光太郎詩「あどけない話」(昭和3年=1928)に使われ、福島復興の合い言葉として使われる「ほんとの空」の語。
それにまつわるイベントを二つご紹介します。
交流センター開館10周年記念「ふくしま星・月の風景in二本松」
期 日 : 2019年7月30日(火)~8月25日(日)時 間 : 午前10時~午後4時
場 所 : 二本松市市民交流センター3階 市民ギャラリー 福島県二本松市本町2丁目3-1
料 金 : 無料
福島県内にて撮影された星・月の風景を眺め、星空に想いを馳せてみませんか?
「ほんとの空」がある二本松市では、初の写真展です。
「ほんとの空」がある二本松市では、初の写真展です。

智恵子の故郷・二本松に隣接する郡山市のふれあい科学館さん主催で行われた「第5回 ふくしま 星・月の風景 フォトコンテスト」――キャッチコピーが「〝ほんとの空〞のあるふくしまの星・月の風景をあなたの感性で捉えてください」――の入賞作品展を、二本松で行うそうで。
さらに関連行事として、以下があるそうです。
全国同時七夕講演会2019「星・月の風景写真を通して観る七夕の星・夏の星」
講 師 : 安藤享平氏(郡山市ふれあい科学館 天文担当 学芸員)
内 容 : 夏空の主役・七夕伝説を紹介しつつ、星空撮影の方法などを詳しくお話ししま
す。
内 容 : 夏空の主役・七夕伝説を紹介しつつ、星空撮影の方法などを詳しくお話ししま
す。
もう1件、まったく別件ですが、やはり「ほんとの空」ということで。
子どもじんけん教室 なつやすみミニ映画会「ほんとの空」
期 日 : 2019年8月14日(水)
時 間 : 1回目 午前10時30分~ 2回目 午後2時30分~
場 所 : なごや人権啓発センターソレイユプラザなごや
名古屋市中区栄一丁目23番13号伏見ライフプラザ12階
料 金 : 無料


制作当初から数年間は、「新作」扱いで全国の自治体さんなどの主催行事で上映されたり、ローカルテレビ局さんで放映があったりしましたが、7年経ってそういう機会も減ったようです。しかし、内容的には東日本大震災による福島第一原発事故からの避難者が、避難先でいわれのない差別を受けるというもので、7年前と現在とで、社会の現状は残念ながらあまり変わっていないのではないかと思われます。
そういった意味では、今後も各地での上映や放映を望みます。特に放映の方は、ローカルテレビ局さんでは時々あったのですが、全国放映は為されていないように思われます。
それぞれお近くの方、ぜひどうぞ。
きれいだなあといふと景色がなほきれいになる
短句揮毫より 昭和18年(1943) 光太郎61歳
この項、しばらくの間、色紙や献呈した書籍等に揮毫された短句をご紹介します。
第1弾は、昭和18年(1943)刊行の年少者向け詩集『をぢさんの詩』に書かれたもの。光太郎と交流の深かった美術史家・奥平英雄が、子息のためにと買い求め、光太郎に何か書いてくれるよう頼んで書かれた短句です。
実際、独り言でも声に出してみることで、その内容がより実感されるということはよくある話ですね。
『をぢさんの詩』は、翼賛詩もたくさん含む実に残念な詩集ですが(「これこそ光太郎詩の真骨頂」とありがたがる愚か者も居て困ります)、時局とまったく関係のない短句を揮毫してあげたところに、救いを感じます。






































酒文化研究所さんという団体が発行の『月刊酒文化』という会員誌に連載中のものの既発表分だそうです。古今東西の文学作品等から、「酒」にまつわる一節を書き出し、そこから広がる酒談義・作家論・人生論といった趣です。



























































































――。シンプルだが一見しただけで豊福さんの作品とわかるほど強烈な個性があった。剣道や居合道を愛した好男子は、西洋の近代彫刻に東洋の精神性を融合させた深遠な表現をひたむきに探求し続けた。
して、十数人の生徒に書道を教えている。良い字を書く上で欠かせない要素は、書き手がもっている「個性」。「きれいでなくてもいいから、人に何かを伝えることができるような字を書きなさい」と、生徒たちにも指導している。「書いているときに自分自身が楽しいと感じられることが、一番大切なことだと思います」。ほほ笑みながら、書の魅力を語った。 (太田泰)




























善光寺(長野市)の仁王門に納められた仁王像2体が、台座に突起などで固定されず、ほぼ像の重さだけで自立する珍しい構造であることが26日、東京芸大大学院の文化財保存学・保存修復彫刻研究室などの調査で分かった。全国の仁王像でも見当たらない構造だといい、1919(大正8)年の開眼から100年間、絶妙なバランスで倒れずに立ってきたことになる。










