NHK Eテレさんの子供向け番組「にほんごであそぼ」。「楽しく遊びながら“日本語感覚”を身につけることができる番組」というコンセプトで、時折、光太郎の詩を取り上げて下さっています。今週、ひさびさに光太郎詩が使われます。

にほんごであそぼ

NHK Eテレ 2017年5月11日(木) 6:35~6:45  再放送 17:00~17:10(4月から放送時間変更)

2歳から小学校低学年くらいの子どもと親にご覧いただきたい番組です。日本語の豊かな表現に慣れ親しみ、楽しく遊びながら“日本語感覚”を身につけることができます。今週はごもじもじ・リクエスト特集!歌舞伎/「菅原伝授手習鑑」竹田出雲・三好松洛・並木千柳、飛行機さんよう/「人に」高村光太郎、ごもじもじ、ちょい暗記/7級「十二ヶ月」、文楽/河童のゴーカート、歌/あかたすんどぅんち~しーやーぷー~、よさ恋そめし

出演 美輪明宏,神田山陽,三世 桐竹勘十郎,中村勘九郎,中村勘太郎,おおたか静流 ほか

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「飛行機さんよう」は、講談師の神田山陽さんのコーナーで、なぜか飛行機の着ぐるみを装着なさっています。下記は一昨年、「冬が来た」を扱って下さった回。

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今回は「人に」ということですが、光太郎の「人に」という詩は二つあります。

一つは明治45年(1912)7月作のもの。大正に改元となって9月、雑誌『劇と詩』への発表当初は「N――女史に」という題でした。大正3年(1914)の詩集『道程』に収められた際に「――に」と改題、内容もかなり改訂され、さらに最終的には昭和16年(1941)の詩集『智恵子抄』の巻頭を飾っています。

最終詩形がこちら。

   人に003

 いやなんです
 あなたのいつてしまふのが――

 花よりさきに実のなるやうな
 種子(たね)よりさきに芽の出るやうな
 夏から春のすぐ来るやうな
 そんな理窟に合はない不自然を
 どうかしないでゐて下さい
 型のやうな旦那さまと
 まるい字をかくそのあなたと
 かう考へてさへなぜか私は泣かれます
 小鳥のやうに臆病で
 大風のやうにわがままな
 あなたがお嫁にゆくなんて

 いやなんです
 あなたのいつてしまふのが――

 なぜさうたやすく
 さあ何といひませう――まあ言はば
 その身を売る気になれるんでせう
 あなたはその身を売るんです
 一人の世界から
 万人の世界へ
 そして男に負けて
 無意味に負けて
 ああ何といふ醜悪事でせう
004
 まるでさう
 チシアンの画いた絵が
 鶴巻町へ買物に出るのです

 私は淋しい かなしい
 何といふ気はないけれど
 ちやうどあなたの下すつた
 あのグロキシニヤの
 大きな花の腐つてゆくのを見る様な
 私を棄てて腐つてゆくのを見る様な  
 空を旅してゆく鳥の
 ゆくへをぢつとみてゐる様な
 浪の砕けるあの悲しい自棄のこころ
 はかない 淋しい 焼けつく様な
 ――それでも恋とはちがひます
 サンタマリア
 ちがひます ちがひます
 何がどうとはもとより知らねど
 いやなんです
 あなたのいつてしまふのが――
 おまけにお嫁にゆくなんて
 よその男のこころのままになるなんて


おそらく、今回の「にほんごであそぼ」で取り上げて下さるのは、これでしょう。平成25年(2013)の放映でも、こちらが取り上げられました。

追記 午後になって番組公式ホームページが更新されました。それによるとやはり「いやなんです」の「人に」でした。

もう一つの「人に」は、大正2年(1913)の作。やはり智恵子をモチーフとしますが、詩集『道程』に採られたものの、詩集『智恵子抄』には収録されませんでした(草野心平編の新潮文庫版『智恵子抄』 昭和31年=1956には入っています)。その分、前記「人に」より知られていません。

   人に

 遊びぢやない
 暇つぶしぢやない

 あなたが私に会ひに来る005
 ――画もかかず、本も読まず、仕事もせず――

 そして二日でも、三日でも
 笑ひ、戯れ、飛びはね、又抱き
 さんざ時間をちぢめ
 数日(すうじつ)を一瞬に果す
 ああ、けれども
 それは遊びぢやない
 暇つぶしぢやない
 充ちあふれた我等の余儀ない命である
 生である
 力である
 浪費に過ぎ過多に走るものの様に見える
 八月の自然の豊富さを
 あの山の奥に花さき朽ちる草草や
 声を発する日の光や
 無限に動く雲のむれや
 ありあまる雷霆や

 雨や水や
 緑や赤や青や黄や
 世界にふき出る勢力を
 無駄づかひと何うして言へよう
 あなたは私に躍り
 私はあなたにうたひ
 刻刻の生を一ぱいに歩むのだ
 本を抛つ刹那の私と
 本を開く刹那の私と
 私の量は同(おんな)じだ
 空疎な精励と
 空疎な遊惰とを
 私に関して聯想してはいけない
 愛する心のはちきれた時
 あなたは私に会ひに来る
 すべてを棄て、すべてをのり超え
 すべてをふみにじり
 又嬉嬉として


こちらもいい詩ですね。もっと知られてほしいものです。


さて、「にほんごであそぼ」。ぜひご覧下さい。


【折々のことば・光太郎】

正しさ、美しさに引かれるから 磁石の針にも化身するのだ。 あたりまへな事だから 平気でやる事をやらうとするのだ。

詩「当然事」より 昭和3年(1928) 光太郎46歳

「磁石の針にも化身」は、光太郎が好んで揮毫した「いくらまはされても針は天極をさす」に関わります。ぶれない自分の表象です。

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「正しさ、美しさに引かれ」、「あたりまえな事」を「平気でやる」。簡単なようで、難しいことです。