昨日は都内2カ所を回っておりました。田舎者の習性で(笑)、都内に出ると複数の用件をこなすことにしています。

まず、九段下駅近くの千代田区立千代田図書館さんへ。千代田区役所さんの9・10階です。桜の名所、千鳥ヶ淵にもほど近く、建物の前でも見事な桜が咲いていました。こちらでは、展示「検閲官 ―戦前の出版検閲を担った人々の仕事と横顔」を開催中です。

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戦前から戦時中、旧内務省警保局図書課が行っていた出版物の検閲をテーマとした展示です。検閲制度は出版文化としての「負」の部分も含むもので、あまり公に語られることは多くなく、ましてや個々の検閲官については資料が少なく、断片的にしかわかっていません。それらをつなぎ合わせることで、制度の実情、裏側に隠されたドラマに迫るというコンセプトです。

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取り上げられている検閲官4人のうち、佐伯郁郎(本名・慎一)は、自身も詩人・編集者であり、光太郎とは戦前から交流がありました。自身の詩誌に執筆を依頼したり、様々な会合で顔を合わせたりしています。

一昨年、岩手県奥州市にある佐伯の実家「人首文庫」さんにお邪魔し、光太郎がらみの様々な資料を拝見しました。それ以前から、光太郎書簡のコピーを頂いていましたが、さらに書や写真なども見つかり、大興奮でした。

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そういうわけで、パネルには光太郎の名も。

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佐伯に関しては、今回の展示も、多くは人首文庫さんのご提供でした。

そのうち「宮沢賢治一周年追悼会」なる会合の集合写真。

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光太郎は写っていませんが、交流のあった人物が目白押しでした。草野心平、土方定一、吉田孤羊、尾崎喜八、野村胡堂、宮静枝、永瀬清子、高橋新吉、逸見猶吉などなど。

検閲官の名簿。パネルに拡大されていたのと、原簿も展示されていました。
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さらに、詩人としても活動していた佐伯自身の詩集なども並んでいました。
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以前にもこのブログに書きましたが、詩人・光太郎の代表作の一つ『智恵子抄』(昭和16年=1941)。公然と性愛を謳ったり、大君=天皇と、自分の妻を同列に並べた表現があったりと、かなり「危ない」部分があります。それでも検閲を通り抜け、ベストセラーとなったその背景には、佐伯が手心を加えたのではないかと推測されます(証拠はありませんが)。検閲という、ある意味「負」の部分の仕事を担いながらも、芸術的良心にしたがって仕事をしていた(敬愛する光太郎の詩集だから、という依怙贔屓もないとはいえませんが)と考えたいところです。

展示は22日まで。ぜひ足をお運び下さい。


続いて、九段下駅から東京メトロ半蔵門線で住吉駅へ。同駅近くのティアラこうとう(江東区公会堂)さんで開催の、「第5回 春うららの朗読会」に向かいました。

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先日の第61回連翹忌にて、連翹忌ご常連で、出演なさる詩人の宮尾壽里子様からご案内をいただき、はせ参じた次第です。

宮尾様作の「智恵子さん」が演目に含まれていました。「智恵子さん」は昨年暮れに、汐留ベヒシュタイン・サロンさんで開催された「2016年 フルムーン朗読サロン IN汐留」が初演でした。その時は6名の方による朗読劇でしたが、今回は3名による上演。主にト書き部分を担当される方、主として光太郎詩を朗読される方、そして宮尾様ご自身は智恵子役的な配分でした。

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主に『智恵子抄』の構成に従い、光太郎智恵子の出会いから、智恵子の死までが語られました。汐留での初演では、ベヒシュタインのピアノで演奏されたBGM・カッチーニの「アヴェ・マリア」が、今回は音響機器で。テルミンの大西ようこさんなどもよく使われています。哀愁漂うメロディーは、確かに『智恵子抄』の世界によく合います。

出演者が少なくなった分、おのおのの役柄がはっきりし、すっきりした感がありましたし、何よりドラマチックな内容に引き込まれました。

その他の演目も、興味深く拝聴。

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芥川の「蜜柑」以外は読んだことのないものばかりで、光太郎関連以外はあまり読まない当方には、実に新鮮でした。

最後のカーテンコール。

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終演後、ロビーにて。宮尾様(右)と、やはり連翹忌ご常連の、太平洋美術会の坂本富江さん(左)。

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今後とも、光太郎智恵子の世界を取り上げていただきたいものです。

というわけで、充実の一日でした。


【折々のことば・光太郎】

魂にぶつからないとて不平をいふな、 君の魂の張り切つてゐる時、 もう一度この世の隅々を見てみたまへ。

詩「不平な人に」 昭和2年(1927) 光太郎45歳

「何も面白いことがない」的な「不平」を口にする人へのエピグラムでしょうか。たった3行の短い詩です。

「この世の隅々」には新しい発見のタネがみちみちています。しかし、たしかに「魂の張り切つて」いない時には、スルーしてしまうものですね。