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片隅の美術と文学の話

2017年4月27日 求龍堂 酒井忠康著 定価2,800円+税

文豪や詩人、画家たちのサイドストーリー
 『鍵のない館長の抽斗』に続くエッセイ集第2弾。
 館長の抽斗奥からさらに出てきた、文学と美術をめぐる32の物語。
 現代日本を代表する美術史家、世田谷美術館館長・酒井忠康の軽妙かつ深い見識によって、近代日本を代表する文豪や詩人、画家たちの精神が映し出され、一筋縄ではいかない強烈な個性の作家たちの生き様が目に浮かぶ。
 「鏑木清方《三遊亭円朝》をめぐる話」…鏑木清方と麻生三郎が、三遊亭円朝を挟み、時空を超えて江戸と昭和を繫ぐ。「川端康成と古賀春江」…川端康成の心を揺らし続けた画家・古賀春江について。「芥川龍之介の河童の絵」…芥川龍之介の人生を写したかのような自身による河童の絵の話。「渋澤龍彦の最後の注文書」…偶然に見せてもらえた、生前最後の本の注文書について等、読み出すと止められない、読書心をくすぐる名エッセイ集。

目次
 Ⅰ文学と美術
  志賀直哉と「美術」
  高村光太郎―パリで秘密にしたもの001
  高村光太郎の留学体験

  鏑木清方《三遊亭円朝》をめぐる話
  谷崎潤一郎の美的側面
  夢二と同時代の美術
  川端康成と古賀春江
  芥川龍之介の河童の絵
  『枕草子』に駆らられた断章
  岡倉天心の『茶の本』―もっもっと深く知りたい日本
  夏目漱石の美術批評「文展と芸術」
  時代をとらえた眼の人

 Ⅱ詩と絵画
  村山塊多と詩と絵画
  萩原朔太郎の装幀
  西脇順三郎の絵
  幻影の人、西脇順三郎の詩と絵画
   対談 吉増剛造(詩人)×酒井忠康
  「瀧口修造 夢の漂流物」展に寄せて
  文具店の溝口修造
  中島敦と土方久功
  喪失と回生と―保田與重郎
  吉田一穂の書と絵のこと
  高見順と素描
  画人・三好豊一郎002
  画家の詩、詩人の絵
   対談 窪島誠一郎(無言館館長)×酒井忠康
 
 Ⅲ文学散歩
  かまくら文士の片影
  安岡章太郎展の一隅
  近藤啓太郎『大観伝』にまつわる消された話
  渋澤龍彦の最後の注文書
  ある日の磯田光一
  前田愛と小林清親
  ある消息―山田稔著『マビヨン通りの店』
  曠野の一軒家―米村晃太郎と神田日勝
  再会の夜の雪道―加藤多一

 Ⅳ描かれたものがたり
  美術と文学の共演

 あとがき


世田谷美術館館長の酒井忠康氏による、雑誌、展覧会図録などに発表された散文、対談を集めたものです。

第一章で、「高村光太郎―パリで秘密にしたもの」「高村光太郎の留学体験」の2編が配されているほか、光太郎と交流のあった人物をメインにした項などでも、光太郎に触れる箇所があります。村山槐多の項、平塚市美術館さんから全国を巡回した「画家の詩、詩人の絵-絵は詩のごとく、詩は絵のごとく」展図録に掲載された、窪島誠一郎氏との対談など。

その他、光太郎には触れられないものの、やはり交流のあった人物が多く取り上げられており、興味深く拝読しております。志賀直哉、岡倉天心、夏目漱石、萩原朔太郎、土方久功、高見順などなど。

酒井氏のご著作、昨秋にはみすず書房さんから、『芸術の海をゆく人 回想の土方定一』が刊行され、やはり光太郎にも触れられています。あわせてお買い求め下さい。


【折々のことば・光太郎】

なにがし九段のさす駒は 見えない造化の絲を持つ。 飛車、角、金、銀、 桂馬の道化にいたるまで、 うてば響いて自然とはたらき 寄せればかへし、 ちればあつまり、 波のやうでもあり、雲のやうでもあり、 はつきりは誰も知らぬ深いところから ただなごやかに動いてゐる。

詩「なにがし九段」より 昭和3年(1928) 光太郎46歳

珍しく、将棋を題材にしています。「なにがし九段」は十三世名人・關根金次郎。慶応年間の生まれですので、この頃は大御所の域に達しています。

その名人の駒の動きに「美」を見いだす光太郎。視覚的な造形美というより、一定の秩序や理法にのっとり、なおかつ意外性も持ち合わせた「見えない造化の絲」を讃えているのでしょう。

同じように「見えない造化の絲」を持つものへの賛美は、多方面にわたります。詩歌における言葉の用法もそうですし、音楽や、アスリートのファインプレイ、はたまた能楽師の動きなどにもそれを見いだしています。深く「美」を感じ得る魂には、そこかしこに「美」が感じられるのですね。そういう感性、見習いたいものです。

将棋と言えば、昨今、14歳プロ棋士・藤井聡太四段の快進撃が話題になっています。大御所とはまたひと味違う駒運び、光太郎が見たらどう表現するかと、興味深いところです。