毎年8月9日、女川光太郎祭を開催して下さっている宮城県女川町から。

東日本大震災で甚大な被害があった女川町では、震災後、当時の女川第一中学校の生徒さんたちが発案した「いのちの石碑」が建てられ続けています。

これは、町内21ヶ所の浜の津波到達地点より高い場所に碑を建て、大地震の際にはそこより上に避難するためのランドマークとするというもので、既に半数以上が設置されています。合い言葉は「1000年後の命を守る」。平成3年(1991)、かつての海岸公園に建てられた光太郎文学碑に倣い、「100円募金」で設置費用をまかなうとして始められました。それぞれの碑には、当時の中学生たちが国語の授業で詠んだ句も刻まれています。

まずは地元紙『石巻かほく』さんの記事を2件。どちらも今月3日の掲載でした。 

新しい町の姿や魅力を発信 女川写真愛好会が発足 初の展示会・16日まで

 東日本大震災の復興の歩みなどを写真で伝002えようと、女川町のアマチュア写真家らが「女川写真愛好会」を結成した。第1弾の事業として写真展をJR女川駅に併設する町営「女川温泉ゆぽっぽ」で16日まで開催している。新しいまちづくりが進む同町で、愛好会は今後も写真展などを開くことで、女川の表情や魅力を広く発信したい考えだ。
 愛好会は今年4月に設立された。メンバーは趣味で写真を撮っている会社員や元教員、女川町に移住した復興支援員などの男性9人。写真を通して、町をよく知ってもらおうと活動を展開する。
 開催中の写真展は「わたしの あなたの わたしたちの 女川」をテーマに、約30点を展示している。
 高台に建設された新しい住宅が並ぶ様子や、津波の到達点に建設された「女川いのちの石碑」など、震災後の町の変化を知ることができる写真が並ぶ。
 一方で、カツオ船に餌となるイワシを積み込む作業や、「女川みなと祭り」で大漁旗をたなびかせた漁船の上で披露する海上獅子舞など、水産の町を象徴するような震災前の写真もある。
 ホタテの貝殻に写真を張って、卓上に飾れるユニークな作品もある。
 阿部貞会長(67)は「女川町の復興の過程を記録するだけでなく、美しい自然などを紹介することで、女川に興味を持ってもらいたい」と話す。町民文化祭への展示なども見込んでいる。
 写真展は午前9時~午後9時。入場無料。
 

被災地忘れない!!「支援」「学び」中高生が今も県外から 石巻地方 作新学院中等部2年 町民の力強さに感動 女川で元教諭の講話を聞く

 東日本大震災から間もなく7年4カ月。いま003だに県外から継続的に石巻地方の被災地支援に訪れている高校や、教訓を学びに来る中学校もあり、被災者との交流を通して互助精神の大切さなどを学んでいる。

 震災の教訓を学ぶため、宇都宮市の作新学院中等部の2年生131人が先日、女川町を訪れた。生徒たちは、まちなか交流館で、震災当時女川一中(現女川中)に勤務していた元教諭佐藤敏郎さんの講話を聞いた。
 佐藤さんは「女川は人口の約1割の人たちが亡くなり、8割の建物が住めなくなってしまった」と紹介。現在、若者を中心に運営する音楽イベント「我歴(がれき)stock」開催のほか、震災の風化防止などを目的に、当時の女川中3年生が「いのちの石碑」を町内21カ所に建立する計画を立て、実行してきたことを説明。
 倉松直大(なおひろ)さん(13)は「実際に女川を目にして、津波で全てを失っても復興に力を注ぐ、人間の力強さを感じました」と感想を話した。
 箭内(やない)みうさん(13)は「佐藤さんの『今の人のためではなく、未来へつなげていくために行動している』という話に感動しました」と語った。
 生徒たちは「いのちの石碑」を見学した後、旧大川小に向かい、献花した。


「いのちの石碑」プロジェクトに関わった女川中学校の卒業生が、テレビで取り上げられます。

あの日 わたしは~証言記録 東日本大震災~「宮城県女川町 山下脩さん」

NHK総合 2018年7月12日(木)  10時50分~10時55分

東日本大震災に遭遇した人々の証言。宮城県女川町の山下脩さんは、津波に流された行方不明者を懸命に捜索する海上保安官の姿に憧れ、この春、海上保安学校に入学した。

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海上保安官を目指す山下さん、昨年には『朝日新聞』さんに取り上げられ、このブログでご紹介させていただきました。また、平成27年(2015)、女川光太郎祭を主催している女川光太郎の会の須田勘太郎会長がお住まいの出島(いずしま)に「いのちの石碑」が建てられた際の報道にも、お名前が。

この番組では、やはり「いのちの石碑」に関わった当時の中学生・勝又愛梨さん、女川中学校教諭だった阿部一彦さん、女川光太郎祭の折に宿を提供して下さっているトレーラーハウス・エルファロの佐々木里子さんなどが取り上げられてきました。震災の記憶の風化が懸念される今日この頃ですが、今後とも継続してほしいものです。

女川光太郎祭、今年も8月9日に開催されます。詳細はまたのちほど。


【折々のことば・光太郎】

時間の威力は滅ぶべきものを用捨なく滅ぼし、のこすべきものをともかくものこした。
散文「奥平英雄編「絵の歴史 日本篇」序」より
 昭和28年(1953) 光太郎71歳

芸術作品に関しての言です。しかし、光太郎芸術にしてもそうですが、後の時代の人々がその価値を正しく把握し、次の世代へと引き継ぐ努力をしなければ、歴史の波に埋もれてしまいます。

震災の記憶などもそうではないでしょうか。