注文しておいた書籍が届きました。 

美しく、狂おしく 岩下志麻の女優道


2018年2月26日  春日太一著  文藝春秋  定価1,750円+税

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2018年が女優生活60周年となる岩下志麻さんが自らが出演してきた数々の作品について詳細に語り下ろしました。岩下さんほど多彩なフィルモグラフィーを持つ女優はなかなかいません。60年代前半は巨匠・小津安二郎監督の「秋刀魚の味」に主演し、「古都」「雪国」など川端康成原作の作品では可憐な演技を見せて松竹の清純派看板女優として活躍。順風満帆の女優生活でしたが、67年、篠田正浩監督と当時タブーとされていた主演女優を続けながらの結婚に踏み切り、独立プロ「表現社」を立ち上げて新たな道を切り拓きました。「結婚したからダメになったと言われたくない」との思いを抱いて篠田監督と二人三脚で「心中天網島」「はなれ瞽女おりん」といった名作を生み出します。74年に出産から復帰すると松竹を退社、「鬼畜」「疑惑」といった松本清張原作・野村芳太郎監督の一連の作品で情念の女を演じ、新たな一面を披露します。80年代~90年代はなんといっても「極道の女たち」シリーズ。こうした作品についてはもちろん、「五瓣の椿」「卑弥呼」「悪霊島」「鬼龍院花子の生涯」「瀬戸内少年野球団」といった記憶に残る作品、さらに大河ドラマ「草燃える」「独眼竜政宗」「葵 徳川三代」に関する秘話も満載です。今でこそ「大女優」のイメージが強いですが、岩下さんは、主演女優をつとめながらの結婚、出産、独立プロでの映画製作などタブーの打破、新しいことへの挑戦を続けてきた反骨の人です。また「普通の人の役はやりたくない」と言い、悪女、狂女でこそ輝きを発揮してきました。インタビュー・構成は「あかんやつら」「天才 勝新太郎」など映画愛溢れる作品でお馴染みの春日太一さん。岩下さんの言葉から、医者志望で女優に興味がなかった高校生が、徐々に女優という仕事に憑りつかれていく様子を浮かびあがらせます。女優の年代記であり、仕事論であり、同時に美の下に隠す狂気を語った濃厚な一冊です。

というわけで、映画史研究家の春日太一氏による、岩下さ002んへのインタビューで構成されている書籍です。インタビューは毎回2時間、全11回。1年間にわたって行われたそうです。

岩下さんがご出演なさった50本ほどの映画やテレビドラマについて、それぞれの思い出などが語られ、岩下さんの来し方がまとめられています。

その中で、昭和42年(1967)公開の松竹映画「智恵子抄」(中村登監督作品)についても語られています。

それによれば、当時、川端康成原作の「古都」「雪国」、有吉佐和子原作の「紀ノ川」など、いわゆる「文芸映画」に出演されていた岩下さんから、ぜひ智恵子を演じたいと申し出て実現したとのこと。光太郎役は故・丹波哲郎さんでした。

また、岩下さんは、役作りに懸命に取り組むために研鑽を積まれるそうで、「はなれ瞽女おりん」の際には、本物の瞽女さんに取材したり、盲学校の見学に行かれたりしたとのことですし、「智恵子抄」の際には、精神科病院にも行かれたそうです。

当方、「智恵子抄」は一度拝見しましたが、岩下さんの鬼気迫る演技の背景には、そういうことがあったのかと思い当たりました。

岩下さん、その後も「桜の森の満開の下」、「卑弥呼」などで魔性の美女を演じられたり、「鬼畜」や「婉という女」などでも心の闇を抱えた女性を演じられたりしています。具体的な記述はありませんでしたが、そうした役柄の原点に「智恵子抄」があるような気もしました。そこで、本書の題名が「美しく、狂おしく」なのだなと納得いたしました。

本書以外にも、岩下さん、昭和63年(1988)刊行の雑誌『彷書月刊』第4巻第10号「特集 高村智恵子」や、平成23年(2011)の『朝日新聞』さん福島版の連載「「ほんとの空」を探して」でも「智恵子抄」に言及なさっています。思い入れの強い作品の一つ、ということなのでしょう。本書も、200本ほどもある出演作の中から50本ほどを特にセレクトしてのインタビューでした。その中に「智恵子抄」が入っているわけです。

しかし、残念ながらDVD、ブルーレイ等、販売用のソフト化がされていません。これを機に、ぜひお願いしたいところです。

ちなみにこちらは「智恵子抄」のスチール写真。20種類あまりこつこつ集めましたが、そのうち1枚、岩下さんのサイン入りが含まれています。ニセモノでないことを祈ります(笑)。

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【折々のことば・光太郎】

それは最早金銅では出ない木彫独自の刻みの美であり、創りであり、温かい素材精神の生かし方であり、植物体質への清純な愛であり、湿潤な日本風土から生れる自然随順的帰依の深厚な心法である。

散文「技法について」より 昭和16年(1941) 光太郎59歳

日本の仏像の変遷を説いた評論の一節です。飛鳥、白鳳、天平を経て、徐々に大陸将来の金銅仏の影響を脱し、平安期には木彫仏の傑作が次々生まれたあたりを指しています。

仏像ではありませんが、光太郎が目指した木彫の在るべき姿も、こういうことなのでしょう。