今朝の新聞各紙に漫画家の谷口ジロー氏の訃報が出ました。
『朝日新聞』さんから。
漫画家の谷口ジローさん死去 「孤独のグルメ」
「『坊っちゃん』の時代」や「孤独のグルメ」などで知られる漫画家の谷口ジロー(たにぐち・じろー、本名谷口治郎〈たにぐち・じろう〉)さんが11日、多臓器不全で死去した。69歳だった。葬儀は家族だけで行う。 鳥取市出身。19歳で上京し、漫画家のアシスタントを経てデビュー。92年に「犬を飼う」で小学館漫画賞、98年に作家の関川夏央さんと手がけた「『坊っちゃん』の時代」で手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞した。久住昌之さん原作の「孤独のグルメ」は、雑貨輸入商を営む男性が1人で食事を満喫する自由を描いて人気となり、テレビドラマ化された。
海外でも評価され、11年に仏芸術文化勲章「シュバリエ」を受けた。
「孤独のグルメ」の主人公を演じた俳優の松重豊さんはブログで、「原作のようにハンサムじゃなかったけれど、先生の作品に出られて光栄でした。心よりご冥福をお祈りいたします」とのコメントを出した。
代表作の一つ、「『坊ちゃん』の時代」は、全5部にわたる大作で、昭和62年(1987)から平成8年(1996)にかけ、双葉社さんの『漫画アクション』に連載されました。作家の関川夏央氏の原作、谷口氏の作画です。明治の文学者たち一人ずつを各部の主人公に据え、彼らを取り巻く人間群像を描いています。
ラインナップは以下の通り。 第1部が「「坊っちゃん」の時代」、主人公は夏目漱石。第2部に「秋の舞姫」で同じく森鷗外。第3部は「かの蒼空に」を石川啄木。第4部「明治流星雨」、これのみ文学者ではなく、幸徳秋水が主人公です。そして第5部の「不機嫌亭漱石」で再び夏目漱石。明治43年(1910)の「修善寺の大患」を以て、物語は完結。ほぼ明治後半を舞台としています。各部とも「凛冽たり近代 なお生彩あり明治人」をサブタイトルとしています。昨今の「文豪」ブームの火付け役とも言えるでしょう。これをNHKさんの大河ドラマの原作に、と推す声も根強くあり、当方も同感いたしております。
さて、以前にもご紹介しましたが、啄木を主人公とした第3部「かの蒼空に」には、智恵子が登場します。
明治42年(1909)、市電の中で、啄木が平塚らいてうと智恵子に偶然出くわし、らいてうに向かって無遠慮に、前年、漱石門下の森田草平と起こした心中未遂について尋ねるというくだりです。失礼な啄木に智恵子の平手打ちが炸裂します。
あくまでフィクションですが、あり得る話です。
さらに同じ第3部では、光太郎が海外留学から帰国する直前の「パンの会」が描かれ、出席者たちが光太郎の噂話をしています。
光太郎智恵子のエピソードはこれだけですが、綺羅星の如き2人の周辺人物があまた登場、虚実織り交ぜて明治の人間ドラマが描かれます。関川氏の原作もさることながら、谷口氏の緻密かつ圧倒的な画力が光り、第1部刊行当時には、「漫画もここまできたか」と感心させられました。
第5部完結後、それで終わるのは非常に残念に感じ、「明治」を引きずり続けた「明治人」ということで、光太郎を主人公にした第6部を作ってくれないかな、などと思っていました。ある意味、関川氏は雑誌『婦人画報』さんに連載され、NHK出版さんから単行本化された「「一九〇五年」の彼ら」で、「『坊っちゃん』の時代」の補遺的に光太郎らを描いて下さいました。それを元に谷口氏の作画で新作を、と期待していましたが、それも叶わず谷口氏のご逝去……。
非常に残念ですが、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
【折々のことば・光太郎】
歩いても、歩いても 惜しげもない大地 ふとつぱらの大地 歩いても、歩いても 天然は透明 しんそこわだかまるものもない
詩「歩いても」より 大正5年(1916) 光太郎34歳
大正5年(1916)といえば、漱石が歿した年です。同元年(1912)には、文展(文部省美術展覧会)への評を巡って、光太郎が漱石に喧嘩を売るような文章を発表しています。結局、「大人」だった漱石が黙殺する形で終わっていますが、その後、智恵子との結婚を経て、心の平安を得ていた光太郎も、もはや漱石には「しんそこわだかまるものもない」と感じていたのではないかと思われます。