先月、盛岡市で岩手県立大学さんの短期大学部・菊池直子教授による公開講座「高村光太郎のホームスパン」を拝聴して参りましたが、その発表の元となった内容が、同大の『研究論集第21号』に掲載され、菊池氏がその抜き刷りを送って下さいました。
先月のご発表にても紹介されたとおり、光太郎とホームスパン(羊毛による手織りの織物)との関わり、主に2点についての調査結果がまとめられています。
まず1点。花巻高村光太郎記念館さんに収蔵されている、光太郎の遺品である大判の毛布が、世界的に有名な染織家であるエセル・メレ(あるいはその工房)の作だとほぼ断定できるということ。光太郎の日記に「メーレー夫人の毛布」という記述が複数回あり、また、実際にそれを見せられた岩手のホームスパン作家・福田ハレの回想にもその旨の記述があります。福田は及川全三という名人の弟子でした。
先月の発表ではその画像がなかったように記憶しておりますが、日本国内に残る他のメレ作品との比較が為されており、なるほど、よく似ています。左が光太郎遺品、右がアサヒビール大山崎山荘美術館さんに収められているものです。
単にデザイン的な部分だけでなく、折り方の特徴などからも、メレ(あるいはその工房)の作とみて間違いないそうです。
過日も書きましたが、大正末から昭和初めに日本で開催されたメレの作品展の際、智恵子にせがまれて光太郎が購入したと語っていたと、福田の回想にあります。昭和20年(1945)の空襲の際には、事前に防空壕に入れておいて無事だったようです。
ちなみに光太郎がこの毛布(と思われるもの)を掛けている写真を見つけました。
おそらく昭和28年(1953)、「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」制作のため再上京し、借りていた中野のアトリエで撮られた1枚。昭和31年(1956)に筑摩書房さんから刊行された『日本文学アルバム 高村光太郎』に掲載されています。モノクロなので色がわかりませんが、柄からみて間違いないでしょう。
もう1点。昭和25年(1950)にオーダーメイドされた、光太郎愛用の猟服(光太郎の記述では「猟人服」)について。こちらは花巻高村光太郎記念館さんで常設展示されています。やはりホ-ムスパン地で、織りは福田、仕立ては光太郎と交流の深かった画家の深沢紅子の父・四戸慈文。四戸は盛岡で仕立屋を営んでいました。
光太郎がこれを着て写っている写真はけっこうあります。
左は宮沢賢治の親友だった藤原嘉藤治(中央)も写っています。右は昭和27年(1952)に再上京した上野駅で。当方、国民服的なものだと思いこんでいましたが。
この服についても詳細な考察が為されています。以前にも書きましたが、背中一面に巨大なポケットが付いていて、スケッチブックも入れられるという優れものです。
それから、現存が確認できていないのですが、光太郎は外套も注文しています。下の画像は昭和26年(1951)、当会の祖・草野心平と撮った写真。時期的に見て、これがそうなのかな、という気がします。
岩手では現在も、及川や福田の系譜に連なる方々がホームスパン制作に取り組んでいます。いずれ花巻高村光太郎記念館さんあたりで、光太郎とホームスパンに関わる企画展示など、開催してほしいものです。
【折々のことば・光太郎】
美に関する製作は公式の理念や、壮大な民族意識といふやうなものだけでは決して生れない。さういふものは或は製作の主題となり、或はその動機となる事はあつても、その製作が心の底から生れ出て、生きた血を持つに至るには、必ずそこに大きな愛のやりとりがいる。それは神の愛である事もあらう。大君の愛である事もあらう。又実に一人の女性の底ぬけの純愛である事があるのである。
散文「智恵子の半生」より 昭和15年(1940) 光太郎58歳
この年の『婦人公論』に発表(原題「彼女の半生――亡き妻の思ひ出――」)され、翌年の詩集『智恵子抄』にも収められました。そもそも詩集『智恵子抄』の成立は、この文章を読んで心を打たれた出版社龍星閣主・沢田伊四郎が、智恵子に関する詩文を集めて一冊の本にしたい、と提案したことに始まります。
まだ太平洋戦争開戦前ですが、それにしても、「大君の愛」と「一人の女性の底ぬけの純愛」を同列に扱うとは、大胆です。不敬罪でしょっぴかれたり、発禁になったりしても不思議ではありません。そうならなかった裏には、光太郎と交流があり、敬愛していた詩人の佐伯郁郎が内務省警保局の検閲官だったことがあるような気がしています。
明日、4月2日は、光太郎63回目の命日・連翹忌です。光太郎第二の故郷・花巻では午前中に光太郎が暮らした山小屋(高村山荘)敷地内で詩碑前祭、午後から市街の松庵寺さんで連翹忌法要。そして東京日比谷公園松本朗様では、午後5:30から当会主催の連翹忌の集いが開催されます。光太郎智恵子、そして二人に関わった全ての人々に思いをはせる日としたいものです。