今日は「生誕130年 彫刻家高村光太郎」展の最後の巡回先、愛知県碧南市藤井達吉美術館にての開会式・内覧会(一般公開は明日から)に行って参ります。帰りは夜中となりそうなので、日付が変わった未明のうちに今日の分を書いてしまいます。
出先からケータイで短めに投稿する事も可能なのですが、早めに書いてしまいたい事情もあります。
このブログでは光太郎智恵子がらみのさまざまなイベント等をご紹介しています。そのために情報収集はおさおさ怠りなくやっているつもりなのですが、こちらの網の目から漏れる情報も多いようです。
終わってしまってからこんなイベントがあったというのをネットで見つけることもしばしばありますし、昨日書いた田沼武能「アトリエの16人」のように、終了間際に気がつく場合もあります。当方の情報収集力もまだまだです。
今回もそう。明後日に行われるイベントを昨日になって知りました。反省しきりです。というわけで、間がないのでできる限り早くご紹介します。
リーディングドラマ「智恵子の空は」
『朝日新聞さいたま版マリオン』さんの記事から。
朗読グループ「声の会」による公演。浅川安子(構成、演出)。音楽、動きなどを取り入れ、高村光太郎の「智恵子抄」をもとに智恵子の生涯を語る。ピアノとクラリネットの演奏も。1000円。要予約。電話中村さん(048・641・6753)。
日 時:2013年11月2日(土) 昼の部13:30~ 夜の部18:00~
会 場:彩の国さいたま芸術劇場小ホール(最寄り駅 与野本町)
料 金:1000円 全席自由
同会HPによれば、「リーディングドラマ」とは、以下の通りです。
昨今、朗読の持つ力が見直され、朗読劇や朗読構成劇などという名前で舞台上演されることも増えてきました。これは日本語の持つ生命力を目や耳を通して回復させたいというあらわれだと思います。
私たち「声の会」のリーディングドラマも、朗読に美術や音楽、照明、動きを取り入れ、総合的な舞台表現を目指しています。私たちの発する言葉が、舞台空間をより際だたせることによって、何倍もの力を得て、ストレートに観るものの心に伝わることを切に願うからです。
私たち「声の会」のリーディングドラマも、朗読に美術や音楽、照明、動きを取り入れ、総合的な舞台表現を目指しています。私たちの発する言葉が、舞台空間をより際だたせることによって、何倍もの力を得て、ストレートに観るものの心に伝わることを切に願うからです。
ぜひ行きたいのですが、なにせ急に知ったもので都合がつきません。残念です。
【今日は何の日・光太郎】 10月31日
昭和16年(1941)の今日、牛込矢来町の城西仏教会館で催された「文芸講演と詩朗読の会」で講演をしました。
上記と同じ朗読の会ですが、その趣旨は大きく違います。
当方、この時のプログラム(B4判二つ折り)を所蔵しています。裏面に書かれた趣意書的なものを引用しましょう。
変転きはまりない時代に最も肝要にして不動不退転の国民の生活を樹立させる底のものは国家の力であり、国民の固き信念であります。大日本帝国臣民であるわれわれはこの力を充分蓄積し、この固き信念を深く身につけて一旦緩急の際には、すみやかに勇往邁進凛々真摯敢闘の精神を内に充溢しのぞまねばなりません。われわれ青年はすでに銃剣の林を征き砲煙をおかして帝国の威力を世界に轟かして参りました。今日われわれの思はねばならぬ責務の重大は、銃前と云はず銃後と云はず、現代日本の各方面より要望されており、われわれ青年はわれわれ青年の意気と熱情とを以てこれに当るべき秋であります。
このとき文化面に於て、われわれは青年詩人の新しい声と盛り上がる熱情とをかたむけて新文化銃後翼賛の微力をつくしたいと思ふものであります。たゞならぬ今日のあらねばならぬ方向はこの巨大な歴史的現実の下に厳然として唯一つ存在して居る、捨身即ち祖国を愛する日本民族の血の伝統に生きる事であります。われわれ青年詩人は今こそ現代日本の輿望に応へて詩精神の覚醒と正しい履践をせねばならぬのであります。
民族が興隆せんとするときには必ず民族の詩は栄えるのであります。現代日本の直面してゐる情勢は新しき東亜の黎明へ、十億の民の共栄へ向つて輝かしい任務を遂行する努力でもありまして、この偉大なる希望のもとにわれわれの血はたぎつてゐるのであります。文字通りわれわれは詩を以て聖業に翼賛し奉る秋であります。大政翼賛会文化部に於てもかゝる時代にかゝる詩の国民に与へる力の重大を惟ひ既に「詩の朗読」の運動が始められて居ります。
詩と詩人社もこゝに「文芸講演と詩の朗読会」を催して現代青年詩人の志向とその自主的精神を明らかにし詩によつて民族精神の高揚を為す運動の一としたいと考へる次第であります。
昨秋及今春名古屋に於ける「文芸講演と詩の朗読会」に引続き催される今回の会は現代詩精神社の後援の下に、一つには同人山田嵯峨の大浪漫主義を盛つた詩集「四方天」の出版を記念し、又一つには徳安攻略戦に散華した詩友田中清司を偲ぶために開催されるものであります。したがつて今迄在来の出版記念会や追悼会の旧套を打破する意味も含み、こゝに詩壇新体制確立の為青年詩人を中心に溌剌清新の新風を盛りうる事と信ずるものであります。
幸ひ詩壇の耆宿高村光太郎氏と詩朗読の先輩照井瓔三氏の賛助御快諾を得ました事はわれわれのもつとも光栄とするところであります。就而此青年詩人の一大快事に御集り願ひ度く御友人御誘ひの上御来場下さいます様御案内申上げます。
昭和十六年十月 詩と詩人社同人識
このとき文化面に於て、われわれは青年詩人の新しい声と盛り上がる熱情とをかたむけて新文化銃後翼賛の微力をつくしたいと思ふものであります。たゞならぬ今日のあらねばならぬ方向はこの巨大な歴史的現実の下に厳然として唯一つ存在して居る、捨身即ち祖国を愛する日本民族の血の伝統に生きる事であります。われわれ青年詩人は今こそ現代日本の輿望に応へて詩精神の覚醒と正しい履践をせねばならぬのであります。
民族が興隆せんとするときには必ず民族の詩は栄えるのであります。現代日本の直面してゐる情勢は新しき東亜の黎明へ、十億の民の共栄へ向つて輝かしい任務を遂行する努力でもありまして、この偉大なる希望のもとにわれわれの血はたぎつてゐるのであります。文字通りわれわれは詩を以て聖業に翼賛し奉る秋であります。大政翼賛会文化部に於てもかゝる時代にかゝる詩の国民に与へる力の重大を惟ひ既に「詩の朗読」の運動が始められて居ります。
詩と詩人社もこゝに「文芸講演と詩の朗読会」を催して現代青年詩人の志向とその自主的精神を明らかにし詩によつて民族精神の高揚を為す運動の一としたいと考へる次第であります。
昨秋及今春名古屋に於ける「文芸講演と詩の朗読会」に引続き催される今回の会は現代詩精神社の後援の下に、一つには同人山田嵯峨の大浪漫主義を盛つた詩集「四方天」の出版を記念し、又一つには徳安攻略戦に散華した詩友田中清司を偲ぶために開催されるものであります。したがつて今迄在来の出版記念会や追悼会の旧套を打破する意味も含み、こゝに詩壇新体制確立の為青年詩人を中心に溌剌清新の新風を盛りうる事と信ずるものであります。
幸ひ詩壇の耆宿高村光太郎氏と詩朗読の先輩照井瓔三氏の賛助御快諾を得ました事はわれわれのもつとも光栄とするところであります。就而此青年詩人の一大快事に御集り願ひ度く御友人御誘ひの上御来場下さいます様御案内申上げます。
昭和十六年十月 詩と詩人社同人識
まるで某半島の某独裁国の「ナントカ日報」という新聞のような感じですね。日本もつい数十年前にはこうだったのです。
この時はまだ太平洋戦争開戦前です。しかし既に日中戦争は泥沼化していました。国家総動員法はこれにさかのぼる昭和13年(1938)には制定されており、各種団体は大政翼賛会の旗の下に統合が進み、文学もその例外ではありませんでした。
詩人はその作品の執筆や朗読で、国策に協力する事が義務づけられた時代だったのです。
「詩と詩人社」は新潟・魚沼に本部を置いた詩人結社です。やはりプログラムの裏に同人の一覧が載っていました。
当方、寡聞にして田村昌由、浅井十三郎、武井京史(「武井京」とあるのは誤り?)山田嵯峨くらいしか知りません。
田村にしても前後3回ほど光太郎に詩集の序文を書いてもらっているから知っているようなもの。浅井・武井・山田は昭和18年(1943)に行われ、同社発行の「詩と詩人」に載った座談で光太郎と同席しているから知っているようなものです。
それにしても戦死した同人の追悼を兼ねるとか、名簿に「出征中」の文字があるとか、本当に嫌な時代です。詩人が銃を手に取って戦うとか、銃後の者たちもこんなイベントで国策協力とか、そしてそこに光太郎も絡んでいるとか、そんな時代だったわけです。