また後ほど詳しくご紹介いたしますが、来月14日(土)から、光太郎第二の故郷・岩手花巻の高村光太郎記念館さんの企画展「光太郎と花巻電鉄」が開催されます。かつて花巻を二本の路線が走っていて、光太郎もたびたび利用した花巻電鉄にスポットを当てた企画展示です。
目玉は光太郎が暮らしていた頃の戦後の花巻を表現したジオラマ。もちろん、花巻電鉄の電車も走ります。製作は品川区大井町ご在住のジオラマ作家・石井彰英氏にお願いしました。
以前に石井氏から智恵子終焉の地・南品川ゼームス坂病院を含む昔の大井町のジオラマを撮影したDVD「小さなパラダイス 昔の大井町あたり」をいただき、そのクオリティに感銘、高村光太郎記念館さんで花巻電鉄に関する企画展も考えているというので、それなら石井氏にジオラマを作っていただこうと、ご紹介した次第です。
昨年9月には、現地花巻でのロケハン。その前後からたびたび石井氏の工房にお邪魔し、全体の配置やどんな建造物を入れるかなどの相談に乗らせていただきました。高村光太郎記念館さんや、隔月刊のタウン誌『花巻まち散歩マガジン Machicoco(マチココ)』の北山編集長などにもご意見を伺い、ほぼ1年かけて、ついに完成。昨日、石井氏の工房から花巻に搬出されました。
パネルは4分割されており、まず花巻町中心街。学術的な実測に基づく設計ではありませんので、かなりデフォルメされていますが、各建造物(光太郎にゆかりのあったものをピックアップしました)の大まかな位置関係はほぼ正確です。
この線路をミニチュアの電車が走ります。石井氏苦心の作です。
向かって左の方に、光太郎の暮らした山小屋(高村山荘)を含む旧太田村。
その上に、大澤温泉さんや鉛温泉さんなどの花巻南温泉郷。少し離れて花巻温泉さんも。
遠く花巻から搬出のためのワゴン車。
あいにくの雨でしたので、濡れないよう注意を払いつつ、5階の工房から下ろして積み込みました。
これ以外にも、石井氏はご自分の作品をビデオ撮影されてDVDにまとめられることをなさっており、そちらに登場する東京千駄木の光太郎アトリエ、福島二本松の智恵子生家・長沼酒造なども。
こちらも別個に展示して下さるとのことです。
こちらもまた後ほど詳細をご紹介しますが、DVDは記念館さんでも販売して下さるそうで、ぜひお買い求め下さい。ミュージシャンでもある石井氏とそのお仲間さんたちによるオリジナルの光太郎智恵子トリビュート音楽、花巻高村光太郎記念会・高橋邦広事務局長の篠笛演奏がバックに使われています。ナレーションやテロップは当方が執筆させていただきました。
街の喧噪、牛馬のいななき、鳥のさえずり、そして人々の息づかいまで聞こえてきそうな作品です。7月14日(土)~11月19日(月)までと、長めの期間設定になっています。ぜひ足をお運び下さい。
【折々のことば・光太郎】
私はまるで自分とちがふ軌道を運行する此の力ある巨星の立派な芸術を見る事に、今は深い興味と予期とが持てるやうになつた事を自らよろこんでゐる。
散文「旧友石井柏亭氏」より 昭和7年(1932) 光太郎51歳
明治末、光太郎と「地方色」論争を起こし、その結果「日本初の印象派宣言」とも言われる評論「緑色の太陽」を書かしめた画家・石井柏亭へのエールです。青年期は自らの考えに合わない絵画や彫刻には一切の価値を認めないというスタンスだった光太郎も、さすがに壮年期に入り、丸くなったようです(笑)。