昨日は千葉県柏市に行き、朗読系の演劇公演「智恵子から光太郎へ 光太郎から智恵子へ ~民話の世界・光太郎と智恵子の世界~」を拝見・拝聴して参りました。
会場は柏駅近くのアミュゼ柏クリスタルホール。平日にも関わらず、300席ほどがほぼ満席でした。
開演前に戴いたプログラムを拝読。主催でご出演もなさっていた山田典子さんのご挨拶が最初に印刷されていました。
山田さんのプロフィールはこちら。
2部構成で、第1部が「~民話の世界~」。さらにその中でも2本立てで、最初が「耳無し芳一」。源平の争乱最後の戦い・壇ノ浦の合戦があった山口県下関に伝わる民話で、小泉八雲が『怪談』で取り上げて有名になった話です。山田さんが朗読、伴奏的に久保田晶子さんが琵琶を演奏なさいました。
当方、琵琶の生演奏は初めて聴きました。ちょっと爪弾いただけでも哀愁の漂う音色、不思議な楽器です。
続いて斉藤隆介原作の「ベロ出しチョンマ」。オペラ歌手・大久保光哉さんの「歌い語り」、伴奏は久東寿子さんの二十五弦箏でした。一般的な箏は十三絃、一度、十七絃箏を使った演奏を聴いたことがありますが、リードギターの箏に対し、ベースギターのようだと思って聴きました。今回は二十五絃一張で、高音から低音まで実に音域が広く、ピアノのようだと思って聴きました。
休憩を挟んで第2部、いよいよ「~光太郎と智恵子の世界~」です。
構成の妙を感じました。
まずピアノ独奏「「智恵子抄三章」へのプロローグ 智恵子の世界への誘い」。演奏は青木俊子さん。美しいメロディーラインの中にも哀愁が漂い、プレリュードとして見事な導入だと思いました。
その後は、山田さんの朗読と、大久保さんの歌が交互に為され、光太郎智恵子出会いの頃から智恵子の死までが描かれました。
朗読の台本的なところは、佐藤直江さん作の「星になった智恵子」。智恵子一人称の独白スタイルです。
千葉県での公演だから、ということもあったのでしょうか、大正元年(1912)の銚子犬吠埼でのエピソードが紹介され、お客さんの(おそらく光太郎智恵子にはお詳しくない)反応が、「えっ、犬吠埼?」という感じでした。
犬吠埼についてはこちら。当方生活圏です。
九十九里浜のエピソードもあれば、なお良かったと思いました。
大久保さんの歌は、青木省三さん作曲の「智恵子抄三章」。存じませんでしたが、岡山の合唱団の依嘱作品としてア・カペラで作られたものを編曲し直しての使用だそうです。
ピアノは新居美穂さんにバトンタッチ。
歌とピアノの関係が面白く、歌われたフレーズと同じメロディーをピアノが追いかけて繰り返すという手法が使われていて、こういう手もあるんだなと思いました。
第1部も含め、それぞれの方の熱演で、引き込まれるステージでしたし、語りと音楽を交互に配し、変化を付ける構成が非常に効果的だったと思いました。
この手の公演で、光太郎智恵子の世界を取り上げていただけるのは、実に有り難く存じます。これを通して、光太郎智恵子の世界に興味を抱いて下さる方が増えていってほしいものです。
【折々のことば・光太郎】
私はもう少しこの深い天然のふところに落ち込んで、 雀をまねるあの百舌のおしやべりを聞きながら、 心に豊饒(ほうねう)な麻酔を取らう、 有りあまるものの美に埋もれよう。
詩「落葉を浴びて立つ」より 大正11年(1922) 光太郎40歳
季節はずれですみません(笑)。以前にも書きましたが、このコーナー、『高村光太郎全集』第一巻から始め、ほぼ掲載順に「これは」と思うフレーズを引用していますので、季節外れになることもしばしばです。
光太郎が好んで色紙などに揮毫した言葉に「美ならざるなし」「うつくしきものみつ」といったものがあります。天然の作り上げたもの、全てに「美」を感じとっていたことがうかがえます。こういう感性は自分でそれを大事にしなければ、と思わないと、摩滅してしまうような気がします。そうならないように、心がけたいと思います。