三重県桑名市の広報紙、『広報くわな』の今月号に、以下の記事が載りました。
桑名石取祭の祭車行事 ユネスコ無形文化遺産登録決定! ―桑名の宝が世界の宝に―
「桑名石取祭の祭車行事」は、文化庁からユネスコ無形文化遺産に登録提案され、平成28 年10月31 日に、ユネスコの評価機関から登録の勧告を受けました。その後、11 月30 日( 日本時間12月1 日未明) にエチオピアの首都アディスアベバで開催されたユネスコ無形文化遺産保護条約第11回政府間委員会で「山・鉾ほこ・屋台行事」が審議され、登録が決定しました。登録が決まった瞬間、石取会館に集まった関係者の人たちから歓喜の声が上がり、万歳三唱をするなどしてお祝いしました。これまで、地域の皆さんに愛されてきた「桑名石取祭」が世界の宝として認められたことにより、世界の皆さんに親しまれることになります。石取祭は、江戸時代初期に始まったといわれ、桑名城下の町人や藩士が楽しみにしていた夏の祭りです。平成19年3月に国指定重要無形民俗文化財となりました。
祭車と呼ばれる山車(だし)は43台あり、これほどの山車が一堂に会する祭りは全国的にも非常に珍しく、国指定重要無形民俗文化財のなかでは日本最多を誇ります。
毎年8月第一日曜日に「本楽(ほんがく)」、その前日に「試楽(しんがく) 」が行われます。試楽の日の午前零時の「叩き出し」に始まり、本楽の日の深夜まで丸二日間行われ、祭車数十台が鉦(かね)や太鼓を盛大に打ち鳴らしながら市内を練り歩きます。漆塗(うるしぬ)り、蒔絵(まきえ)、象嵌(ぞうがん)、螺鈿(らでん)、透かし彫り、西陣織(にしじんおり)などで装飾した豪華絢爛(ごうかけんらん)に装飾した祭車も見どころです。
祭車と呼ばれる山車(だし)は43台あり、これほどの山車が一堂に会する祭りは全国的にも非常に珍しく、国指定重要無形民俗文化財のなかでは日本最多を誇ります。
毎年8月第一日曜日に「本楽(ほんがく)」、その前日に「試楽(しんがく) 」が行われます。試楽の日の午前零時の「叩き出し」に始まり、本楽の日の深夜まで丸二日間行われ、祭車数十台が鉦(かね)や太鼓を盛大に打ち鳴らしながら市内を練り歩きます。漆塗(うるしぬ)り、蒔絵(まきえ)、象嵌(ぞうがん)、螺鈿(らでん)、透かし彫り、西陣織(にしじんおり)などで装飾した豪華絢爛(ごうかけんらん)に装飾した祭車も見どころです。
以前にこのブログでご紹介しましたが、この祭りで引き廻される祭車の中に、光雲作の彫刻を施したものが2台含まれています。
登録の決定は記事にあるとおり昨年11月でした。単独の指定ではなく、日本全国33の祭りが一括指定されました。その中には、当方自宅兼事務所のある千葉県香取市で行われている「佐原の山車行事」も含まれています。そこで、『広報かとり』に同様の記事が載りました。
当地では、夏と秋、二回の祭りが行われます(街の中心を流れる小野川を境に担当地区が異なります)。こちらの山車には残念ながら高村系の彫刻はありませんが、東京美術学校の同僚で、光雲と親しかった石川光明の家系が制作した彫刻があしらわれているものがあります。また、山車の上に飾られる人形の中には、光雲が絶賛したという「活人形(いきにんぎょう)」の安本亀八の作品が使われてもいます。
実を言うと、当地の祭りが登録されたことに気を取られ、桑名の石取祭も含まれていたことに、最近まで気付いていませんでした。紹介するタイミングを逸したかと思っていましたが、『広報くわな』さんで大きく取り上げられたので、ラッキーでした。
日本が誇る遺産です。末永く続いてほしいものですね。
【折々のことば・光太郎】
くたびれたら休むのさ。
詩「雪の午後」より 明治44年(1911) 光太郎29歳
正月休みも昨日まで、今日から仕事始めという勤め人の方々も多いと存じます。ご苦労様です。
飲食店や商業施設などでは、暮れも正月も関係なかったところもありました。世の中が便利なのはいいことですが、時には休むことも必要ですね。