まずは『千葉日報』さんで、先週の記事です。

光太郎と房総、関わり紹介 八街市の市原善衛さん 30年前の冊子改訂

 八街市の市原善衛さん(67)が約30年前に刊行した冊子「高村光太郎と房総」の改訂版(B6判、全32ページ)を発刊した。詩人で彫刻家の高村光太郎(1883~1956年)と房総の関わりをテーマにした同冊子について、光太郎と友人の文学者との交流など新たな内容を盛り込むとともに、サイズをコンパクトにした。
 元成田市職員の市原さんは、さまざまな文学者と房総とのゆかりを調べている研究家。同書は1986年に初版が発行され、光太郎が写生旅行で銚子を訪れている際、後に妻となる智恵子と再会したエピソードや、成田の開墾地に住んだ生涯の友となる歌人で小説家の水野葉舟を訪れたこと、九十九里で病気療養中の智恵子の見舞いに行ったことなどが紹介されている。
 改訂版では写真を入れ替えるとともに、葉舟と親しく交流した様子、智恵子に関する当時の新聞記事などを加筆した。市原さんは「光太郎と千葉が深い関係にあったことを知ってもらえれば」と話している。
 作成部数は150冊。国会図書館や成田市、八街市の図書館、学校などに配布する予定。問い合わせは市原さん。

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その他、先月後半からの新聞各紙で、光太郎智恵子に触れていただいた記事等をご紹介します。

『毎日新聞』さんで、6月20日(火)の「人生相談」。回答者は当会会友渡辺えりさんです。「老後はスッキリ暮らしたい」という相談に対し、戦時中から光太郎と交流のあったお父様を引き合いに回答されています。

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6月28日(水)の『中国新聞』さんの一面コラム「天風録」。光太郎の「道程」を枕に、将棋界の新星・藤井四段について。ただし、連勝記録がストップする前の掲載です。

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さらに昨日の『毎日新聞』さんの大阪版。時折この手の記事で取り上げられる御堂筋の彫刻群についてです。

御堂筋彫刻ストリート 人々見つめ銅像は何思う /大阪

 完成から80周年を迎えた大阪市の御堂筋。キタとミナミを結ぶ大動脈である一方、人体をモチーフとした彫刻を配するアート空間でもある。1991年、当時の西尾正也市長が寄付を呼びかけ、今では29点のブロンズ像が、地下鉄淀屋橋駅付近から心斎橋駅の間約2キロの歩道に並ぶ。
  ロダン、ルノワール、高村光太郎ら有名芸術家の作品も、全て企業や個人が寄贈した本物だ。一流の作品が無料で鑑賞できる。カメラを手に、イチョウ並木の合間に作品が点在する「なにわのシャンゼリゼ」を歩いた。
 
(1)「考える人」などで知られるオーギュスト・ロダンの「イヴ」。1883年作。
(2)詩人でもある高村光太郎の「みちのく」。妻・智恵子を表した作品という。1953年作。
(3)フランス印象派、オーギュスト・ルノワールの「ヴェールを持つヴィーナス」。1914年作。
(4)夜間ライトアップされる作品も多い。イタリア人画家で形而上絵画の創始者、ジョルジオ・デ・キリコの「ヘクテルとアンドロマケ」。1973年作。
(5)フェルナンド・ボテロの「踊り子」。大阪のおばちゃんのようにユーモラス。1981年作。ボテロは人間や動物をふくよかに表現した作品で知られる。
(6)アントワーヌ・ブールデルの「休息する女流彫刻家」(1906年作)。隣のベンチで休んでいた女性(24)は「御堂筋にこれほど彫刻があるとは。ゆっくり見てみたい」。
(7)イタリア現代具象彫刻の代表作家、エミリオ・グレコの「座る婦人像」。1980年作。「婦人」が足早に通り過ぎるサラリーマンをじっと見つめていた。
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 大阪市は2008年から、イチョウ並木が色づく10~11月に「御堂筋彫刻ガイドツアー」を開催。今年も開かれる予定だという。

写真が入っているのだと思いますが、ネット上では見られませんでした。


時々書いていますが、「高村光太郎? 知らないなあ」、「智恵子? 誰、それ?」ということにならないようにしていきたいものです。そのためにも各メディアさんで、常に光太郎智恵子を取り上げていただきたく存じます。


【折々のことば・光太郎】

決して馴れず、 決して脱落せず、 此世に絶えず目をみはつて 彼はただ怒る、怒る。
詩「マント狒狒」より 昭和12年(1937) 光太郎55歳

連作詩「猛獣篇」の最後の頃の作です。かつては矛盾に満ちた社会を糾弾し、ばっさりと斬りつける快刀だった同詩篇でしたが、世の中はどんどん軍国主義の方向に進んでいきます。前年には二・二六事件、日独防共協定の締結、スペイン内戦、西安事件。この詩の書かれた前日には盧溝橋事件が起こり、泥沼の日中戦争へと発展していきます。

檻の中で怒り狂うマント狒々は、その怒りもむなしく、怒るために怒っているような状態で、上記のような世の中を止められない光太郎自身の内面が仮託されていることは言うまでもありません。