2026年03月

朗読メインの公演と、「朗読劇」と銘打ったそれと、2件ご紹介します。

まず、仙台から朗読。

となりのえんがわ企画「第二回声優による朗読の夕べ」

期 日 : 2025年4月5日(日)
会 場 : となりのえんがわ 仙台市宮城野区銀杏町4-29 宮城野納豆製造所敷地内
時 間 : 16:30開場 17:00開演 所要時間約1時間
料 金 : 大人1,500円 (当日券2,000円) 小中高生700円 カフェセット付き

出 演 : 声優・朗読家 荒井真澄

昨年11月に続き、となりのえんがわさんの企画で朗読のステージを務めることになりました。1回目は宮沢賢治「セロ弾きのゴーシュ」を朗読しました。2回目は高村光太郎作品にスポットを当てます。2026年は智恵子さんが生誕140年光太郎さんが没後70年。お二人に想いを寄せて「智恵子抄」の中から、そして今お伝えしたい光太郎作品をセレクトしたいと思います。

私の求める朗読は、音楽のような朗読。聴く人の体に耳を通して自然に入ってしまう朗読です。人の耳にストレスなく届くことが1番大切だと考えています。心地よい声で内容が届くこと。今回もそれを目指して、皆さんに声で聴く文学を楽しんでいただこうと思います。

よろしければアイマスクご持参ください。寝てくださいということではありませんが眠っても大丈夫🙆‍♀️です。約60分でお届けします。敷地内に無料の駐車場があります。
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これまでも単独で、あるいはテルミン奏者の大西ようこさんや箏曲奏者の元井美智子さんなどと組まれて、「智恵子抄」系の朗読公演をなさってきた荒井真澄さん。今回はソロで「智恵子抄」だそうです。宮沢賢治ファンで、「銀河鉄道の夜」の朗読CDなどをリリースなさり、先月には花巻で開催され、当方も出演させていただいたトークイベント「光太郎と賢治―宮沢賢治全集ができるまで―」を聴きにいらして下さいました。また、明後日の光太郎忌日・連翹忌の集いにもご参加の予定です。

もう1件、こちらは都内で朗読劇公演。

朗読劇「ほんとの空・青い空」

期 日 : 2025年4月9日(木)~12日(日)全6公演
会 場 : シアター風姿花伝 東京都新宿区中落合2-1-10
時 間 : 4月9日(木) ・4月10日(金)19:00~  4月11日(土) 13:00~/19:00~
      4月12日(日) 12:00~/17:00~
料 金 : 4月9日(木)・4月10日(金)・4月12日(日)
       スペシャルシート(1.2列目) 8,000円 一般席 5,000円
      4月11日(土) 蒲鉾さち子氏によるBGM電子ピアノ生演奏
       スペシャルシート(1.2列目) 11,000円 一般席 8,000円
出 演 : 星宏美 津吹みゆ 駿河ヤマト 大滝ひかる 藤田光璃 内田茉莉花 清郷流号
      万姫 杉山菜穂 永森なつ美 堀越あやめ 岡本麻衣 上杉彩葉 山田ハチ

昭和から平成 そして令和へと繋なぐ家族の物語

令和8年春、父 時田 瞬と母 瑞季・娘の平和(ひより)は、小高い丘の公園にやってくる。ここは瞬と瑞季が出会った大切な場所だった。平成25年、亡くなった祖母の思いを継いで友人二人と公園にやってきた女子大生の瑞季は、そこでとある老人と出会う。持ってきた祖母の古い日記を老人に見せる瑞季。時は太平洋戦下の昭和19年、瑞季の祖母である高等女学校二年の佐々木和子のクラスに、田中智恵子という代用教員が赴任してくる。智恵子先生は、優しさの中にも芯の強さを持った女性であり、物語はこの智恵子先生と和子との絆を描きながら進んでいく。そして終戦・・・智恵子先生は? 和子は?・・・そして公園の老人の正体は?・・・

今作では、ラジオドラマでは描ききれなかったシーンと新たに令和時代を加筆し、作品により深みをましました。昨今、社会問題化されている先生と生徒の本来のあり方、生きることの尊さを描いたファミリーヒストリーです。
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複数スポーツ紙で「取材会」の模様が報道されています。

『日刊スポーツ』さん。

津吹みゆ 初の朗読劇心配は「福島なまりが出ないかどうか」

 女優星宏美(37)と歌手津吹みゆ(30)がダブル主演する朗読劇「ほんとの空・青い空」(東京・中落合のシアター風姿花伝、4月9~12日、6公演)の取材会が30日、都内で行われた。
 第2次世界大戦下の1944年(昭19)、高等女学校4年の佐々木和子(津吹)のクラスに代用教員の田中智恵子(星)が赴任してくる。2人の師弟愛を主軸にして生きることの尊さを描く。
 星は「お芝居を始めて20年たちますが初めて演出も手がけます。朗読劇ですが、情景を思い浮かべられるように、ひと言ひと言を自分のものにして伝えていきたい」と意気込みを明かした。
 津吹は「女学校4年の15歳の役です。時代的には祖父母と近い世代で、台本を読み進めると、今も各地で戦争が勃発しているし、まったく人ごとではない。1人でも多くの人に見てほしい。初の朗読劇でたくさんの学びがあります」。
 本職は歌手だ。「歌うのも朗読劇も詞の行間を読むのが通じている。歌も主人公の心情に寄せて歌うし、朗読劇も役柄になりきって心からせりふを言う」と説明した。そして「今回、ドキドキしているのが役が東京都出身なこと。私は福島出身なので、なまらずに最後までセリフを言えるかどうかが心配なんです。昨日もマネジャーさんに本読みを付き合ってもらったら、マネジャーさんも福島の出身。結局、なまっているのかどうかが分からないまま。歌はメロディーがあるからあまり気にならないが、そこは勉強していきたい」と真顔で心配していた。
 この日の会見では役の衣装で実施した。津吹は「昭和初期の格好ですが、もんぺがすごくしっくりしている。着替えた瞬間に周りの人から「写真から飛び出したみたい」と言われてうれしかった。学生時代はブレザーだったのでセーラー服に憧れていました」。
 星はこの日が津吹と初対面。「まだ本格的な稽古は始まっていないけれど、人となりがにじみ出ている。共演が楽しみです。一緒に切磋琢磨(せっさたくま)していきたい」と期待した。
 男性歌謡ユニット、はやぶさの駿河ヤマト(32)と大滝ひかる(38)、藤田光璃(27)も登壇した。
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先月、キャスト募集の件でご紹介させていただいた際に書きましたが、元は令和2年(2020)のラジオドラマでした。

タイトルに光太郎詩「あどけない話」(昭和3年=1928)由来の「ほんとの空」の語が入り、ダブル主演の主人公の一人の名が「智恵子」。太平洋戦争中の話がメインのようで、すでに『智恵子抄』は公刊されている時期です。ただ、どの程度『智恵子抄』オマージュの要素が入るのかは不明ですが。

それぞれ、ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

本人著作(部分)5 『ドラン画集』

昭和2年(1927)11月10日 アトリヱ社 
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目次
 著者肖像
 アンドレ ドラン  高村光太郎
 原色版
  裸体 風景 風景 マルチーグの松林(1912)
 単色版
  自画像 道化役者 不思議の森(1906) 音楽(1907) 風笛吹き(1911)
  公園を見下す窓(1912) マルチイク遠望(1913) 静物(1920)
  女の肖像・裸体(1920) 肖像(1920) 裸婦(1921) モデル(1922) モデル(1922)
  ペツクの風景(1922) 小橋(1922) サン シールの道(1922) 裸婦(1922)
  少年(1922) C夫人(1923) 裸婦(1923) C夫人(1923) 裸婦(1923) 
  栗色の髪のモデル(1924) ヴアルの風景(1925) 風景(1925) 静物 静物
  素描(1919) 素描(1921)   素描(1921) 素描(1921)

フランスのフォービズムの画家で、光太郎も影響を受けたアンドレ・ドランの画集です。光太郎は解説的な評伝「アンドレ ドラン」を寄せています。

光太郎以外の文章は載って居らず、その意味では光太郎の単独執筆に分類しても良いのかもとも思いますが、奥付に光太郎のはありませんし、とりあえず部分執筆扱いにしておきます。

昨日は久々に上京、銀座の王子ホールさんで開催された「朝岡真木子歌曲コンサート第9回@王子ホール」を拝聴して参りました。
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令和元年(2019)に初演され、令和4年(2022)には楽譜集『朝岡真木子歌曲集2』に収録、令和5年(2023)にメゾソプラノの清水邦子氏の歌唱でCD(ライナーノートを書かせていただきました)もリリースされた組曲『智恵子抄』から抜粋で2曲、「人に」「あどけない話」がプログラムに入っていまして、ご招待にあずかった次第です。
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アンコールまで含めて30曲余り、すべて朝岡氏の作曲です。これだけ精力的に歌曲を作曲、さらに発表なさっている例は稀有なのではないかと思います。「朝岡真木子歌曲コンサート」と銘打つ形はほぼこの時期の定期演奏会的な感じでもう9回を重ね、来年は第10回記念とすでに予告されています。それ以外の特別な演奏会もいろいろ手がけられていますし。

さらに特筆すべきは、全曲、ご自身でピアノ伴奏を弾かれていること。寡聞にして存じませんが、こういう例もあまりないのではないでしょうか。オーケストラ系で作曲者が指揮をするというケースは昔からよくありますが。ちなみに光太郎は、自身の「ラコッツィ行進曲」の初演でタクトを振ったベルリオーズを描いた長詩「ラコツチイ マアチ」(大正10年=1921)を書いています。

歌い手さんは総勢7名の方々。
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「智恵子抄」を歌われたのは、ソプラノの前澤悦子氏。朝岡氏作曲のコンサートご常連ですが、「智恵子抄」を歌われたのは初めてかと存じます(違ったらすみません)。伸びやかな歌声で、美しくも哀しい「智恵子抄」の世界を存分に表現されていました。

それから、昨年、清水邦子氏とのお二人を花巻にご案内した黒川京子氏もご出演。今回は歌われつつMCもなさり、さらに終演後にうかがったところによると、全体の構成もなさったそうで。清水氏はご出演されませんでしたが、客席にいらっしゃいました。ちなみに黒川氏、清水氏、4月2日(木)の連翹忌の集いにご参加予定です。朝岡氏ははずせない用事がおありだそうで……。

全30曲あまり、詩も曲もバリエーションに富み、飽きさせません。歌詞として古いものは、「智恵子抄」の二曲と、光太郎の姉貴分・与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」(明治37年=1904)。少し新しく、立原道造、茨木のり子。また、モチーフとして古いもので、光太郎と同年の明治16年(1883)に生まれた新版画の川瀬巴水作品からインスパイアを受けて、林望氏が書かれた連作詩「夕暮れ巴水」。朝岡氏、昨年には東京オペラシティさんで「秋に寄せる音楽のパレット 朝岡真木子の世界~新作「夕暮れ巴水」の郷愁~斉藤京子の歌とともに」という演奏会もなさっています。それが初演だったのでしょう。
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余談ですが、今、このブログを書いているPCのある自宅兼事務所の執務室には、巴水の複製が一枚、壁にかかっています(後はトイレにも(笑))。

朝岡氏、林氏以外の現代詩人の方々ともご昵懇で、その皆さんの詩に曲を付けられています。そのうち、何人かの詩人さんたちも客席にいらっしゃり、終演後に紹介されていました。星乃ミミナ氏、岡崎カズヱ氏、柏木隆雄氏など。これもこの演奏会での恒例ですが。

その終演後の、全出演者の皆さん。左からお二人目が朝岡氏、二人置いて「智恵子抄」を歌われた前澤氏、右からお二人目が黒川氏です。
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関係の方々の今後のさらなるご活躍を願って已みません。

【高村光太郎書誌】

本人著作(部分)4 『アルス大美術講座』第3巻

大正14年(1925)7月31日 アルス 北原鉄雄編

目次
 油画科
  風景画法 鍋井克之 パステル画法 矢崎千代二
 東洋画科
  人物画法 土田麦僊
 彫塑科
  彫塑総論 高村光太郎 塑造 藤川勇造 鋳銅 藤井浩祐
 美術図案 恩地孝四郎
 工芸美術 畑正吉
 日本美術史(古代) 藤懸静也
 新興美術解説 一氏義良
 名作解説 木村荘八
 技法沿革史
  壁画及びフレスコ 寺崎武男 初学者のための手引 編輯部
  美術家のグループとその生活 編輯部

白秋の実弟・北原鉄雄のアルスから出された『アルス大美術講座』。初め、光太郎を含む当時の錚々たる美術家に執筆を依頼、大正14年(1925)5月から翌年2月まで全10巻で刊行されました。その後すぐに科目ごとに組替えされたり、合本になったりして何度も再刊されました。

光太郎の「彫塑総論」は20ページほど。なぜか8月29日刊行の第4巻にも重複して収められたようです。

手持ちのものは、組替え再刊による合本(大正15年=1926 5月31日)。
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それから昭和5年(1930)7月8日の組替え再刊。巻号が第5巻に変更されています。
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光太郎の父・光雲関連で2件。

まずは雑誌の最新号です。

『芸術新潮』2026年4月号

発行日 : 2026年3月25日(水)
版 元 : 新潮社
定 価 : 1,700円(税込)
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【特集】東京国立博物館×国立西洋美術館 対話するコレクション 比べてわかる日本美術と西洋美術
 案内役 [東軍]山下裕二 [西軍]宮下規久朗

 昨年、東京と京都で開催された「西洋絵画、どこから見るか?」展をご記憶ですか。内容は、サブタイトルに「ルネサンスから印象派まで サンディエゴ美術館VS国立西洋美術館」とある通り。両館のコレクションはルーヴルやプラド程の規模ではないものの、それぞれ強いジャンルがあり、優れた作品にも事欠かない。互いの長所を組合せ、独自の切口で見せる同展のあまりの面白さに、同じことを東博と西美でやってみたい!と思ったのが、特集「比べてわかる日本美術と西洋美術 対話するコレクション 東京国立博物館×国立西洋美術館」の出発点です。美術史家の山下裕二氏と宮下規久朗氏がセレクトした東博・西美の作品を肖像・風景・聖像などのジャンルや「巧い」「かわいい」「ほのぼの」などのキーワードでペアリングしました。スリリングな二十番の絵合わせにより、作品を見る解像度がグーっとアップすること受け合い。そう、“比べてわかる”は伊達ではないのです。
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 一番 忘れられない肖像画
  [東博]一休和尚像》×[西美]フォンターナ《アントニエッタ・ゴンザレスの肖像》
 二番 近代彫刻の横綱たち
  [東博]高村光雲《老猿》×[西美]ロダン《カレーの市民》
 三番 驚異の工芸品
  [東博]濤川惣助《七宝富嶽図額》×[西美]橋本コレクションの指輪
 四番 版画のビジュアル・ショック 
  [東博]東洲斎写楽 第一期連作大首絵×[西美]カロ《戦争の悲惨(大)》
 五番 狂気と美
  [東博]上村松園《焔》×[西美]スーティン《心を病む女》
 六番 空間を創出する風景画
  [東博]長谷川等伯《松林図屏風》×[西美]モネ《睡蓮》
 七番 その巧さに舌を巻く
  [東博]林十江《鰻図》×[西美]ブーグロー《小川のほとり》
 八番 かわいくてキュンキュンしちゃう
  [西美]クラーナハ《ホロフェルネスの首を持つユディト》×[東博]《埴輪 踊る人々》
 九番 その渋さがたまらない
  [東博]伝周文《竹斎読書図》×[西美]シャヴァンヌ《貧しき漁夫》
 十番 やんごとなき聖像
  [西美]カルロ・ドルチ《悲しみの聖母》×[東博]《普賢菩薩像》
 十一番 美麗本
  [西美]内藤コレクションの中世写本×[東博]《古今和歌集(元永本)》
 十二番 謎に満ちている
  [東博]《菩薩立像》×[西美]フェルメール(に帰属)《聖プラクセディス》
 十三番 ほのぼの、しみじみ
  [東博]久隅守景《納涼図屏風》×ゴーガン《海辺に立つブルターニュの少女たち》
 十四番 パノラミックな群像劇
  [東博]岩佐又兵衛《洛中洛外図屏風》×[西美]ルカ・ジョルダーノ《マギの礼拝》
 十五番 動物へのまなざし
  [東博]伝毛松《猿図軸》×[西美]クールベ《罠にかかった狐》
 十六番 リアリズムの行き着くところ
  [西美]バスケニス《楽器のある静物》×[東博]速水御舟《京の舞妓》
 十七番 あの世からうらめしや
  [東博]葛飾北斎 木版連作「百物語」×
  [西美]フュースリ《グイド・カンティの亡霊に出会うテオドーレ》
 十八番 もっと評価されるべき
  [東博]渡辺省亭《赤坂離宮花鳥図画帳下絵》×
  [西美]ジョルジュ・ド・ラ・トゥール《聖トマス》
 十九番 さすが東博、さすが西美 近年の新収蔵品
  [東博]李公麟《五馬図巻》×[西美]スルバラン《聖ドミニクス》
 二十番 選者交代! 好きなんです
  [西美]カぺ《自画像》×[東博]李氏《瀟湘臥遊図巻》
 東京国立博物館 本館のコレクション展エリアMAP
 国立西洋美術館 常設展エリアMAP

70ページほどで組まれた特集は、共に上野にある東京国立博物館さんと国立西洋美術館さんが舞台。それぞれの収蔵品から、20のテーマで東西の名品を紹介しつつ、「比べてわかる日本美術と西洋美術」ということで、共に美術史がご専門の、明治学院大学さん山下裕二教授、神戸大学の宮下規久朗教授のお二人が熱いトークを繰り広げるというコンセプトです。作品の選択もお二人と思われますが、それで勝負をして何勝何敗、というわけではありません。

光雲に関しては「二番 近代彫刻の横綱たち」で東京国立博物館さん所蔵の「老猿」。対するは国立西洋美術館さん前庭に立つロダンの「カレーの市民」。
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山下教授と言えば、光太郎嫌いで有名です。昔は光太郎芸術を好意的に紹介して下さっていたのですが、教授が推し進めている明治期のいわゆる「超絶技巧」系を光太郎が腐していると知るや、方向転換なさったのではないかと思われます。

例えば「自在置物」。江戸期の甲冑師の流れを汲む職人たちの手によって作られた金属工芸で、動物の模型を写実的に作るのみならず、体節・関節の部分を本物のように動かすことが可能な造りになっています。下記はやはりトーハクさん所蔵のもの。
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以前にも書きましたが、光太郎、こうした「自在置物」をこう評しています。談話筆記「炉辺雑感」(昭和28年=1953)から。

 世間にはよく実物そつくり創ろうとする人がいる。ことに金でつくつたのなんかには、実に巧みに本物と似せてつくられているものがある。例えば、エビやカニの場合だつたらその足が動くようにできている。しかし、そういうものはいかに本物そつくりにできていても本物をへだゝること遙かに遠い。本物を創る為には本物にとらわれてはいけない。本物にとらわれて、本物に似せようとすると、本当の造型にはならないで、おもちやになつてしまう。

「おもちゃ」は言い過ぎだろ、と思うのですが、「具象」をどう進めるかという点での光太郎のスタンスがよく表されています。

その前後にはこういう言も。
 
 蟬のあの脚を木でこしらえるのは、実に大変な仕事だ。芸術は一つの創造だから、事実ありのまゝの模写じやいけない。細いものを細く創つたんじや駄目。蟬の羽根は非常に薄いが、あれをそのまゝ薄く創つたんじや変なものになつてしまう。決して薄くなんて見えない。厚く見える。思いきつて厚く創ると却つて薄く見える。これが芸術というものである。
 
 彫刻は、蟬なら蟬を創るにしても一遍蟬から離れて、別の立場に立つて創らなければならない。そうすることによつて、はじめて蟬が模写にもおもちやにもならず、本当の蟬となることができる。人間の顔でも、その人を生写しにするというのでは彫刻にならない。たゞその人らしいものはできる。その人らしいもの、その人の影法師みたいなものはできるが、その人はできない。本物の影のようなもの、泡みたいなものを掴んでこれが彫刻だと喜んでいる人も少くないが、僕らはそんなものは彫刻と思えない。彫刻は、本当に出来れば、その人以上にその人となる。蟬以上に蟬、石以上に石となる。実物そつくりというわけじやないが、実物以上に実物となる。――これが造形芸術の奥の手である。

当方は「自在置物」のような超絶技巧を頭から否定するわけではありません。その複雑な機構を可能ならしめる技術には舌を巻くばかりですし、そうした技術の継承は成されるべきと思います。しかし、光太郎の言うように、それを「芸術」としていいものかというと、首をかしげざるを得ません。

作者が自身のフィルターを通さずただ見たものを見たままに表現するだけでは、「本物そっくりだ」で終わりです。その作品を通して作者が何を訴えたいのか、そういうものが見えてこなければ「芸術」とは言えますまい。やはり超絶技巧系の彩色牙彫など、まさにそんな感じだと思います。ひところちょっとしたブームになってさまざまなメディア等に取り上げられたり、企画展の目玉となったりしましたが、最近は飽きられてきたようで、あまり聞きません。

もっとも、超絶技巧系の作者たち(特に「自在置物」など)は、自らの作を「芸術」とは捉えていなかったように思われます。また、逆に技巧を伴わない稚拙な作品を「芸術」と呼べるか、ということにもなります。

光太郎、「書」を論じる中で、そのあたりにも言及しています。やはり基本的な技巧はしっかり身につけておくべきであると言うのが立脚点です。昭和14年(1939)の「書について」という散文から。

 書はもとより造形的のものであるから、その根本原理として造型芸術共通の公理を持つ。比例均衡の制約。筆触の生理的心理的統整。布置構造のメカニズム。感覚的意識伝達としての知性的デフオルマシヨン。すべてさういふものが基礎となつてその上に美が成り立つ。さういふものを無視しては書が存在し得ない。

ところが、時折、こまごまとした技巧に囚われない、我流だけれどもいい書に出会うことがあるとします。

 生れたままの自然発生的な書といふものにもいろいろあつて、生れながらに筆硯的感覚を多分に持つてゐる人のは、或る点まで立派に書格を保有し、無邪気で、自然で、いい加減な習字先生のよりも遙に優れたものとなる。(略)いつの間にか、性格まる出しの、まねてまねられない、或は奇逸の、或は平明清澄の妙域に進み入り、ことに老年にでもなると、おのづから一種の気品が備はつて来て、欲も得もない佳い字を書くやうになる。

後半部分、まるで相田みつをの書ですね。しかし、それを手放しで褒めるかというとそうではありません。

 さういふ佳品を目にするのはたのしいものであるが、さればといって、此を伝統の骨格を持ち、鍛冶の效をつんで厳然とした規格の地盤に根を張つた逸品の前に持ち出すと、やつぱり免れ難い弱さがあり、浅さがあり、何となく見劣りのするものである。

このくだりを読むと、書家の方々が相田みつをの書を書と認めない理由がうなずけるような気がします。

そしてこうも。

 人工から起つたものは何処までも人工の道を究めつくすのが本当であり、それには人工累積の美を突破しなければならないのである。生れながらに筆硯的感覚を持つてゐる人のですらさうであるから、もともとさういふ性来を持たない者の強引の書となると多くは俗臭に堕する傾がある。意地ばかりで出来た字、神経ばかりで出来た字、或は又逆に無神経ばかりで出来た字、ぐうたらばかりで出来た字が生れる。

「感性」頼りではだめ、ということですね。

ところが「技巧」ばかりでもいけないわけで、ちゃんとその点も押さえて「なまじつか習つた能筆風な無性格の書」「うまいけれどもつまらない」と、「技巧」だけのものも否定しています。

「感性」と「技巧」、結局は優れた「感性」を以て「人工累積の美を突破しなければならないのである」というところに尽きるかと思います。突破するためにはそれらをしっかり身につけた上で、ということにもなります。10代の少年のうちに写実の技法をほぼ究めてしまい、その上でキュビスムを編み出したピカソなどが良い例でしょう。

そういう見方でいわゆる「超絶技巧」の作品群を捉えたいものです。もっとも、さまざまな分野のものを「超絶技巧」とひとくくりにするのもどうかと思われますが。中には光太郎曰くの「人工累積の美を突破」したといえるものもあれば、「技巧」だけの「本物の影のようなもの」もあるわけで。

長くなりました。急ぎます。

光雲の木彫が出る展示、仙台で来月始まります。

春の展覧会 2026年度・上期『島川コレクション展』Ⅱ期

期 日 : 2026年4月6日(月)~10月8日(木)
会 場 : 島川美術館 宮城県仙台市青葉区本町2-14-24
時 間 : 11:00~15:00
休 館 : 毎週金・土・日 祝祭日
料 金 : 一般 1,000円(800円) 高校生 800円(300円) 小・中学生 300円(100円)
      ( )内20名以上団体料金 

総展示作品は140点以上

メイン展示作品
 横山大観《霊峰不二》1939年      山川賀壽雄《朝(はじまり)》2017年
 川合玉堂《山村晩煙図》           葛西四雄《風景》
 森本草介《ひざまずくヌード》2007年  高村光雲《聖観世音菩薩》1928年
 森本純《夏みかん》            森本草介《ジャーマンアイリス》1978年
その他展示作品
 加山又造「しだれ桜」           岸田劉生「麗子像」
 小磯良平「踊り子」            佐伯祐三「キュラソーの瓶のある静物」
 杉山寧「嵤」               田中一村「黄昏」
 中島千波「紅牡丹」「白牡丹」      速水御舟「芙蓉」
 東山魁夷「春静」             平山郁夫「流沙浄土変」
 森本草介「POSE」            カシニョール「海に面したバルコニー」
 ユトリロ「サントセシル ラヴァールズ」 マリーローランサン「チェロと女」
 他
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しかし光太郎にかかると……

 父の作品には大したものはなかつた。すべて職人的、仏師屋的で、又江戸的であつた。楠公は五月人形のやうであり、「南洲」は置物のやうであり、数多い観音、阿弥陀の類にはどれにも柔媚の俗気がただよつてゐた。

やはりちょっと言い過ぎ感がありますね。山下教授、こういう言も光太郎を嫌う一因なのでしょうか。

続く部分では「老猿」についても容赦なく……

大きな栃の木で作つた「老猿」も部分の肉合ひなどに彫刻的面白味がないではないが、大体の着想なり、表現形式なりがあまり幼稚なので高くは買へない。

もっとも、光雲にしてみれば、「自分は「芸術家」などではない」という感覚だったのかも知れませんが。

引用文は昭和29年(1954)の「父との関係」からのものですが、同じ文章の中で光雲の若い頃の作は褒めています。

 むしろ丁稚奉公時代に作つた「犬の首」の木彫習作とか、宮内省蔵の「ちやぼ」とか、皇后職にある筈の「狆」とかいふものが、いちばんいい。それには青年の純粋な、真剣な意気込が感じられ、又自然の美にめざめた者の驚きとその美へのひたむきな肉迫とが見てとれる。これは時代的にも意義がある。

なかなか親子関係というものは難しいものですね……。

閑話休題、島川さんのコレクション展、ぜひ足をお運び下さい。

【高村光太郎書誌】

本人著作(部分)3 『高村光太郎 与謝野晶子』傑作歌選別輯

大正4年(1915)12月5日 抒情詩社 高村光太郎/与謝野晶子著 内藤鋠策編
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目次
 高村光太郎 1902-1907
 第一
 第二
 第三
 第四
 与謝野晶子 1901-1913

光太郎、そして姉貴分の与謝野晶子の、主に『明星』に載った短歌を集めたものです。前年に出た詩集『道程』版元の抒情詩社の内藤鋠策が、光太郎の才能に惚れ込み、実入りにしてやろうと編みました。すでに『みだれ髪』で名を成していた晶子と一冊にすれば売れるだろうという意図だったそうです。

光太郎第二の故郷、岩手花巻からの情報等です。

まず地方紙『岩手日報』さんに載った、都内の方からの投稿。

光太郎と賢治感じた花巻旅

◇花巻へ行った。2日の旅の初日3月13日。太田の高村山荘。偶然だがその日は高村光太郎の誕生日だった。宮沢賢治を世に知らしめた光太郎。天才は天才を知るという。この2人の関係はまさにそれだ。
 こんなにも質素な住まいに7年暮らした光太郎。田畑を耕し詩作や書の芸術にも専念する姿は、堅持の精神を具現化するものと言っていい。その精神力と体力は信じがたいほど強かったに相違ないが、同時に地元の人々との交流と支えがなければ続かなかったことと思う。
 光太郎は岩手を心から愛していた。「岩手の人沈深牛の如し」「つひにその成すべきを成す」「ニッポンの背骨岩手」とうたい上げている。
 賢治と光太郎ゆかりの大沢温泉に1泊し、翌日「雨ニモマケズ」の賢治詩碑を訪ねた。光太郎の書によるものだが、詩の後半部分のみで誤字脱字のまま刻印されたとの挿話も心引かれる。
 早池峰山は白く輝き美しい。こんなにもすばらしい場所に羅須地人協会はあったのか。昼食は花巻市街でそばを食べサイダーを飲んだ。心の洗われる2日間であった。

冨田淳治 64歳 東京都北区 公務員

現在、高村光太郎記念館さんでは「高村光太郎花巻疎開80年企画展 光太郎と賢治 宮沢賢治全集ができるまで」が開催中で(今月いっぱい)、そちらをご覧下さった上での内容となっています。ありがとうございます。

続いて、主に「食」を通して光太郎顕彰に取り組まれているやつかの森LLCさんの取り組み。市内東和地区のワンデイシェフの大食堂さんで、「こうたろうカフェ」としてやつかの森さんが厳冬期を除いてランチタイムに月イチで出店されていますが、今年初の出店が3月24日(火)でした。
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基本、光太郎の日記などを元に、実際に光太郎が作った料理や使った食材などを現代風にアレンジして饗するランチです。

「和風なタンドリーチキン」「大根のそぼろ餡」「漬けマグロのとろろかけ」「葱の酢味噌」「鱈子と糸コンの和え物」「旬の漬け物」「ふんわりニラ卵汁」「白ご飯・バッケみそ」「花巻銀糖」「コーヒー」。これで価格は1,200円だそうですので、割安感があります。

「バッケ」は方言でふきのとう。光太郎が好んで使った食材の一つです。全国的にそうでしょうが、特に東北では春を告げる象徴的なものですね。

この取り組み、長く続くことを願って已みません。

【高村光太郎書誌】

本人著作(部分)2 『後期印象派』現代の洋画第十六号

大正2年(1913)8月1日 日本洋画協会 北山清太郎編
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目次
 後期印象派論(リュイス・ハンド) 木村荘八
 ポール・セザンヌ(マイエル・グレーフェ) 同
 ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ(同) 同
 ポール・ゴーガン(同) 高村光太郎
 ポール・セザンヌ(テオドル・ドュレ) 木村荘八
 ポール・セザンヌ(ジェムス・ハネカー) 同
 画論(アンリ・マティス) 高村光太郎
 トウルーズ・ロートレク(アルビーン・アレキサンドル) 同
 ゴォホとゴーガン 岸田劉生
 挿画目次

今日からこの項、光太郎が部分的に執筆していたり、他の人物との共著だったりの書籍をご紹介して参ります。雑誌、序跋文を書いただけもの、多数の作者の作品を集めたアンソロジーはここでは除外します。

初回がいきなり例外で雑誌ですが、この号は特別号で、現代の感覚のムックに近いもののため、実質的に光太郎、木村、岸田の共著書籍として捉えられることがほとんどです。

戦後最も早く、さらにまとまった一冊のものとして我が国で初めて光太郎を論じた故・吉本隆明氏関連の新刊を2冊、ご紹介します。

まず評論。

『共同幻想論』に挑む ——家族人類学的考察

発行日 : 2026年3月10日
著者等 : 鹿島茂
版 元 : 筑摩書房
定 価 : 4,600円+税
001

国家の起源にある謎とは?吉本隆明の主著にして難解をもって知られる『共同幻想論』に、鹿島茂が〈遡行読み〉という手法、またE・トッドらの家族人類学の最新の知見を武器に挑む!

国家の成り立ちをめぐって書かれた、戦後最大の思想家・吉本隆明の主著にして難解をもって知られる『共同幻想論』に、博覧強記の仏文学者・批評家が〈遡行読み〉そしてE・トッドらの家族人類学の最新の知見を武器に挑む! ロジックを追うスリルと興奮溢れる、知的刺激に満ちた1500枚に及ぶ圧倒的論考、ここに誕生!!

目次
 Ⅰ 『共同幻想論』はなぜ書かれたか
  1 『共同幻想論』の「わからなさ」――「出所不明の異形の意志」 
  2 日本的「転向」は「家」の問題
  3 高村光太郎と了解可能性/不可能性
  4 日本的「家」の問題――情感/権威のマトリックス
  5 『マチウ書試論』――「家」の問題と対幻想
  6 大衆の原像と国家の共同幻想
  7 「面従腹背」知識人と国家の思想
  8 天皇のために死ねるか?
  9 不問に付された〈天皇(制)〉 
  10 『古事記』の宣長的解釈から、『共同幻想論』へ
 Ⅱ 『共同幻想論』を遡行的に読む
  11 序をどう読むか? 往路の省略
  12  『共同幻想論』を最終章「起源論」から読む
  13 「罪責論」へ遡行、スサノオの解釈
  14 「罪責論」を母系制(サザエさん型家族)から分析する
  15 ヤマトタケル挿話の家族人類学的分析
  16 「母制論」と二つの対幻想
  17 カップルの対幻想と兄弟姉妹の対幻想
  18 対幻想と共同幻想の同致の問題
  19 遠隔対象性と近親婚の禁止
  20 兄弟姉妹の対幻想の空間性の問題――カラアゲ屋「サザエさん」
  21 宗教法人「サザエさん」――吉本は間違っていても凄い
 Ⅲ 家族人類学が明らかにしたこと
  22 進化主義人類学からアメリカ人類学へ――居住規則の浮上
  23 アメリカ人類学の居住規則を再浮上させたエマニュエル・トッドの家族四分類
  24 トッド家族人類学の大転換
  25 居住規則による分類を世界地図にマッピングすると「周縁の保守性原則」が浮上する
  26 父方居住システムの変化
  27 父方居住の起源
  28 父方居住直系家族の誕生
  29 長子相続から直系家族へ
 Ⅳ 蝶番としての「祭儀論」
  30 家族人類学と『共同幻想論』の接続
  31 縄文サイクルと弥生サイクルはいかに交錯したか?
  32 「祭儀論」を家族人類学的に読む
  33 吉本的立場と家族人類学的立場
  34 農耕祭儀の家族人類学的再検討
  35 世襲大嘗祭の家族人類学的分析
  36 「他界論」の死の問題と時間性/空間性
  37 「他界」を空間性と時間性に分割する
 Ⅴ 「巫覡論」「巫女論」「憑人論」「禁制論」が持つ意味
  38 「巫覡論」で「当て馬」として使われた芥川の『歯車』
  39 『共同幻想論』前半のハイライト「いづな使い」
  40 「巫女論」①巫女とは共同幻想を性的対象とする女性である
  41 「巫女論」②シャーマンとは自己幻想を共同幻想に同致できる特殊能力者だ
  42 「憑人論」①自己幻想と共同幻想が逆立しない遠野村という位相
  43 「憑人論」②「遠野物語」の民譚には対幻想という媒介項がない
  44 「禁制論」①フロイト批判から禁制という共同幻想へ
  45 「禁制論」②「遠野物語」の山人譚と既視体験の比較分析
  46 「禁制論」③山人譚の恐怖の共同性の分析
 Ⅵ 『共同幻想論』を順行で読みなおす
  47 順行読み①「禁制論」
  48 順行読み②「憑人論」
  49 順行読み③「巫覡論」と「巫女論」
  50 順行読み④「他界論」
  51 順行読み⑤「祭儀論」①
  52 順行読み⑥「祭儀論」②
  53 順行読み⑦「母制論」①
  54 順行読み⑧「母制論」②
  55 順行読み⑨「対幻想論」①
  56 順行読み⑩「対幻想論」②
  57 順行読み⑪「対幻想論」③+「罪責論」①
  58 順行読み⑫「罪責論」②
  59 順行読み⑬「規範論」①
  60 順行読み⑭「規範論」②
  61 順行読み⑮「起源論」①
  62 順行読み⑯「起源論」②
  63 順行読み⑰「起源論」③
 Ⅶ 『共同幻想論』から見えてくる吉本隆明
  64 番外的考察①
  65 番外的考察②
  66 総括①
  67 総括②
  68 総括③
 あとがき
 人名索引

仏文学者・鹿島茂氏による吉本論です。タイトルの通り、吉本の代表作の一つである『共同幻想論』(昭和43年=1968)を俎上に乗せ、細かな読みを展開。

『共同幻想論』は「禁制論」「憑人論」「巫覡論」「巫女論」「他界論」「祭儀論」「母制論」「対幻想論」「罪責論」「規範論」「起源論」から成り、ざっくり言えば歴史学、民俗学的見地からの考察も盛り込みつつ、この国の成立過程、その後の変遷を論じたものです。

『共同幻想論』に先行して昭和32年(1957)には『高村光太郎』が出版され、そこでの試みが『共同幻想論』にも繋がっていきます。特に15年戦争時に光太郎の直面したこの国のありように対する思い、それ以前からの西欧との齟齬や乖離、さりとてなじめない日本の伝統的家父長制といった問題に対する観点から。そこで本書では「Ⅰ 『共同幻想論』はなぜ書かれたか」中に「3 高村光太郎と了解可能性/不可能性」という項が設けられていますし、他の項でも光太郎の名が散見されます。

『共同幻想論』、高く評価する論者がいる一方、全く価値を認めないとする向きもあり、いまだにその評価は定まっていないという感じです。そこに一石を投じる好著と思われます。

もう一冊。こちらは昨日でしたか、新聞広告で知ったもので、未入手ですが。

吉本隆明全集月報集

発行日 : 2026年3月
著者等 : 晶文社編集部 編
版 元 : 晶文社
定 価 : 2,500円+税

吉本隆明からうけとり 吉本隆明からはじめる 総勢62名が語る、私の吉本隆明
 人と社会の核心にある問題へ向けて、深く垂鉛をおろして考え続けた思想家・詩人の吉本隆明。約11年もの歳月をかけて完結した『吉本隆明全集』の月報には、第一級の執筆陣が吉本隆明の作品や人柄をプライベートなまなざしで綴ったエッセイを寄稿している。破天荒な魅力を湛えた吉本隆明の意外な素顔を活写する全集月報62編。
 晶文社版『吉本隆明全集』の月報を集約し、略年譜(生活史)付す。
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目次
 産み落とされた日 高橋源一郎
 うつむき加減で、言葉少なの 加藤典洋
 吉本隆明、一本の樹の出発 小林康夫
 吉本と光太郎 北川太一
 『言葉からの触手』に触れながら考えたこと 岡井隆
 違和感からの出発 鹿島茂
 永久に消えない疑問 芹沢俊介
 「東京原人」吉本隆明 磯崎新
 吉本隆明さん随感 中村稔
 吉本さんの三冊の本 石川九楊
 吉本さんと「母性的」なるもの 蓮實重彦
 沈黙の言語 吉増剛造
 「転向」について 芦田宏直
 ある世代の思い出 山根貞男
 文芸評論家から文人へ――書簡集刊行に寄せて 田中和生
 波の下の思想を 宇佐美斉
 気配りのひとの気骨 橋爪大三郎
 『初期歌謡論』 藤井貞和
 吉本隆明の詩・神話・等価 水無田気流
 吉本さんとの出会い 佐々木幹郎
 引き継ぐ課題 三砂ちづる
 詩の時代 荒川洋治
 思考の楽しさ 長谷川宏
 最後の場所 思想詩人吉本隆明 北川透
 新しい世代が受け継ぐべきもの 竹田青嗣
 「吉本隆明」に憧れる 山本かずこ
 「母型」を求め続けた人 安藤礼二
 父の内なる言語 小池昌代
 「軒遊び」と「生命呼吸」のこと 島亨
 「和讃」について 中島岳志
 書く習慣 岩坂恵子
 知識人嫌いの知識人 川本三郎
 ご近所の吉本さん 石森洋
 吉本隆明と言論の不在 先崎彰容
 “終りをまっとうする”批評家 川村湊
 マクロネシアの渚へ 金子遊
 吉本隆明と連合赤軍事件 笠井潔
 石と舟の幻影 今福龍太
 三〇年越しの答え 三上治
 はじめての対談 赤坂憲雄
 吉本隆明さんについて 山崎哲
 がめつい私的所有 菅原則生
 出会いと別れ 末次弘
 吉本隆明が描いた小林秀雄 前田英樹
 単独者の貌 辺見庸
 最後の贈り物 道浦母都子
 「わからなさ」と「しなやかさ」 阿木津英
 二一世紀の大衆 綿野恵太
 吉本隆明との出会い マニュエル・ヤン
 「転向」の自画像 小田原のどか
 一橋新聞編集の青春と吉本さん 大塚融
 ポピュリストへ――吉本隆明について 小峰ひずみ
 託されたバトン 宇田川悟
 吉本隆明からの示唆 夏石番矢
 知の特権性を解体し、傷を修復する 友常勉
 『隆明だもの』の読後に 上村武男
 ひとつの街がありそこで住んでいた 清岡智比古
 越えられない存在 末次エリザベート
 吉本隆明さんのこと 島尾伸三
 思い出の一断片 松崎之貞
 「位相」の出自 大塚英志
 来訪神 ハルノ宵子
 ハルノ宵子への良い質問・悪い質問
 吉本隆明略年譜
 全集収録作品一覧
 執筆者別目次

平成26年(2014)に配本が始まり、昨年完結した『吉本隆明全集』全38巻に附された附録の月報を一冊にまとめたものです。吉本を論じるスタイルもあれば、気のおけないエッセイ的なものもあり、バリエーションに富んでいると思われます。

平成26年(2014)刊行の第5巻の月報に載った、吉本の盟友にして当会顧問であらせられた北川太一先生の「吉本と光太郎」ももちろん掲載されていますし、先述の鹿島茂氏の玉稿も。それからこのブログでお馴染みのお名前も散見されます。石川九楊氏、中村稔氏、高橋源一郎氏などなど。

それぞれぜひお買い求め下さい。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体) 『THE CHIEKO POEMS』

平成19年(2007)6月 Green Integer Books 高村光太郎著 John G.Peters訳
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目次
 Acknowledgments
 A Note on the Text and Translation
 Introduction
 Works Consulted
 人に To someone
 或る夜のこころ Heart of a Night
 涙 Tears
 おそれ Fear
 からくりうた Trickery Song
 或る宵 One Evening
 梟の族 Family of Owls
 郊外の人に To Someone in the Suburbs
 冬の朝の目ざめ A Winter Morning Awakens
 冬が来る Winter Comes
 深夜の雪 Deep Night Snow
 人に(遊びぢやない) To someone(Not to Play)
 人類の泉 Fountain of Humanity
 僕等 Two of Us
 愛の嘆美 In Adoration of Love
 晩餐 Supper
 淫心 Sexual Passion
 樹下の二人 Two beneath the Trees
 狂奔する牛 Cattle Running Wild
 金 Gold
 鯰 Catfish
 夜の二人 Two of the Night
 あなたはだんだんきれいになる You Grow More Lovely
 あどけない話 Innocent Talk
 同棲同類 Same Life Same Kind
 美の監禁に手渡す者 One Who Imprisons Beauty
 人生遠視 Life Perspective
 風にのる智恵子 Chieko Riding theWind
 千鳥と遊ぶ智恵子 Chieko Playing among the Plovers
 値ひがたき智恵子 Invaluable Chieko
 山麓の二人 Two of the Foothills
 或る日の記 Record of One Day
 レモン哀歌 Lemon Dirge
 荒涼たる帰宅 Bleak Homecoming
 亡き人に To One Who Died
 梅酒 Plum Wine
 松庵寺 Shōan Temple
 デカダン Decadence
 美に生きる Living in Beauty
 おそろしい空虚 Frightening Emptiness
 報告(智恵子に) Report(to Chieko)
 噴霧的な夢 Misty Dream
 もしも智恵子が If Chieko
 元素智恵子 Elemental Chieko
 メトロポオル Metropolis
 裸形 Naked Figure
 案内 Guide
 あの頃 Those Times
 吹雪の夜の独白 Night Blizzard Soliloquy
 智恵子と遊ぶ Playing with Chieko
 報告 Report
 うた六首 SixSongs

文庫サイズの『智恵子抄』英訳です。戦後の詩篇を含みます。日本語と英訳とが見開きで印刷されているので、便利です。現在でも紀伊國屋書店さん等で入手可能です。

昨年12月に平凡社さんから刊行されたアンソロジー『パリと日本人 近代文学セレクション』の書評が、先週末の『毎日新聞』さんに掲載されました。作家、仏文学者の堀江敏幸氏によるものです。

堀江敏幸評 『パリと日本人 近代文学セレクション』=和田博文・編、高村光太郎、林芙美子ほか著(平凡社ライブラリー) 戦争、思索、意識を変える場への軌跡001

 和田博文編『パリと日本人 近代文学セレクション』は、四章からなるアンソロジーの構成によって編者の批評的視点を明確に示しながら、読者を飽きさせない読みものにしあがっている。
 日本人と「巴里(パリ)」の関係を、一九一四年の第一次大戦開戦前夜から戦後までの時間の層として示す第一章では、まず与謝野晶子や高村光太郎、島崎藤村らの、芸術への憧れに満ちた都市が描かれるのだが、大戦勃発で状況は一変する。藤村自身、「戦争の空気に包まれたる巴里」からリモージュへ、長谷川昇や森田恒友はロンドンへ移動し、少し遅れてパリに入った吉江喬松(たかまつ)は、ドイツの爆撃機の飛ぶ空を見あげながら文学研究を進めたが、戦争は日常の細部にまで入り込む。
 戦間期のパリに、日本人が再び集う。第二章では、岡本一平の高揚、大杉栄のサンテ刑務所への投獄とそこで覚えた酒の記憶、そして芹沢光治良(こうじろう)の、当時フランスで違法だった堕胎の経験を語る小説など、生活と倫理の交錯が記された文章が並び、人名からは聴き取れない声が伝わってくる。九鬼周造の思索、蕗谷(ふきや)虹児の貧窮、伊藤廉による佐伯祐三の思い出、岡本かの子の日仏「烏(からす)貝」(ムール貝)比較。圧倒的な金子光晴の語りをふくめて、パリは身体的な経験を吸いあげる装置になっていく。
 この通史における戦争の介入は第三章でより明確になる。すでに知っている文章でも、構成のリズムによって感情の色合いが変わって見える。野上弥生子はパリ祭のバスティーユ広場で革命に燃えた歴史よりも哀愁を帯びた庶民を目撃し、久生(ひさお)十蘭は恋愛小説の体裁を借りながら、開戦間もない時期の、いまに通じる国際的な軍事資材の取引の闇に触れた。
 一方で画家の関口俊吾は、ビヤリッツで夜警に捕まったとき、ドイツ語で「私は日本人である」と言って釈放された経験を語り、「同盟国のありがたさを、私はつくづくと感じた」と記した。日独伊の負の歴史は、まだ見えていない。
 第四章は第二次大戦後の思想、価値観、生活の質的転換を示す。街区の美は「表面に過ぎない」とし、内に凝集する人間の形を感じ取った森有正、その後に続いた辻邦生らから、壁新聞の言葉に着目して五月革命の本質を突く開高健、運動が賃金闘争へ収束する現実を観察し、サルトルやボーヴォワールと文楽を見た夜の思い出に触れながら、改革も可能だと自覚した経緯を語る朝吹登水子まで、パリは日本人にとって憧れの都市から思索と歴史の場へ、さらに意識を変える契機の場へと変貌する。
 ここまでの流れを、著名な作家や画家だけでなく、もう少し周縁的な書き手の文章を積極的にとりあげることで、本書はたんなる作品集ではなく、パリという都市に集う日本人の変容を読者が追体験できる絵巻となった。芸術・文学のみならず、戦争、占領、留学生、思想、労働運動までを視野に収め、パリが歴史と政治の舞台でもあった事実が、文庫一冊ほどの規模でみごとに示されているのだ。
 最後に置かれた、編者による補足的なエッセイを読むと、画家たちの言葉をもう一度たどり直したくなるだろう。

すでに知っている文章でも、構成のリズムによって感情の色合いが変わって見える」というのが、この手のアンソロジーの妙ですね。また、同じモチーフを複数人がそれぞれどういう視点や受け止め方で捉えているかの比較、さらには未知の作品との遭遇など。

『パリと日本人 近代文学セレクション』、お読みになっていない方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体) 『智恵子抄』第九十七刷

平成4年(1992)4月25日 新潮社(新潮文庫) 高村光太郎著
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目次
 人に(いやなんです) 或る夜のこころ 涙 おそれ からくりうた 或る宵 梟の族
 郊外の人に 冬の朝のめざめ 深夜の雪 人類の泉 人に(遊びぢやない) 人類の泉 僕等
 愛の嘆美 晩餐 淫心 樹下の二人 狂奔する牛 鯰 金 夜の二人
 あなたはだんだんきれいになる あどけない話 同棲同類 美の監禁に手渡す者 人生遠視
 風にのる智恵子 千鳥と遊ぶ智恵子 値ひがたき智恵子 山麓の二人 或る日の記
 レモン哀歌 亡き人に 梅酒 荒涼たる帰宅 松庵寺 報告(智恵子に) 噴霧的な夢
 もしも智恵子が 元素智恵子 メトロポオル 裸形 案内 あの頃 吹雪の夜の独白
 智恵子と遊ぶ 報告 うた六首 智恵子の半生 九十九里浜の初夏 智恵子の切抜絵
 解説「悲しみは光と化す」 草野心平 覚え書 同 改訂覚え書 同

昨日までで光太郎単独執筆の書籍を紹介し終わったつもりでいましたが、2冊ほど抜けていました。面目ありません。通し番号は後ほど訂正いたします。

そのうち一冊、現在流通している新潮文庫版の『智恵子抄』です。初版が光太郎が没してすぐの昭和31年(1956)5月、その後、収録詩篇の改訂があっての改版が昭和42年(1967)12月。そして内容はそのままに、活字サイズが一回り大きくなっての改版が平成4年(1992)に行われました。カバーデザインも昭和42年版を踏襲しつつ、若干の変更。おそらく新潮文庫全体としてこの時期にこの手の改版が為されたのではないかと思われます。手持ちのものは平成12年(2000)の第百十一刷ですが、令和に入っても増刷が続き、最新版は百三十何刷だかになっているはずです。今後とも絶対に絶版にしないでいただきたいものです。

まず花巻高村光太郎記念館さんについて。同館を含む花巻市立の社会教育施設等数館が、来年度から休館日や開閉館時間の設定を変更するそうです。今後行かれる方はご注意下さい。

同市のサイトから。

社会教育施設等の開館時間・休館日の見直しを実施します

 市の社会教育施設等は、観光客の利便性を考慮し、シフト制により職員の勤務日や勤務時間を割り振ることで、年末年始を除きほぼ通年で開館してきました。しかし、通年で開館することにより、施設の点検や清掃などの日程調整に苦慮しているほか、積雪時には早朝から職員が除雪作業を行うなど時間外勤務が発生していました。
 これらの課題を改善するため、令和8年4月1日から毎週の休館日を設定し、開館時間を変更します。これにより施設の定期的な点検や清掃を確実に実施し、利用者サービスの向上と職員の働き方改革を図ります。

高村光太郎記念館
現行
 休館日:12月28日から1月3日
 開閉館時間:午前8時30分から午後4時30分
令和8年4月1日から
 休館日:毎週月曜日(祝日と重なったときはその次の平日)、12月28日から1月3日
 開閉館時間:午前9時から午後4時30分
問い合わせ 高村光太郎記念館 電話:0198-28-3012
001
平成25年(2013)に現在の建物にその機能が移って以来、これまで休館は年末年始のみだったのは、基本的に毎週月曜日休館となるそうです。また、開館時間がこれまでより30分遅くなり、午前9時からに変更とのこと。

通常、この手の館は週に1日の休館日を設定していることがほとんどですし、これまでのように午前8時30分開館というところはほとんど無いように思われ、全国的に見ても平均的な設定になる気がします。

ついでですので、光太郎と縁の深かった宮沢賢治関連の施設についても変更点をご紹介しておきます。

宮沢賢治記念館
現行
 休館日:12月28日から1月1日
 開閉館時間:午前8時30分から午後4時30分
令和8年4月1日から
 休館日:毎週火曜日(祝日と重なったときはその次の平日)、12月28日から1月3日
 開閉館時間:午前9時から午後4時30分
問い合わせ 宮沢賢治記念館 電話:0198-31-2319 

宮沢賢治イーハトーブ館
現行
 休館日:12月28日から1月1日
 開閉館時間:午前8時30分から午後4時30分
令和8年4月1日から
 休館日:毎週火曜日(祝日と重なったときはその次の平日)、12月28日から1月3日
 開閉館時間:午前9時から午後4時30分
問い合わせ 宮沢賢治イーハトーブ館 電話:0198-31-2116
002
003開閉館時間に関しては、高村光太郎記念館さんと同じく、午前9時からに変更とのこと。そして休館日。高村光太郎記念館さんは毎週月曜になるそうですが、賢治関連2館さんは毎週火曜日の設定だそうです。となると、月・火は1日で高村光太郎記念館さんと賢治関連2館さんを回るのは不可能になります。

花巻市の老舗タクシー会社・文化タクシーさんでは「どんぐりとやまねこ号」という最大9人乗りのジャンボタクシーを運行して下さっていて、現在運行されている「午前コース」がまさに高村光太郎記念館さんと賢治関連2館さんを回るコース設定になっています。ところがそうなると、月・火はその設定が成り立たなくなるということで、祝日を除く月曜日は高村光太郎記念館さんの代わりに、賢治菩提寺にしてその墓のある身照寺さんが入り、火曜日は全面運休だそうです。

「午後コース」は、花巻東高校さんに設置されたMLB菊池雄星投手/大谷翔平選手のモニュメント、南部杜氏伝承館・酒匠館さん、宮沢賢治記念館さんを回るコースです。「午前コース」、「午後コース」を併せて「1日コース」とすることも可能で、その場合は午後の宮沢賢治記念館さんの分は宮沢賢治童話村さんとするそうで。で、火曜日も同様の変更とするそうです。

というわけで、4月以降、光太郎関連、賢治関連で花巻を訪れようという方、ご注意下さい。

それから、福島二本松の智恵子記念館さんについても。こちらは新年度からの変更点というのはありませんが、ショッキングなニュースが入ってきました。

FCT福島中央テレビさんのローカルニュース。

公園の滑り台にいたのは…体長約1メートルの熊 警察が注意呼びかけ 福島県二本松市

 21日午後4時過ぎ、二本松市の公園にある滑り台で熊が目撃され、警察が注意を呼びかけています。
 熊が目撃されたのは、二本松市油井の「智恵子の杜公園」です。警察によりますと、21日午後4時20分ごろ、公園を散歩していた40代の男性が、滑り台の滑り出し口にいる、体長約1メートルの熊1頭を目撃したということです。
 男性はすぐにその場から離れ、この熊によるけが人や被害は、これまでに確認されていません。その後、熊の行方は分かっていませんが、警察は、引き続き警戒するとともに、付近の住民に注意を呼びかけています。

同じ件で、TUFテレビユー福島さん。

【クマ出没情報】公園のすべり台で目撃 21日午後4時すぎ 福島・二本松市

 21日午後4時20分頃、福島県二本松市油井の智恵子の杜公園で、散歩をしていた男性がすべり台のすべり出し口にいるクマ1頭(体長約1メートル)を目撃しました。男性はすぐに現場から立ち去り、その後クマはいなくなったということです。
 これまでに周辺で被害は確認されていません。警察はパトカーで周辺の警戒にあたるとともに周辺住民に注意を呼びかけています。
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現場は智恵子記念館さんを含む智恵子の杜公園。記念館さんから光太郎智恵子も歩いたという「愛の小径」を登っていった「ふれあいの広場」と思われます。距離的には200㍍あるかないかです。
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花巻高村光太郎記念館さんや宮沢賢治記念館さん周辺では当たり前のように熊が棲息しており、高村光太郎記念館さんや隣接する光太郎が暮らした山小屋(高村山荘)などでは看板や外壁が熊の爪痕だらけですが、二本松の智恵子記念館さん周辺で熊というのは初めて聞きました。下記の航空写真で左上の方、何となく遊具っぽいのが見て取れるかと存じます。
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周辺には民家もそれなりにある場所ですので、今後、人的被害が出ないことを祈ります。

こちらに関しても、今後、行かれる場合にはご注意下さい。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体) 82『The Onsen of Hanamaki 花卷温泉

令和5年(2023)4月 花巻市 高村光太郎著 森川沙紀/ガットマン・ジェシー
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目次
 Takamura Kotaro's profile 高村光太郎プロフィール
 The Onsen of Hanamaki 花卷温泉
 Hanamaki as a Town of Onsen 温泉のまち 花卷
 Publisher's Note 冊子に寄せる思い

花巻市の地域おこし協力隊として活動されていた森川沙紀氏による制作。光太郎が亡くなる2ヶ月前の昭和31年(1956)に語った生前最後の談話筆記「花巻温泉」の全文と、その英訳が載せられています。「花巻温泉」というタイトルですが、光太郎、花巻温泉さんだけでなく大沢温泉さん、鉛温泉さん、台温泉さん、志戸平温泉さんなど、自分が足を運んだ温泉宿は細かに語っています。

福岡から企画展示情報です。

第4回福岡アートアワード受賞作品展

期 日 : 2026年3月28日(土)~6月21日(日)
会 場 : 福岡市美術館 福岡市中央区大濠公園1-6
時 間 : 午前9時30分~午後5時30分 3月28日(土)は午後1時30分より開室
休 館 : 月曜日(月曜日が祝日・振替休日の場合は、その後の最初の平日)
料 金 : 一般 200円(150円) 高大生 150円(100円) 中学生以下無料
      (  ) 内は20名以上の団体料金

福岡市内で目覚ましい活動を行うアーティストを顕彰する福岡アートアワード。第4回の受賞作家・作品が決定しました。受賞作品展は、3月28日(土)から6月21日(日)まで、2階コレクション展示室 近現代美術室Bにて開催します。(初日のみ午後1時30分より開室)

会場では、写真では伝わらないスケールや素材の質感、空間そのものをぜひご体感ください。福岡から生まれる新たな表現の力をどうぞお見逃しなく。

■市長賞 宮本華子《在る家の日常》
■優秀賞 谷澤紗和子《お喋りの効能》
      川辺ナホ《樂園を探して(-Et in Arcadia Ego)》
      平野薫《空の衣服(untitled -war kimono-)》
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関連行事
第4回 福岡アートアワード 受賞作家によるギャラリートーク
 日時|2026年3月28日(土) 14:00~15:00
 会場|福岡市美術館 2階 コレクション展示室近現代美術室B(福岡市中央区大濠公園1-6)
 料金|コレクション展観覧料が必要/事前予約不要

「福岡アートアワード」。「彩りにあふれたアートのまちづくり」を掲げ、令和4年(2022)年から福岡市が推進する「Fukuoka Art Next(FaN)」プロジェクトの一環として、福岡市美術館さんが、福岡市内で活動をおこない、今後飛躍が期待できるアーティストを対象に、作品の買い上げをもって贈賞するものだそうです。当方もさんざんお世話になっている、元神奈川県立近代美術館長・水沢勉氏が審査員のお一人です。

智恵子の紙絵や油絵、智恵子による『青鞜』表紙絵などをモチーフとした切り絵作品等を精力的に発表なさっている谷澤紗和子氏が入賞され、作品「お喋りの効能」が展示されます。こちらも智恵子オマージュの作品で、昨年、福岡の画廊で開催された個展の出品作のようです。
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開幕日の3月28日(土)には、受賞作家の方々ご自身によるギャラリートークだそうで、贅沢ですね。

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体) 81『Poèmes à Chieko』

令和3年(2021)4月 UNIVERSITAICRES DE BORDEAUX 高村光太郎著 中里まき子/エリック・ブノワ訳
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目次
 Préface         
 Introduction
 Chronologie
 À quelqu'un 人に(いやなんです)
 Le cœur d'une nuit 或る夜のこころ
 Larmes 涙
 La peur おそれ
 Chanson d'une poupée mécanique からくりうた
 Une soirée 或る宵
 Le clan des hiboux 梟の族
 À une femme de banlieue 郊外の人に
 Le réveil au matin d'hiver 冬の朝のめざめ
 La neige de minuit 深夜の雪
 À quelqu'un 人に(遊びぢやない)
 La fontaine d'humanité 人類の泉
 Nous 僕等
 Admiration de l'amour 愛の嘆美
 UN dîner 晩餐
 Émotion obscène 淫心
 Tous les deux sous les arbres 樹下の二人
 Des taureaux dans use course déchaînén 狂奔する牛
 L'or 金
 Poisson-chat 鯰
 Tous les deux dans la nuit 夜の二人
 Tu es de plus en plus belle あなたはだんだんきれいになる
 Conversation enfantine あどけない話
 Qui se ressemble s'assemble 同棲同類
 Clelui qui met la beauté en prison 美の監禁に手渡す者
 La vie vue de loin 人生遠視
 Chieko sur le vent 風にのる智恵子
 Chieko jouant avee des pluviers 千鳥と遊ぶ智恵子
 Chieko est inestimable 値ひがたき智恵子
 Tous les deux au pied la montagne 山麓の二人
 Une petite remarque dans la journée 或る日の記
 Élégie(Le citron) レモン哀歌
 À quelqu'un qui est mort 亡き人に
 Liqueur de prune 梅酒
 Retour désolé 荒涼たる帰宅
 Shôan-ji 松庵寺
 Compte rendu(à Chieko) 報告(智恵子に)
 Réve vaporeux 噴霧的な夢
 Si Chieko … もしも智恵子が
 Chieko à l'état élémentaire 元素智恵子
 Métropole メトロポオル
 La forme nue 裸形
 Le guide 案内
 En ce temps-là あの頃
 Monologue dans une nuit de tempête de neige 吹雪の夜の独白
 Jouer avee Chieko 智恵子と遊ぶ
 Compte rendu 報告
 Six tankas うた六首
 La vie de Chieko 智恵子の半生

『智恵子抄』仏語訳です。フランスのボルドー大学さんから出版されました。

見開きで光太郎の原詩が日本語で載っています。詩の選択は、新潮文庫版『智恵子抄』(昭和31年=1956)が底本となっており、戦後の詩篇も含まれています。散文「智恵子の半生」も。しかし、「智恵子の半生」と、それから冒頭20頁ほど、光太郎智恵子の簡略な評伝となっているようですが、そちらは仏語のみでした。散文「九十九里浜の初夏」、同じく「智恵子の切抜絵」は割愛されていました。

京都の春の夜を美しく彩るイベントです。

知恩院春のライトアップ2026

期 間 : 2026年3月25日(水)~4月5日(日)
時 間 : 17時45分~21時30分(21時受付終了)
場 所 : 浄土宗 総本山知恩院(京都市東山区林下町400 )
       友禅苑 国宝三門 女坂 国宝御影堂 阿弥陀堂(外観のみ)
料 金 : 大人800円(高校生以上) 小人400円(小・中学生)

今回は、「おてつぎ運動60周年記念企画」として、三門楼上(回廊のみ)公開を行います。普段、通常非公開の楼上となります。どうぞこの機会にお上がりください。素敵な景色が広がっています。
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みどころ

友禅苑 Yūzen-en garden
友禅染の祖、宮崎友禅斎の生誕300年を記念して造園された、華やかな昭和の名庭です。池泉式庭園と枯山水で構成され、補陀落池に立つ高村光雲作の聖観音菩薩立像が有名です。
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三 門 Sanmon 国宝
おてつぎ運動60周年記念企画楼上(回廊のみ)公開。元和7(1621)年、徳川秀忠公が建立した高さ24m、幅50mの日本最大級の木造二重門。悟りの境地に到る「空門」「無相門」「無願門」の三解脱門を表すことから三門といいます。
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御影堂 Miei-dō 国宝
寛永16(1639)年、徳川家光公によって再建されました。間口45m、奥行き35mの壮大な伽藍は、お念仏の根本道場として多くの参拝者を受け入れてきました。
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Magnus RINN マグナス・リン
大阪・関西万博のアイルランド館のモニュメントが期間限定で知恩院に展示!作者はアイルランドの造形作家、Joseph Walsh(ジョセフ・ウォルシュ)氏。“輪”は円の形状をとり、人間と自然の関係性を象徴し、時間の流れや自然の循環を表象しています。
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関連行事
聞いてみよう!お坊さんのはなし
 テーマ『弘(ひろ)む願い、伝わる念(おも)い』~明るく、正しく、仲良く~
 開始時間:18:00~/18:45~/19:30~/20:15~
 (各回お話15~20分、木魚念仏体験5~10分程度)

月かげプレミアムツアー
ライトアップ拝観エリアすべてを僧侶と一緒に巡る特別ツアーです。御影堂内陣など通常非公開部もご案内! 1時間30分たっぷりと知恩院の魅力をご体感いただけます。
 日程:木・土・日
 開始時間:18:00~
 所要時間:約1時間30分
 定員:各回30名様まで
 料金:お1人様3,000円(小・中学生1,500円)
 ライトアップ拝観料込み。
 料金はツアー専用受付にてにて現金でお支払いください。

ライトアップ同時開催企画展示
 『千代紙の色と模様』 3月27日(金) ~ 3月29日(日)
  場所 友禅苑 茶室「白寿庵」「華麓庵」
  REKAO(千代紙)
  千代紙の掛け軸と屏風を、友禅苑の二つの茶室の空間の室礼として展示いたします。
  静けさの中に立ち上がる、千代紙の模様の美と物語をお楽しみください。
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 『春の余白-白磁のインスタレーション-』 4月3日(金) ~ 4月5日(日)
  場所 友禅苑 茶室「白寿庵」・「華麓庵」
  林侑子(陶芸家)
  白磁によるインスタレーション「春の余白」を開催いたします。
  土に鋏を入れる独自の技法から生まれるかたちは、光や気配と響き合いながら夜の空間に
  静かに広がります。明確なかたちと、言葉にならない余白。
  そのあわいに立ち上がる感覚を通して、それぞれの中にある“春”にそっと触れる時間とな
  れば幸いです。どうぞ静かなひとときをお過ごしください。
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境内の友禅苑という庭園の池のほとりに立つ光太郎の父・高村光雲作の聖観音菩薩立像、正確には東京美術学校として依頼され(明治25年=1892)、光雲が主任となって制作されました。木造原型は美校の後身である東京藝術大学さんに残されています。
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ぜひ足をお運び下さい。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体) 80『高村光太郎秀作批評文集 美と生命 後篇』

平成22年(2010)3月30日 書肆心水 高村光太郎著
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目次
 某月某日(一つの型) 彫刻性について 普遍と独自 しゃっくり病 言葉の事
 某月某日(人間内部の矛盾撞着) 自分と詩との関係 春さきの好物 芸術上の良知
 蝉の美と造型 美の健康性 智恵子の半生 永遠の感覚 美の影響力 素人玄人
 某月某日(自分の詩) 美を求める慾望 七月の言葉 美の日本的源泉 詩と表現
 言葉の美しさ 彫刻その他 エジプトの彫刻の話 能の彫刻美 季節のきびしさ
 美しい生活 
山の雪 新春雑談 芸術と農業 たべものの話 おろかなる都 南沢座談
 人体について 美と真実の生活 農にほこりを持て 書の深淵 話言葉としての日本語
 アンケート
 初出一覧 高村光太郎略年譜 キーワード索引

彫刻をはじめとする造型、それから文学についての光太郎評論を2分冊にまとめた前編です。一部、評論とはいえないエッセイ的なものも含みます。

筑摩書房さんの『高村光太郎全集』を定本として編まれています。したがって全集完結の平成10年(1998)以降に見つかった作品は載せられていません。それでこちら一冊分位の分量が優にあるのですが。いずれまとめて公刊するべくデータにしてはありますが、それもどんどん新しい作品が見つかり、増殖中です。

光太郎ゆかりの地、宮城県女川町で、東日本大震災後に全21基が建てられた「いのちの石碑」。建設資金は同町の光太郎文学碑を手本に、すべて募金でまかなわれるなど、文学碑の建立に尽力され、15年前、津波に呑まれて亡くなった当時の女川光太郎の会事務局長・貝(佐々木)廣氏の精神が受け継がれた活動です。

3月14日(土)、STV札幌テレビ放送さんのローカルニュースで、防災セミナーのために旭川を訪れられた、「いのちの石碑」建設中心メンバーお二人について報じられました。

あの日、被災した12歳は“父親”に…「繰り返してほしくない」東日本大震災を知らない世代へ 津波の記憶つなぐ

 あの日から15年。東日本大震災で被災した12歳の小学生はいま、娘を持つ父親になりました。震災を知らない世代が増えるなか、津波の記憶をつなごうと活動する男性の姿を追いました。

「亡くなった方も道端にいた」被災の経験を語り継ぐ
 「僕の家があった場所というのが、ちょっと坂を上った所の位置でして、津波、まあ来ないだろうなという思いでいました。僕の家の方も基礎しか残っていませんでした」
 被災した経験を語るのは、渡邊滉大さん27歳。ふるさとの宮城県で東日本大震災にあいました。
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 「マチはこんな感じで流されてしまっているので、(流された自宅に)行く道中は倒れた家だとか、大きい魚がごろごろいるような。亡くなった方ももちろん、道端にはいました」
 現在、札幌市内の会社に勤めている渡邊さん。15年前のあの日は、まだ小学6年生でした。
 「3月11日。あの日は雪が降っていたので。こんな感じのうっすらの雪」
 渡邊さんのふるさと・宮城県女川町。押し寄せた津波で800人以上が犠牲となり、マチは壊滅的な被害を受けました。
 「パキパキパキというすごい音が鳴って、その瞬間、誰かが『津波だ』と叫んだ。その声と同時に焦って逃げるように小学校のちょっと上に総合体育館があったので、そっちの方にみんなで逃げていく」
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 自宅にも津波が達し、親戚や知人が犠牲になった渡邊さん。選んだ道は、橋や道路を補修する仕事でした。
 「補修業界で、補修したことによって、災害が起きたときに緊急車両とかがいち早く現場に着けるような、違う角度から人の命を守る」

 「災害からいのちを守りたい」。その思いの原点が、女川に建てられた「いのちの石碑」です。
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「いのちの石碑」は、渡邊さんが中学生の時に同級生と考えた防災の取り組みです。津波が到達した地点よりも高い場所に、避難の目印となる「いのちの石碑」を設置。費用は募金でまかない、21基の石碑が完成しました。
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 「千年後の命を守るために」。石碑には中学生たちの思いが刻まれています。

当時12歳の少年は“父親”に「家族を守りたい」気持ちに変化
 震災から15年。渡邊さんにも家族ができました。妻の琳茄さんと娘の莉陽ちゃんです。
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 宮城県石巻市出身の琳茄さんは自らも被災した経験があります。
 「私たちが子どもの時に震災に遭って、悲しい思いだったり辛い経験をしたことを、できるだけ同じ思いはしてほしくないなと思うので」
 「いのちの石碑」に取り組んだ渡邊さん。社会人になってからも避難の教訓を伝える活動を続けています。
 「家族が増えて、家族を守りたい、自分の身を守ってほしい、そういう気持ちは強くなってきているかなと思います。これから震災を知らない子たちが何か起きたときに対応できるように、それをモチベーションにやっています」
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 甚大な被害をもたらした東日本大震災。実は北海道太平洋沖の千島海構沿いでは、それと同じクラスの超巨大地震と津波が切迫している可能性があります。
(北海道大学 高橋浩晃教授)「大体400年に1回ぐらいのペースで(地震が)繰り返し起こってきているということが明らかになっています。そして、前回の地震が今から400年前に起こったと、これも確かめられておりますので、次の地震はもう満期に達している」
 千島海溝沿いでは、陸側のプレートの下に海側のプレートが沈み込んでいますが、北海道大学などの研究チームが海底観測をした結果、海側と陸側のプレートがそれぞれ年間8センチ動いていることを確認しました。
 プレートの境界付近に巨大地震を引き起こすひずみが蓄積している可能性が高くなっていると分析しています。
(北海道大学 高橋浩晃教授)「400年の間に30メートルたまったエネルギーが一気に放出して大きな地震が発生する。超巨大地震が起こりますと、東日本大震災と同じような超巨大な津波が発生して、それが太平洋沿岸を襲うということになりますので、現在の想定では高さで言うと20メートルを超えるようなところもある」

子どもたちに震災の教訓を…「いつか思いがつながれば」
 この日、渡邊さんは講演のため、家族と一緒に旭川市を訪れました。渡邊さんの同級生で、一緒に「いのちの石碑」に取り組んだ鈴木智博さんも宮城県から駆け付けました。
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(渡邊滉大さん)「こういうタイミングでしか会う機会ないからね」
(鈴木智博さん)「ていうかこういうのも久々、かなり久しぶりだもんね。やっぱり15年経ってくるとなかなかちょっと少なくなってくるっていうのもあるし、お互いに引っ越したり仕事もある、少なくなってくる。呼んでもらえるのはありがたい」
(渡邊滉大さん)「本当にありがたい」
 3年ぶりの再会を喜ぶ間もなく、すぐに入念な打ち合わせに入ります。
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 震災の教訓を語り継ぐ講演会には、地域の住民や子どもたちが集まりました。ステージの傍らに設置されたのは、「いのちの石碑」のレプリカです。
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(渡邊滉大さん)「いま私たちの故郷の女川に何ができるか考えてみようというのが一番最初の授業でした。まず1つめ・絆を深める。2つめ・高台に避難できる街をつくる。3つめ・記録に残し、未来へ伝える。まだ若い世代だと思うので、将来、例えば僕が札幌で仕事をするように、どこで仕事をするかわからないような状態で、その時にタイミングが悪くてってこともあるかもしれない。そんなときに何か僕たちのこの話が役に立っていただければ幸い」
(鈴木智博さん)「震災後に起きた大津波によってふるさとは飲み込まれ、かけがえのないたくさんの宝物が奪われました。悲しみで涙を流すひとが少しでも減り、笑顔溢れる町になるよう祈り、そして信じています」
 「悲劇は2度と繰り返してほしくない」。その思いを15年前の2人と同じくらいの子どもたちにも伝えます。
(小学生)「こんなにも大きな被害が出ているとは思っていなかった」
(小学生)「自分の身の回りのことを気にしながら、そういう(防災の)ことを考えていきたいと思います」
(小学生)「今回だけでこの話を終わらせてはいけないと思うし、友達とかにもしっかり伝えて、災害の恐ろしさをずっとずっと伝えていきたいと思いました」
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(渡邊滉大さん)「15年が経つんだなっていうこと、僕も被災した当時はそのくらいの子だった。こんな話をして響くのかなって今の僕からしたらも思うんですけど、少なからずこの思いがどこかに響いて、つながってくれればいいなって思います」
 「千年後の命を守るために」。震災を知らない子どもたちに記憶をつなぐリレーはこれからも続きます。


15年の節目ということもあり、このところの数年間よりも今年は東日本大震災がらみの報道が多かったように感じました。例年ですと、3.11が過ぎるとそれらがぱたっと無くなっていたのですが、今年は3.11を過ぎても新聞報道やテレビ番組などで被災地の「今」が取り上げ続けられ、良いことだと思いました。

女川町に関しても、3月19日(木)、NHKさんで全国放送された「TOHOKU HEART FES」という音楽番組で取り上げられました。ゆずのお二人、宮世琉弥さん、佐々木莉佳子さんなど東北出身やゆかりというアーティストの皆さんがご出演され、仙台放送局さんが製作されたものでした。
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その中で、震災直後から女川町を支援するために立ち上がったももいろクローバーZの皆さんと、女川町の方々との交流の様子が取り上げられました。

また、3月27日(金)の深夜には、NHK Eテレさんで「みるラジオ 中村雅俊、ロッコクを走る〜東日本大震災15年〜」という番組も放映されます。こちらは国道6号線(ロッコク)が縦断する福島県の浜通り地区が舞台ですが、番組予告ではわざわざ「宮城県女川町出身の中村雅俊さん」とことわられています。

みるラジオ 中村雅俊、ロッコクを走る〜東日本大震災15年〜

NHK Eテレ 2026年3月27日(金) 午後11:50〜午前0:40

福島県を南北に貫く国道6号線“ロッコク”。東日本大震災・原子力災害の影響で、ロッコク沿いの多くの町には全町民への避難指示が出された。震災から15年、避難指示は一部解除され、故郷に戻って来れた町民たちもいる。宮城県女川町出身の中村雅俊さんが、ロッコクを走り、メッセージ付きのラジオ体操を流すボランティア団体、土地を再生させる農家、震災の探究学習に取り組む高校生、夜の本屋を営む若者に会いに行く。

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ぜひご覧頂き、被災地の「今」、そして記憶の伝承、そういったことに思いを馳せいていただきたいものです。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体) 80『高村光太郎秀作批評文集 美と生命 前篇』

平成22年(2010)3月30日 書肆心水 高村光太郎著
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目次
 生命の創造 彫刻の面白味 真に鑑賞する心 趣味という事 純一な芸術が欲しい
 芋と南瓜の触感 女みずから考えよ 女の生きて行く道 日本画に対する感想
 家具及住宅の美 所謂好趣味の人たるなかれ 芸術雑話 岩石のような性格
 令嬢の美しさと女優の美しさ 芸術鑑賞その他 家 日常の瑣事にいのちあれ 顔
 自刻木版の魅力 彫刻的なるもの ルイ十六世所刑の図 彫刻十個条 雑記帳より 人の首
 触覚の世界 生きた言葉 装幀について 夜の海 日本の秋と文学 七つの芸術
 詩人の知った事ではない 新茶の幻想 画に於ける詩精神 芸術する心 写生の二面
 小刀の味 能面の彫刻美 美意識について 蟻と遊ぶ 比例均衡 手
 某月某日(人間力の獰猛さ) 智恵子の切抜絵 某月某日(狂気と純粋性) ほくろ
 書について 

彫刻をはじめとする造型、それから文学についての光太郎評論を2分冊にまとめた前編です。一部、評論とはいえないエッセイ的なものも含みます。

この項、刊行順にご紹介しているのですが、昨日取り上げたハルキ文庫版『智恵子抄』と前後してしまいました。すみません。

いわゆる「コレクション展」ですが、単に「コレクション展」とするのでなく、サブタイトルをつけたり特別にフライヤーを作ったりなさっている場合は御紹介させていただいております。

そういうもので、広島から。光太郎の父・光雲の作品が出ています。

春の館蔵品展 近代彫刻展

期 日 : 2026年3月14日(土)~5月24日(日)
会 場 : 耕三寺博物館 広島県尾道市瀬戸田町瀬戸田553-2
時 間 : 午前9時~午後5時
休 館 : 年中無休
料 金 : 大人 1,400円(1,200円) 大学生・高校生 1,000円(800円)
      中学生以下 無料 ( )内20名以上の団体料金

 名称      作者    材質     時代
 ハイキング   安西順一  木造     S14第3回東邦彫塑院展
 龍女      阿井瑞芩  木造     S11年文展招待展
 松花堂像    赤堀信平  木造     昭和前期
 聖徳太子尊像  雨宮治郎  ブロンズ   S13年第2回新文展
 緑蔭      岡正敏   木造     S11年文展鑑査展
 髪を洗う女   北村正信  大理石    S13年第2回新文展
 維摩      工藤敬三  木造     S6年第12回帝展
 母と子     小瀬村清  木造     S6年第12回帝展
 乳母と子    佐藤静司  木造     S12年第1回新文展
 こども     佐藤匡義  木造     S11年文展鑑査展
 不動明王立像  澤田晴廣  木造     S14年
 聖徳太子    関野聖雲  木造     S14年第3回新文展
 阿弥陀如来坐像 高村光雲  木造截金彩色 昭和前期
 弥陀来迎龕   西村雅之  木造白檀   昭和前期
 春園      西山如拙  木造彩色   S11年文展鑑査展
 信女      橋本朝秀  木造     S11年文展招待展
 のぼるもの   長谷川榮作 木造彩色   S12年第1回新文展
 野飼にて    早川朝洋  木造     S13年第104回日本美術協会展
 裸婦      藤井浩祐  ブロンズ   昭和前期
 母子      本田徳義  木造     S13年第2回新文展
 芽生      松本昇   木造     S11年文展鑑査展
 風神      三木宗策  木造彩色   昭和前期
 銀線を描く   宮本朝濤  木造     S11年文展招待展
 海神の女    森山朝光  木造     T15年第1回聖徳太子奉賛展
 魚藍観音    山崎朝雲  木造     昭和前期
 愛育      山畑阿利一 大理石    昭和前期
 鉋       山根八春  木造     昭和前期
 鍾馗      吉田芳明  木造     昭和前期
 清宵      米原雲海  石膏     M40年
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001光雲作品は「阿弥陀如来坐像」。昭和9年(1934)に亡くなった光雲晩年の作と思われます。

平成14年(2002)に三重県立美術館、茨城県立近代美術館、千葉市立美術館と巡回した「高村光雲とその時代展」にも出品さたもので、その際に拝見しました。像高20㌢ほどの小さな仏様ですが、衣などに細かな截金(きりかね)が施されており、手の込んだ作です。

他にも光雲系統の作家による作品がずらり。関野聖雲、山崎朝雲、米原雲海などは「雲」一字を受け継いだ高弟ですが、それ以外に三木宗策、澤田晴廣も「雲」の字は入らないものの光雲の系譜に連なる彫刻家です。フライヤーで最も大きく取り上げられているのは三木宗策の「風神」ですが、見事な作ですね。

同時開催で中村不折、中村岳陵らの作が出ている「近代美術 日本画展」、それから「館蔵茶道具展」も開催されています。

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)79 『智恵子抄』

平成23年(2011)4月15日 角川春樹事務所(ハルキ文庫) 高村光太郎著
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目次
 人に 或る夜のこころ おそれ 或る宵 郊外の人に 冬の朝のめざめ 深夜の雪
 人類の泉 僕等 愛の嘆美 晩餐 樹下の二人 狂奔する牛 鯰 夜の二人 
 あなたはだんだんきれいになる あどけない話 同棲同類 美の監禁に手渡す者 人生遠視
 風にのる智恵子 千鳥と遊ぶ智恵子 値ひがたき智恵子 山麓の二人 或る日の記
 レモン哀歌 荒涼たる帰宅 亡き人に 梅酒 うた六首 智恵子の半生 九十九里浜の初夏
 智恵子の切抜絵
 語註 略年譜
 エッセイ 蜂飼耳

昭和16年(1941)、龍星閣から刊行されたオリジナル『智恵子抄』を踏襲した構成で、従って戦後の作品は収録されていません。解説は詩人の蜂飼耳氏。現在でも新刊で入手可能です。

いずれも3月29日(日)開催の、朗読イベントと歌曲演奏会の情報です。

まず朗読。

ミニ朗読会

期 日 : 2026年3月29日(日)
会 場 : 古本屋カフェアトリエ*ローゼンホルツ 千葉県市川市真間2-2-12
時 間 : 15:00〜15:30 
料 金 : 無料

三浦哲郎『みちづれ』 太宰治『雀っこ』 高村光太郎『レモン哀歌』 参加費は無料です。
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大正12年から変わらず在り続ける古民家とも言えない古人家は元銭湯だった頃の家。広い家の中いっぱいにある古本・絵画をはじめとするアート作品を見ながら、ゆっくり時を過ごせるようにカフェとして営業しています。散歩ができるほど広い空間の中で読んだり、見たり、食べたり、書いたり、手作業をしたり...家と対話しながらの自分時間をお過ごしください。古本・アート作品は非売品以外は購入できます。
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同時開催

津軽こぎん刺し 北の星座とサークル展〜津軽のかまりっこ〜
3月1日(日)~3月30日(月) 金土日月/12:00〜17:00

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会期中のアトリエのランチ
 津軽おでんランチ 若生おにぎり 楽しんでください
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ブックトーク 3月29日(日) 13:00~
好きな本を1冊、持ち寄って紹介する本でおしゃべりするカフェ時間です。参加費はカフェオーダーです。
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なかなかシャレオツな感じですね。関係者の方が青森系なのでしょうか。津軽地方名産の「こぎん刺し」の展示やら、「津軽おでんランチ」やら、それから朗読作品も光太郎以外は青森出身の三浦哲郎と太宰治ですし、もちろん光太郎も生涯最後の大作「乙女の像」の関係で青森とは縁が深い人物です。

何もなければ馳せ参じるところですが、当日、下記の演奏会とブッキングしていて、残念です。

朝岡真木子歌曲コンサート第9回@王子ホール

期 日 : 2026年3月29日(日)
会 場 : 王子ホール 東京都中央区銀座4-7-5 
時 間 : 13:30開場 14:00開演
料 金 : 全席自由¥4,500 学生¥2,000

出 演 : 阿部麻子、黒川京子、品田明子、前澤悦子、三繩みどり(S)、志村美土里(Ms)
      馬場眞二(Br)、朝岡真木子(作曲、Pf)

今回は、ソプラノの阿部麻子さん、メゾソプラノの志村美土里さんが初出演いたします。

曲 目 :
 歌曲集『夕暮れ巴水』全曲 詩 林望    「魔法のトビラ」 詩 人見敬子
 「ガラスのオルゴール」 詩 今村佳枝    「ひなげしの花」 詩 こわせ・たまみ
 「メヌエット」 詩 立原道造        「きっと 春は くる」 詩 星乃ミミナ
 「君死にたもうことなかれ」 詩 与謝野晶子 「さくら舞台」 詩 大竹典子
 「わたしは魔女」 詩 冨永佳与子      「そのとき十八の春」 詩 岡崎カズヱ
 組曲『智恵子抄』より「人に」「あどけない話」 詩 高村光太郎

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演奏されるのはすべて作曲家・朝岡真木子氏の作曲によるものです。

組曲『智恵子抄』から抜粋で2曲がプログラムに入っています。同組曲、令和元年(2019)に初演され、令和4年(2022)には楽譜集『朝岡真木子歌曲集2』に収録、その後も各種演奏会で取り上げられ、「これ、CD化してほしいですね」とぼそっと呟いたところ(笑)、令和5年(2023)にメゾソプラノの清水邦子氏の歌唱でCD「清水邦子が歌う 組曲『智惠子抄』」がリリースされました。言い出しっぺとして責任を取る形で(笑)ライナーノートを執筆させていただきました。

ちなみに楽譜集『朝岡真木子歌曲集2』、現在2刷が流通しているそうですが、年内には3刷め重版の予定だとのことで、これまでの版に無かった詩集『智恵子抄』についての解説を書けと頼まれました。光栄です。この手の楽譜集がそんなに版を重ねるのは珍しいような気がしますが(逆にとっとと絶版になってオンデマンド出版=注文があった場合のみ製本印刷、というケースが多いように感じています)、それだけ朝岡氏の作品群の魅力が素晴らしいということでしょう。

それぞれご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)78 『ヴェルハーレン 明るい時 午後の時』

平成22年(2010)1月20日 三恵社 高村光太郎訳 阿部誠編
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目次
 巻頭言 はじめに 短歌二首 明るい時 午後の時 注釈 ヴェルハーレン年譜
 高村光太郎年譜 おわりに

ベルギーの詩人、エミール・ヴェルハーレン(光太郎による表記は「ヹルハアラン」)の詩集「時の三部作」。このうち「明るい時」は光太郎訳で大正10年(1921)に芸術社から刊行され、「午後の時」光太郎訳は各種雑誌やアンソロジーに断片的に収められました。「夕の時」翻訳は手をつけたものの発表はされなかったようです。

編集した阿部氏による自費出版的な刊行のようです。「短歌二首」はヴェルハーレンについて謳った光太郎短歌です。

毎月15日、光太郎第二の故郷・岩手花巻の道の駅はなまき西南(愛称・賢治と光太郎の郷)さんのテナントミレットキッチン花(フラワー)さんで限定販売される弁当光太郎ランチ。光太郎が実際に作った料理や使った食材などを参考にしたメニュー考案に当たられているやつかの森LLCさんから今月分の画像が届きました。
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品目は「赤飯」「五目飯」「ヒレカツ」「揚げ大根の野菜あんかけ」「ほうれんそうととうもろこしのナムル」「ネギとワカメの酢味噌和えイカ添え」「卵焼き」「芋羊羹」「漬物」だそうです。

地域ニュースサイト号外NET」というサイトがあり、そちらで3月16日(月)に紹介されています。今月分というわけではなく、毎月の取り組み全般についてですが。

【花巻市】毎月15日販売! 10食限定! 手作り弁当「光太郎ランチ」を知っていますか?006

 高村光太郎を知っていますか? 教科書で「智恵子抄」や「道程」を学んだ人もいるかもしれません。詩人であり、彫刻家である高村光太郎は、実は花巻市とゆかりのある人物です。
 高村光太郎は、晩年宮沢賢治の実家を頼って疎開して7年間花巻に住みました。その時の作品は、高村光太郎記念館に展示してあります。
 道の駅はなまき西南では、光太郎goodsコーナーがあります。休憩コーナーには、宮沢賢治と高村光太郎との関係を開設したボードも展示してあります。
 とても関係の深い花巻市と高村光太郎なのですが、道の駅はなまき西南では、特別なお弁当を月に1回だけ販売しています。そのお弁当の名前は「光太郎ランチ」です。
 光太郎ランチは、高村光太郎が残した日記の中の食事を再現したものです。「光太郎ランチ」を調理・販売されているのは、ミレットキッチン花さんです。地元の野菜をたくさん使った弁当は税込み800円、限定10食です。
 献立は毎月異なります。光太郎と一緒のメニューを食べながら、その世界観を身近に感じてみませんか?

道の駅はなまき西南
 住所 〒025-0131 岩手県花巻市轟木7地割203番地
 営業時間
  ●インフォメーション9:00~17:00
  ●直売所「すぎの樹」9:00~17:00 
  ●味楽苑 昼 11:00~14:00(L.O 13:30) 
       夜 火曜~金曜 17:30~21:00(L.O 20:30)
       土曜・日曜 17:00~21:00(L.O 20:30)
  ●ミレットキッチン 花 9:00~12:00
  ●トイレ・休憩スペース 24時間
 定休日 年末年始
 電話番号 0198-29-5522

もう1箇所、同じ花卷市内の東和地区にあるワンデイシェフの大食堂さんで、「こうたろうカフェ」としてやつかの森さんが厳冬期を除いてランチタイムに月イチで出店されていますが、今年初の出店が3月24日(火)です。

予告されているメニューが以下の通り。
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 ・和風なタンドリーチキン
 ・大根のそぼろ餡
 ・ヒッコロ酢味噌
 ・漬けマグロのとろろかけ
 ・鱈子と糸コンの和え物
 ・旬の漬け物
 ・ふんわりニラ卵汁
 ・白ご飯~バッケみそ~
 ・花巻銀糖
 ・コーヒー


こちらは1,200円だそうで。

それぞれぜひご堪能下さい。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)77 『ロダンの言葉』現代日本の翻訳

平成19年(2007)5月10日 講談社(講談社文芸文庫) 高村光太郎編・訳
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目次
 凡例
 ロダンの芸術(ユージエヌ カリエール)
 ロダン手記
  ヴェヌス 中世期芸術への入門――原則 フランスの自然 ランスの本寺 夜の本寺
  本寺別記 断片 手紙
 ジユヂト クラデル筆録
 ポール グゼル筆録
  肉づけ 芸術に於ける神秘 動静 断片
 カミーユ モークレール筆録
 フレデリク ロートン筆録
  古代芸術の教訓(其一)  古代芸術の教訓(其二) 断片
 ロダンの手帳(クラデル編)
  昔の仕事場と今日の学校 構造と肉づけ 古代芸術の伝統的法則
 若き芸術家達に(遺稿)
 解説 湯原かの子
 年譜 北川太一
 著書目録

筑摩書房版の『高村光太郎全集』を定本に、大正5年(1916)に阿蘭陀書房から出た『ロダンの言葉』、同9年(1916)に叢文閣から出た『続ロダンの言葉』からピックアップして編まれた文庫版です。新漢字、新かな遣いに改め、多少ふりがなを加える措置が為されています。未だに新刊として入手可能のようです。

3月15日(日)、安達太良山中腹のチーズケーキ工房・カフェ風花&もりのこうぼうさんを後に、智恵子の故郷・二本松の市街に。同市出身の文化勲章受章画家・大山忠作画伯を顕彰する大山忠作美術館さんが最終目的地でした。

同館の入っている市民交流センターさんの駐車場に愛車を駐め、まだ時間に余裕があったので、歩いてJR東北本線二本松駅へ。

コンコース入り口脇、城壁を模した壁に嵌め込まれた光太郎詩碑。
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「あどけない話」の一節「阿多多羅山の山の上に 毎日出てゐる青い空が 智恵子のほんとの空だといふ」が、光太郎のペン字を拡大して刻まれています。昭和51年(1976)に設置されました。

こころもちつけられた角度により、天気がよいと碑面の黒御影石に「ほんとの空」が反射して映えるのですが、この日は多少雲が多く……。

すぐそばに、智恵子像「ほんとの空」。
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二本松にルーツを持ち、光太郎の父・光雲の系譜に連なる彫刻家の故・橋本堅太郎氏の作です。智恵子の指さす先、雲の切れ間にわずかながら「ほんとの空」。

像の背後が大山忠作美術館さんの入っている市民交流センターさんです。
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3階が大山忠作美術館さんで、そのホワイエから見える安達太良山。
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のちほど、名誉館長にして画伯のご息女・一色采子さんによるギャラリートークがあるということで、この時点では展示は拝見せず、1階の多目的室へ。そちらで一色さんのトークイベントです。

昨年12月から照明の抜本的改修工事のため3ヶ月休館していた同館が3月1日(日)を以て再オープン(休館中は「移動美術館」として智恵子モチーフの作品などは智恵子記念館で展示されていました)、さらに昨秋、一色さんが名誉館長にご就任ということもあり、このイベントの開催ということになりました。昔から名誉館長だったと思い込んでいたのですが、そうではありませんでした。
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三保恵一市長から花束贈呈。

この後、スクリーンに画伯の作品を投影しつつ、ご家族としての視点から見た画伯のありのままの姿、それぞれの作品に込められた思いなどといったお話を。「私は学芸員ではないので、専門的なためになるお話はできません」と謙遜なさっていましたが、実は一色さん、女子美短大のご出身ですので、構図のお話などなかなか鋭い視点でのものでした。

この後、3階に移動、一色さんによるギャラリートーク。再オープンに伴う展示替えで「本日は日本画日和」と題された展示になっています。
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000今回は複数ある智恵子を描いた作品のうち、「霧(高村智恵子)」が展示されています。100号超の大きさで平成7年(1995)の日展出品作とのことです。当方、実作を見たのは今回が初めてだったかも知れません。

この作品に関しても、一色さん、鋭いご説明。画伯ご本人もそうおっしゃっていたのかも知れませんが、「失敗作」だそうで。他の作品でもそういう試みをなさっていたとのことですが、風景画と人物画の融合を狙ったものの、それが中途半端に終わってしまっていると。

しかし腐すだけでなく「心を病んで頭の中に「霧」がかかっている智恵子さんの状態はよく表せている」。なるほど、と思いました。

ちなみに画伯のお母さまは生前の智恵子をよく見かけたそうです。いつも綺麗な着物を着ていたそうで。

ショップには「霧」をプリントしたA4判クリアファイル、しっかり並んでいました。
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再オープンに伴い新たに作られたパンフレット。100部いただいて来ましたので、4月2日(木)、当会主催の連翹忌の集いご参加の方には差し上げます。ちなみに連翹忌の集いでは、一色さんと渡辺えりさんが光太郎詩朗読をなさってくださいます。
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目玉作の一つとして(今回は展示されていませんが)、「智恵子に扮する有馬稲子像」も載っています。昭和51年(1976)、「松竹女優名作シリーズ有馬稲子公演」中の北條秀司作「智恵子抄」で智恵子役だった有馬稲子さんを描いたものです。
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右上は、ついでですので一色さんと当方(笑)。

そんなこんなの福島レポート、以上で終わります。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)76 『荻原守衛』

平成18年(2006)7月20日 碌山美術館 高村光太郎著
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目次
 死んだ荻原君
 荻原守衛
 荻原守衛―アトリエにて5―

光太郎の親友だった碌山荻原守衛を顕彰する信州安曇野の碌山美術館さんの発行。光太郎文筆作品のうち、守衛をメインにした3篇――エッセイ「死んだ荻原君」(明治43年=1910『方寸』)、詩「荻原守衛」(昭和11年=1396 『詩洋』)、エッセイ「荻原守衛―アトリエにて5―」(昭和29年=1954 『新潮』)を収めた冊子です。

これを光太郎の「本人著作」と言っていいのかどうかという気もしますが、さりとて他のどのカテゴリに分類すればいいのか、ということにもなりますので……。

3月15日(日)、いわき市立草野心平記念文学館さんを後に、智恵子の故郷・二本松に愛車を向けました。

二本松でのメインの目的は、市立の大山忠作美術館さんでの名誉館長・大山采子(芸名・一色采子)さんによるトークイベントでしたが、開会まで時間があるので、その前に智恵子のソウルマウンテン・安達太良山方面に。

東北道二本松ICで下り、国道459号線に入って山麓から見た安達太良山。まだ雪を戴いています。
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目指すは「チーズケーキ工房・カフェ風花&もりのこうぼう」さん。岳温泉さんの中心街を土湯温泉さん方面に向かって通り過ぎ、1,5㌔㍍ほどの場所です。
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以前から足を運ぼうと思いつつ、なかなか果たせませんで、今回初の訪問。

こちらでは令和2年(2020)に「ほんとの空のクリームソーダ」を発売、その後、郡山市で開催された物産展などにも出店され、「ほんとの空のクリームソーダ」も販売なさったりされました。また、昨年には夏限定メニューとして「ほんとの空」をイメージした「星降るレアチーズケーキ」などもラインナップに。

さらに先月、新商品として瓶詰めの「ほんとの空サイダー(あおぞら)」をご発表。
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その時点で御紹介しようとも考えたのですが、どうせなら買いに行ってしまえ、というわけで(笑)。

で、店内。ありました。
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さらにカップに入ったテイクアウトタイプの「ほんとの空ソーダ」も健在。
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こちらはクリームの有無、それから「あおぞら」と「ゆうぐれ」が選べます。

まだ寒いということもあり(敷地内にも雪が残っていました)、クリームなしの「あおぞら」を注文しました。
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店外のテラス席で、わかりにくいのですが安達太良山をバックに。

右下の赤い箱は、土産を買って帰らないとふくれる(常に膨れていますが(笑))妻に、「にゃんサンド」。
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サイダーは

安達太良山の上に広がる「ほんとの空」(智恵子抄より)の空色をイメージした、青く透き通ったサイダーです♪ 福島県産のりんご果汁を使用した、爽やかなりんご味🍎 天然着色料を使用したこだわりの青色です✨ ラベルには、二本松市の上川崎和紙で安達太良山の風景を表現にしました⛰️ ご旅行やお出かけ、ドライブ🚗で見た『ほんとの空』の思い出をぜひお持ち帰りしませんか?🤗

だそうで、地産地消の観点からもすぐれものですね。特にラベルが上川崎和紙だというのには驚きました。

その後、市街へ向かう愛車を運転しつつ、テイクアウト用のカップ入りをいただきました。

皆様も二本松に行かれる際は、ぜひこちらまで足を伸ばし、「ほんとの空サイダー/ソーダ」お試し下さい。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)75 『ロダンの言葉』覆刻

平成12年(2000)12月1日 沖積舎 高村光太郎編訳
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目次
 ロダンの芸術(カリエール)
 ロダン手記
  ヹヌス 原則 フランスの自然 ランスの本寺 夜の本寺 本寺別記
  断片(「本寺」、「真のロダン」其  他より) 手紙
 ジユヂト クラデル筆録
 ポール グゼル筆録
  肉づけ 芸術に於ける神秘 動静 断片
 カミーユ モークレール筆録
 フレデリク ロートン筆録
  古代芸術の教訓(一)   同(二) 断片
 ロダンの手帳(クラデル編)
 アウギユスト ロダン(オクターヴ ミルボー)
 若き芸術家達に(遺稿)
 ロダン手記
  花について 女の肖像
  芸術家の一日
    庭園の朝 古代彫刻の断片 庭園の夕
  ゴチツクの線と構造
    ゴチツク建築家は写真家である 面と相反と 釣合の知識 石のレース細工 外陣
    くりかた
  芸術と自然
    古代芸術―ギリシヤ 古代芸術の豊かさは肉づけにある 高肉とキヤロスキユロ
    ローマ及ローマ芸術 アメリカの為に
  ゴチツクの天才
    ノートルダム サン トウスターシユ 彫刻に於ける色調 十八世紀 断片 
   五部のスレスコ 手紙
 ギユスターヴ コキヨ筆録
 ジユヂト クラデル筆録
 フレデリク ロートン外二三氏筆録
 ポール グゼル筆録
  「岡の上にて」より 「ロダンの家にて」より フイデヤスとミケランジユ 女の美
 「本寺」より(手記)
  断片 ムラン マント ネエル アミヤン ル マン ソワツソン シヤルトル
 解説 金原宏行

名著の復刻がちょっとしたブームになっていたので、その流れでというわけでしょう。大正5年(1916)に阿蘭陀書房から出た初版『ロダンの言葉』、同9年(1916)に叢文閣から出た初版『続ロダンの言葉』を一冊にまとめた厚冊です。新たに版下を組むのではなく、正続それぞれを写真製版し(続の方はオリジナルかららしいのですが、正の方は昭和4年(1929)刊行の普及版からのようです)、そのまま使っています。したがって旧字旧仮名です。美術評論家の金原宏行氏が解説をご執筆されています。

昨日は福島県の浜通り地区、中通り地区をうろうろしておりました。

まず向かったのは、当会の祖・草野心平を顕彰するいわき市の市立草野心平記念文学館さん。こちらでは企画展「草野心平と川内村」が一昨日に始まりまして、その拝観。
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光太郎智恵子には直接関わらないのですが、川内村は当方も毎年のように訪れさせていただいており、これは観ておかなければ、と思い、参じた次第です。

心平はいわき市の出身ですが、川内村の名誉村民に認定していただいております。そもそもは昭和24年(1949)、蛙をこよなく愛した心平の「モリアオガエルを見たい」という発言に、村の長福寺さんの矢内俊晃住職が、モリアオガエルの棲む平伏沼(へぶすぬま)が村にあるので来てほしいと手紙を出して招いたことに始まります。心平の川内村訪問は4年後の昭和28年(1953)が最初でした。

その後、すっかり同村の風土や人情が気に入った心平は、長福寺さんを宿にして何度も訪村し、心平は蔵書3,000冊を寄贈、昭和41年(1966)にはそれを納める場所兼心平の別荘として、「天山文庫」が建てられました。設立協力委員には、心平と親しかった髙村豊周(光太郎実弟)も名を連ねました。心平、長い時は半年程もここに滞在したそうです。毎年7月(雨さえ降らなければ)、ここで心平を偲ぶ「天山祭り」が開催されています。

いただいてきた簡易図録(全8ページ)の裏表紙には天山文庫、長福寺さん、平伏沼の紹介も。
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展示は長福寺さん、元同村教育長の石井芳信氏、そして同村教育委員会さん所蔵のもの。
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長福寺さん所蔵の書が圧巻でした。同寺や平伏沼に建てられた心平碑の原本となった書など。
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今回お貸し下さったのが10点ほど。特に村との関わりが色濃く表れているものに限ったとのことで、同寺ではそうでもない書をまだまだたくさんお持ちだそうです。それから村と心平を結びつけた矢内住職宛の書簡。交流のさまが生き生きと残る貴重なものです。簡易図録にはそれらの画像が無く、ちょっと残念でしたが。

それから心平の写る村での写真類が半切ほどのパネルでずらっと。天山文庫と同じ敷地内にあるかわうち草野心平記念館(阿武隈民芸館)さんにも類似のもの展示されていたり、平成元年(1989)に同村教育委員会さん刊行の『草野心平とかわうち』という書籍にやはり村でのショットが掲載されたりしていますが、それらとかぶるものがほとんど無く、ほぼ初見のものばかりで「へー」という感じでした。前日に開幕のテープカットで訪れられた遠藤雄幸川内村長も、見たことが無い写真が多いと驚かれていたそうです。
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それらは簡易図録やフライヤーにに掲載されています。
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また簡易図録には、心平と同村との交流に絞った年譜も。こちらには豊周が「天山文庫設立協力委員」の一人だったことも記されています。
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ちなみに今回の展示、天山文庫の落成と、第一回天山祭りの開催が昭和41年(1966)、そこから数えて60周年の記念という意味合いでの企画だそうで。会期は6月7日(日)までと、かなり長めです。
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それから同時開催で「スポット展示 草野天平」(3月22日(日)まで)。天平は心平の7歳下の弟で、やはり詩人。妻の梅乃ともども光太郎とも交流がありました。昭和27年(1952)、数え43歳で病没。没後の昭和34年(1959)、『定本草野天平詩集』で第2回高村光太郎賞を受賞しました。同賞は『高村光太郎全集』の印税を原資に、豊周の発案で詩と造型の2部門、10年間の期間限定で実施されたものです。

また、4月25日(土)~5月24日(日)の期間に、「小さな企画展 モリアオガエル展」が開催されるということです。

ぜひ足をお運び下さい。

……「ぜひ足をお運びください」と言えば、川内村自体にも。

東日本大震災から15年が経ち、同村の置かれている現状、非常に厳しいものがあります。今年の3.11当日にNHKさんで放映された「NHKスペシャル わたしたちの“復興” 震災15年・当事者たちの告白」を拝見し、「いやー、これほどか」と改めて思いました。

45分の番組中、3分の1ほどをとって、遠藤村長への密着取材。
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過去のアーカイヴ映像を交え、村役場はもちろん、都内の陳情先、ご自宅にも。

いつも天山祭りでお会いする村長は、にこやかにそしてユーモラスに振る舞われていますが、その陰にこれほどの苦悩がおありだったかと、粛然とさせられました。
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訪れるだけでもささやかな復興支援となります。衷心よりよろしくお願い申し上げます。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)73 『道程』愛蔵版

平成11年(1999)12月25日 日本図書センター 高村光太郎著
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目次

 一九一〇年
  失はれたるモナ・リザ 生けるもの 根付の国
 一九一一年
  画室の夜 熊の毛皮 人形町 甘栗 庭の小鳥 亡命者 鳩 食後の酒 寂寥 声 風
  新緑の毒素 頽廃者より 「河内屋与兵衛」 髪を洗ふ女 「心中宵庚申」 夏 なまけもの
  手 金秤 はかなごと めくり暦 地上のモナ・リザ 葛根湯 夜半 けもの あつき日
  父の顔 泥七宝 ビフテキの皿
 一九一二年
  青い葉が出ても 赤鬚さん あをい雨 友の妻 ――に 夏の夜の食慾 或る夜のこころ
  おそれ 犬吠の太郎 さびしきみち カフエにて 梟の族 冬が来る カフエにて
  或る宵 夜 狂者の詩 郊外の人に 冬の朝のめざめ カフエにて 師走十日 戦闘
 一九一三年
  人に カフエにて 深夜の雪 人類の泉 山 よろこびを告ぐ 現実 冬が来た 冬の詩
  牛 僕等
 一九一四年
  道程 愛の嘆美 群集に 婚姻の栄誦 万物と共に踊る 瀕死の人に与ふ 晩餐
  五月の土壌 淫心 秋の祈
 解題 越山美樹
 全集・主要参考文献
 年譜

日本図書センターさんでは、この時期「愛蔵版詩集シリーズ」と銘打って、40冊を刊行。大正3年(1914)初版の『道程』もラインナップに入れて下さいました。

現在開催中の企画展示についての報道を2件。

まず、『秋田魁新報』さん、鹿角市十和田図書館さんで開催中の「本の芸術家が生んだ浪漫の世界」について。

出版社「龍星閣」を設立、澤田伊四郎の業績知って 十和田図書館で資料展

 出版社「龍星閣」を設立した秋田県小坂町出身の澤田伊四郎(1904~88年)ゆかりの資料を集めた展示=写真=が、鹿角市の十和田図書館で開かれている。27日まで。
 芸術性の高い装丁にこだわった澤田。画家・竹久夢二の画集の権利を買い取り、龍星閣から順次刊行して夢二の再ブームに一役買ったとされる。
 展示は、鹿角市在住の澤田の親族が寄贈した、夢二のポストカード大の作品を中心に約230点陳列。妻を亡くした高村光太郎に、澤田が詩作を提案したという龍星閣刊の「智恵子抄」も並ぶ。小林光代館長は「地域の先人の業績を知ってほしい」と話す。
 午前9時~午後7時(最終日は1時)。月曜休館。問い合わせは十和田図書館TEL0186・35・3239
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続いて『京都新聞』さん。こちらは細見美術館さんで開催中の特別展「志村ふくみ 百一寿 ―夢の浮橋―」 の紹介。

特別展 「志村ふくみ 百一寿 ―夢の浮橋―」 3日から細見美術館で

 紬織(つむぎおり)の人間国宝で随筆家でもある志村ふくみさんは、命ある植物から引き出した色で独自の美を追求し続けている。京都市左京区の細見美術館で3日に始まる特別展「志村ふくみ 百一寿-夢の浮橋-」では、昨年秋に101歳を迎えた志村さんが監修した新作2領など約40件を観覧できる。
 特別展のために制作した二つの新作は、志村さんがライフワークとする「源氏物語シリーズ」の作品だ。展覧会のタイトルにもなっている「夢の浮橋」は源氏物語の最終巻の名前。そこに登場する浮舟は、薫と匂宮の間で揺れ、やがて俗世を離れた。志村さんの娘、洋子さんは「母は年を重ね、源氏物語でもキラキラした前半より終盤の宇治十帖を意識するようになった。夢の浮橋については、約5年前から構想していた」と語る。作品は、美しくかれんな浮舟がまとう着物をイメージして制作された。
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《夢の浮橋》2025年         《朧月夜》2025年

 もう一つの新作「朧月夜」は、源氏を惑わせて失脚の一因をつくった女性の名だ。情熱的で華やかな宮廷恋愛を楽しんだ朧月夜だが、作品の色は華やかさとは真逆。「ミステリアスな部分がないと、源氏は好きにならなかった」(洋子さん)。
 この二つの新作には、生の紫根が用いられている。志村さんが大切にする色「紫」を生み出す植物だが、生産量は年々減少している。志村さんの孫、宏さんが滋賀県で紫根の生産を始めたことで新鮮な紫根が手に入り、洋子さんは「より美しい紫が出せた」と喜ぶ。
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《若紫》2007年          小袖《Francesco》2020年

新作2領や能衣装も
 作家の故石牟礼道子さんの遺作で、2018年に初演された新作能「沖宮(おきのみや)」の衣装も並ぶ。沖宮は石牟礼さんの故郷の天草を舞台に、干ばつに苦しむ村のため人柱になる少女・あやを、島原の乱で散った天草四郎の霊が導くという物語だ。
 東日本大震災後、生命の尊さ、自然への畏敬が薄れる現代日本に危機感を抱いた石牟礼さんは、友人の志村さんと往復書簡を交わす中で、新作能の構想を育んだという。衣装はすべて志村さんが監修した。あやがまとう「紅扇」は関西初公開。鮮やかな緋色を間近で見ることができる。
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舞衣《紅扇》2021年

 志村さんはこれまでに織ってきた着物の残り布や小さな端切れを、愛おしいものとして大切に保管してきた。これらの布を使ったコラージュ作品も会場に並ぶ。
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《雛形 蛍 生絹》2006年     《雛形 紫格子白段》 2006年
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《五月のウナ電》 詩 高村光太郎 書・裂 志村ふくみ【後期展示】

■会  期 前期=3月3日(火)~4月12日(日)

       後期=4月14日(火)~5月31日(日)。
       月曜日と5月7日休館(5月4日は開館)
■会  場 細見美術館(京都市左京区岡崎最勝寺町)
■開館時間 午前10時~午後5時
■入館料  一般2000円、学生1500円。会期中、着物姿で来館すると200円割引。
■主  催 細見美術館、京都新聞
■協  力 都機工房、アトリエシムラ
■監  修 志村ふくみ、志村洋子

キャプションにある通り、「五月のウナ電」は4月14日(火)からの後期展示です。

それぞれ、ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)73 『詩集 智恵子抄』愛蔵版

平成11年(1999)3月25日 日本図書センター 高村光太郎著
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目次
 人に             明治四五年七月
 或る夜のこころ        明治四五年八月
 おそれ            明治四五年八月
 或る宵            大正元年一〇月
 郊外の人に          大正元年一一月
 冬の朝のめざめ        大正元年一一月
 深夜の雪           大正二年二月
 人類の泉           大正二年三月
 僕等             大正二年一二月
 愛の嘆美           大正三年二月 
 晩餐             大正三年四月
 樹下の二人          大正一二年三月一一日
 狂奔する牛          大正一四年六月一七日
 鯰              大正一五年二月五日
 夜の二人           大正一五年三月一一日
 あなたはだんだんきれいになる 昭和二年一月六日
 あどけない話         昭和三年五月十日
 同棲同類           昭和三年八月一六日
 美の監禁に手渡す者      昭和六年三月一二日
 人生遠視           昭和一〇年一月二二日
 風にのる智恵子        昭和一〇年四月二五日
 千鳥と遊ぶ智恵子       昭和一二年七月一一日
 値ひがたき智恵子       昭和一二年七月一二日
 山麓の二人          昭和一三年六月二〇日
 或る日の記          昭和一三年八月二七日
 レモン哀歌          昭和一四年二月二三日
 荒涼たる帰宅         昭和一六年六月一一日
 亡き人に           昭和一四年七月一六日
 梅酒             昭和一五年三月三一日
 うた六首                         
 智恵子の半生         昭和一五年九月
 九十九里浜の初夏       昭和一六年五月
 智恵子の切抜絵        昭和一四年一月
 校訂覚え書 北川太一
 年譜 北川太一

「智恵子抄裁判」の結果、龍星閣で出していた『智恵子抄』は出版差し止めとなりました。他のいろいろな『智恵子抄』がありましたが、昭和16年(1941)のオリジナルの形のものが無くなってしまったということで、当会顧問であらせられた北川太一先生が仕掛け人となって刊行されました。

声優の池田昌子さんが亡くなられました。

時事通信さん配信記事。

声優の池田昌子さん死去 「銀河鉄道999」メーテル役

 池田 昌子さん(いけだ・まさこ=声優)3日午後0時27分、脳出血のため病院で死去、87歳。東京都出身。葬儀は近親者で済ませた。
 アニメの「銀河鉄道999」でメーテル役、「エースをねらえ!」でお蝶(ちょう)夫人こと竜崎麗香役、「火の鳥」の火の鳥役などを務めた。洋画ではオードリー・ヘプバーンの吹き替えを担当し、「ローマの休日」「マイ・フェア・レディ」「ティファニーで朝食を」などに携わった。


スポニチさん。

声優の池田昌子さん急死 87歳 「銀河鉄道999」メーテル、ヘプバーン吹き替えで知られる

000 アニメ「銀河鉄道999」のメーテルや女優オードリー・ヘプバーンの吹き替えなどで知られる声優の池田昌子(いけだ・まさこ、本名浜田昌子=はまだ・まさこ)さんが3日午後0時27分、脳出血のため死去した。87歳。東京都出身。葬儀は近親者で行った。
 所属団体によると、最後の仕事は昨年11月10日に収録したテレビ東京「ありえへん∞世界」のナレーション。関係者は「高齢だったので、仕事をセーブしていましたが、特に持病もなく過ごしていました。急死でした」と話した。お別れの会などは予定されていない。
 児童劇団に入っていたことから子役として映画やドラマに出演。その後、声優業も並行して行うようになった。あるドラマのプロデューサーから「吹き替えはしょせん裏街道。女優なら表街道を歩け」と言われ、「裏街道と言われないようにする」と奮起。声優の仕事に軸足を移した。
 1968年、「許されざる者」で初めてオードリー・ヘプバーンの吹き替えを担当。これが評判となり、その後「昼下りの情事」「ローマの休日」「ティファニーで朝食を」「マイ・フェア・レディ」とヘプバーンの代表作で日本語吹き替えを任された。
 78年、再び大きな出会いが訪れた。松本零士さん原作のテレビアニメ「銀河鉄道999」でヒロイン、メーテルを演じることになった。主人公の星野鉄郎と銀河鉄道999号で宇宙を旅する謎の美女。作品は映画化もされるほど大ヒットし、社会現象化。気品漂う池田さんの声はメーテルのイメージにぴったりで、池田さんの代表作になった。23年6月に行われた松本零士さんのお別れ会でも、メーテルとして弔辞を読んだ。インタビューでは「今もなお、彼女と共に生きている感覚です。自分の分身、私の一部」と語っていた。
 松本零士さんの事務所はSNSで「池田さん演じるメーテルの穏やかでたおやかなお声に松本自身どんなに癒やされたことでしょう。星の海のプラットホームにて松本がお待ちしていると思います」と追悼した。
 池田 昌子(いけだ・まさこ)1939年(昭14)1月1日生まれ。声はメゾソプラノ。「エースをねらえ!」のお蝶夫人など芯の強い女性役が多い。日本コカ・コーラの緑茶「綾鷹」などCMナレーションでも活躍。07年、第1回声優アワード功労賞。
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我々の世代ですと、やはりメーテルやお蝶夫人のイメージの強い池田さんですが、光太郎詩の朗読にも取り組まれていた関係で、何度かお会いしたことがあります。

まず当会主催の連翹忌の集い。平成9年(1997)の第41回を皮切りに、断続的に7回ほどご参加下さいました。一度、たまたま同じテーブルに座らせていただいたことも。お上品な佇まいの中にも、気さくな雰囲気を漂わせていらっしゃいました。

それから、平成13年(2001)、千葉県松戸市の森のホール21での公演「音楽と朗読による「智恵子抄」」の際。ソプラノ歌手の稲見里恵さんとピアノ伴奏の頼田恵さんで、清水脩作曲の歌曲「智恵子抄」、合唱で一般公募の「智恵子抄」合唱団さんによる、やはり清水脩作曲の「智恵子抄巻末のうた六首」。そして合間に池田さんの朗読が入る構成でした。
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この頃、池田さんはわりと盛んに光太郎詩朗読等に取り組まれていらして、声優仲間の政宗一成さんと組まれてCDをリリースされたりもなさいました。下は平成17年(2005)頃、自主制作されたCD。
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久々に聴いてみましたが、実に耳に優しい落ち着いた、しかし哀愁を帯びたお声で、さすがとしか言いようがありません。

政宗さん著のCDブック(平成16年=2004)にも朗読でご参加。
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それから、日本テレビさん系列で放映されていた教養番組「知ってるつもり⁈」でナレーションを担当されていました。平成10年(1998)5月17日には「高村智恵子」の回。このナレーションも絶品でした。
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この分野での至宝が失われた感が強く、残念でなりません。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)72 『智恵子抄』

平成11年(1999)1月25日 角川書店(角川文庫) 高村光太郎著 中村稔編
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目次
 『智恵子抄』(初版)(全)
  人に 或る夜のこころ おそれ 或る宵 郊外の人に 冬の朝のめざめ 深夜の雪
  人類の泉 僕等 愛の嘆美 晩餐 樹下の二人 狂奔する牛 鯰 夜の二人
  あなたはだんだんきれいになる あどけない話 同棲同類 美の監禁に手渡す者
  人生遠視 風にのる智恵子 千鳥と遊ぶ智恵子 値ひがたき智恵子 山麓の二人
  或る日の記 レモン哀歌 荒涼たる帰宅 亡き人に 梅酒 うた六首 智恵子の半生
  九十九里浜の初夏 智恵子の切抜絵 詩集「智恵子抄」目次年表
 『智恵子抄』補遺
  涙 からくりうた 梟の族 人に 淫心 金 うた一首 新茶の幻想 某月某日
  某月某日 某月某日 某月某日 『智恵子抄』補遺作品年表
 『智恵子抄』以後
  松庵寺 報告 噴霧的な夢 若しも智恵子が 元素智恵子 メトロポオル 裸形 案内
  あの頃 吹雪の夜の独白 智恵子と遊ぶ みちのく便り 三 「樹下の二人」 父との関係
  『智恵子抄』以後 作品年表
 解説 中村稔
 年譜 北川太一

「智恵子抄裁判」で原告側の証人として出廷した、弁護士でもあらせられる文芸評論家・中村稔氏の編です。いろいろ大人の事情があったようで、後の版ではタイトルが『校本 智恵子抄』と改められ、現在も入手可能です。

本日、生誕143周年目となった光太郎。その生前の姿をご存じの方によるエッセイ集です。

加賀野の春

発行日 : 2026年3月10日
著 者 : 小野寺苓(おのでられい)
版 元 : 文藝春秋企画出版部
定 価 : 1,600円+税

著者は昭和7年(1932)東京都生まれ、岩手県盛岡市育ち。長く一関市で暮らし、『みちのく腑分け始末』『茶杓 消えた伊達家老』などの歴史小説や、詩集、随筆集『北窓の風景』『心の旅 井上靖紀行』などを上梓。とりわけ平成8年(1996)刊の随筆集『女の名前』は評価が高く、小学館文庫に入りロングセラーとなった。

本書には、それ以降、書き溜めた作品から、9篇の詩と47篇の随筆を厳選。高村光太郎から聞いたテイル・シチューの話。2010年、講演に招かれた福島県新地町の人たちとの力強い握手。日本で初めて『悪の華』を訳した同郷の矢野茫土とその仕事を守った家族。東京駅で懐かしげに夫に話しかけた謎の男。そして百回も続いた「井上靖文学を読む会」のことなど、忘れがたい人との縁が、端正な名文で綴られる。

「読み返し、偶然と言うべきか不思議と言うべきか沢山の素晴らしい方々との出会いが私を成長させて下さったことに改めて気がつきます」(「あとがき」より)
巻末に、『女の名前』以来の愛読者・桜木紫乃さんによる解説を収録。
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目次
 詩 愛
 赤いバイオリン/椿の庭/蜘蛛の巣    
 詩 沈黙
 ははとじとまなご/ミラー刺繡/水晶/網タイツの菩薩/黒い仏像    
 詩 フウセンカズラ
 握手/消えたチーズ/茶杓/観光と大観/石庭      
 詩 パラオの少年
 フタリワイイ/東山魁夷と子供たち/氷の階段/レッスン/矢野文夫(茫土)/画家の遺族
 青イシグナル   
 詩 桜は咲かなかった
 ジャカランダの花/あの世でも/陰膳/飯盒炊さん/テイル・シチュー/夏の終わり  
 詩 萱草
 たばこ/女物のハンカチ/衝突/目撃者/錦木/原敬と狸/赤穂の殿様    
 詩 想
 感謝/保険医廃業/人名漢字/同姓同名/芳名簿/勘違い/圧迫骨折/落穂拾い
 天使との出会い/ 加賀野の春     
 詩 道
 徳島の旅/白神山地は拒絶した/曖昧の弱さ/読む・百回のステージ 
 詩 よみがえり
 あとがき
 解説 桜木紫乃

小野寺 苓
昭和7年(1932)東京都生まれ。岩手県盛岡で育つ。小説に『玉蕾』(岩手日報社)、『みちのく腑分け始末』(新人物往来社)、『茶杓 消えた伊達家老』『火 みちのく一関忠臣蔵』(勝どき書房)、随筆に『北窓の風景』(おのまき)、『女の名前』(小学館文庫)、『心の旅 井上靖紀行』(土曜美術出版販売)。北川れいのペンネームで、詩集『ママンの木』『蓮台野』(Láの会)、『花の郵便』『托鉢の朝』(土曜美術出版販売)がある。


著者の小野寺苓氏、「よく間違われる」と本文中にも繰り返し記されていますが、女性です。「苓(れい)」一字のお名前は、漢文学の教養がおありだった父君による命名とのこと。現在では常用漢字にも人名漢字にも含まれない字だそうですが。

東京のお生まれで盛岡で育ち、永らく一関にお住まいで、現在は盛岡の介護施設に入ってらっしゃるそうで、タイトルの「加賀野」はその施設名から。同時に施設周辺の地名でもあるようです。

「テイル・シチュー」という項で、花巻郊外旧太田村の山小屋(高村山荘)に隠棲していた光太郎の元を訪問したことが語られています。訪問時には「花巻市の高校生だった」そうで「数人の友人と訪ねて行った」とのことでした。季節的には「あの日の山荘の外は白い雪景色」。光太郎は囲炉裏ばたにいたそうですが、小野寺氏一行を見て開口一番「名前を聞いても仕方がない」(笑)。しかし、歓待はしてくれたようで、それは「私たちが乏しい小遣いから出し合って買っていった土産の煎餅や焼き芋をひどく気に入った」ためのようです(笑)。

そして「テイル・シチュー」。

 高校生の私たちを相手に話してくれたのは、文学や彫刻の事ではなくパリ在住時代の食べ物の話ばかりだった。
 テイル・シチュー、タン・シチュー、フランスパンのことなど懐かし気に話していた。パリの肉屋から殆どただみたいに貰ってくる牛のシッポを肩からだらりと下げてパリの街中を歩く姿を想像したのだが、まさかそんな恰好ではなかったろう。


光太郎のテイル・シチュー好きは筋金入りで、山小屋隠棲中にも作っていましたし、講演などでもその魅力を繰り返し語っていました。当時まだ一般的ではなかったこともあり、講演を聴いた聴衆が挙ってシッポを買い求め、肉屋さんとしては「何事だ?」状態だったとのこと(笑)。

その後、最近の話として浅田次郎氏の小説『蒼穹の昴』の話題に。その中にテイル・シチューについての記述があって、旦那さまが肉屋さんに材料を頼み、小野寺氏が作ってみたとのこと。そこから遠い日の光太郎から聞かされた話を思い出した、という流れでした。

光太郎、残っている日記には結構細かく来訪者と貰った土産などを記録しているので、あたってみました。雪の季節で、高校生が数人、持参したのは煎餅と焼き芋。しかし、残年ながら該当する記述は見つかりませんでした。昭和24年(1949)と翌25年(1950)の日記は大部分が失われており、その間だったのだろうと思われます。

その他、光太郎と交流のあった人物についての項も複数。彫刻家の土方久功、詩人・美術評論家・日本画家の矢野文夫、画家の松本竣介、そして岩手と言えば宮沢賢治。さらにご交流がおありの桜木紫乃氏による解説が附されています。

どの項も軽妙かつユーモアに溢れ、それでいて考えさせられることも多く、最近読んだこの手のものの中では出色でした。ぜひお買い求め下さい。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)71 『新編 智恵子抄』

平成6年(1994)4月15日 ノーベル書房 高村光太郎著 髙村規監修
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目次
 智恵子の貼り絵
 詩
  人に 或る夜のこころ おそれ 涙 からくりうた 梟の族 或る宵 郊外の人に
  冬の朝のめざめ 深夜の雪 人に 人類の泉 僕等 愛の嘆美 晩餐 淫心 樹下の二人
  狂奔する牛 金 鯰 夜の二人 あなたはだんだんきれいになる あどけない話
  同棲同類 美の監禁に手渡す者 人生遠視 風にのる智恵子 千鳥と遊ぶ智恵子
  値ひがたき智恵子 山麓の二人 或る日の記 レモン哀歌 亡き人に 梅酒
  荒涼たる帰宅 松庵寺 噴霧的な夢 もしも智恵子が 元素智恵子 メトロポオル 裸形
  案内 あの頃 吹雪の夜の独白 智恵子と遊ぶ 報告
 短歌
 随筆
  智恵子の半生 新茶の幻想 某月某日 九十九里浜の初夏 智恵子の切抜絵 年越し
  智恵子の遺作展 村にて 再び村にて 九月三十日 あとがき(智恵子抄その後より)
  樹下の二人 二本松霞ヶ城 ×月×日 某月某日 某月某日 自作肖像漫談
 書簡
  智恵子宛光太郎書簡

少し前ににも書きましたが、この時期、『智恵子抄』の各種の異版が5種類ほど相次いで刊行されました。どれも不幸な「智恵子抄裁判」のからみです。そのうち、髙村家として出したという感じのものです。他の『智恵子抄』に収録されなかった作品も積極的に採る、というコンセプトだったようです。

たまたまでしょうが、3月19日(木)と20日(金)に3件、朗読系のイベントが集中しています。開催場所は全国各地に分散していますが、すべて東北がらみです。

まず都内から。

五所川原神明宮再建応援企画 雅の会チャリティ朗読会

期 日 : 2026年3月19日(木)
会 場 : Janus Creation(ジェーナスクリエイション)東京都武蔵野市西久保1-6-20
時 間 : ① 11:30~ ② 15:00~
料 金 : 2,500円(1ドリンク付)

作 品 : 「蜜柑」芥川龍之介 「智恵子抄」高村光太郎 「カチカチ山」「雀こ」太宰治
出 演 : 中村雅子(朗読家)
      唐ひづる・小針光代・西山葉子・三浦公仁子・水谷薫
      百田悦子・山下佐千子(以上 雅の会メンバー)
予 約 : 090−1606-9822(10時〜17時)

五所川原市にあります神明宮様の拝殿が、2024年3月原因不明の火事により拝殿を焼失しました。その再建には3億円がかかるとも言われます。少しでも再建を応援いたしたく、2025年からチャリティ朗読を企画、最低限の経費を除く全額を神明宮様に寄付させてただ来ました。その2回目を3月19日に三鷹で行います。

今回も、中村がご指導している「雅の会」の有志がチャリティに賛同してくれまして、朗読を披露いたします。是非、お越しくださいまして、神明宮様の拝殿再建にご協力を賜りますようお願い申し上げます。
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太宰治生家の斜陽館さんと同じ(10㌔㍍ほどの距離)、青森県五所川原市の神明宮さんの再建応援だそうです。拝殿が令和6年(2024)3月に全焼、だそうで。

中村雅子氏の朗読、平成26年(2014)に浅草で拝聴したことがあります。その際は「東日本大震災復興支援チャリティ」と冠され、やはり太宰作品や「智恵子抄」が取り上げられました。

中村氏、他にも相模原や喜多方で公演のあった「森のコンサート マリンバの響き ~智恵子抄の世界~」などで「智恵子抄」を取り上げて下さっています。

共演なさる唐ひづる氏は令和5年(2023)に高円寺で開催された「ろうどくdeおもてなし 七夕公演~会えば何かがはじまる~【夜公演】」でやはり「智恵子抄」を朗読された方です。

続いて大阪。

朗読とプロパノータの夕べ vol.27~五感に届く朗読会~

期 日 : 2026年3月19日(木)
会 場 : Conteur 絵本カフェ&バー 大阪市中央区今橋2丁目2−9今橋ビル3階 
時 間 : ① 16:00~ ② 19:00~ 
料 金 : チャージ:2,500円 (チーズケーキ&コーヒーか紅茶)

定 員 : 各回7名 ☆要予約
出 演 : 加納恵美子

今回の朗読は、高村光太郎 作品より『山の春』『山の秋』『山の雪』をお届けします。詩人•彫刻家として有名な高村光太郎は、晩年の7年半を岩手県花巻市の山小屋で暮らしました。そこで書かれた随筆には、山の風景と季節ごとの自然が、みずみずしい感覚で活き活きと描かれています。そんな山の様子を、ご一緒に感じていただければ幸いです。ご予約をお待ちしております。

肩の不調により、今回はプロパノータ演奏は行いません。申し訳ありませんが、ご了承くださいませ。
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「プロパノータ」て何? と思って調べたところ、「廃材となったプロパンガスのボンベを利用してつくる打楽器」だそうです。ただ、数日前になって演者の方の体調不良でそちらの演奏は無しになったと告知されました。残年ですが、致し方ありませんね。お大事にどうぞ。

取り上げられるのは光太郎エッセイ「山の春」(昭和26年=1951)「山の秋」(昭和28年=1953)など。いずれも花巻郊外旧太田村に隠棲中に書かれたもので、暮らしていた山小屋(高村山荘)周辺の様子が描かれています。

最後に仙台から。

深田久弥没後55周年記念 ~朗読・音楽・映像の旅~「深田久弥 日本百名山-ある男の登山記録と共に-」

期 日 : 2026年3月20日(金)
会 場 : エル・パーク仙台ギャラリーホール 仙台市青葉区一番町4-11-1
時 間 : 14:00~
料 金 : 前売り3,000円 当日3,500円 高校生以下無料(要予約)

演出/竹井みどり ピアノ・作曲/稲垣達也 ケーナ・笛/高橋易宏
朗読/茅根利安、上島奈津子

主催は「朗読サロンぽぷら」代表 竹井みどりさん。亡き夫、竹井稔夫さんは山に魅せられ、深田久弥が選定した「日本百名山」を完全踏破したのでした!稔夫さんの登山記録や深田久弥「日本百名山」や智恵子抄をはじめ山々にまつわる文章の朗読・劇を大活躍のお二人--茅野利安、上島奈津子さんが担当
♫ 音楽は私 稲垣達也のPianoとケーナ・尺八・能管etc奏者 高橋易宏がオリジナル曲&即興演奏を生演奏で担当。竹井稔夫さんの残した写真のスライドをふんだんに織り交ぜておおくりします。
<ご予約>以下までお名前、人数をお知らせいただければ予約リストに加え、当日受付で前売り料金にて精算させていただきます。
電話予約 080-5000-4596 (竹井) メール inagakipiano@gmail.com (稲垣)
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深田久弥は『日本百名山』の中で安達太良山をリストアップし、「智恵子抄」がらみで紹介しています。光太郎は深田の著書『津軽の野づら』の再版(昭和20年=1945)を花巻郊外旧太田村の山小屋で版元から贈られたことが書簡に記されています。

というわけで、東北がらみの光太郎作品朗読、それぞれご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)70 『智恵子抄』 五十年記念愛蔵版 特装限定版

平成3年(1991)11月20日 龍星閣 高村光太郎著
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目次
 人に             明治四十五年七月
 或る夜のこころ        明治四十五年八月
 おそれ            明治四十五年八月
 或る宵            大正元年十月
 郊外の人に          大正元年十一月
 冬の朝のめざめ        大正元年十一月
 深夜の雪           大正二年二月
 人類の泉           大正二年三月
 僕等             大正二年十二月
 愛の嘆美           大正三年二月
 晩餐             大正三年四月
 樹下の二人          大正十二年三月十一日
 狂奔する牛          大正十四年六月十七日
 鯰              大正十五年二月五日
 夜の二人           大正十五年三月十一日
 あなたはだんだんきれいになる 昭和二年一月六日
 あどけない話         昭和三年五月十日
 同棲同類           昭和三年八月十六日
 美の監禁に手渡す者      昭和六年三月十二日
 人生遠視           昭和十年一月二十二日
 風にのる智恵子        昭和十年四月二十五日
 千鳥と遊ぶ智恵子       昭和十二年七月十一日
 値ひがたき智恵子       昭和十二年七月十二日
 山麓の二人          昭和十三年六月二十日
 或る日の記          昭和十三年八月二十七日
 レモン哀歌          昭和十四年二月二十三日
 荒涼たる帰宅         昭和十六年六月十一日
 亡き人に           昭和十四年七月十六日
 梅酒             昭和十五年三月三十一日
 うた六首                         
 智恵子の半生         昭和十五年九月
 九十九里浜の初夏       昭和十六年五月
 智恵子の切抜絵        昭和十四年一月 
 編集者附記 澤田伊四郎

昭和16年(1941)にオリジナル『智恵子抄』を上梓した龍星閣が、第83刷を「五十年記念愛蔵版」として出したもの。昨日御紹介したバックラム装の上製版と、さらに二重函(内函は麻布装)、三方金、羊皮表紙の220部限定特装版の2種類が同時に出版されました。

15年経ちました。

15年前のあの日、光太郎ゆかりの地・宮城県女川町で光太郎顕彰団体「女川光太郎の会」を主宰なさっていた貝(佐々木)廣氏は、同町を襲った津波に呑まれ、還らぬ人となられました。

15年前、震災から数日間、自分は避難所となっていた当時の勤務先のPCで女川町の情報収集。現地の避難所に入ったという方々の手書き名簿PDFに貝氏の名を見つけ、一度は胸をなで下ろしたのですが、氏はいったん受付を済ませてから、まだ助けられる人がいるかもしれないと再び町中心部に向かい、そこで津波に……。後でわかったことでしたが……。

震災後、その女川町で、その年に当時の女川第一中学校に入学した生徒さんたちの発案で、「いのちの石碑」が建てられ続けました。町内21箇所のそれぞれ津波到達地点より高い場所を選び、避難の際の目印になるようにとのことでした。貝氏が中心となって、平成3年(1991)かつての女川港海岸公園に据えられた光太郎文学碑に倣い、建設資金はすべて募金でまかなうというプロジェクトでした。

震災から10年後の令和3年(2021)、最後の第21号碑が竣工。そこから数えてももう5年経つかという感じです。

その「いのちの石碑」について、『毎日新聞』さんの一面コラム。3月8日(日)の掲載でした。

余録 宮城県女川町には…

宮城県女川町には、津波発生時の避難の目安とするため「女川いのちの石碑」が沿岸部の21カ所に建立されている。2011年の東日本大震災。同町の津波による死者・行方不明者は827人に及んだ。当時小学6年生だった地元の子どもたちが、中学入学後「1000年後まで津波から命を守りたい」と考えた▲地元と連携して寄付を募り、津波の到達点を参考に建て続け、21年に完了した。国土地理院によると、東日本大震災の教訓を伝える自然災害伝承碑は、全国で130カ所が地図に載る▲あれほど苛烈だった津波被害も発災から約15年を経て、知らない世代の人が増えてくる。宮城県石巻市在住の藤間千尋さん(47)は、公益社団法人「3・11メモリアルネットワーク」(同市)のスタッフとして伝承活動に取り組む。「『津波を知らない子どもたち』を嘆くよりも、伝わる言葉を持っていない大人側の課題だと考えるべきです」と指摘する▲藤間さんは横浜市出身。震災後に石巻でボランティア活動を行い、移り住んだ。震災遺構などで見学者に説明する際は、自身は被災者でないことを事前に伝える。「伝承する役割を体験者だけに背負わせず、分かち合えれば」と語る▲語り部の活動、伝承碑、震災遺構の保存。共通の目的は未来の犠牲者を一人でも減らすことにある▲藤間さんが所属する同団体は、被災者でなくても関心を持つ大学生らが、震災遺構などでガイド役となる取り組みを始めた。多様な伝承のあり方を考えたい。
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建立当時の「女川いのちの石碑」のひとつ。女川中学校の卒業生が碑文について説明した=宮城県女川町出島で2015年10月31日

建立の中心メンバーだった皆さんは、災害伝承のために現在も活躍中です。3月8日(日)には、北海道旭川市で開催された災害時の地域のつながりを考えるセミナーで、渡辺滉大(あきと)さん、鈴木智博さんのお二人が講師を務められたそうです。
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鈴木さんは中学生時代、「女川光太郎祭」に複数回参加され、光太郎詩文の朗読もなさって下さいました。

3月7日(土)には、伊藤唯さん、それから彼らの先生だった阿部一彦さんらが、碑の清掃活動。そしてOX仙台放送さんのインタビューに。

東日本大震災の発生から15年 継続的に取材を続けてきた被災者に聞く「災害報道の在り方」〈宮城〉

 東日本大震災の発生から15年を迎えます。仙台放送ではこの間、多くの方にお話を伺いました。継続的に取材をしてきた2人に、私たちの報道について振り返っていただきました。
 女川町出身で現在は都内に住む伊藤唯さん、27歳。3月7日、古里に帰ってきた伊藤さんは、同級生や恩師とともに自らも制作にかかわった石碑の掃除を行いました。
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 震災で872人が死亡または行方不明となった女川町。町の人口の1割にあたる人が犠牲となりました。
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 悲劇を繰り返さないために…。立ち上がったのは伊藤さんをはじめ町内の中学生でした。震災発生から1カ月後に女川第一中学校に入学した生徒たちが考えた「いのちの石碑」。1000年後の命を守るを掲げ、町内21カ所の浜の津波到達地点より高い場所に、石碑を立てるというプロジェクトです。
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 資金の1000万円も生徒たちが募金で集めるなどし、全国から大きな注目を集めました。
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高橋咲良アナウンサー「これまで経験したことのない数のカメラを向けられて、あの時はどういう気持ちでしたか?」
伊藤唯さん「戸惑いがあったし、子供ながらに、大勢の知らない大人たちが環境が変わった状況の中に入ってくるというのは、すごく恐怖」
 自分の言葉がどういう伝わり方をするのか。伊藤さんは今も怖いと話しますが、それでも、大好きな町が一変したあの日の光景は、子供ながらに伝えなきゃいけないと感じたと言います。
高橋咲良アナウンサー「どんなことを伝えたいと思っていた?」
伊藤唯さん「震災直後は子供だったので、素直に自分が夢なんじゃないかと思った、あの日の出来事や光景をそのまま伝えられたらと思ったし、あの日初めて命と向き合ったというか。子供のころは命のこととか、あんまり考えないじゃないですか。だから命のことを考えるきっかけが震災だった」
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 伊藤さんが暮らしていた地区に建つ石碑。伊藤さんが中学生の時に考えた俳句が刻まれています。「愛すべき未来のために我が道を」
伊藤唯さん「今思い返してみると多分真っ暗闇の中でも、未来を見据えていたとすごく思う」

「いのちの石碑」、何と、今月行われた長野県の公立高校入試の問題でも取り上げられました。
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社会の地理的分野の問題ですが、こうしてみると、東日本大震災も「歴史」の一部となりつつあるかと思いました。しかし、それは風化させていいということではありませんし、福島では未だに原発事故の被害が継続中なわけで……。

3.11、今日という日が、いろいろと考えさせられる一日であってほしいものです。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)69 『智恵子抄』 五十年記念愛蔵版 上製版

平成3年(1991)11月20日 龍星閣 高村光太郎著
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目次
 人に             明治四十五年七月
 或る夜のこころ        明治四十五年八月
 おそれ            明治四十五年八月
 或る宵            大正元年十月
 郊外の人に          大正元年十一月
 冬の朝のめざめ        大正元年十一月
 深夜の雪           大正二年二月
 人類の泉           大正二年三月
 僕等             大正二年十二月
 愛の嘆美           大正三年二月
 晩餐             大正三年四月
 樹下の二人          大正十二年三月十一日
 狂奔する牛          大正十四年六月十七日
 鯰              大正十五年二月五日
 夜の二人           大正十五年三月十一日
 あなたはだんだんきれいになる 昭和二年一月六日
 あどけない話         昭和三年五月十日
 同棲同類           昭和三年八月十六日
 美の監禁に手渡す者      昭和六年三月十二日
 人生遠視           昭和十年一月二十二日
 風にのる智恵子        昭和十年四月二十五日
 千鳥と遊ぶ智恵子       昭和十二年七月十一日
 値ひがたき智恵子       昭和十二年七月十二日
 山麓の二人          昭和十三年六月二十日
 或る日の記          昭和十三年八月二十七日
 レモン哀歌          昭和十四年二月二十三日
 荒涼たる帰宅         昭和十六年六月十一日
 亡き人に           昭和十四年七月十六日
 梅酒             昭和十五年三月三十一日
 うた六首                         
 智恵子の半生         昭和十五年九月
 九十九里浜の初夏       昭和十六年五月
 智恵子の切抜絵        昭和十四年一月 
 編集者附記 澤田伊四郎

この時期、『智恵子抄』の各種の異版が5種類ほど相次いで刊行されました。どれも不幸な「智恵子抄裁判」のからみで、当時は複雑な思いでいましたが、光太郎作品の伝承という意味では意義のあることと感じていました。

昭和16年(1941)にオリジナル『智恵子抄』を上梓した龍星閣では、第83刷を「五十年記念愛蔵版」として、バックラム(麻布をの生地目を浮き出して膠で固め着色したもの)装、特別な函入りで刊行しました。この他に後ほど御紹介しますが、「特装版」も出しています。

附録として澤田城子著『智惠子抄の五十年』が函に入れられていました。
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照明設備の改修工事で昨年12月から今年2月いっぱいまで休館中だった、二本松市の大山忠作美術館さんが再オープンしました。同市出身の文化勲章受章画家にして、繰り返し上演された朗読劇「智恵子抄」で智恵子役を演じられた女優・一色采子さんのお父さまである大山忠作画伯の作品を収蔵・公開なさり、一色さんが名誉館長を務められています。

地元紙『福島民報』さん。

大山忠作美術館が再開館 常設展「本日は日本画日和」開始 9月13日まで 福島県二本松市

 福島県の二本松市大山忠作美術館は改修工事による休館を経て再開館し、第32期常設展「本日は日本画日和」が始まった。同市出身の日本画家で文化勲章を受けた大山忠作さん(1922~2009年)の自然体で「描きたいものを描く」心を映す大作や扇面画などが並び、来館者を楽しませている。9月13日まで。
 LED照明の設置工事に伴い3カ月間休館し、今月1日に再開館した。「荷花」「天壇白日」「霧(高村智恵子)」などの大作をはじめ、春、夏の季節を感じられる作品、わが子の愛らしい姿を描いた「童女」、制作の過程がわかるスケッチや下絵もある。傘寿(80歳)を記念して制作した扇面画は、扇形の画面に清らかな花々や安達太良山が描かれ、「雷神午睡」「風神一服」などユーモアがにじむ作品の魅力も味わえる。展示点数は計70点。
 渡辺陽菜学芸員は、「照明が変わり、画面の鮮やかさが増した。大山家所蔵の初公開資料もあり、当美術館ならではの作品を楽しんでほしい」と来館を呼びかけている。開館時間は午前9時30分~午後5時。観覧料は一般410円、高校生以下210円。月曜休館(祝日の場合は翌日)。問い合わせは大山忠作美術館へ。

■大山采子さん 15日にトークイベント
 大山忠作さんの長女で大山忠作美術館名誉館長の大山采子(俳優・一色采子)さんのトークイベントは15日午後1時30分から二本松市市民交流センターで開かれる。
 美術館の再開館を記念し、楽しいトークを繰り広げる。終了後、美術館に移動してギャラリートークをする。定員120人で参加料は500円(常設展観覧券、ミニプレゼント付き)。申し込み・問い合わせは大山忠作美術館へ。
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000「霧(高村智恵子)」は右画像のもの。品切れになっていなければ、ミュージアムグッズとしてA4クリアファイルやポストカードも販売されています。

画伯には同郷だった智恵子をモチーフとした作品「智恵子抄」、「智恵子に扮する有馬稲子像」などがあり、特に「有馬稲子像」の方はデッサンも複数遺されています。

休館中、「移動美術館」という形で、それらを同市の智恵子記念館さんとにほんまつ城報館さんで公開していました。

リニューアル記念として、名誉館長の一色采子さんによるトークイベントが3月15日(日)に開かれるとのことで、早速申し込みました。

ついでというと何ですが、同じ福島県のいわき市では、市立の草野心平記念文学館さんで企画展「草野心平と川内村」が前日の3月14日(土)から始まるので、そちらも拝観して参ります。

当会の祖・草野心平を名誉村民として下さった川内村と心平の縁にスポットを当てるもので、直接的には光太郎に関わりませんが、フライヤー裏面画像に写る心平の別荘「天山文庫」は、建設委員に光太郎実弟の豊周も名を連ねていますし、豊周子息で写真家の故・規氏も何度も同村を訪れられています。もちろん当方も。
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それぞれご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)68 『詩集 道程』復元版 角川文庫リバイバルコレクション

平成元年(1989)6月30日 角川書店(角川文庫) 高村光太郎著
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目次
 一九一〇年
  失はれたるモナ・リザ 生けるもの 根付の国
 一九一一年
  画室の夜 熊の毛皮 人形町 甘栗 庭の小鳥 亡命者 鳩 食後の酒 寂寥 声 風
  新緑の毒素 頽廃者より 「河内屋与兵衛」 髪を洗ふ女 「心中宵庚申」 夏 なまけもの
  手 金秤 はかなごと めくり暦 地上のモナ・リザ 葛根湯 夜半 けもの あつき日
  父の顔 泥七宝 ビフテキの皿
 一九一二年
  青い葉が出ても 赤鬚さん あをい雨 友の妻 ――に 夏の夜の食慾 或る夜のこころ
  おそれ 犬吠の太郎 さびしきみち カフエにて 梟の族 冬が来る カフエにて
  或る宵 夜 狂者の詩 郊外の人に 冬の朝のめざめ カフエにて 師走十日 戦闘
 一九一三年
  人に カフエにて 深夜の雪 人類の泉 山 よろこびを告ぐ 現実 冬が来た 冬の詩
  牛 僕等
 一九一四年
  道程 愛の嘆美 群集に 婚姻の栄誦 万物と共に踊る 瀕死の人に与ふ 晩餐
  五月の土壌 淫心 秋の祈
 注釈
 解説 高村光太郎―人と作品 藤原定
    作品解説 草野心平
 主要参考文献
 年譜

角川文庫40周年記念特別企画ということで、読者アンケートによる限定復刊が為されたうちの一冊です。はさまっていたフライヤーには30冊がラインナップに挙げられていました。近代日本文学系だと、他に『一葉青春日記』(樋口一葉)、『月に吠える』(萩原朔太郎)、『新訂版 石川啄木』(金田一京助)なども。各冊共通の金色のカバーが装着されました。それが第一期で、この後第三期まで、計74作品104冊が復刻出版されたそうです。

『道程』は昭和26年(1951)に角川文庫のラインナップに入り、この版が「改版十刷」でした。

北海道での報道等を2件。

まずは昨日も御紹介した漫画『本郷新伝』について。『毎日新聞』さん北海道版で3月4日(水)に出た記事です。

戦後代表する彫刻家 本郷新の生涯 漫画に 札幌でコレクション展 生誕120年記念 反戦・平和の願い込め /北海道

 札幌市生まれで、戦後日本を代表する彫刻家、本郷新の生涯を描いた漫画「本郷新伝」(teamエアーダイブ著、ダイブックス)が出版された。生誕120年を記念して本郷新記念札幌彫刻美術館(中央区)が企画。現代と本郷の生きた時代を往還しながら物語が展開し、反戦・平和への願いを込めた制作エピソードも織り交ぜた。同館で原画パネルや作品のコレクション展「マンガでわかる本郷新」が開かれている。
 漫画は、札幌市内の漫画制作・出版会社「エアーダイブ」と鴨修平さん、桜井さよるさんの2人の漫画家が共同制作した。3話で構成。同館が史実に基づいて監修した。
 第1話は彫刻を始めた女子高校生が同館を訪れ、館長の案内で戦没学生の青年像「わだつみの声」像などの作品に込めた思いを知っていく。第2話は広島市平和記念公園の「嵐の中の母子像」にまつわる物語だ。母親が2人の幼子を懸命にかばって前かがみに進む像で、広島原爆で犠牲になったとみられる祖母を図書館員が追想する。 
 同館で先行販売しており、4日から書店発売の予定だ。市内の小中高には3月 中をめどに配る。梅村尚幸学芸員(38)は「純粋に漫画として面白い。漫画家の創造性を尊重し、本郷新からのイマジネーションを広げてストーリーを作ってもらった。大人から子供まで、彫刻を知らない人や詳しい人も楽しめる」と話している。梅村さんは漫画の途中に挿入された解説を書いた。
 巻末にブロンズ像の作り方の図解や札幌・全国の公共空間にある作品群も紹介。A5判128ページ。990円。
 コレクション展は原画の拡大パネル約60枚と作品31点のほか、本郷が幼少期に描いた絵や学生時代のノートなど貴重な資料も公開している。5月24日まで(月曜休館、5月4日開館、同7日休館)。
 出版を記念して3月21日午後2時、中央区の市民交流プラザでトークイベント「マンガで伝える彫刻家 本郷新の思い」を開催。エアーダイブの田中宏明代表、三守小百合副編集長、漫画家2人と同館 ... 問い合わせは同館(011・642・5709)へ。

 □人物略歴. 本郷新. 1905年12月生まれ。札幌二中(札幌西高)、東京の順天中学を経て北海中学(北海高)卒業。東京高等工芸学校(千葉大工学部)へ。在学中から師事した高村光太郎を通じてロダンの影響を受けた。東京で若手彫刻家たちと「新制作派協会彫刻部」を旗揚げ、彫刻界に新風を吹き込む。全国各地の公園などにモニュメントの彫刻が設置され、80点以上が現存する。80年2月、74歳で死去。札幌市中央区宮の森のアトリエを含む2棟が本郷新記念札幌彫刻美術館となっている。
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広島市平和記念公園の「嵐の中の母子像」(1960年設置)。後ろの建物は広島平和記念資料館本館=広島市中区で2022年11月、安味伸一撮影

最初の画像で展示されている3枚の原画が写っていますが、一番右のそれはちょうど光太郎が登場しているシーンです。

もう1件、『北海道新聞』さんの一面コラム。先週6日の掲載でした。

<卓上四季>高木美帆さんの「道程」

<僕の前に道はない/僕の後ろに道は出来る>。高村光太郎の「道程」の冒頭の詩句である。このとき光太郎は31歳。ひとりの芸術家として未知の荒野を突き進み、前例のない新たな道を切り開きたい―。ストイックかつ強い意志を感じさせる宣言であった▼北海道が生んだひとりのアスリートの軌跡が重なってみえる。スピードスケートの五輪金メダリスト、高木美帆さんだ▼中学生だった15歳で五輪の初舞台に立つ。以来、計4回も出場を重ねて、10個ものメダルを手にする。だれも到達することのできなかった高峰をめざし続けた▼輝きは成績にとどまらない。短距離から長距離までをカバーし、個人種目でも団体でも圧倒的な強さ。希代のオールラウンダーとして世界の尊敬を集めてきた▼ずっと順風満帆だったわけではない。五輪出場を逃したこともあるし、今季は好不調の波に苦しんだ。それでも体力と技術を極限まで高めてリンクに立った。試練に負けない求道者をみるようだった▼いつも道を切り開いてきた高木さんが引退を表明した。栄光の陰につらい日々もあっただろう。31歳までのがんばりに心から拍手を送りたい。オランダでの世界選手権がラストランとなる。<残りの期間も変わらずに、スケートに向き合い続け、高みへ挑みにいきます>。彼女らしいことばである。

光太郎詩「道程」(大正3年=1914)の冒頭部分は、このように様々な分野でのパイオニア的な活躍を見せた人々を語るマクラとしてよく使われます。特に高木選手同様、レジェンドと化した皆さん(野茂英雄投手とか、将棋の藤井聡太六冠とか)。ただ、時折、そこまで行ってないだろ、という若手や、その後不祥事があったりで「何だかなぁ」という人物の形容にも使われることもあるのですが……。

光太郎自身、芸術分野に於ける日本でのパイオニアたらんとする自負や矜恃があって「僕の前に道はない/僕の後ろに道は出来る」としたのでしょう。パイオニアと言えば、「道程」の前年に発表された詩「人類の泉」では「私は自分のゆく道の開路者です」とし、「開路者」には「ピオニエエ」とルビを振っています。これは仏語の「pionnier」。英語の「pioneer(パイオニア)」に相当します。

ところで高木選手、昨日行われたオランダでの世界選手権オールラウンド部門では3位入賞を果たし、現役生活にピリオドを打ったそうです。
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お疲れさまでした、ですね。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)67 『愛の時』愛蔵版

昭和61年(1986)4月2日 アムリタ書房 ヹルハアラン著 高村光太郎訳
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目次
 明るい時 LES HEURES CLAIRES
  Ⅰ おう さんらんたるわれらのよろこび
   O LA SPLENDEUR DE NORTRE JOIE
  Ⅱ 無言のままわれらの歩くこの明るい花園が
   QUOIQUE NOUS LE VOYIONS FLEURIR DEVANT NOS YEUX
  Ⅲ この野蛮な柱頭、そこには怪物等が身をもだえ
   CE CHAPITEAU BARBARE OU DES MONSTERES SE TORDENT
  Ⅳ 夜の空はひろがり
   LE CIEL EN NUIT S'EST DÉPLIÉ
  Ⅴ いつでも,かほど純真にふかい
   CHAQUE HEURE OÙ JE SONGE À TA BONTÉ
  Ⅵ あなたは時としてあのなよやかな美を示す,
   TU ARBORES PARFOIS CETTE GRÂCE BÉNIGNE
  Ⅶ おう! 戸を叩かせて置かう,
   OH! LAISSE FRAPPER CETTE GRÂCE BÉNIGNE
  Ⅷ あどけない頃のやうに,私は自分の心をあなたに上げた,
   COMME AUX ÂGES NAÏFS JE T'AI DONNÉ MON C CEUR
  Ⅸ わかい,気のやさしい春は
   LE PRINTEMPS JEUNE ET BÉNÉVOLE                           
  Ⅹ しづかに来て
   VIENS LENTEMENT T'ASSEOIR
  Ⅺ 火のやうな恍惚の眼をして
   COMBIEN ELLE EST FACILEMENT RAVIE
  Ⅻ 長い間私のくるしんでゐた時,
   AU TEMPS OÛ LONGUEMENT J'AVAIS SOUFFERT
  ⅩⅢ どういふわけか何故なのかいはれは何か
   ET QU'IMPORTENT ET LES POUQUOIS ET LES RAISONS
  ⅩⅣ 黄金と花との階段をしづしづ降りる
   A CES REINES QUI LENTEMENT DESCENDENT
  ⅩⅤ 私はあなたの涙に,あなたの微笑みに,
   JE DÉDIE À TES PLEURS, À TON SOURIRE
  ⅩⅥ 私はあなたの二つの眼の中に自分の魂全てを溺らす,
   JE NOIE EN TES DEUX YEUX MON ÂME TOUT ENTIÈRE
  ⅩⅦ われらの眼を愛するため
   POUR NOUS AIMER DES YEUX
  ⅩⅧ われらあの愛の園に,夏はつづく。
   AU CLOS DE NOTRE AMOUR, L'ÉTÉ SE CONTINUE
  ⅩⅨ あなたの明るい眼,あなたの夏の眼が,
   QUE TES YEUX CLAIRS, TES YEUX D'ÉTÉ
  ⅩⅩ 言つてごらん,私の質素な私の静かな友よ,
   DIS-MOI MA SIMPLE ET MA TRANQULLE AMIE
  ⅩⅪ われら自身以外の一切のものからこんなに遠く
   EN CES HEULES OÙ NOUS SOMMES PERDUS
  ⅩⅫ おお! この幸福!
   OH! CE BONHEUR!
  ⅩⅩⅢ 生きませう,われらの愛とわれらの熱情とに。
   VIVONS DANS NOTRE AMOUR ET NOYRE ARDEUR
  ⅩⅩⅣ われらの口の触れ合ふやいなや
   SITOT QUE NOS BOUCHES SE TOUCHENT
  ⅩⅩⅤ 底知れぬ深さ神のやうに聖い
   POUR QUE RIEN DE NOUS DEUX N'ÉCHAPPE ÀNOTRE ÉTREINTE
  ⅩⅩⅥ たとひもう,こよひ,
   BIEN QUE DÉJÁ, CE SOIR
  ⅩⅩⅦ からだを捧げるとは,魂のある以上,
   LE DON DU CORPUS, LORSQUE L'ÂME EST DONNÉE
  ⅩⅩⅧ われらのうちにたつた一つの心やさしさ,
   FUT-IL EN NOUS UNE SEULE TENDRESSE
  ⅩⅩⅨ 炎に花咲く美しい庭は
   LE BEAU JARDIN FLEURI DE FLAMMES
  ⅩⅩⅩ もし万一にも
   S'IL ARRIVE JAMAIS
 午後の時 LES HEURES D'APRÈS-MIDI
  Ⅰ 年は来ました、ひと足ひと足,ひと日ひと日,
   L'ÂGE EST VENU, PAS Á PAS, JOUR Á JOUR
  Ⅱ 六月の薔薇,おん身最も美しいもの,
   ROSES DE JUIN, VOUS LES PLUS BELLES
  Ⅲ 若しほかの花々が家をかざり
   SI D'AUTRES FLEURS DÉCORENT LA MAISON
  Ⅳ 陰は浄まりあけぼのは虹いろ。
   L'OMBRE EST LUSTRALE ET L'AUROPE IRISÉE
  Ⅴ 私は,こよひ,おみやげとして,あなたにあげる,
   JE T'APPORTE, CE SOIR, COMME OFFRANDE, MA JOIE
  Ⅵ ふたりして路ばたに腰かけよう,
   ASSEYONS-NOUS TOUS DEUX PRÈS DU CHEMIN
  Ⅶ しづかに,なほもしづかに,
   TRÈS DOUCEMENT, PLUS DOUCEMENT ENCORE
  Ⅷ われらの愛の生れるわけであつたこの家には,
   DANS KA MAISON OÚNOTR AMOUR A VOULU NATRE
  Ⅸ 窓をあけひろげて
   LE BON TRAVAIL, FENÊTRE OUVERTE
  Ⅹ まつたき信がわれらの愛の底に住む。
   TOUTE CROYANCE HABITE AU FOND DE NOTRE AMOUR
  Ⅺ  暁、陰、夕暮,空間,星。
   L'AUBE L'OMBRE, LE SOIR, L'ESPACE ET LES ÉTOIRES
  Ⅻ 今は善い時,ラムプのつく時。
   C'EST LA BONNE HEURE, OÛ LA LAMPE S'ALLUME
  ⅩⅢ 過ぎ去つた年の死んだ接吻が
   LES BAISERS MORTS DES DÉFUNTES ANNÉES
  ⅩⅣ われらが同じ思に生きてゐてもう十五年。
   VOICI QUINZE ANS DÉJÀ QUE NOUS PENZONS D'ACCORD
  ⅩⅤ 永遠にわれらの喜は麻痺したと思つた,
   J'AI CRU Á TOUT JAMAIS NOTRE JOIE ENGOURDIE
  ⅩⅥ われらのまはりに生きる一切のもの,
   TOUT CE QUI VIT AUTOUR DE NOUS
  ⅩⅦ 私の感覚,私の心,私の頭脳,
   AVEC MES SENS, AVEC MON C ŒUR ET MON CERVEAU
  ⅩⅧ 爽やかな静かな健康の日々,
   LES JOURS DE FRAICHE ET TRANQUILLE SANTÉ
  ⅩⅨ 私は眠の林から出て来た。
   JE SUIS SORTI DES BOSQUETS DU SOMMEIL
  ⅩⅩ ああ,病の鉛が,
   HÉLAS! LORSQUE LE PLOMB DES MALADIES
  ⅩⅪ 明るい庭こそ健康そのもの。
   LE CRAIR JARDIN, C'EST LA SANTÉ
  ⅩⅫ 六月であつた,庭での事,
   C'ÉTAIT EN JUIN, DANS LE JARDIN
  ⅩⅩⅢ 身を捧げるだけでは足らず,あなたは自身を濫費する。
   ET TE DONNNER NE SUFFIT PLUS, TU TE PRODIGUES
  ⅩⅩⅣ おう もの一つ動かぬ静かな夏の庭よ。
   O LE CALME JARDIN D'ÈTÈ OÚ RIEN NE BOUGE
  ⅩⅩⅤ 時間も気持ちも,まるで別,
   COMME Á D'AUTRES, L'HEURE ET L'HUMEUR
  ⅩⅩⅥ 美しい夏の金色の小舟等は,
   LES BARQUES D'OR DU BEL ÉTÉ
  ⅩⅩⅦ 感覚の熱,心情の熱,霊魂の熱,
   ARDEUR DES SENS, ARDEUR DES CŒURS, ARDEUR DES ÂMES
  ⅩⅩⅧ 不動の美は
   L'IMMOBILE BEAUTÉ
  ⅩⅩⅨ そなたは,あの夕,あんな美しい言葉をきかせてくれた。
   VOUS M'AVEZ DIT, TEL SOIR, DES PAROLES SI BELLES
  ⅩⅩⅩ 「明るい朝の時」「午後の時」
   《HEURES DU MATIN CLAIR》《HEURES D'APRÈS SI BELLES》
 夕の時 LES HEURES DE SOIR
  Ⅰ DES FLEURS FINES ET MOUSSEUSES COMME L'ÉCUME
  Ⅱ  S'IL ÉTAIT VRAI
  Ⅲ LA GLYCINE EST FANÉE ET MORTE EST L'AUBPINE
  Ⅳ METS TA CHAISE PRÉS DE LA MIENNE
  Ⅴ SOIS-NOUS PROPICE ET CONSOLANTE ENCOR
  Ⅵ HÉLAS! LES TEMPS SONT LOIN
  Ⅶ LE SOIS TOMBE, LA LUNE EST D'OR
  Ⅷ LORSQUE TA MAIN CONFIE
  Ⅸ ET MAINTENANT QUE SONT TOMBÉS
  Ⅹ QUAND LE CIEL ÉTOIREÉ COUVRE NOTRE DEMEUR
  ⅩⅠ  AVEC LE MÉME AMOUR QUE TU ME FUS JADIS
  ⅩⅡ  LES FLEURS DU CLAIR ACCUEIL
  ⅩⅢ  LORSQUE S'ÉPAND SUR NOTRE SEUIL
  ⅩⅣ SI LE SORT NOUS SAUVA DES BANALES ERREURS
  ⅩⅤ NON, MON ÂME JAMAIS DE TOI NE S'EST LASSÉE
  ⅩⅥ QUE NOUS SOMMES ENCORE HEUREUX
  ⅩⅦ SUBIRONS-NOUS, HÉLAS! LE POIDS MORT DES ANNÉES
  ⅩⅧ LES MENUS FAITS, LES MILLE RIENS
  ⅩⅨ VIENS JUSQU'Á NOTRE SEUIL RÉPANDRE
  ⅩⅩ QUAND NOTRE JARDIN CLAIR
  ⅩⅩⅠ AVEC MES VIEILLES MAINS
  ⅩⅩⅡ SI NOS CŒURS ONT BRÛLÉ EN DES JOURS EXALTANTS
  ⅩⅩⅢ EN CE RUGUEUX HIVER OU LE SOLEIL FLOTTANT
  ⅩⅩⅣ PEUT-ÊTRE
  ⅩⅩⅤ OH! TES SI DOUCES MAINS
  ⅩⅩⅥ LORSQUE TU FERMERAS MES YEUX Á LA LUMIÈRE
 ヹルハアラン 高村光太郎
 解説 北川太一

ベルギーの詩人、エミール・ヴェルハーレンの詩集「時の三部作」。4年前に「光太郎生誕100年記念出版」として出版されたものが、ハードカバーになって「光太郎没後30周年記念」として再刊されました。

札幌の本郷新記念札幌彫刻美術館さんで開催中の「本郷新生誕120年記念 コレクション展 マンガでわかる本郷新」がらみで、そのマンガそのものがネットで入手できるようになったため、早速購入しました。

タイトルは『本郷新伝』。同館が企画、監修し、札幌のエアーダイブさんが制作・刊行。A5版120ページほどです。作画はエアーダイブさんに所属されているんだか、契約なさっているんだかの方々なのでしょう、鴨修平氏と桜井さよる氏。
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3話構成で、「1話:創り出す手」「2話:差し伸べる手」「3話:繋ぎあう手」となっています。主人公というか、狂言廻しというかが、「1話」と「3話」が札幌在住で高校の美術部に所属する女子生徒(「3話」では美大に進学したという設定)。さらに「2話」では広島での被爆者の孫にあたる中年男性。それぞれに本郷の彫刻、そこに込められた思いなどに触れ、新たな目を開かされるというストーリーです。

途中途中に本郷の評伝的な部分がちりばめられ、「1話」中には光太郎も。ロダンにも触れられています。
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本郷は東京高等工芸学校の出身。本郷新記念札幌彫刻美術館さんの公式サイトによれば関東大震災の翌年、大正13年(1924)に入学しています。「フリー百科事典 ウィキペディア」の本郷の項では、「東京美術学校志望だったが親に反対され、産業との関係が深い東京高等工芸学校彫刻部(現千葉大学工学部)に1925年に入学。作品が完成するたびに高村光太郎のもとを訪れ批評を受けた。ただしこの頃の高村はすでに彫刻を離れ、詩作に専念していた時期であった。間違いだらけです。まず、工芸学校入学の年が違っています。本郷新記念札幌彫刻美術館さんの公式サイトの方が間違っているということはありえないでしょう。さらに頓珍漢なのは「ただしこの頃の高村はすでに彫刻を離れ、詩作に専念していた時期であった」。まったく逆で、大正13、14年(1924、25)は一時期離れていた木彫を再開し、「蝉」「柘榴」「鯰」「魴鮄」「鷽(うそ)」などを作り、好評を博していた時期です。あらためて「ウィキペディア」をそのまま信用するのは危険だなと思いました。

ちなみに東京高等工芸学校といえば、かの「アンパンマン」の作者・やなせたかし氏の母校でもあります。やなせ氏の在学期間は昭和12年(1937)~同15年(1940)。昨年の朝ドラ「あんぱん」でも同校の場面がかなり描かれていましたね。
007 006
また、本郷新記念札幌彫刻美術館さんの公式サイトでは「1928年(昭和3年)22歳 卒業後、国画創作協会第7回展に《少女の首》初入選。この頃より高村光太郎に師事」。『本郷新伝』では「高等工芸学校の卒業前後に高村光太郎の自宅を訪ね彫刻を見てもらうようになる」。「卒業前後」の幅がどの位の期間なのか、光太郎の書き残したものの中には記述がありません。『高村光太郎全集』には本郷の名は最晩年の昭和30年(1955)と翌年の日記に数回出て来るだけでして。その中では、光太郎が作りたいと思っていたものの、健康状態がもはやそれを許さず断念した藤島武二の胸像を代わりに本郷に作ってもらうよう頼んだとあります。
002
おそらくこちらでしょう。画像は「ken's銅像探索日誌」というサイトからお借りしました。

ただ、本郷新記念札幌彫刻美術館さんには、光太郎から本郷宛の書簡が残されているということで、『高村光太郎全集』やその補遺である当方編の「光太郎遺珠」には掲載されていないものです。そちらを拝見できれば本郷と光太郎の交流の様子がもう少し明らかにできると思っております。

漫画以外の部分も充実しています。間に挟まれているコラム的なページ、それから巻末には資料編的なページも。項目名を列挙すると「わだつみの声」「本郷新と関係の深い人物・団体」「彫刻の美」「なぜ、服を着ていないの?」「嵐の中の母子像」「泉の像」「彫刻鑑賞のポイント」「ブロンズ像の作り方」「北海道内の公共空間にある彫刻」「北海道内の公共空間にある彫刻」。

本郷作品、当会事務所兼自宅のある千葉県香取市と利根川を挟んだ隣町になる茨城県神栖市の市立図書館さんに設置されています。「北海道内の公共空間にある彫刻」の項でちゃんと紹介されていました。
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3、4日前に撮影して参りました。
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さて、『本郷新伝』、ぜひお買い求め下さい。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)66 『芸術論集 緑色の太陽』

昭和57年(1982)6月16日 岩波書店(岩波文庫) 高村光太郎著
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目次
 Ⅰ 自伝 父との関係
 Ⅱ 人の首 木彫ウソを作った時 蝉の美と造型
 Ⅲ 緑色の太陽 彫刻鑑賞の第一歩 彫刻十個条 触覚の世界 生命の創造
 Ⅳ ミケランジェロ・ブオナローティ ロダンに就いて二、三の事 荻原守衛
 Ⅴ 手 信親と鳴滝 美の日本的源泉
 Ⅵ 書について 書の深淵 黄山谷について 書についての漫談
 Ⅶ 詩についてⅠ
    余はかく詩を観ず 詩そのもの 詩について 小感 気について 詩の深さ
    詩と表現 私の詩の理法
   詩についてⅡ 生きた言葉 自分と詩との関係 詩について語らず 日本詩歌の特質
 解説 北川太一

当会顧問であらせられた故・北川太一先生が編まれ、解説されたものです。光太郎生前には『緑色の太陽』という書籍は存在しませんでした。岩波書店さんのサイトでは「品切れ」。重版が待たれます。

都内から演奏会情報です。

銀座ぶらっとコンサート #216 宮本益光の王子な午後38 ~別れの歌~

期 日 : 2026年3月11日(水)
会 場 : 王子ホール 東京都中央区銀座4-7-5
時 間 : 13:30開演
料 金 : 全席指定 4,000円

平日の昼下がり、銀座でのお買い物のついでに、お友達との銀ぶらの途中に立ち寄れる気軽なコンサート、『銀座ぶらっとコンサート』第216回は、王子ことオペラ歌手の宮本益光が魅惑のバリトンと楽しいトークで綴る大人気シリーズの第38回。別れの歌を切々と、あっさりと、うじうじと、様々なシーンをお聴かせしましょう、お見せしましょう。

プログラム
 モーツァルト:オペラ『フィガロの結婚』より もう飛ぶまいぞこの蝶々
 文部省唱歌:仰げば尊し
 三木たかし:友だちはいいもんだ
 ハイドン:別れの歌
 ヴォルフ:あばよ
 モーツァルト:オペラ『魔笛』より パパゲーナ、パパゲーナ、パパゲーナ!
 グノー:オペラ『ファウスト』より 故郷を離れる前に
 加藤昌則:レモン哀歌
     :桜の背丈を追い越して
     :「刻(とき)の里標石(マイルストーン)」より じゃあね

出演 宮本益光(バリトン) 加藤昌則(作曲/ピアノ)
001
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これまでもたびたび宮本益光氏の歌唱で各種演奏会に取り上げられてきた、加藤昌則氏作曲の「レモン哀歌」がプログラムに入っています。令和4年(2022)にはCDもリリースされています。

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)65 『愛の時』

昭和57年(1982)4月2日 アムリタ書房 ヹルハアラン著 高村光太郎訳
PXL_20260306_230051852 PXL_20260306_230057794
PXL_20260306_230039247 PXL_20260306_234052636 PXL_20260306_230022160.MP
目次
 明るい時 LES HEURES CLAIRES
  Ⅰ おう さんらんたるわれらのよろこび
   O LA SPLENDEUR DE NORTRE JOIE
  Ⅱ 無言のままわれらの歩くこの明るい花園が
   QUOIQUE NOUS LE VOYIONS FLEURIR DEVANT NOS YEUX
  Ⅲ この野蛮な柱頭、そこには怪物等が身をもだえ
   CE CHAPITEAU BARBARE OU DES MONSTERES SE TORDENT
  Ⅳ 夜の空はひろがり
   LE CIEL EN NUIT S'EST DÉPLIÉ
  Ⅴ いつでも,かほど純真にふかい
   CHAQUE HEURE OÙ JE SONGE À TA BONTÉ
  Ⅵ あなたは時としてあのなよやかな美を示す,
   TU ARBORES PARFOIS CETTE GRÂCE BÉNIGNE
  Ⅶ おう! 戸を叩かせて置かう,
   OH! LAISSE FRAPPER CETTE GRÂCE BÉNIGNE
  Ⅷ あどけない頃のやうに,私は自分の心をあなたに上げた,
   COMME AUX ÂGES NAÏFS JE T'AI DONNÉ MON C CEUR
  Ⅸ わかい,気のやさしい春は
   LE PRINTEMPS JEUNE ET BÉNÉVOLE                           
  Ⅹ しづかに来て
   VIENS LENTEMENT T'ASSEOIR
  Ⅺ 火のやうな恍惚の眼をして
   COMBIEN ELLE EST FACILEMENT RAVIE
  Ⅻ 長い間私のくるしんでゐた時,
   AU TEMPS OÛ LONGUEMENT J'AVAIS SOUFFERT
  ⅩⅢ どういふわけか何故なのかいはれは何か
   ET QU'IMPORTENT ET LES POUQUOIS ET LES RAISONS
  ⅩⅣ 黄金と花との階段をしづしづ降りる
   A CES REINES QUI LENTEMENT DESCENDENT
  ⅩⅤ 私はあなたの涙に,あなたの微笑みに,
   JE DÉDIE À TES PLEURS, À TON SOURIRE
  ⅩⅥ 私はあなたの二つの眼の中に自分の魂全てを溺らす,
   JE NOIE EN TES DEUX YEUX MON ÂME TOUT ENTIÈRE
  ⅩⅦ われらの眼を愛するため
   POUR NOUS AIMER DES YEUX
  ⅩⅧ われらあの愛の園に,夏はつづく。
   AU CLOS DE NOTRE AMOUR, L'ÉTÉ SE CONTINUE
  ⅩⅨ あなたの明るい眼,あなたの夏の眼が,
   QUE TES YEUX CLAIRS, TES YEUX D'ÉTÉ
  ⅩⅩ 言つてごらん,私の質素な私の静かな友よ,
   DIS-MOI MA SIMPLE ET MA TRANQULLE AMIE
  ⅩⅪ われら自身以外の一切のものからこんなに遠く
   EN CES HEULES OÙ NOUS SOMMES PERDUS
  ⅩⅫ おお! この幸福!
   OH! CE BONHEUR!
  ⅩⅩⅢ 生きませう,われらの愛とわれらの熱情とに。
   VIVONS DANS NOTRE AMOUR ET NOYRE ARDEUR
  ⅩⅩⅣ われらの口の触れ合ふやいなや
   SITOT QUE NOS BOUCHES SE TOUCHENT
  ⅩⅩⅤ 底知れぬ深さ神のやうに聖い
   POUR QUE RIEN DE NOUS DEUX N'ÉCHAPPE ÀNOTRE ÉTREINTE
  ⅩⅩⅥ たとひもう,こよひ,
   BIEN QUE DÉJÁ, CE SOIR
  ⅩⅩⅦ からだを捧げるとは,魂のある以上,
   LE DON DU CORPUS, LORSQUE L'ÂME EST DONNÉE
  ⅩⅩⅧ われらのうちにたつた一つの心やさしさ,
   FUT-IL EN NOUS UNE SEULE TENDRESSE
  ⅩⅩⅨ 炎に花咲く美しい庭は
   LE BEAU JARDIN FLEURI DE FLAMMES
  ⅩⅩⅩ もし万一にも
   S'IL ARRIVE JAMAIS
 午後の時 LES HEURES D'APRÈS-MIDI
  Ⅰ 年は来ました、ひと足ひと足,ひと日ひと日,
   L'ÂGE EST VENU, PAS Á PAS, JOUR Á JOUR
  Ⅱ 六月の薔薇,おん身最も美しいもの,
   ROSES DE JUIN, VOUS LES PLUS BELLES
  Ⅲ 若しほかの花々が家をかざり
   SI D'AUTRES FLEURS DÉCORENT LA MAISON
  Ⅳ 陰は浄まりあけぼのは虹いろ。
   L'OMBRE EST LUSTRALE ET L'AUROPE IRISÉE
  Ⅴ 私は,こよひ,おみやげとして,あなたにあげる,
   JE T'APPORTE, CE SOIR, COMME OFFRANDE, MA JOIE
  Ⅵ ふたりして路ばたに腰かけよう,
   ASSEYONS-NOUS TOUS DEUX PRÈS DU CHEMIN
  Ⅶ しづかに,なほもしづかに,
   TRÈS DOUCEMENT, PLUS DOUCEMENT ENCORE
  Ⅷ われらの愛の生れるわけであつたこの家には,
   DANS KA MAISON OÚNOTR AMOUR A VOULU NATRE
  Ⅸ 窓をあけひろげて
   LE BON TRAVAIL, FENÊTRE OUVERTE
  Ⅹ まつたき信がわれらの愛の底に住む。
   TOUTE CROYANCE HABITE AU FOND DE NOTRE AMOUR
  Ⅺ  暁、陰、夕暮,空間,星。
   L'AUBE L'OMBRE, LE SOIR, L'ESPACE ET LES ÉTOIRES
  Ⅻ 今は善い時,ラムプのつく時。
   C'EST LA BONNE HEURE, OÛ LA LAMPE S'ALLUME
  ⅩⅢ 過ぎ去つた年の死んだ接吻が
   LES BAISERS MORTS DES DÉFUNTES ANNÉES
  ⅩⅣ われらが同じ思に生きてゐてもう十五年。
   VOICI QUINZE ANS DÉJÀ QUE NOUS PENZONS D'ACCORD
  ⅩⅤ 永遠にわれらの喜は麻痺したと思つた,
   J'AI CRU Á TOUT JAMAIS NOTRE JOIE ENGOURDIE
  ⅩⅥ われらのまはりに生きる一切のもの,
   TOUT CE QUI VIT AUTOUR DE NOUS
  ⅩⅦ 私の感覚,私の心,私の頭脳,
   AVEC MES SENS, AVEC MON C ŒUR ET MON CERVEAU
  ⅩⅧ 爽やかな静かな健康の日々,
   LES JOURS DE FRAICHE ET TRANQUILLE SANTÉ
  ⅩⅨ 私は眠の林から出て来た。
   JE SUIS SORTI DES BOSQUETS DU SOMMEIL
  ⅩⅩ ああ,病の鉛が,
   HÉLAS! LORSQUE LE PLOMB DES MALADIES
  ⅩⅪ 明るい庭こそ健康そのもの。
   LE CRAIR JARDIN, C'EST LA SANTÉ
  ⅩⅫ 六月であつた,庭での事,
   C'ÉTAIT EN JUIN, DANS LE JARDIN
  ⅩⅩⅢ 身を捧げるだけでは足らず,あなたは自身を濫費する。
   ET TE DONNNER NE SUFFIT PLUS, TU TE PRODIGUES
  ⅩⅩⅣ おう もの一つ動かぬ静かな夏の庭よ。
   O LE CALME JARDIN D'ÈTÈ OÚ RIEN NE BOUGE
  ⅩⅩⅤ 時間も気持ちも,まるで別,
   COMME Á D'AUTRES, L'HEURE ET L'HUMEUR
  ⅩⅩⅥ 美しい夏の金色の小舟等は,
   LES BARQUES D'OR DU BEL ÉTÉ
  ⅩⅩⅦ 感覚の熱,心情の熱,霊魂の熱,
   ARDEUR DES SENS, ARDEUR DES CŒURS, ARDEUR DES ÂMES
  ⅩⅩⅧ 不動の美は
   L'IMMOBILE BEAUTÉ
  ⅩⅩⅨ そなたは,あの夕,あんな美しい言葉をきかせてくれた。
   VOUS M'AVEZ DIT, TEL SOIR, DES PAROLES SI BELLES
  ⅩⅩⅩ 「明るい朝の時」「午後の時」
   《HEURES DU MATIN CLAIR》《HEURES D'APRÈS SI BELLES》
 夕の時 LES HEURES DE SOIR
  Ⅰ DES FLEURS FINES ET MOUSSEUSES COMME L'ÉCUME
  Ⅱ  S'IL ÉTAIT VRAI
  Ⅲ LA GLYCINE EST FANÉE ET MORTE EST L'AUBPINE
  Ⅳ METS TA CHAISE PRÉS DE LA MIENNE
  Ⅴ SOIS-NOUS PROPICE ET CONSOLANTE ENCOR
  Ⅵ HÉLAS! LES TEMPS SONT LOIN
  Ⅶ LE SOIS TOMBE, LA LUNE EST D'OR
  Ⅷ LORSQUE TA MAIN CONFIE
  Ⅸ ET MAINTENANT QUE SONT TOMBÉS
  Ⅹ QUAND LE CIEL ÉTOIREÉ COUVRE NOTRE DEMEUR
  ⅩⅠ  AVEC LE MÉME AMOUR QUE TU ME FUS JADIS
  ⅩⅡ  LES FLEURS DU CLAIR ACCUEIL
  ⅩⅢ  LORSQUE S'ÉPAND SUR NOTRE SEUIL
  ⅩⅣ SI LE SORT NOUS SAUVA DES BANALES ERREURS
  ⅩⅤ NON, MON ÂME JAMAIS DE TOI NE S'EST LASSÉE
  ⅩⅥ QUE NOUS SOMMES ENCORE HEUREUX
  ⅩⅦ SUBIRONS-NOUS, HÉLAS! LE POIDS MORT DES ANNÉES
  ⅩⅧ LES MENUS FAITS, LES MILLE RIENS
  ⅩⅨ VIENS JUSQU'Á NOTRE SEUIL RÉPANDRE
  ⅩⅩ QUAND NOTRE JARDIN CLAIR
  ⅩⅩⅠ AVEC MES VIEILLES MAINS
  ⅩⅩⅡ SI NOS CŒURS ONT BRÛLÉ EN DES JOURS EXALTANTS
  ⅩⅩⅢ EN CE RUGUEUX HIVER OU LE SOLEIL FLOTTANT
  ⅩⅩⅣ PEUT-ÊTRE
  ⅩⅩⅤ OH! TES SI DOUCES MAINS
  ⅩⅩⅥ LORSQUE TU FERMERAS MES YEUX Á LA LUMIÈRE
 ヹルハアラン 高村光太郎
 解説 北川太一

ベルギーの詩人、エミール・ヴェルハーレンの詩集「時の三部作」。このうち「明るい時」は光太郎訳で大正10年(1921)に芸術社から刊行されました。「午後の時」光太郎訳は各種雑誌やアンソロジーに断片的に収められたものの、まとめられたことはありませんでした。さらに光太郎は「夕の時」翻訳は手をつけたものの発表はされなかったようです。そこで本書では「夕の時」はヴェルハーレンの原文で収録しています。

また、光太郎の評伝「ヹルハアラン」(昭和8年=1933)を追補、当会顧問であらせられた北川太一先生が解説をご執筆。「光太郎生誕100年記念出版」という位置づけでした。

2月21日(土)に岩手県花巻市で開催されたトークイベント「光太郎と賢治 宮沢賢治全集ができるまで」につき、地元紙『岩手日日』さんが報じて下さいました。もう一紙、『岩手日報』さんでも記事が出るかなと思って待っていたのですが、今朝の段階でネット上に出ていませんで、『岩手日日』さんの記事のみ御紹介します。

会いた光太郎と賢治関わりは 3人トークで思いはせ 花巻

 トークイベント「光太郎と賢治―宮沢賢治全集ができるまで―」は21日、花巻市大通りのなはんプラザで開かれた。参加者は、関係者による講話を通じて彫刻家、詩人の高村光太郎(1883~1956年)と詩人、童話作家の宮沢賢治(1896~1933年)との関わりに思いを巡らせた。
 高村光太郎記念館で開催中の高村光太郎花巻疎開80年企画展(3月31日まで)の関連行事。高村光太郎連翹(れんぎょう)忌運営委員会の小山弘明代表、林風舎の宮沢和樹代表取締役、共同園芸の瀬川正子取締役の3人が講話し、市民ら約200人が聴講した。
 このうち小山代表は、2人が詩人・草野心平主宰の詩誌「銅鑼(どら)」の同人となったことで関係が始まったことや、1926(大正15)年に東京にある光太郎アトリエで1回だけ面会したことを紹介。賢治没後の34(昭和9)年、東京で開かれた追悼会に賢治の実弟・清六が「雨ニモマケズ」が記された手帳を含む遺稿を持ち込み、光太郎や草野らが「このまま埋もれさせてはいけない」と一念発起し、数回にわたる「宮沢賢治全集」の編集刊行に取り組んだことなどを説明した。
 講和後は参加者から人脈が広がっていった経緯や、編さんに関わった賢治の親友で花巻高等女学校の音楽教師だった藤原嘉藤治に関する質問などが出された。
 父と参加した市立石鳥谷中学校2年の大竹彩未さんは「賢治作品が好きでよく読んでいる。面白い話が聞けて、人物同士の関係や作品の背景を知ることができて楽しかった」と話していた。
001
その後、市役所さんからは、お聴き下さった一般の方々からのアンケート結果等も送られてきて、拝読したところ概ね好評で胸をなで下ろしました。

それにしても毎回感じますが、賢治と言えば花巻で、地元の皆さんの賢治愛。光太郎は現在の東京台東区の生まれ、没したのは中野区、最も長く住んだのは文京区ですが、それらの地域に賢治の花巻ほどのふるさと感が感じられません。それぞれの区で地元の偉人として光太郎を推しているかというとそうでもありません。文京区さんだけは公式サイト内の「文京ゆかりの文人」といページで光太郎も取り上げて下さっていますが、60名ほどの中の一人という扱いです。サムネイル画像つきでまず紹介されているのは森鷗外、夏目漱石、樋口一葉、石川啄木の4人です。鷗外・漱石・一葉はともかく、啄木の後塵を拝しているというのはくやしいところです(笑)。
003
ちなみに60人ほどの中には、大正10年(1921)、菊坂に下宿して国柱会に通っていたということで賢治も含まれています。

文京区立本郷図書館さんで発行していた「谷根千ゆかりの文人まっぷ」でも同じような感じです。このエリアだけでも30人ほど。もっとも、谷中は文京区でなく台東区ですが。
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こういうところも東京一極集中ということなのでしょうか。漱石と一葉は東京出身ですが、鷗外と啄木はそれぞれ島根と岩手ですし、他の「文京ゆかりの文人」の60人ほど、「谷根千ゆかりの文人まっぷ」の30人ほども、半分くらいは地方出身者のようです。

閑話休題、花巻高村光太郎記念館さんで開催中の「高村光太郎花巻疎開80年企画展 光太郎と賢治 宮沢賢治全集ができるまで」、今月いっぱいです。ぜひ足をお運びください。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)64 『CHIEKO’S SKY』

昭和53年(1978)2月 KODANSHA INTERNATIONAL 高村光太郎著 古田草一訳
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目次
 translator's preface to someone heart of one night fear peep-show song
 one evening to a woman in the suburbs winter morning awakening to someone
 midnight snow us in admiration of love supper beneath the trees
 stampede catfish a couple at night you get prettier and prettier innocent tale
 kinds cohabiting beauty's imprisonment distant view of life Chieko riding the wind
 at the foot of the mountain lemon elegy to the deased plim wine
 Chieko's papercuts the latter half of Chieko's life atomizing dream metropolis
 guiding thouse days blizzard night monologue Chieko the Element naked form
 to play with Chieko 

「智恵子抄」の英訳です。詩文の選択は独自のものがあり、昭和31年(1956)の新潮文庫版に収められた戦後のものも含みますが、新潮文庫版と完全に一致するわけでもなく、昭和16年(1941)龍星閣刊行のオリジナルとも異なっています。

広島市に本社を置く『中国新聞』さん。文化面のコラム「緑地帯」が50周年だそうで、それを記念して50年前の昭和51年(1976)に掲載された、岡山出身の詩人・永瀬清子の連載「会いたる人々」8回分が再掲されました。平成7年(1995)に亡くなった永瀬が生前に親交のあった文学者たちの思い出を語るものです。
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ラインナップは以下の通り。

① 高村先生の呼び声
② 春芬・佐藤惣之助
③ 北川冬彦の背中
④ 詩人の妻(仲町貞子)
⑤ 前掛けと三好達治
⑥ 忙しい小熊秀雄の生命
⑦ 発見者・草野心平
⑧ うぶなる人・井伏鱒二先生

いきなり初回が「髙村先生の呼び声」。

永瀬清子 会いたる人々① 高村先生の呼び声

 高村光太郎先生が、戦後岩手の山奥から東京へ出て来られて、中野の中西伊之助画伯のアトリヱに落ちつかれたのは昭和二十七年のころだった。
 私も戦後東京から岡山へ帰ってくらしていたが、夫が再び東京で勤務することになったので上京し、絶えて久しく高村さんにお会いしようとたずねていった。
 中西家の玄関で女中さんに来意を告げると、高村さんの方へ伝えて下さったらしい。玄関につづくお座敷があけはなされていて広い中庭をへだてて高い屋根のアトリヱがみえている。すると縞(しま)のちゃんちゃんこを着た、なつかしい先生が思いがけずアトリヱの入り口にあらわれ、
 「おーい、永瀬さあん」ととてつもなく大声で呼ばれた。それはまるで岩手の山の中で猟師が谷向こうの人を呼ぶような感じで、思わず私も「はあい」と答え、胸がせまった。
 中西家の横の路地をアトリヱの方へいそぎながら高村さんがいとしく思えてならなかった。
 戦争の責任をだれよりも強く感じて岩手の雪の中に自己を流謫(るたく)し、一人悔みの詩を書いていられた。そして今ようやく新しい彫刻作品を作ることによって、すべてを出なおしたいと決心して、老いた身で東京へ出て来られたのだ。でも今私を呼ばれたその度はずれな声は、まるでいじめっ子から母の懐へとびこむ幼な子のそれのようにも聞こえたではないか。
 おおそんなことを言えば人にしかられるだろう。でも少なくとも高村さんはいろいろのことから開放されて、私と話したく思っていられるのにちがいないのだ。以前駒込林町に住んでいられ、私の詩集の序文をも書いていただいた時から十数年。智恵子夫人も今はなく戦争をへだて言うに言われぬ重く痛い月日が過ぎ去った。その時私には高村さんという山獄のようにそびえ立った人が、まるで一羽の雀(すずめ)のようにかわいそうでならなかった。

「中西伊之助」は「中西利雄」の誤記です。永瀬が中西アトリエを訪れたのは、確認出来ている限り昭和29年(1954)4月25日と翌30年(1955)2月25日の2回。それぞれ日記に「午前真壁仁、永瀬清子同道くる、午后二(時)頃辞去」「午后永瀬清子さんくる、来月インド行の由」の記述があります。

語られているのはおそらく29年4月の初回訪問のことと思われます。昭和56年(1981)の永瀬のエッセイ集『かく逢った』に加筆訂正された「高村先生の呼び声」が収録されていて、それによれば「高村さんをお訪ねしたのはそれからあと、もう一、二度あったかと思います」とありますし、全体のニュアンスも久闊を叙したという感じですので。同道したはずの真壁仁については割愛されているようです。

『かく逢った』収録の加筆訂正された稿の方が、この際の訪問に関して詳しく語られていますが、末尾の「高村さんという山獄のようにそびえ立った人が、まるで一羽の雀(すずめ)のようにかわいそうでならなかった」あたりはかなりニュアンスが異なります。

ついでですので(笑)、当会の祖・草野心平の回。

永瀬清子 会いたる人々⑦ 発見者・草野心平

 昭和八年の春、はじめて草野心平さんが私の家へいらした。何かの会合ですでにお顔みしりだったが、そのころ職のない彼は名刺印刷の注文取りをしていて、その用で来たのだった。幸い夫が名刺の注文をし、草野さんは宮沢賢治の詩集「春と修羅」を、大変いい特集だから読んでごらんなさい、と言って置いていった。
 私がその詩集を読むと全く今までにない詩集で、空の遠くに星雲が渦まいているように感じた。しかしその宮沢さんがどんな人かすこしもわからないし、そのことを尋ねようにも草野さんの所がまたわからない。名刺の注文取りはしても草野さん自身の名刺は作っていなかったのだ。でも注文した名刺が出来て来た時、きけると思い心待ちにしていたら私が留守の時、弟さんが注文品を置いていかれたので駄目(だめ)だった。こうして翌九年の二月までそのまま詩集は私の手許(もと)にあった。
 何も知らぬ私はその作品だけを頼り、「麺麭」8月号に「宮沢賢治の“春と修羅”について」紹介と感想を書いたが、その雑誌をすぐ宮沢さんに送れたら、きっと生前読んでいただけたろうに、昭和八年九月二十一日に遠い岩手県で詩人は死なれ、ただ宮沢さんについて書いた最も早いものとしてこの拙(つたな)い文章は残った。
 翌年の二月に宮沢さんの弟の清六さんが上京して来られ、その時宮沢さんの第一回追悼会が新宿モナミで催された。久々に草野さんに会って詩集がうちにあることを言うと、忘れっぽい草野さんはとてもよろこんだ。草野さんは私の所だけでなく、ありとあらゆる知人の所へその詩集を持ってまわり、そして宮沢発掘のために尽くしたのだ。
 昨年はまた福島県の老女、吉野せいさんの「洟をたらした神」のために尽くし、大きな名声をかち得た。いい作品を発見する目と世の中へ紹介するための情熱、それはなまなかな者には不可能なことで、事実彼の詩人としての大きな仕事であった。

こちらも『かく逢った』に加筆訂正され「親分草野心平さん」と改題されたものが掲載されています。そちらでは昭和28年(1953)3月15日(永瀬は「昭和二十六、七年頃」としていますが)、心平が経営していた居酒屋「火の車」開店一周年の際に訪問したことも記されています。「大きな大福帳に訪れた人の思い思いのサインが墨書されていた」とあります。そこには1ページ目に光太郎のそれも残されているのですが、永瀬の回想には書かれていません。
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この日、日記に依れば光太郎は「火の車」には立ち寄っただけで長居はしなかったらしく、永瀬とはニアミスだったと思われます。

そして新宿モナミでの宮沢賢治追悼会。これについては、やはり『かく逢った』に収められている「「雨ニモマケズ」の発見――モナミの賢治追悼会――」という文章に詳しく語られています。

また、他に「会いたる人々」で取り上げられた佐藤惣之助、北川冬彦、仲町貞子、三好達治、小熊秀雄、井伏鱒二についても、おそらく「会いたる人々」からの加筆訂正が為された文章が『かく逢った』に収められています。さらに賢治実弟の宮沢清六、木下夕爾、宮本百合子、深尾須磨子、長谷川時雨、萩原朔太郎、横光利一、正宗白鳥らについてもそれぞれ項立てされています。古書市場でそう珍しくなく入手可能ですので、ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)63 『日本美の源泉』

昭和47年(1972)8月10日 中央公論美術出版 高村光太郎著
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収録作品
 日本美の源泉 埴輪の美 法隆寺金堂の壁画 夢違観音 神護寺金堂薬師如来
 藤原期の仏画 能面「深井」


「著書」と言っていいものかどうかという感じのものではあります。昭和17年(1942)の7月から12月にかけ、中央公論社から発行されていた雑誌『婦人公論』に全6回で連載された美術評論で、その草稿を同社編集者の栗本和夫が和綴じに仕立て、保管していたものをそのまま復刻し、二重函帙入り別冊解説付き限定300部・定価15,000円で刊行しました。別冊解説は当会顧問であらせられた故・北川太一先生でした。

栗本が和綴じに仕立てた時点で、第四回の冒頭部分一枚が失われていまして、復刻出版のその箇所は、仕方がないので活字で補ってあります。その失われた一枚は、同じ中央公論社の編集者だった湯川龍造が譲り受けていたそうで、令和元年(2019)に売りに出て、驚きました。
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始まってしまっている展示の情報を2件。

まず秋田県鹿角市。最初に鹿角コミュニティFMさんのニュースから。

小坂出身の出版者、澤田の企画展 鹿角市の図書館

 小坂町の出身で、高村光太郎の詩集「智恵子抄」を世に送り出すなどした出版者、澤田伊四郎(さわだ・いしろう)の企画展が鹿角市の図書館で始まり、熱い思いがうかがえます。
 澤田は明治37年、現在の小坂町大地(だいじ)の生まれで、昭和8年に出版社「龍星閣(りゅうせいかく)」を立ち上げました。
 埋もれたもの、独自のものを掘り出して世に送ることを終始、出版の理念とし、また本の材質や美しさにもこだわり、「本の芸術家」とも呼ばれました。
 鹿角市毛馬内の十和田図書館で行われている企画展では、澤田にゆかりの本や絹刷りの絵など230点が展示されています。
 智恵子抄は、妻を失った高村に、澤田が思い出を詩にするように提案し、まとめ上げたものですが、龍星閣で出版した実物が展示されています。
 また大正ロマンを象徴する画家、竹久夢二の画集でブームを再燃させた立役者でもありますが、日ごろは保管されている、貴重な絹刷りの絵やポストカードが並んでいます。
 いっぽう、同じ小坂町出身の画家、福田豊四郎と交流があり、第一号の出版にあたり装丁を福田に依頼しており、その本も展示されています。
 ほかに、澤田のインタビューや、龍星閣の出版物の表紙の写真を掲載した本があり、作家の発掘や本の造りに情熱を注いでいた姿がうかがい知ることができます。
 見学した70代の男性は、「この人のおかげで世に出た作家、作品があるのだから、隣の鹿角の市民としてもうれしい。こうして、地元の人をどんどん紹介してほしい」と話しました。
 十和田図書館では、「鹿角に近い小坂出身の澤田が、こだわって本を作っていたことを大勢に知ってもらおうと企画した。普段見られないものもあるので、ぜひ足を運んでほしい」としています。
 この企画展は今月27日まで、図書館2階のギャラリーで開かれています。
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展示の詳細。

本の芸術家が生んだ浪漫の世界

期 日 : 2026年2月25日(水)~3月27日(金)
会 場 : 鹿角市立十和田図書館 秋田県鹿角市十和田毛馬内字城ノ下7-5
時 間 : 9:00~19:00 最終日は13:00まで
休 館 : 月曜日
料 金 : 無料

小坂町出身“本の芸術家”と呼ばれた澤田伊四郎氏が設立した出版社、『龍星閣』から出版された資料を中心に、澤田氏ゆかりの人物に関する資料を展示します。
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オリジナル『智恵子抄』(昭和16年=1941)の版元、龍星閣創業者の澤田伊四郎にスポットを当てる展示です。澤田は鹿角に隣接する小坂町の出身で、平成30年(2018)には光太郎からの書簡や署名本などがごっそり小坂町に寄贈され、同町の総合博物館で展示されました。その後、都内の日比谷図書館さんでも澤田に関する展示「龍星閣がつないだ夢二の心―『出版屋』から生まれた夢二ブームの原点―」(令和5年=2023)が開催されたりもしています。

『智恵子抄』を含む「澤田にゆかりの本や絹刷りの絵など230点が展示」とのことで、画像を見ると「絹刷りの絵」は竹久夢二作品のようです。光太郎同様、夢二の書籍も龍星閣では多く手がけました。そのあたり、平成31年(2019)に刊行された『澤田伊四郎 造本一路 図録篇』に詳しく紹介されています。

続いて奈良県から、光太郎の父・光雲作品が出ている展示。

特別展「奈良のモダン ~美術をめぐる人々」

期 日 : 2026年1月17日(土)~3月15日(日)
会 場 : 奈良県立美術館 奈良市登大路町10-6
時 間 : 9:00~17:00
休 館 : 月曜日(ただし3月9日は開館)
料 金 : 一般=1,200(1,000)円、大学生=1,000(800)円 
      ※( )内は団体料金(20名以上)

 豊かな自然に恵まれた風光明媚な土地柄と、神社仏閣をはじめ歴史的な景観が点在する奈良は、古くから詩歌や文学、芸術の題材とされ、文人たちをも魅了する憧憬の地として知られてきました。明治時代に入ると、信仰と結びついた奈良の文化が改めて評価される中で、美術や行政に携わる人たちが盛んに訪れるようになり、古都・奈良の地にも徐々に新時代の息吹が芽生え始めます。大正時代から昭和戦前期にかけては、奈良の歴史や文化財に関する調査・研究も進展し、その魅力が広く浸透するとともに多くの文化人が集い、往来するようになりました。また、こうした動向は奈良の人々をも刺激して、両者は互いに交流を重ねながら時にはコミュニティーを形成し、地域文化の興隆を促しました。
 本展では、美術家をはじめ研究者や文学者から美術行政家まで、奈良に足跡を残した人々を、「第1.章 近代の息吹~對たい山ざん楼ろうに宿る人々」、「第2.章 華開くモダン~高畑界隈の人々」の2章により紹介します。美術を通じて展開された、これら文化人たちの活動を概観することで、奈良と美術との関わりを検証すると同時に、独自の文化が華開いた近代奈良の一面に目を向ける機会となれば幸いです。
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公式サイトに出品目録がPDFで出ていました。
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光雲については高弟たち(山崎朝雲、米原雲海、平櫛田中、山本瑞雲、吉田芳明、本山白雲)との合作「木彫額貼交二枚折屏風」。京都国立近代美術館さんの所蔵品です。
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他に、光雲・光太郎父子に関わる人物の作等が目白押し。美術系だと横山大観、小杉未醒(放菴)、新納忠之助、富本憲吉、浜田葆光、柳宗悦、藤田嗣治、有島生馬ら、文学では宮沢賢治、武者小路実篤、志賀直哉などなど。

こちら、会期終了間近です。

それぞれぜひ足をお運び下さい。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)62 『美について』改版

昭和46年(1971)4月10日 角川書店(角川文庫) 高村光太郎著
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目次
 触覚の世界
  触覚の世界 比例均衡 普遍と独自 永遠の感覚 写生の二面 書について 書の深淵
  感覚と生活 緑色の太陽 言ひたい事を言ふ
 彫刻の世界
  彫刻的なるもの 彫刻性について 肖像雑談 彫刻に何を見る 東洋と抽象彫刻
  蝉の美と造型 小刀の味 絶滅の美
 ある首の幻想
  ある首の幻想 人の首 家 装幀について 某月某日 手 ほくろ 自分と詩との関係
  智恵子の切抜絵 九代目団十郎の首 自作肖像漫談
 美術の魅力
  日本の美 埴輪について    仏像について(古式の美) 能面について 茶について
 彫刻の面白味
 版画の話
 静物画の新意義
 日本画に対する感想
 自刻木版の魅力
 オオギュスト・ロダン
  一 一個の全球 二 親ゆづり 三 善い姉さんと腹の出た家と 四 始まり 五 実地修行
  六 修道院 七 下働きと仕立女工 八 総決算と新時代 九 苦境と愉楽と
  十 振出しへ返る事 十一 自己の道 十二 「歩む人」と「地獄の門」と 十三 胸像群
  十四 記念像群及「バルザツク」の彫刻的意義 十五 一九〇〇年以後
  十六 晩年、死、死 十七 「小さい花子」
 注釈
 解説 詩と彫刻の交流 伊藤信吉
 作品解説 北川太一
 主要参考文献
 年譜

昭和35年(1960)に出た最初の文庫版と収録作品等は同一ですが、旧仮名がすべて新仮名に変更、北川太一先生による「作品解説」などが附されました。

本日開幕の企画展示です。昨日、ご紹介しようと書き始めたところ、公式サイトがメンテ中だったと見えてアクセス出来ませんでしたので……。

特別展 志村ふくみ 百一寿 ―夢の浮橋―

期 日 : 前期 2026年3月3日(火)~4月12日(日)
      後期 2026年4月14日(火)~5月31日(日)
会 場 : 細見美術館 京都市左京区岡崎最勝寺町6-3
時 間 : 10:00~17:00
休 館 : 毎週月曜日(ただし、5月4日は開館)、5月7日(木)
料 金 : 一般 2,000円 学生 1,500円

 紬織の重要無形文化財保持者であり、随筆家としても知られる志村ふくみ。自然から限りない色彩を抽き出し、経糸と緯糸の交わりによって深く果てしない世界を表現する稀有の染織作家です。2025年秋に101歳を迎えた現在も、美しいものを手に取りながら穏やかな日々を過ごし、心をゆさぶる自然や色彩への深いまなざしを持ち続けています。
 本展では『源氏物語』や「紫」、そして作家、石牟礼道子(いしむれみちこ)原作の新作能
『沖宮(おきのみや)』の装束など近年の特徴的なテーマを中心に、作品と綴られた言葉によって、色彩、生命、自然への尽きることのない思索と、未来へ語り伝える想いを紹介します。本展を機に構想・制作された作品2領を初公開。作家の永く実り豊かな歩みを称え、言祝ぐ展覧会です。
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主な出品作品
 新作 《朧月夜》 2025年 志村ふくみ監修 制作 都機工房
  絹糸・金糸/紫根、藍、臭木【通期展示】
 新作 《夢の浮橋》 2025年 志村ふくみ監修 制作 都機工房
  絹糸/紅花、茜、紫根、藍、刈安 【通期展示】
 《若紫》 2007年 絹糸/紫根、茜 【前期展示】
 舞衣《紅扇》 2021年 志村ふくみ監修 制作 都機工房
  絹糸/紅花、藍、刈安、臭木、紫根 【前期展示】
 小袖《Francesco》 2020年 志村ふくみ監修 制作 都機工房
  絹糸/臭木、藍 【前期展示】
 《月の湖》 1985年 絹糸/藍、玉葱 【前期展示】
 《風露》 2000年 絹糸/紅花、藍、刈安、紫根 【後期展示】
 《雛形 若菜》 2006年 絹糸 【前期展示】
 《雛形 紫格子白段》 2006年 絹糸 【前期展示】
 《雛形 蛍 生絹》 2006年 絹糸 【後期展示】
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 《五月のウナ電》 詩:高村光太郎 書・裂:志村ふくみ 【後期展示】
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光太郎詩「五月のウナ電」(昭和7年=1932)をモチーフとした裂(きれ)が展示されます。令和5年(2023)、都内の銀座大黒屋ギャラリーさんで開催された「志村ふくみ氏・洋子氏母子の作品展示販売会 五月のウナ電」の際にも展示されたものです。画像はその冒頭部分で、全体ではこの4倍ほどになっていました。

平成21年(2009)に人文書院さんから刊行された志村氏のエッセイ集『白夜に紡ぐ』中に、ずばり「五月のウナ電」というタイトルの一篇が含まれ、宇宙の彼方から、地球の木々や鳥獣禽魚たちに届けられた電報、そこに語られるアジテートへの共鳴がつづられています。

 いつの頃か、私はどこかの雑誌にのっていたこの詩につよく心ひかれて、ノートに写していた。そしていつかどんな形かで、この詩を自分の手で飾りたい、と思っていた。十数年経ったこの頃またまた読みかえし、思い切って和紙を貼ったパネルに筆でカタカナを書いてみた。全くぶっつけ本番に。そしたら文字が踊るようで、ゼンマイはうずまくし、ウソヒメやホホジロがうたい出すし、トチノキは蠟燭をたてるし、人間なんかにかまわずにみんながうたい出した。私はうれしくなって、ところどころの隙間に小さな裂をチョンチョン貼ってこの詩を飾った。

そして志村氏、交友のあった版画家の山室眞二氏と組まれて限定65部の『配達された五月のウナ電』という可愛らしい書籍も作られました。解説は当会顧問であらせられた故・北川太一先生。ちなみに山室氏は、光太郎と交流の深かった詩人・尾崎喜八令孫の石黒敦彦氏が編まれた北川先生の『高村光太郎と尾崎喜八』の装丁もなさっています。
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関連行事として、ご令嬢の志村洋子氏による講演「うつろいゆく紫の物語」(5月10日(日))も開催されます。展示のメインとなる『源氏物語』系のお話が中心かとは存じますが、「五月のウナ電」にも触れていただきたいものです。
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《五月のウナ電》は後期(4月14日(火)~5月31日(日))での出品になりますが、ぜひ足をお運び下さい。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)61 『道程』名著復刻全集 近代文学館

昭和43年(1968)9月10日 日本近代文学館 高村光太郎著
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目次
 一九一〇年 失はれたるモナ・リザ 生けるもの 根付の国
 一九一一年 画室の夜 熊の毛皮 人形町 甘栗 庭の小鳥 亡命者 鳩 食後の酒 寂寥
  声 風 新緑の毒素 頽廃者より 「河内屋与兵衛」 髪を洗ふ女 「心中宵庚申」 夏
  なまけもの 手 金秤 はかなごと めくり暦 地上のモナ・リザ 葛根湯 夜半
  けもの
 あつき日 父の顔 泥七宝 ビフテキの皿
 一九一二年 青い葉が出ても 赤鬚さん あをい雨 友の妻 ――に 夏の夜の食慾 
  或る夜のこころ おそれ 犬吠の太郎 さびしきみち カフエにて 梟の族 冬が来る
  カフエにて 或る宵 夜 狂者の詩 郊外の人に 冬の朝のめざめ カフエにて
  師走十日
 戦闘
 一九一三年 人に カフエにて 深夜の雪 人類の泉 山 よろこびを告ぐ 現実
  冬が来た
 冬の詩 牛 僕等
 一九一四年 道程 愛の嘆美 群集に 婚姻の栄誦 万物と共に踊る 瀕死の人に与ふ
  晩餐
 五月の土壌 淫心 秋の祈

大正3年(1914)に抒情詩社から出た初版のカバーまで含めた完全復刻です。最初の段階では復刻としての奥付は函に貼られていました。のち、ほるぷ出版さんに版元が移ってからの版は最終ページに奥付が附されたような記憶があります。おそらくそうしないと「初版」と偽って売る悪徳業者がいたのではないかと思われます。

先月18日、『毎日新聞』さんに詩人の蜂飼耳氏による以下の記事が出ました。令和5年(2023)からおおむね月イチで掲載されている「詩の遊歩道」という連載の先月分です。

詩に身体を差し入れる

005 野村喜和夫の詩集『地面の底のわれわれの顔――わが近未来近代』(思潮社)は「二十世紀日本語詩」を独自の受け止め方と解釈のもとに「書き換え」た作品から成る。
 同時刊行の評論集『萩原VS西脇――二十世紀日本語詩の可能性』(同前)で論じられる萩原朔太郎と西脇順三郎の詩はもとより、蒲原有明、高村光太郎、北原白秋、宮沢賢治、三好達治、中原中也、立原道造など、詩史に鮮烈な足跡を刻む詩人たちの作品に対して、斬新なアプローチが試みられている。
 萩原の「竹」のパロディである「カオカオカオⅠ」は、石に顔を出現させる。「顔があらわれ/石から顔があらわれ/笑みの顔うれいの顔/ときに鼻は欠け眼はつぶれて/だがあらわれつづけ」。パロディだけでなく、原詩にアレンジやサンプリングが施された作も見られる。諧謔(かいぎゃく)もパロディも、野村にふさわしい。取り上げられた詩の多くは各作者の代表作に数えられるもので、詩の読者ならなじみのある作品が多いはずだ。とすれば、ここで野村が行っていることは何か。それは、原詩の言葉に身体的に分け入ることで明らかになる秘密や魅力があるはずだと、信じることだろう。原詩を揺さぶり、刻み、解体し、繋(つな)ぎ 合わせ、謳(うた)う。
 先に触れた評論集では、西脇の重要性について念を押すような言及が繰り返されるが、それと照らし合うかたちで、詩集においても西脇を取り上げた章はとくに鮮明な印象を残す。たとえば、パロディの対象は「雨」。「名づけるとは/むかし雨という/柔らかな女神の行列がそうしたように/寺院や魚や/大地や草を/はこべやははこぐさを/うっすらと濡(ぬ)らすこと/乾いてきたら/また名づけ直さなければならない」
 西脇の「雨」について、評論集では「雨と女神は比喩し比喩される関係において対等であり、相互浸透的であり」と論じられ、一方向の比喩ではない点が強調されている。ランボーの「あけぼの」に書かれる女神と比較する視点も示される。今回の詩集と評論集はそれぞれを独立した一冊と受け取ることもできるが、併読するとき、複層的に見えてくるものがあることは確かだ。
(略)
 詩を書くこと、詩を読むことは、詩の言葉に身体を差し入れることだ。詩は、その性質からして、散文よりもずっと予定調和的な運びを好まないところがある。道なき道を突き進み、未踏の場へ出て、驚愕(きょうがく)の絶景と出会いたいのだ。

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思潮社さんから出ている野村喜和夫氏の詩集『地面の底のわれわれの顔――わが近未来近代』が紹介されていました。他に七月堂さん刊行の栗原ミライ氏著『未来形で死んでいた』も取り上げられていましたが、ここでは紙幅の都合で(「紙」ではありませんが(笑))割愛しました。

で、『地面の底の……』。「詩史に鮮烈な足跡を刻む詩人たちの作品に対して、斬新なアプローチが試みられている」ということで、その中に光太郎の名も。そんな詩集が出ていたのかと思い、早速購入しました。

地面の底のわれわれの顔―わが近未来近代

発行日 : 2025年11月30日
著者等 : 野村喜和夫
版 元 : 思潮社
定 価 : 3,400円+税

プロジェクトは完了だ、私はもう詩は書かないが、
その沈黙をこのタワーに巻きつけて、黒い繭、
朔太郎の黒い繭としてそびえる、
断乎、そびえるのだ、
(「コクーン市逍遥――朔太郎をサンプリングしながら」)

蒲原有明から吉増剛造まで―20世紀日本語詩の豊饒な可能性を、多彩な書き換え行為によって解き放つ、時間錯誤的・近未来近代的新詩集。
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目次
 Ⅰ わが近未来近代
  蝶の変容
   ――抒情ペーパー全史
  有明ベース
   智慧の相者は我を見て――現代語訳蒲原有明
   香の渦輪、彩の嵐――アレンジ蒲原有明
  光太郎ベース
   道程崩壊プログラム――カットアップ高村光太郎
   それぞれの道程――パロディ高村光太郎

  白秋ベース
   罌粟ひらく――リミックス北原白秋
   ひとぐるま――パロディ北原白秋
  百年の暮鳥
   ――『聖三稜玻璃』を思い出しながら
  朔太郎ベース
   夜汽車――現代語訳萩原朔太郎
   カオカオカオⅠ――パロディ萩原朔太郎
   カオカオカオⅡ――アレンジ萩原朔太郎
   コクーン市逍遥――朔太郎をサンプリングしながら
  順三郎ベース
   雨――パロディ西脇順三郎
   超越と永遠――アレンジ西脇順三郎
   わが完璧の詩法あるいは秋――パラフレーズ西脇順三郎
   女神VS女神――西脇、ランボーに語りかける
  光晴ベース
   女人大世界――リミックス金子光晴
   水の皮膚――金子光晴へのオマージュ
  賢治ベース
   わたくしといふ現象へのありきたりな註――リミックス宮澤賢治
   七つ森の婚礼の床の上で――アレンジ宮澤賢治
  達治ベース
   あるいは豚小屋――パロディ三好達治
   老年の日――アリュージョン三好達治
  中也ベース
   振るかな、腕なんか、無限の前に――挑発的リミックス中原中也
   ほらほらこれがぼくの骨――アレンジ中原中也
   正午――パロディ中原中也
   朝鮮女――現代語訳中原中也
  道造ベース
   ヒヤシンスハウスまで――立原道造の方へ
   月蝕句会――アリュージョン立原道造
   のちのおもひに――パラフレーズ立原道造
  雪のラプソディ
   ――抒情ペーパー全史続
 Ⅱ わが近未来近代の余白に
  戦後詩ベース
   あの青い空の波の音が聞こえるあたりに――パロディ谷川俊太郎
   赤壁と地面と私たちと――リミックス萩原朔太郎/吉増剛造
   血は流れた――吉岡実を思い出しながら
   都市と歳月と眠りと――入沢康夫を思い出しながら
 あとがき


読んでみると、想像していたものとは違っていました。目次でおわかりかと存じますが、基本、先人たちの作品のパロディです。ただ、それも「リミックス」「アレンジ」「アリュージョン」などとなっているとおり、いろいろな手法を駆使してのもの。

例えば「道程崩壊プログラム――カットアップ高村光太郎」では、詩集『道程』(大正3年=1914)所収のものを中心にした十数篇の詩から特徴的なフレーズをピックアップし(一部改変しつつ)、つなぎ合わせて一篇の詩にしています。そうかと思うと「それぞれの道程」は、「マザコン男子」「AI」「詩人」が「道程」を書いたらどうなるか……といった手法。一時期話題になった神田桂一氏と菊池良氏による『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』を想起しました。

他の詩人たちの作品に対しても、様々な手法でのアプローチ。笑える箇所が多いのですが、さりとてそれだけでなく、考えさせられる部分も。通底しているのは各作者に対するリスペクトやフレンドシップ的な感性です。「嘲笑」とか「痛罵」などとは無縁で、そこがいいと思いました。ただ、元ネタがわかっていないと理解不能の部分もあり、読み手の資質が問われます。当方もなじみのない詩人のパートではそうでした。

ぜひお買い求めを。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)60 『美について』筑摩選書96

昭和42年(1967)10月25日(日) 筑摩書房 高村光太郎著
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目次
 触覚の世界 素材と造型 彫塑総論 彫刻鑑賞の第一歩 MÉDITATIONS SUR LE MAÎTRE
 現代の彫刻 緑色の太陽 黏土と画布 工房雑感 第三回文部省展覧会の最後の一瞥
 日本画に対する感想 蝉の美と造型 木彫地紋の意義 信親と鳴滝 自刻木版の魅力
 カリカチユア 絵における詩精神 自分と詩との関係 美の日本的源泉
 天平彫刻の技法について 本邦肖像彫刻技法の推移 能の彫刻美 仏画賛 書について
 解説 生野幸吉

『美について』は、オリジナルが昭和16年(1941)に道統社から、文庫版が昭和35年(1960)に角川文庫のラインナップで、それぞれ出されていましたが、ソフトカバーの「筑摩選書」の一冊として刊行されました。さまざまな雑誌等に発表された主に美術評論の集成で、オリジナル、文庫版、そして筑摩選書版と、それぞれに収録作品がかなり異なっています。

昨日ご紹介した新潮文庫版『智恵子抄』改版と順番が前後していました。すみません。

これまた始まってしまった展示です。

本郷新生誕120年記念 コレクション展 マンガでわかる本郷新

期 日 : 2026年2月22日(日)~5月24日(日)
会 場 : 本郷新記念札幌彫刻美術館 札幌市中央区宮の森4条12丁目
時 間 : 午前10時~午後5時
休 館 : 月曜日 5月4日(月・祝)は開館し5月7日(水)は休館
料 金 : 一般350円(300円)、65歳以上300円(200円)、高大生150円、中学生以下無料
      ※(  )内は10名以上の団体料金

 札幌生まれの彫刻家・本郷新(1905~80年)は、彫刻の社会性、公共性を重視し、戦後、平和、希望、愛などをテーマにしたモニュメンタルな野外彫刻の制作に熱意を傾けました。
 本郷新記念札幌彫刻美術館では、2025年12月に生誕120年を迎える本郷新の功績を、次世代の子どもたちにも伝えていくために、マンガ『本郷新伝』を出版し、札幌市内の小学校などに配布する予定です。
 本展はこのマンガの出版に合わせて開催されます。マンガの主要な場面をいくつかパネル化し、実際の作品や資料と一緒に展示することで、本郷新の生涯や彫刻に込められた思いについて、初心者でも楽しく愛着を持って学ぶことができます。
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【関連事業】
◆『本郷新伝』出版記念トークイベント「マンガで伝える 彫刻家本郷新の思い」
 日 時 : 2026年3月21日(土)14:00-15:30(開場13:30)
 会 場 : SCARTSコート(札幌市民交流プラザ1階)
 登壇者 : 田中宏明(エアーダイブ代表)  三守小百合(エアーダイブ副編集長)
       鴨修平(漫画家)        桜井さよる(漫画家)
       吉崎元章(本郷新記念札幌彫刻美術館館長)
 定 員 : 80名(事前申込不要・先着順)
 受講料 : 無料
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マンガ『本郷新伝』について。

本郷新伝

発行日 : 2026年3月4日
著者等 : teamエアーダイブ/本郷新伝製作委員会
版 元 : Dybooks
定 価 : 990 円(税込)

「手」は人類が誕生して以来様々なものを生み出してきた。「物」も、「争い」も、そして「彫刻」……北海道・札幌に生まれ、平和を愛し、彫刻に生命を吹き込み、日本の社会的空間における彫刻の在り方を探求し続けた彫刻家・本郷新の物語が いま、始まる――

普段、何気なく見ている街なかの彫刻。それは、半世紀以上前に、本郷新がつくったものかもしれません。時代が移り変わっても、社会の中でずっと生き続けることを求めた造形。そして、そこに込めた人間愛と、反戦・平和への強い思い。この「本郷新伝」は、現代の視点から、それらを改めて見つめ直していきます。本郷新や彫刻に対する深い理解へと導く渾身作です。ぜひご一読ください。
 吉崎元章(本郷新記念札幌彫刻美術館 館長)

【目次】 1話:創り出す手 2話:差し伸べる手 3話:繋ぎあう手
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こちらには、本郷と交流のあった光太郎も登場するそうです。『北海道新聞』さん記事。

コレクション展 マンガでわかる本郷新

 札幌出身で戦後日本の彫刻界をけん引した本郷新(1905~80年)の生涯や考え方を紹介する漫画「本郷新伝」(teamエアーダイブ著)が3月4日、発売される。生誕120年記念で企画・監修した本郷新記念札幌彫刻美術館は、出版を記念する特別展を開く。作中の主要場面のパネルを彫刻や資料と並べ、本郷をより広く、深く知るきっかけにしてもらう考え。
 漫画では、広島市民の募金で平和記念公園に設置されたブロンズ像「嵐の中の母子像」や、ニッカウヰスキーの創業者竹鶴政孝に依頼された札幌・大通公園の「泉の像」の制作意図や背景を紹介。高村光太郎、山内壮夫、佐藤忠良ら、親交を深めた芸術家たちも登場する。また、本郷が36歳の時の彫刻論集に収録された「彫刻十戒」もイラストを用いて説明した。
 A5判128ページ、990円。道内主要書店で販売するほか、札幌市内の小中学校、図書館に寄贈する。漫画は館内で先行販売する。

UHB北海道文化放送さんのローカルニュース。

「生誕120周年」迎えた札幌出身の彫刻家・本郷新さんの生涯や彫刻に込めた思いを紹介「マンガでわかる本郷新」展はじまる 5月24日まで〈北海道札幌市〉

 札幌出身の彫刻家、本郷新さんの伝記漫画の出版を記念した特別展が2月22日から始まりました。
 この特別展は札幌出身の彫刻家、本郷新さんの伝記漫画、「本郷新伝」の出版に合わせて企画されたものです。
 漫画では戦後日本の彫刻界をけん引し、2025年12月に「生誕120周年」を迎えた本郷さんの生涯や彫刻に込めた思いが紹介されています。
 会場では本郷さんの彫刻などと一緒に並べられた漫画の主要場面を訪れた客が熱心に見入っていました。
 この特別展は、5月24日まで開かれています。
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展示にはぜひ足をお運びの上、『本郷新伝』もお買い求めあれ。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)59 『智恵子抄』 改版

昭和42年(1967)12月15日 新潮社(新潮文庫) 高村光太郎著
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目次
 人に(いやなんです) 或る夜のこころ  おそれ からくりうた 或る宵 梟の族
 郊外の人に 冬の朝のめざめ 深夜の雪 人類の泉 人に(遊びぢやない) 人類の泉 僕等
 愛の嘆美 晩餐 淫心 樹下の二人 狂奔する牛 鯰 金 夜の二人
 あなたはだんだんきれいになる あどけない話 同棲同類 美の監禁に手渡す者 人生遠視
 風にのる智恵子 千鳥と遊ぶ智恵子 値ひがたき智恵子 山麓の二人 或る日の記
 レモン哀歌 亡き人に 梅酒 荒涼たる帰宅 松庵寺 報告(智恵子に) 噴霧的な夢
 もしも智恵子が 元素智恵子 メトロポオル 裸形 案内 あの頃 吹雪の夜の独白
 智恵子と遊ぶ 報告 うた六首 智恵子の半生 九十九里浜の初夏 智恵子の切抜絵
 解説「悲しみは光と化す」 草野心平 覚え書 同 改訂覚え書 同

昭和31年(1956)5月20日に初版が出された新潮文庫版の改版です。編者・草野心平の意図で初版には省かれていた「或る日の記」が新たに収められました。カバーも智恵子紙絵を使ったものに変更、さらに口絵にも智恵子紙絵が入れられました。

おそらく数千冊ある光太郎関連蔵書の中で、1番を選べ、といわれたら迷わずこれを選びます。手持ちの物は昭和51年(1976)1月の第57刷。中途半端な時期の重刷、さらにボロボロの状態なため市場価格は無いに等しいもので、古書店では入口のワゴンに100円均一で並んでいるようなものでしょう。しかし、自分にとってはこれが1番です。なぜなら、数千冊に及ぶ光太郎関連蔵書の第1号がこれだからです。昭和51年(1976)にこれを手に入れて読み、雷に打たれたような衝撃を受けてしまった故に、現在の自分が居ます。

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