昨日、元のYAHOO!ブログからこちらに移転しました。とりあえずエラーもなく、元のデータは移行できましたので、胸をなで下ろしております。ただ、過去記事を見ますと文字や画像のサイズなどが結構むちゃくちゃになっているものもあり、少しずつ修正していこうと思っております。また、自分のブログ内にリンクを貼った箇所がかなりあり、12月まではそれでいいのですが、以後、リンクの期限切れとなるので、そちらも併せて直していく予定です。
ただ、2600件余の記事を修正せねばならず、それから、このライブドアさんのブログの編集画面、使い方が分からない箇所などがあり、今日の投稿にしてもそうですが、しばらく見づらい状態になるかと存じますが、よろしくお願い申し上げます。
さて、今日のタイトルの花巻関連、ということで。
まず、11日(日)の地方紙『岩手日報』さんの記事から。
花巻電鉄、雄姿見て 廃線50年記念し写真展
花巻市中北万丁目の農業菅原唯夫さん(70)は同市材木町の市民の家で、大正から昭和にかけて花巻を走っていた花巻電鉄の花巻西鉛線廃線50周年を記念した写真展を開いている。市街地と温泉街を結んだ東北初の路面電車。形から「馬面(うまづら)電車」と親しまれていた当時の様子を紹介している。
路面電車は1915(大正4)年運行開始。花巻西鉛線(西花巻麟西鉛温泉間)は69年、花巻温泉線(花巻麟花巻温泉間)は72年に廃線となった。
写真展では約250点を展示。乗車する詩人で彫刻家の高村光太郎(1883~1956年)や、花巻西鉛線の最終営業日に住民らが駅のホームで電車を見送る写真などが並ぶ。
貨車に木炭や硫黄を積んだ写真や、車両内がぎゅうぎゅう詰め状態だったことから、路面電車は住民にとって欠かせない存在だった。
菅原さんは「花巻電鉄があったことを市民に知ってもらいたい。市の観光資源として、どのように継承していくか来場者の意見を聞かせてほしい」と訴える。
20日まで。午前9時~午後5時。入場無料。期間中は材木町公園内で保存している当時の電車「デハ3」の乗車体験もできる。問い合わせは菅原さん(090・9532・7434)へ。
続いて仙台に本社を置く『河北新報』さん。
「馬面」花巻電鉄 旅情誘う 廃線50年で乗車会
花巻市街地と花巻南温泉郷を結び、1969年まで運行されていた花巻電鉄鉛線の車両を保存展示する岩手県花巻市の材木町公園で、体験乗車会が開かれている。廃線から50年になるのに合わせ、地元の郷土史家菅原唯夫さん(70)が市に呼び掛けて実現した。20日まで。
花巻電鉄で唯一現存する車両だが、台座として使われている枕木の傷みが激しく、荷重のかかる車内の一般公開は5年ぶりとなる。
向かい合って座ると、膝と膝がくっつくほど狭い車内を見学した花巻市の会社員田口建二さん(50)は「今の時代にこれで温泉に行けたら面白いでしょうね」と話した。
花巻電鉄は県道の一部を借用してレールを敷設したために最大幅員が1.6メートルしか確保できず、車両は独特の細長い形状となった。その見た目から「馬面(うまづら)電車」の愛称で市民に親しまれた。
1915(大正4)年に営業運転が始まり、湯治客や沿線住民の足として利用された。宮沢賢治や高村光太郎が利用したことでも知られる。
公園内の公共施設「市民の家」では、菅原さんが収集した花巻電鉄にまつわる写真展も開かれている。午前9時~午後5時、入場無料。連絡先は菅原さん090(9532)7434。
昭和40年代まで、長年、市民の足として親しまれ、花巻町やその郊外旧太田村に蟄居していた光太郎もしばしばりようした花巻電鉄の写真展だそうです。会場はJR東北本線花巻駅西の材木町公園にある「市民の家」。元花巻町役場だった建物を移築したもので、ここの2階で光太郎が講演を行ったこともあります。また、同公園内には、光太郎も乗ったデハ3型の車両も静態保存されていまして、そちらの内部公開もあるとか。
ぜひ足をお運びください。
続いて、定期購読させていただいている、『花巻まち散歩マガジン Machicoco(マチココ)』さん。第15号が昨日届きました。
花巻高村光太郎記念館さんの女性スタッフの協力で為されている「光太郎レシピ」。「赤魚のムニエルと白瓜の雷干し」がメインです。さらに、花巻高村光太郎記念会事務局長にして横笛の達人・高橋邦広氏のご紹介。
さらにテレビ放映情報。花巻がらみを3件ご紹介します。
わがまま!気まま!旅気分
BSフジ 2019年8月17日(土) 6時00分~6時55分盛岡や花巻周辺を台湾で人気のユーチューバー三原慧悟さんと岩手めんこいテレビ・滝澤アナが2人旅。わんこそば挑戦や温泉など岩手の魅力満載。三原さんの動画撮影にも密着
旅人は台湾で大人気のユーチューバー三原慧悟さんと岩手めんこいテレビ・滝澤悠希アナウンサー。 花巻空港で台湾からの旅行客をお出迎えする地元の皆様に出会う。三原さんに気付いた旅行客の反応は? 花巻温泉を訪れた2人は名湯や敷地内の滝で癒やされる。 盛岡で2人はわんこそばに挑戦。 2日目は冷麺作りの体験や、つなぎ温泉を満喫。 小岩井農場では、アクティビティや農場グルメを堪能する。
<出演者> 三原慧悟 滝澤悠希(岩手めんこいテレビ・アナウンサー)
出川哲朗の充電させてもらえませんか? 釜石から花巻大沢温泉まで130キロSP
地上波テレビ東京 2019年8月17日(土) 18時30分~20時54分
行くぞ!銀河鉄道の旅!釜石から花巻・大沢温泉まで130キロ!あ~ニッポンの原風景が美しすぎてヤバいよヤバいよSP
釜石大観音前から出発!釜石は、出川の大伯父が社長を務めていた日本製鉄の製鉄所や、曽祖父が「銀河鉄道の夜」のモデルとなる鉄道(岩手軽便鉄道)の社長を務めたゆかりの地。 ゲストの陣内智則と合流し、電動バイクで出発すると銅像を発見。出川の大伯父の銅像ではないかと興奮する。陣内と別れ、翌朝ゲストの石原良純と合流する。宮沢賢治記念館に行きたいという良純の願いを叶えるため、3人は記念館に向かう。出川は、大谷翔平と菊池雄星を輩出した高校をどうしても見たいと回り道。結果、遠回りしたことで良純と出川は言い争いバトルに。果たして無事ゴールの花巻・大沢温泉にたどり着けるのか?
出演者 出川哲朗 陣内智則 石原良純
光太郎も愛した大沢温泉さんが終点とのことですが、宮沢賢治がらみの内容がかなり扱われるようです。あの出川さんのひいおじいさんが岩手軽便鉄道の社長だったとか、意外な話になりそうです。出川さんの大伯父の銅像というのも、光太郎の「三陸廻り」(昭和6年=1931)に記述のあるもののような気がします。出川さん、そういう家系の出だったのですね。
ゲストの石原良純さんと出川さん、賢治のコスプレに挑戦。しかし出川さんは、賢治というより笑ゥせぇるすまん(笑)。
ナニコレ珍百景 歩道橋に大量のツバメの巣&巨大岩と一体化した家SP
地上波テレビ朝日 2019年8月18日(日) 18時30分~19時58分
★岩手・花巻…今はなき昭和のモノだらけ!?古すぎる小学校▼石川・輪島…岩を突き抜けた滝&巨大岩の下で岩と一体化した家…住人は?▼福島…歩道橋の下はツバメのマンション!?200以上の巣▼茨城・古河…大物芸能人の番組のような飲食店に衝撃ドッキリ大作戦▼埼玉・富士見…路肩の白線がクネクネ波うっている謎の道路▼東京・杉並…何のため?真下を向いたカーブミラー▼福島…女子中高生の姉妹と仲良しすぎる家族〔変更あり〕
放送11年間あの珍百景は今
成長に仰天&感動の子ども珍百景続々▼千葉…逆さ言葉が得意な小学生は今▼神奈川…連続逆上がりが得意な5歳の女の子は今▼岡山・倉敷…外国人に英語で観光案内する小学生▼千葉…アリジゴクの定説を覆す大発見をした小学生は今
家族じまん珍百景
おばあちゃんとだけ電話で話す犬▼顔がハートになった犬▼ムーンウォークする犬▼うちわで踊るリス▼釣竿で遊ぶネコ▼おもてなしポーズ犬〔変更あり〕
出演者 名倉潤・堀内健・原田泰造(ネプチューン) 森葉子(テレビ朝日アナウンサー) キムラ緑子、松村沙友理&賀喜遥香(乃木坂46)
ナレーター 奥田民義、広居バン
大沢温泉さんと、さらに奥の鉛温泉さんの中間にある「昭和の学校」さんが取り上げられるようです。こちらは廃校になった旧前田小学校さんの校舎を利用し、昭和のレトログッズを展示しているミュージアムです。
それぞれぜひご覧下さい。
【折々のことば・光太郎】
こころつねにあたらしく日々発見に満つ
短句揮毫 昭和24年(1949) 光太郎67歳
蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村の太田中学校に贈った書です。前半部分は後に盛岡少年刑務所にも贈りました。
このブログもリニューアルしたということで、「こころつねにあたらしく」やって行こうと思っております。