昨日に引き続き、智恵子の故郷・福島二本松での情報です。このブログでたびたび取り上げさせていただいている、作曲家・野村朗氏の作品が演奏されるコンサートです。
震災復興応援 智恵子抄とともに~野村朗作品リサイタル~
期 日 : 2016年10月9日(月・祝)会 場 : 二本松市コンサートホール 福島県二本松市亀谷1-5-1
時 間 : 13:30開場 14:00開演
料 金 : 2,000円 全席自由
申 込 : 090-6586-8337 野村
出 演 : 森山孝光(Br) 星由佳子(Sp) 森山康子(Pf) 倉本洋子(Pf)
プログラム
歌曲 願わくば (詩・三好達治)
「音楽の花束」~ピアノのための~
歌曲 片恋 (詩・北原白秋)
歌曲 すずしきうなじ (詩・三好達治)
歌曲 春のあはれ (詩・三好達治)
歌曲 桔梗 (詩・野村朗)
連作歌曲 「智恵子抄巻末の短歌六首」より (詩・高村光太郎)
第3曲 智恵子、尾長のともがらとなる 第5曲 智恵子の息吹みちてのこり…
第6曲 ここに住みにき
第6曲 ここに住みにき
歌曲 樹下の二人 (詩・高村光太郎) 新作初演
連作歌曲 「智恵子抄」 (詩・高村光太郎)
第1曲 千鳥と遊ぶ智恵子 第2曲 あどけない話 第3曲 レモン哀歌
第4曲 間奏曲 第5曲 案内
第4曲 間奏曲 第5曲 案内
※ 曲目を一部変更する場合があります
今から6年ほど前、学校法人同朋学園本務事務局職員として任された大きなプロジェクトに失敗し、本当に行き場がないほど苦しかった時、髙村光太郎の詩集「智恵子抄」が、と言うよりも髙村光太郎と愛妻智恵子との生死を超越した愛の姿が、私を救ってくれました。
光太郎は愛する智恵子を二度、失います。一度目は「統合失調症」で彼女の魂を見失い、次に結核でそのいのちを喪いました。その後、自己の戦争犯罪への自己批判も込めて、岩手は花巻の郊外の山中に、約7年間隠棲生活を送ります。「彫刻」を絶ち、たった一人で、しかし「心に智恵子を住まわせて」の隠棲でした。当時の郵便配達夫の証言で、光太郎自身が「見晴らし」と名付けた高台にて愛する智恵子の名前を呼ぶ光太郎の姿が語られています。
「智恵さーん、智恵さーん」...
私は、この晩年の髙村光太郎をこよなく愛し、何よりもその姿を表現したく、連作歌曲「智恵子抄」を作曲しました。
この作品は名古屋市内、岐阜市、碧南市、東京都、神戸市等で何度も再演され、全日本作曲家コンクール歌曲部門でも3度の入賞を果たしました。今年の3月には、若い邦人留学生等の皆さんにより、ドイツはハイデルベルク市のヤコブ教会にて、世界初演を果たして頂きました。
けれども、最初の「千鳥と遊ぶ智恵子」の最初の一音を書いたころから、「いつか、智恵子の故郷、二本松市の皆さんに聴いて頂きたい」と夢見ていました。ですから、今回の演奏会はその「夢」の実現なのです。
最初は手の届かない夢であったものが、地元の「智恵子のまち夢くらぶ」の熊谷健一さん、「智恵子の里レモン忌」の渡辺秀雄さん、「東京二本松会」の安斎盛夫さん、髙村光太郎ご命日の集まり「連翹忌」の皆さん、二本松市出身者を中心とした「榛の忌」の皆さまなど、多くの関係の皆さまとお友達になり、お付き合いを深めていく中で、「夢」は、やがて「具体的な希望」へ、そして「実現」へと、形を変えてまいりました。
今回、智恵子の故郷、二本松市の皆さまに拙作を聴いて頂く「恩返し」のような気持ちで、髙村光太郎の詩集「智恵子抄」から、絶唱「樹下の二人」を選んで、歌曲「樹下の二人」を作曲。今回の演奏会にて、本邦初演させて頂きます。深い感謝と慈愛を込めて作曲致しました。
どうぞ、よろしくお願い申し上げます。
光太郎は愛する智恵子を二度、失います。一度目は「統合失調症」で彼女の魂を見失い、次に結核でそのいのちを喪いました。その後、自己の戦争犯罪への自己批判も込めて、岩手は花巻の郊外の山中に、約7年間隠棲生活を送ります。「彫刻」を絶ち、たった一人で、しかし「心に智恵子を住まわせて」の隠棲でした。当時の郵便配達夫の証言で、光太郎自身が「見晴らし」と名付けた高台にて愛する智恵子の名前を呼ぶ光太郎の姿が語られています。
「智恵さーん、智恵さーん」...
私は、この晩年の髙村光太郎をこよなく愛し、何よりもその姿を表現したく、連作歌曲「智恵子抄」を作曲しました。
この作品は名古屋市内、岐阜市、碧南市、東京都、神戸市等で何度も再演され、全日本作曲家コンクール歌曲部門でも3度の入賞を果たしました。今年の3月には、若い邦人留学生等の皆さんにより、ドイツはハイデルベルク市のヤコブ教会にて、世界初演を果たして頂きました。
けれども、最初の「千鳥と遊ぶ智恵子」の最初の一音を書いたころから、「いつか、智恵子の故郷、二本松市の皆さんに聴いて頂きたい」と夢見ていました。ですから、今回の演奏会はその「夢」の実現なのです。
最初は手の届かない夢であったものが、地元の「智恵子のまち夢くらぶ」の熊谷健一さん、「智恵子の里レモン忌」の渡辺秀雄さん、「東京二本松会」の安斎盛夫さん、髙村光太郎ご命日の集まり「連翹忌」の皆さん、二本松市出身者を中心とした「榛の忌」の皆さまなど、多くの関係の皆さまとお友達になり、お付き合いを深めていく中で、「夢」は、やがて「具体的な希望」へ、そして「実現」へと、形を変えてまいりました。
今回、智恵子の故郷、二本松市の皆さまに拙作を聴いて頂く「恩返し」のような気持ちで、髙村光太郎の詩集「智恵子抄」から、絶唱「樹下の二人」を選んで、歌曲「樹下の二人」を作曲。今回の演奏会にて、本邦初演させて頂きます。深い感謝と慈愛を込めて作曲致しました。
どうぞ、よろしくお願い申し上げます。
お近くの方、ぜひどうぞ。
【折々のことば・光太郎】
雪をかぶつた岩手山の肩が見える。 少し斜めに分厚くかしいで これはまるで南部人種の胴体(トルソオ)だ。 君らの魂君らの肉体君らの性根が、 男でもあり女でもあり、 雪をかぶつてあそこに居る。 あれこそ君らの実体だ。
詩「岩手山の肩」より 昭和22年(1947) 光太郎65歳
地方紙『新岩手日報』の翌年元旦号に寄せた詩です。岩手県民のソウルマウンテン、岩手山。光太郎、おそらくこの詩を書きながら、智恵子における安達太良山を想起していたと思います。
この詩の直筆詩稿が、盛岡市の盛岡てがみ館さんで常設展示されています。