『週刊朝日』さんに、「人生の晩餐」という連載があります。「著名人がその人生において最も記憶に残る食を紹介する連載」だそうで、週ごとに異なる著名人の方が担当されています。
現在販売中の今週号は、当会会友・渡辺えりさん。連翹忌に触れて下さっています。ありがたや。
紹介されているのは、連翹忌会場として使わせていただいている、日比谷松本楼さんのカレーとショートケーキ。「このカレーライスとショートケーキは、彼(光太郎)と妻の智恵子がデートの時に好んで食べたそう」。うーん、二人がこちらで「氷菓(アイスクリームまたはかき氷)」を食べたというのは、詩「涙」(大正元年=1912)に書かれていますが、カレーとケーキは出てきません……。まあ、よしとしましょう。
それから、いつものように光太郎と交流があったお父様・渡辺正治氏のエピソードがご紹介されています。「毎年「もう二度と戦争を起こしてはならない」という父の願いを感じながら、しみじみと味わっています」。なるほど、という感じです。
ぜひ皆様も、連翹忌にご参加いただき、他の料理ともども、光太郎智恵子を偲びつつ召し上がって下さい。
ちなみに当方は司会進行のため、ほとんど料理には手がつけられません。それに気づいて下さる方が、こっそり司会者ブースへお皿に取り分けた料理を届けて下さいますが、それとて急いでかき込む、という感じです。今年はケーキも届きましたが、二口で食べました(笑)。
『週刊朝日』さんもぜひお買い求め下さい。
【折々のことば・光太郎】
現実そのものは押し流れる渦巻だ。
詩「夢に神農となる」より 昭和12年(1937) 光太郎55歳
昭和12年(1937)11月の作、翌年7月の雑誌『大熊座』に発表されました。
昭和12年というと、7月には盧溝橋事件、この詩の書かれた11月には日独伊三国防共協定の締結などがあり、「押し流れる渦巻」のように、戦時体制へと突き進んでいく時期でした。光太郎もどんどん大政翼賛の方向へ進んでいきます。