新刊、といっても気づくのが遅れ、5ヶ月ほど経ってしまっていますが……。 

紀行とエッセーで読む 作家の山旅

2017年2月17日 山と渓谷社編刊 ヤマケイ文庫 定価930円+税

明治、大正、昭和の著名な文学者が山に登り、あるいは山を望み著したエッセー、紀行、詩歌を紹介するアンソロジー。だれもが知っている著名な文学者も山に憧れ、山に登り、作品を残していた。意外な作家の登山紀行やエッセーを集め、文学者の目に映った山と自然から、新たな山の魅力を探り、いままで紹介されることの少なかった山を愛した文学者の姿を紹介する。

目次
 小泉八雲 富士山(抄) 落合貞三郎訳000
 幸田露伴 穂高岳
 田山花袋 山水小記(抄
 河東碧梧桐 登山は冒険なり
 伊藤左千夫 信州数日(抄
 高浜虚子 富士登山
 河井酔茗 武甲山に登る
 島木赤彦 女子霧ヶ峰登山記
 窪田空穂 烏帽子岳の頂上
 与謝野晶子 高きヘ憧れる心
 正宗白鳥 登山趣味
 永井荷風 夕陽 附 富士眺望
 (『日和下駄』第十一)
 斎藤茂吉 蔵王山/故郷。瀬上。吾妻山
 志賀直哉 赤城にて或日
 高村光太郎 山/狂奔する牛/岩手山の肩
 竹久夢二 山の話
 飯田蛇笏 山岳と俳句
 若山牧水 或る旅と絵葉書001
 石川啄木 一握の砂より
 谷崎潤一郎 旅のいろいろ
 萩原朔太郎 山に登る/山頂
 折口信夫 古事記の空 古事記
 室生犀星 冠松次郎氏におくる詩
 宇野浩二 それからそれ 書斎山岳文断片
 芥川龍之介 槍ヶ岳紀行
 佐藤春夫 戸隠
 堀口大學 山腹の暁/富士山 この山
 水原秋桜子 残雪(抄
 結城哀草果 蔵王山ほか
 大佛次郎 山と私
 井伏鱒二 新宿(抄
 川端康成 神津牧場行(抄)
 尾崎一雄 岩壁
 三好達治 新雪遠望
 小林秀雄 エヴェレスト
 中島健蔵 美ヶ原 ・深田久彌に・
 草野心平 鬼色の夜のなかで
 林芙美子 戸隠山
 堀辰雄 雪斑(抄)
 加藤楸邨 秋の上高地
 臼井吉見 上高地の大将
 坂口安吾 日本の山と文学
 亀井勝一郎 八ガ岳登山記
 太宰治 富士に就いて
 津村信夫 戸隠姫/戸隠びと
 梅崎春生 八ガ岳に追いかえされる
 辻邦生 雲にうそぶく槍穂高
 北杜夫 山登りのこと
 解説 大森久雄


というわけで、光太郎作品は詩が三篇。

「山」(大正2年=1913)は、この年、智恵子との婚前旅行で1ヶ月滞在した上高地での感興、激情を謳ったもの。その12年後に書かれた「狂奔する牛」(同14年=1925)も、上高地旅行に題材を採っています。「岩手山の肩」は、戦後の花巻郊外太田村での作。昭和23年(1948)元日の『新岩手日報』紙面を飾りました。さらに約1ページを費やす光太郎のプロフィール欄には、随筆「智恵子の半生」(昭和15年=1940)から、上高地に関わる部分の一部が抜粋されています。

他に与謝野晶子、佐藤春夫、草野心平ら、光太郎と親しく交わった面々の作も収められています。

編集にも関わった大森久雄氏が、解説の中で曰く、「いきなり手前味噌の言い方で恐縮だが、この種の内容の本は、山の世界では初めてかもしれない。山の文章のアンソロジーはいろいろ刊行されているが、いずれも山の文人、というか、実際に活発に山登りをしているひとの書いた文章が主体で、いわゆる作家(小説家・評論家・劇作家・詩人・歌人・俳人など)の山のエッセーだけを集めるという試みのものは、地域を限ってのものを除けば見当たらない。

なるほど、そういうコンセプトか、と思いました。

ただ、「この種の内容の本は、山の世界では初めてかもしれない。」というところに違和感を覚え、書架から一冊の書籍を取り出しました。

同じ山と渓谷社さんから、昭和18年(1943)に刊行されたアンソロジー『岳(たけ)』。やはり光太郎作品(短歌12首)が掲載されているので、20年ほど前に購入したものです。

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これも同じようなコンセプトだったよな、と思いながら、久しぶりに開いてみました。すると、確かに光太郎ら文人の作品が多く採録されていますが、それと同程度に各方面の学者が書いたものが多く、また、バリバリの登山家の作品も含まれていました。また、美術家や造園家のものも。下記画像、クリックで拡大します。

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そういう意味では、「いわゆる作家(小説家・評論家・劇作家・詩人・歌人・俳人など)の山のエッセーだけを集めるという試みのもの」ではなかったかと、納得しました。それにしても、こちらの執筆陣も錚々たるメンバーです。

時折古書市場に出ています。併せてお買い求め下さい。


【折々のことば・光太郎】

為して争はぬ事の出来る世は来ないか ああそれは遠い未来の文化の世だらう 人の世の波瀾は乗り切るのみだ 黄河の水もまだ幾度か干戈の影を映すがいい
詩「老耼、道を行く」より 昭和12年(1937) 光太郎55歳

「老耼」は春秋戦国時代の思想家・老子です。この詩は老子の独白スタイルで書かれています。「人の世の波瀾」、「干戈の影」、いずれも日中戦争を意識していることは言わずもがなです。