していた居酒屋「火の車」開店一周年の際に訪問したことも記されています。「大きな大福帳に訪れた人の思い思いのサインが墨書されていた」とあります。そこには1ページ目に光太郎のそれも残されているのですが、永瀬の回想には書かれていません。
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この日、日記に依れば光太郎は「火の車」には立ち寄っただけで長居はしなかったらしく、永瀬とはニアミスだったと思われます。

そして新宿モナミでの宮沢賢治追悼会。これについては、やはり『かく逢った』に収められている「「雨ニモマケズ」の発見――モナミの賢治追悼会――」という文章に詳しく語られています。

また、他に「会いたる人々」で取り上げられた佐藤惣之助、北川冬彦、仲町貞子、三好達治、小熊秀雄、井伏鱒二についても、おそらく「会いたる人々」からの加筆訂正が為された文章が『かく逢った』に収められています。さらに賢治実弟の宮沢清六、木下夕爾、宮本百合子、深尾須磨子、長谷川時雨、萩原朔太郎、横光利一、正宗白鳥らについてもそれぞれ項立てされています。古書市場でそう珍しくなく入手可能ですので、ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)63 『日本美の源泉』

昭和47年(1972)8月10日 中央公論美術出版 高村光太郎著
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収録作品
 日本美の源泉 埴輪の美 法隆寺金堂の壁画 夢違観音 神護寺金堂薬師如来
 藤原期の仏画 能面「深井」


「著書」と言っていいものかどうかという感じのものではあります。昭和17年(1942)の7月から12月にかけ、中央公論社から発行されていた雑誌『婦人公論』に全6回で連載された美術評論で、その草稿を同社編集者の栗本和夫が和綴じに仕立て、保管していたものをそのまま復刻し、二重函帙入り別冊解説付き限定300部・定価15,000円で刊行しました。別冊解説は当会顧問であらせられた故・北川太一先生でした。

栗本が和綴じに仕立てた時点で、第四回の冒頭部分一枚が失われていまして、復刻出版のその箇所は、仕方がないので活字で補ってあります。その失われた一枚は、同じ中央公論社の編集者だった湯川龍造が譲り受けていたそうで、令和元年(2019)に売りに出て、驚きました。
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始まってしまっている展示の情報を2件。

まず秋田県鹿角市。最初に鹿角コミュニティFMさんのニュースから。

小坂出身の出版者、澤田の企画展 鹿角市の図書館

 小坂町の出身で、高村光太郎の詩集「智恵子抄」を世に送り出すなどした出版者、澤田伊四郎(さわだ・いしろう)の企画展が鹿角市の図書館で始まり、熱い思いがうかがえます。
 澤田は明治37年、現在の小坂町大地(だいじ)の生まれで、昭和8年に出版社「龍星閣(りゅうせいかく)」を立ち上げました。
 埋もれたもの、独自のものを掘り出して世に送ることを終始、出版の理念とし、また本の材質や美しさにもこだわり、「本の芸術家」とも呼ばれました。
 鹿角市毛馬内の十和田図書館で行われている企画展では、澤田にゆかりの本や絹刷りの絵など230点が展示されています。
 智恵子抄は、妻を失った高村に、澤田が思い出を詩にするように提案し、まとめ上げたものですが、龍星閣で出版した実物が展示されています。
 また大正ロマンを象徴する画家、竹久夢二の画集でブームを再燃させた立役者でもありますが、日ごろは保管されている、貴重な絹刷りの絵やポストカードが並んでいます。
 いっぽう、同じ小坂町出身の画家、福田豊四郎と交流があり、第一号の出版にあたり装丁を福田に依頼しており、その本も展示されています。
 ほかに、澤田のインタビューや、龍星閣の出版物の表紙の写真を掲載した本があり、作家の発掘や本の造りに情熱を注いでいた姿がうかがい知ることができます。
 見学した70代の男性は、「この人のおかげで世に出た作家、作品があるのだから、隣の鹿角の市民としてもうれしい。こうして、地元の人をどんどん紹介してほしい」と話しました。
 十和田図書館では、「鹿角に近い小坂出身の澤田が、こだわって本を作っていたことを大勢に知ってもらおうと企画した。普段見られないものもあるので、ぜひ足を運んでほしい」としています。
 この企画展は今月27日まで、図書館2階のギャラリーで開かれています。
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展示の詳細。

本の芸術家が生んだ浪漫の世界

期 日 : 2026年2月25日(水)~3月27日(金)
会 場 : 鹿角市立十和田図書館 秋田県鹿角市十和田毛馬内字城ノ下7-5
時 間 : 9:00~19:00 最終日は13:00まで
休 館 : 月曜日
料 金 : 無料

小坂町出身“本の芸術家”と呼ばれた澤田伊四郎氏が設立した出版社、『龍星閣』から出版された資料を中心に、澤田氏ゆかりの人物に関する資料を展示します。
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オリジナル『智恵子抄』(昭和16年=1941)の版元、龍星閣創業者の澤田伊四郎にスポットを当てる展示です。澤田は鹿角に隣接する小坂町の出身で、平成30年(2018)には光太郎からの書簡や署名本などがごっそり小坂町に寄贈され、同町の総合博物館で展示されました。その後、都内の日比谷図書館さんでも澤田に関する展示「龍星閣がつないだ夢二の心―『出版屋』から生まれた夢二ブームの原点―」(令和5年=2023)が開催されたりもしています。

『智恵子抄』を含む「澤田にゆかりの本や絹刷りの絵など230点が展示」とのことで、画像を見ると「絹刷りの絵」は竹久夢二作品のようです。光太郎同様、夢二の書籍も龍星閣では多く手がけました。そのあたり、平成31年(2019)に刊行された『澤田伊四郎 造本一路 図録篇』に詳しく紹介されています。

続いて奈良県から、光太郎の父・光雲作品が出ている展示。

特別展「奈良のモダン ~美術をめぐる人々」

期 日 : 2026年1月17日(土)~3月15日(日)
会 場 : 奈良県立美術館 奈良市登大路町10-6
時 間 : 9:00~17:00
休 館 : 月曜日(ただし3月9日は開館)
料 金 : 一般=1,200(1,000)円、大学生=1,000(800)円 
      ※( )内は団体料金(20名以上)

 豊かな自然に恵まれた風光明媚な土地柄と、神社仏閣をはじめ歴史的な景観が点在する奈良は、古くから詩歌や文学、芸術の題材とされ、文人たちをも魅了する憧憬の地として知られてきました。明治時代に入ると、信仰と結びついた奈良の文化が改めて評価される中で、美術や行政に携わる人たちが盛んに訪れるようになり、古都・奈良の地にも徐々に新時代の息吹が芽生え始めます。大正時代から昭和戦前期にかけては、奈良の歴史や文化財に関する調査・研究も進展し、その魅力が広く浸透するとともに多くの文化人が集い、往来するようになりました。また、こうした動向は奈良の人々をも刺激して、両者は互いに交流を重ねながら時にはコミュニティーを形成し、地域文化の興隆を促しました。
 本展では、美術家をはじめ研究者や文学者から美術行政家まで、奈良に足跡を残した人々を、「第1.章 近代の息吹~對たい山ざん楼ろうに宿る人々」、「第2.章 華開くモダン~高畑界隈の人々」の2章により紹介します。美術を通じて展開された、これら文化人たちの活動を概観することで、奈良と美術との関わりを検証すると同時に、独自の文化が華開いた近代奈良の一面に目を向ける機会となれば幸いです。
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公式サイトに出品目録がPDFで出ていました。
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光雲については高弟たち(山崎朝雲、米原雲海、平櫛田中、山本瑞雲、吉田芳明、本山白雲)との合作「木彫額貼交二枚折屏風」。京都国立近代美術館さんの所蔵品です。
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他に、光雲・光太郎父子に関わる人物の作等が目白押し。美術系だと横山大観、小杉未醒(放菴)、新納忠之助、富本憲吉、浜田葆光、柳宗悦、藤田嗣治、有島生馬ら、文学では宮沢賢治、武者小路実篤、志賀直哉などなど。

こちら、会期終了間近です。

それぞれぜひ足をお運び下さい。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)62 『美について』改版

昭和46年(1971)4月10日 角川書店(角川文庫) 高村光太郎著
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目次
 触覚の世界
  触覚の世界 比例均衡 普遍と独自 永遠の感覚 写生の二面 書について 書の深淵
  感覚と生活 緑色の太陽 言ひたい事を言ふ
 彫刻の世界
  彫刻的なるもの 彫刻性について 肖像雑談 彫刻に何を見る 東洋と抽象彫刻
  蝉の美と造型 小刀の味 絶滅の美
 ある首の幻想
  ある首の幻想 人の首 家 装幀について 某月某日 手 ほくろ 自分と詩との関係
  智恵子の切抜絵 九代目団十郎の首 自作肖像漫談
 美術の魅力
  日本の美 埴輪について    仏像について(古式の美) 能面について 茶について
 彫刻の面白味
 版画の話
 静物画の新意義
 日本画に対する感想
 自刻木版の魅力
 オオギュスト・ロダン
  一 一個の全球 二 親ゆづり 三 善い姉さんと腹の出た家と 四 始まり 五 実地修行
  六 修道院 七 下働きと仕立女工 八 総決算と新時代 九 苦境と愉楽と
  十 振出しへ返る事 十一 自己の道 十二 「歩む人」と「地獄の門」と 十三 胸像群
  十四 記念像群及「バルザツク」の彫刻的意義 十五 一九〇〇年以後
  十六 晩年、死、死 十七 「小さい花子」
 注釈
 解説 詩と彫刻の交流 伊藤信吉
 作品解説 北川太一
 主要参考文献
 年譜

昭和35年(1960)に出た最初の文庫版と収録作品等は同一ですが、旧仮名がすべて新仮名に変更、北川太一先生による「作品解説」などが附されました。

本日開幕の企画展示です。昨日、ご紹介しようと書き始めたところ、公式サイトがメンテ中だったと見えてアクセス出来ませんでしたので……。

特別展 志村ふくみ 百一寿 ―夢の浮橋―

期 日 : 前期 2026年3月3日(火)~4月12日(日)
      後期 2026年4月14日(火)~5月31日(日)
会 場 : 細見美術館 京都市左京区岡崎最勝寺町6-3
時 間 : 10:00~17:00
休 館 : 毎週月曜日(ただし、5月4日は開館)、5月7日(木)
料 金 : 一般 2,000円 学生 1,500円

 紬織の重要無形文化財保持者であり、随筆家としても知られる志村ふくみ。自然から限りない色彩を抽き出し、経糸と緯糸の交わりによって深く果てしない世界を表現する稀有の染織作家です。2025年秋に101歳を迎えた現在も、美しいものを手に取りながら穏やかな日々を過ごし、心をゆさぶる自然や色彩への深いまなざしを持ち続けています。
 本展では『源氏物語』や「紫」、そして作家、石牟礼道子(いしむれみちこ)原作の新作能
『沖宮(おきのみや)』の装束など近年の特徴的なテーマを中心に、作品と綴られた言葉によって、色彩、生命、自然への尽きることのない思索と、未来へ語り伝える想いを紹介します。本展を機に構想・制作された作品2領を初公開。作家の永く実り豊かな歩みを称え、言祝ぐ展覧会です。
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主な出品作品
 新作 《朧月夜》 2025年 志村ふくみ監修 制作 都機工房
  絹糸・金糸/紫根、藍、臭木【通期展示】
 新作 《夢の浮橋》 2025年 志村ふくみ監修 制作 都機工房
  絹糸/紅花、茜、紫根、藍、刈安 【通期展示】
 《若紫》 2007年 絹糸/紫根、茜 【前期展示】
 舞衣《紅扇》 2021年 志村ふくみ監修 制作 都機工房
  絹糸/紅花、藍、刈安、臭木、紫根 【前期展示】
 小袖《Francesco》 2020年 志村ふくみ監修 制作 都機工房
  絹糸/臭木、藍 【前期展示】
 《月の湖》 1985年 絹糸/藍、玉葱 【前期展示】
 《風露》 2000年 絹糸/紅花、藍、刈安、紫根 【後期展示】
 《雛形 若菜》 2006年 絹糸 【前期展示】
 《雛形 紫格子白段》 2006年 絹糸 【前期展示】
 《雛形 蛍 生絹》 2006年 絹糸 【後期展示】
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 《五月のウナ電》 詩:高村光太郎 書・裂:志村ふくみ 【後期展示】
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光太郎詩「五月のウナ電」(昭和7年=1932)をモチーフとした裂(きれ)が展示されます。令和5年(2023)、都内の銀座大黒屋ギャラリーさんで開催された「志村ふくみ氏・洋子氏母子の作品展示販売会 五月のウナ電」の際にも展示されたものです。画像はその冒頭部分で、全体ではこの4倍ほどになっていました。

平成21年(2009)に人文書院さんから刊行された志村氏のエッセイ集『白夜に紡ぐ』中に、ずばり「五月のウナ電」というタイトルの一篇が含まれ、宇宙の彼方から、地球の木々や鳥獣禽魚たちに届けられた電報、そこに語られるアジテートへの共鳴がつづられています。

 いつの頃か、私はどこかの雑誌にのっていたこの詩につよく心ひかれて、ノートに写していた。そしていつかどんな形かで、この詩を自分の手で飾りたい、と思っていた。十数年経ったこの頃またまた読みかえし、思い切って和紙を貼ったパネルに筆でカタカナを書いてみた。全くぶっつけ本番に。そしたら文字が踊るようで、ゼンマイはうずまくし、ウソヒメやホホジロがうたい出すし、トチノキは蠟燭をたてるし、人間なんかにかまわずにみんながうたい出した。私はうれしくなって、ところどころの隙間に小さな裂をチョンチョン貼ってこの詩を飾った。

そして志村氏、交友のあった版画家の山室眞二氏と組まれて限定65部の『配達された五月のウナ電』という可愛らしい書籍も作られました。解説は当会顧問であらせられた故・北川太一先生。ちなみに山室氏は、光太郎と交流の深かった詩人・尾崎喜八令孫の石黒敦彦氏が編まれた北川先生の『高村光太郎と尾崎喜八』の装丁もなさっています。
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関連行事として、ご令嬢の志村洋子氏による講演「うつろいゆく紫の物語」(5月10日(日))も開催されます。展示のメインとなる『源氏物語』系のお話が中心かとは存じますが、「五月のウナ電」にも触れていただきたいものです。
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《五月のウナ電》は後期(4月14日(火)~5月31日(日))での出品になりますが、ぜひ足をお運び下さい。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)61 『道程』名著復刻全集 近代文学館

昭和43年(1968)9月10日 日本近代文学館 高村光太郎著
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目次
 一九一〇年 失はれたるモナ・リザ 生けるもの 根付の国
 一九一一年 画室の夜 熊の毛皮 人形町 甘栗 庭の小鳥 亡命者 鳩 食後の酒 寂寥
  声 風 新緑の毒素 頽廃者より 「河内屋与兵衛」 髪を洗ふ女 「心中宵庚申」 夏
  なまけもの 手 金秤 はかなごと めくり暦 地上のモナ・リザ 葛根湯 夜半
  けもの
 あつき日 父の顔 泥七宝 ビフテキの皿
 一九一二年 青い葉が出ても 赤鬚さん あをい雨 友の妻 ――に 夏の夜の食慾 
  或る夜のこころ おそれ 犬吠の太郎 さびしきみち カフエにて 梟の族 冬が来る
  カフエにて 或る宵 夜 狂者の詩 郊外の人に 冬の朝のめざめ カフエにて
  師走十日
 戦闘
 一九一三年 人に カフエにて 深夜の雪 人類の泉 山 よろこびを告ぐ 現実
  冬が来た
 冬の詩 牛 僕等
 一九一四年 道程 愛の嘆美 群集に 婚姻の栄誦 万物と共に踊る 瀕死の人に与ふ
  晩餐
 五月の土壌 淫心 秋の祈

大正3年(1914)に抒情詩社から出た初版のカバーまで含めた完全復刻です。最初の段階では復刻としての奥付は函に貼られていました。のち、ほるぷ出版さんに版元が移ってからの版は最終ページに奥付が附されたような記憶があります。おそらくそうしないと「初版」と偽って売る悪徳業者がいたのではないかと思われます。

先月18日、『毎日新聞』さんに詩人の蜂飼耳氏による以下の記事が出ました。令和5年(2023)からおおむね月イチで掲載されている「詩の遊歩道」という連載の先月分です。

詩に身体を差し入れる

005 野村喜和夫の詩集『地面の底のわれわれの顔――わが近未来近代』(思潮社)は「二十世紀日本語詩」を独自の受け止め方と解釈のもとに「書き換え」た作品から成る。
 同時刊行の評論集『萩原VS西脇――二十世紀日本語詩の可能性』(同前)で論じられる萩原朔太郎と西脇順三郎の詩はもとより、蒲原有明、高村光太郎、北原白秋、宮沢賢治、三好達治、中原中也、立原道造など、詩史に鮮烈な足跡を刻む詩人たちの作品に対して、斬新なアプローチが試みられている。
 萩原の「竹」のパロディである「カオカオカオⅠ」は、石に顔を出現させる。「顔があらわれ/石から顔があらわれ/笑みの顔うれいの顔/ときに鼻は欠け眼はつぶれて/だがあらわれつづけ」。パロディだけでなく、原詩にアレンジやサンプリングが施された作も見られる。諧謔(かいぎゃく)もパロディも、野村にふさわしい。取り上げられた詩の多くは各作者の代表作に数えられるもので、詩の読者ならなじみのある作品が多いはずだ。とすれば、ここで野村が行っていることは何か。それは、原詩の言葉に身体的に分け入ることで明らかになる秘密や魅力があるはずだと、信じることだろう。原詩を揺さぶり、刻み、解体し、繋(つな)ぎ 合わせ、謳(うた)う。
 先に触れた評論集では、西脇の重要性について念を押すような言及が繰り返されるが、それと照らし合うかたちで、詩集においても西脇を取り上げた章はとくに鮮明な印象を残す。たとえば、パロディの対象は「雨」。「名づけるとは/むかし雨という/柔らかな女神の行列がそうしたように/寺院や魚や/大地や草を/はこべやははこぐさを/うっすらと濡(ぬ)らすこと/乾いてきたら/また名づけ直さなければならない」
 西脇の「雨」について、評論集では「雨と女神は比喩し比喩される関係において対等であり、相互浸透的であり」と論じられ、一方向の比喩ではない点が強調されている。ランボーの「あけぼの」に書かれる女神と比較する視点も示される。今回の詩集と評論集はそれぞれを独立した一冊と受け取ることもできるが、併読するとき、複層的に見えてくるものがあることは確かだ。
(略)
 詩を書くこと、詩を読むことは、詩の言葉に身体を差し入れることだ。詩は、その性質からして、散文よりもずっと予定調和的な運びを好まないところがある。道なき道を突き進み、未踏の場へ出て、驚愕(きょうがく)の絶景と出会いたいのだ。

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思潮社さんから出ている野村喜和夫氏の詩集『地面の底のわれわれの顔――わが近未来近代』が紹介されていました。他に七月堂さん刊行の栗原ミライ氏著『未来形で死んでいた』も取り上げられていましたが、ここでは紙幅の都合で(「紙」ではありませんが(笑))割愛しました。

で、『地面の底の……』。「詩史に鮮烈な足跡を刻む詩人たちの作品に対して、斬新なアプローチが試みられている」ということで、その中に光太郎の名も。そんな詩集が出ていたのかと思い、早速購入しました。

地面の底のわれわれの顔―わが近未来近代

発行日 : 2025年11月30日
著者等 : 野村喜和夫
版 元 : 思潮社
定 価 : 3,400円+税

プロジェクトは完了だ、私はもう詩は書かないが、
その沈黙をこのタワーに巻きつけて、黒い繭、
朔太郎の黒い繭としてそびえる、
断乎、そびえるのだ、
(「コクーン市逍遥――朔太郎をサンプリングしながら」)

蒲原有明から吉増剛造まで―20世紀日本語詩の豊饒な可能性を、多彩な書き換え行為によって解き放つ、時間錯誤的・近未来近代的新詩集。
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目次
 Ⅰ わが近未来近代
  蝶の変容
   ――抒情ペーパー全史
  有明ベース
   智慧の相者は我を見て――現代語訳蒲原有明
   香の渦輪、彩の嵐――アレンジ蒲原有明
  光太郎ベース
   道程崩壊プログラム――カットアップ高村光太郎
   それぞれの道程――パロディ高村光太郎

  白秋ベース
   罌粟ひらく――リミックス北原白秋
   ひとぐるま――パロディ北原白秋
  百年の暮鳥
   ――『聖三稜玻璃』を思い出しながら
  朔太郎ベース
   夜汽車――現代語訳萩原朔太郎
   カオカオカオⅠ――パロディ萩原朔太郎
   カオカオカオⅡ――アレンジ萩原朔太郎
   コクーン市逍遥――朔太郎をサンプリングしながら
  順三郎ベース
   雨――パロディ西脇順三郎
   超越と永遠――アレンジ西脇順三郎
   わが完璧の詩法あるいは秋――パラフレーズ西脇順三郎
   女神VS女神――西脇、ランボーに語りかける
  光晴ベース
   女人大世界――リミックス金子光晴
   水の皮膚――金子光晴へのオマージュ
  賢治ベース
   わたくしといふ現象へのありきたりな註――リミックス宮澤賢治
   七つ森の婚礼の床の上で――アレンジ宮澤賢治
  達治ベース
   あるいは豚小屋――パロディ三好達治
   老年の日――アリュージョン三好達治
  中也ベース
   振るかな、腕なんか、無限の前に――挑発的リミックス中原中也
   ほらほらこれがぼくの骨――アレンジ中原中也
   正午――パロディ中原中也
   朝鮮女――現代語訳中原中也
  道造ベース
   ヒヤシンスハウスまで――立原道造の方へ
   月蝕句会――アリュージョン立原道造
   のちのおもひに――パラフレーズ立原道造
  雪のラプソディ
   ――抒情ペーパー全史続
 Ⅱ わが近未来近代の余白に
  戦後詩ベース
   あの青い空の波の音が聞こえるあたりに――パロディ谷川俊太郎
   赤壁と地面と私たちと――リミックス萩原朔太郎/吉増剛造
   血は流れた――吉岡実を思い出しながら
   都市と歳月と眠りと――入沢康夫を思い出しながら
 あとがき


読んでみると、想像していたものとは違っていました。目次でおわかりかと存じますが、基本、先人たちの作品のパロディです。ただ、それも「リミックス」「アレンジ」「アリュージョン」などとなっているとおり、いろいろな手法を駆使してのもの。

例えば「道程崩壊プログラム――カットアップ高村光太郎」では、詩集『道程』(大正3年=1914)所収のものを中心にした十数篇の詩から特徴的なフレーズをピックアップし(一部改変しつつ)、つなぎ合わせて一篇の詩にしています。そうかと思うと「それぞれの道程」は、「マザコン男子」「AI」「詩人」が「道程」を書いたらどうなるか……といった手法。一時期話題になった神田桂一氏と菊池良氏による『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』を想起しました。

他の詩人たちの作品に対しても、様々な手法でのアプローチ。笑える箇所が多いのですが、さりとてそれだけでなく、考えさせられる部分も。通底しているのは各作者に対するリスペクトやフレンドシップ的な感性です。「嘲笑」とか「痛罵」などとは無縁で、そこがいいと思いました。ただ、元ネタがわかっていないと理解不能の部分もあり、読み手の資質が問われます。当方もなじみのない詩人のパートではそうでした。

ぜひお買い求めを。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)60 『美について』筑摩選書96

昭和42年(1967)10月25日(日) 筑摩書房 高村光太郎著
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目次
 触覚の世界 素材と造型 彫塑総論 彫刻鑑賞の第一歩 MÉDITATIONS SUR LE MAÎTRE
 現代の彫刻 緑色の太陽 黏土と画布 工房雑感 第三回文部省展覧会の最後の一瞥
 日本画に対する感想 蝉の美と造型 木彫地紋の意義 信親と鳴滝 自刻木版の魅力
 カリカチユア 絵における詩精神 自分と詩との関係 美の日本的源泉
 天平彫刻の技法について 本邦肖像彫刻技法の推移 能の彫刻美 仏画賛 書について
 解説 生野幸吉

『美について』は、オリジナルが昭和16年(1941)に道統社から、文庫版が昭和35年(1960)に角川文庫のラインナップで、それぞれ出されていましたが、ソフトカバーの「筑摩選書」の一冊として刊行されました。さまざまな雑誌等に発表された主に美術評論の集成で、オリジナル、文庫版、そして筑摩選書版と、それぞれに収録作品がかなり異なっています。

昨日ご紹介した新潮文庫版『智恵子抄』改版と順番が前後していました。すみません。

これまた始まってしまった展示です。

本郷新生誕120年記念 コレクション展 マンガでわかる本郷新

期 日 : 2026年2月22日(日)~5月24日(日)
会 場 : 本郷新記念札幌彫刻美術館 札幌市中央区宮の森4条12丁目
時 間 : 午前10時~午後5時
休 館 : 月曜日 5月4日(月・祝)は開館し5月7日(水)は休館
料 金 : 一般350円(300円)、65歳以上300円(200円)、高大生150円、中学生以下無料
      ※(  )内は10名以上の団体料金

 札幌生まれの彫刻家・本郷新(1905~80年)は、彫刻の社会性、公共性を重視し、戦後、平和、希望、愛などをテーマにしたモニュメンタルな野外彫刻の制作に熱意を傾けました。
 本郷新記念札幌彫刻美術館では、2025年12月に生誕120年を迎える本郷新の功績を、次世代の子どもたちにも伝えていくために、マンガ『本郷新伝』を出版し、札幌市内の小学校などに配布する予定です。
 本展はこのマンガの出版に合わせて開催されます。マンガの主要な場面をいくつかパネル化し、実際の作品や資料と一緒に展示することで、本郷新の生涯や彫刻に込められた思いについて、初心者でも楽しく愛着を持って学ぶことができます。
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【関連事業】
◆『本郷新伝』出版記念トークイベント「マンガで伝える 彫刻家本郷新の思い」
 日 時 : 2026年3月21日(土)14:00-15:30(開場13:30)
 会 場 : SCARTSコート(札幌市民交流プラザ1階)
 登壇者 : 田中宏明(エアーダイブ代表)  三守小百合(エアーダイブ副編集長)
       鴨修平(漫画家)        桜井さよる(漫画家)
       吉崎元章(本郷新記念札幌彫刻美術館館長)
 定 員 : 80名(事前申込不要・先着順)
 受講料 : 無料
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マンガ『本郷新伝』について。

本郷新伝

発行日 : 2026年3月4日
著者等 : teamエアーダイブ/本郷新伝製作委員会
版 元 : Dybooks
定 価 : 990 円(税込)

「手」は人類が誕生して以来様々なものを生み出してきた。「物」も、「争い」も、そして「彫刻」……北海道・札幌に生まれ、平和を愛し、彫刻に生命を吹き込み、日本の社会的空間における彫刻の在り方を探求し続けた彫刻家・本郷新の物語が いま、始まる――

普段、何気なく見ている街なかの彫刻。それは、半世紀以上前に、本郷新がつくったものかもしれません。時代が移り変わっても、社会の中でずっと生き続けることを求めた造形。そして、そこに込めた人間愛と、反戦・平和への強い思い。この「本郷新伝」は、現代の視点から、それらを改めて見つめ直していきます。本郷新や彫刻に対する深い理解へと導く渾身作です。ぜひご一読ください。
 吉崎元章(本郷新記念札幌彫刻美術館 館長)

【目次】 1話:創り出す手 2話:差し伸べる手 3話:繋ぎあう手
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こちらには、本郷と交流のあった光太郎も登場するそうです。『北海道新聞』さん記事。

コレクション展 マンガでわかる本郷新

 札幌出身で戦後日本の彫刻界をけん引した本郷新(1905~80年)の生涯や考え方を紹介する漫画「本郷新伝」(teamエアーダイブ著)が3月4日、発売される。生誕120年記念で企画・監修した本郷新記念札幌彫刻美術館は、出版を記念する特別展を開く。作中の主要場面のパネルを彫刻や資料と並べ、本郷をより広く、深く知るきっかけにしてもらう考え。
 漫画では、広島市民の募金で平和記念公園に設置されたブロンズ像「嵐の中の母子像」や、ニッカウヰスキーの創業者竹鶴政孝に依頼された札幌・大通公園の「泉の像」の制作意図や背景を紹介。高村光太郎、山内壮夫、佐藤忠良ら、親交を深めた芸術家たちも登場する。また、本郷が36歳の時の彫刻論集に収録された「彫刻十戒」もイラストを用いて説明した。
 A5判128ページ、990円。道内主要書店で販売するほか、札幌市内の小中学校、図書館に寄贈する。漫画は館内で先行販売する。

UHB北海道文化放送さんのローカルニュース。

「生誕120周年」迎えた札幌出身の彫刻家・本郷新さんの生涯や彫刻に込めた思いを紹介「マンガでわかる本郷新」展はじまる 5月24日まで〈北海道札幌市〉

 札幌出身の彫刻家、本郷新さんの伝記漫画の出版を記念した特別展が2月22日から始まりました。
 この特別展は札幌出身の彫刻家、本郷新さんの伝記漫画、「本郷新伝」の出版に合わせて企画されたものです。
 漫画では戦後日本の彫刻界をけん引し、2025年12月に「生誕120周年」を迎えた本郷さんの生涯や彫刻に込めた思いが紹介されています。
 会場では本郷さんの彫刻などと一緒に並べられた漫画の主要場面を訪れた客が熱心に見入っていました。
 この特別展は、5月24日まで開かれています。
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展示にはぜひ足をお運びの上、『本郷新伝』もお買い求めあれ。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)59 『智恵子抄』 改版

昭和42年(1967)12月15日 新潮社(新潮文庫) 高村光太郎著
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目次
 人に(いやなんです) 或る夜のこころ  おそれ からくりうた 或る宵 梟の族
 郊外の人に 冬の朝のめざめ 深夜の雪 人類の泉 人に(遊びぢやない) 人類の泉 僕等
 愛の嘆美 晩餐 淫心 樹下の二人 狂奔する牛 鯰 金 夜の二人
 あなたはだんだんきれいになる あどけない話 同棲同類 美の監禁に手渡す者 人生遠視
 風にのる智恵子 千鳥と遊ぶ智恵子 値ひがたき智恵子 山麓の二人 或る日の記
 レモン哀歌 亡き人に 梅酒 荒涼たる帰宅 松庵寺 報告(智恵子に) 噴霧的な夢
 もしも智恵子が 元素智恵子 メトロポオル 裸形 案内 あの頃 吹雪の夜の独白
 智恵子と遊ぶ 報告 うた六首 智恵子の半生 九十九里浜の初夏 智恵子の切抜絵
 解説「悲しみは光と化す」 草野心平 覚え書 同 改訂覚え書 同

昭和31年(1956)5月20日に初版が出された新潮文庫版の改版です。編者・草野心平の意図で初版には省かれていた「或る日の記」が新たに収められました。カバーも智恵子紙絵を使ったものに変更、さらに口絵にも智恵子紙絵が入れられました。

おそらく数千冊ある光太郎関連蔵書の中で、1番を選べ、といわれたら迷わずこれを選びます。手持ちの物は昭和51年(1976)1月の第57刷。中途半端な時期の重刷、さらにボロボロの状態なため市場価格は無いに等しいもので、古書店では入口のワゴンに100円均一で並んでいるようなものでしょう。しかし、自分にとってはこれが1番です。なぜなら、数千冊に及ぶ光太郎関連蔵書の第1号がこれだからです。昭和51年(1976)にこれを手に入れて読み、雷に打たれたような衝撃を受けてしまった故に、現在の自分が居ます。

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