近々開催の市民講座系、2件ご紹介します。
まずは北海道帯広から、文学系。
釧路高専公開講座「高村光太郎の文学」
期 日 : 2018年11月17日(土)会 場 : とかちプラザ 講習室402 帯広市西4条南13丁目1
時 間 : 13:00~15:00
料 金 : 無料
定 員 : 70人
講 師 : 小田島本有氏(釧路工業高等専門学校 創造工学科 一般教育部門教授)
父光雲や、後に妻となる智恵子の存在に注目しつつ、『智恵子抄』や戦争に対する姿勢を通して高村光太郎の文学を浮き彫りにします。
続いて、光太郎第二の故郷とも言うべき、岩手花巻から美術系。
岩手大学教育学部出前講座「彫刻ってこう観るの!? 光太郎の作品から入る近代芸術の世界」
期 日 : 2018年11月20日(火)時 間 : 午後1時30分から午後3時30分まで
料 金 : 無料
定 員 : 50人 花巻市内在住または勤務者
講 師 : 藁谷収氏(岩手大学教育学部教授)
それぞれお近くの方、ぜひどうぞ。
【折々のことば・光太郎】
一地方に徹底したものは即ち普遍に徹底したものである。
散文「鈴木白羊子詩集「太陽花」序」より 昭和16年(1941) 光太郎59歳
鈴木白羊子は、伊豆下田に住んでいた詩人。光太郎も寄稿した雑誌『太陽花』、『向日葵』などを刊行していました。「太陽花」、「向日葵」共にヒマワリの別名です。よほど好きだったのか、雑誌名にも、詩集名にも使っています。
引用文は、宮澤賢治を評した散文「コスモスの所持者宮澤賢治」(昭和8年=1933)中の「内にコスモスを持つものは世界の何処の辺遠に居ても常に一地方的の存在から脱する。内にコスモスを持たない者はどんな文化の中心に居ても常に一地方的の存在として存在する。」に通じます。
また、愛妻智恵子の追悼文的な「智恵子の半生」中の「一人に極まれば万人に通ずる」も同じ趣旨と言えましょうか。