昨日、自宅兼事務所に案内が届きました。当会の祖にして光太郎と深い縁で結ばれた、草野心平が愛したイベントです。心平没後は心平を偲ぶイベントとなりました。
第51回天山祭
期 日 : 2016/07/09(土)
雨天時は川内村村民体育センター
福島県双葉郡川内村大字上川内字小山平15
福島県双葉郡川内村大字上川内字小山平15
当日の送迎バス(要予約 6/30〆切)
川内村行き 郡山駅西口発 午前9時15分
東北新幹線やまびこ125号に接続 東京発7:32 郡山着8:55
郡山駅行き 川内発 午後2時45分
東北新幹線やまびこ216号に接続 郡山発16:39 東京着18:16
翌日の送りバス(要予約 6/30〆切)
郡山駅行き 川内発 午前8時30分
東北新幹線やまびこ132号に接続 郡山発10:27 東京着11:48
村内宿泊施設
小松屋旅館 川内村上川内字町分211 0240-38-2033
ビジネスホテルかわうち 川内村大字上川内字町分394 0240-38-3181
ビジネスホテルアゴラ 川内村大字上川内字瀬耳上265番地3 0240-23-6300
いわなの郷コテージ 川内村大字上川内字炭焼場516 0240-38-3181 グループのみ
申し込み (送迎バスの利用がなければ不要)
天山祭り実行委員会事務局 : 川内村教育委員会教育課生涯学習係 0240-38-3806
ネット上には今年の第51回の案内等はまだ出ていません。当方、昨年まで3年連続で行っておりました。平成25年(2013)、平成26年(2014)、平成27年(2015)、それぞれのレポートにリンクを貼っておきます。
川内村ではつい先週、東日本大震災に伴う福島第1原発事故により、村内で継続されていた避難指示が全て解除されました。
川内村全域で避難解除=指示継続の2地区―福島
川内村全域で避難解除=指示継続の2地区―福島
東京電力福島第1原発事故により、福島県川内村の一部で継続されていた避難指示が14日に解除され、全域が避難対象から外れた。
同村では2014年10月に避難指示解除準備区域の避難が解除されたが、居住制限区域だった2地区は解除準備区域に変更された上で、避難指示が続けられていた。
今回解除対象の同村荻、貝ノ坂地区の人口は19世帯51人(今月1日時点)。村では、両地区内の除染終了を受け昨年11月から帰村に向けた準備宿泊を実施していたが、登録者は1世帯2人のみで、解除後すぐに村へ戻るのはごく一部にとどまるとみられる。
政府や村は、住民から不安の声が上がっていた放射線への対策として、希望者に線量計を配布。線量の高い地点が見つかり次第、追加の除染を行う。
同村では2014年10月に避難指示解除準備区域の避難が解除されたが、居住制限区域だった2地区は解除準備区域に変更された上で、避難指示が続けられていた。
今回解除対象の同村荻、貝ノ坂地区の人口は19世帯51人(今月1日時点)。村では、両地区内の除染終了を受け昨年11月から帰村に向けた準備宿泊を実施していたが、登録者は1世帯2人のみで、解除後すぐに村へ戻るのはごく一部にとどまるとみられる。
政府や村は、住民から不安の声が上がっていた放射線への対策として、希望者に線量計を配布。線量の高い地点が見つかり次第、追加の除染を行う。
(時事通信 6月14日(火)0時25分配信)
しかし、避難指示解除即住民帰還とはならないようです。それも致し方ないとは思いますが、天山祭などを通じて村が盛り上がり、やがてはかつての活気を取り戻すことを祈念しております。
【折々の歌と句・光太郎】
赤蛙にげるな汝を取るといへど喰ふにはあらず皮むくにあらず
大正13年(1924) 光太郎42歳
草野心平といえば、蛙。梅雨時で蛙も活気づいています。川内村の平伏沼では、心平が愛し、村と心平の架け橋になったモリアオガエルの産卵が始まったそうです。
さて、大正13年(1924)の光太郎。木彫のモデルにでもするために、蛙を捕まえようとしていたのではないかと思われます。だから「喰ふにはあらず皮むくにあらず」。
しかし、戦後の花巻郊外太田村の山小屋(高村山荘)での暮らしでは、蛙を捕って食べていたそうです。
昭和27年(1952)に行われた、詩人の竹内てるよ、食料産業研究所長・川島四郎との座談会「簡素生活と健康」(『主婦之友』に掲載)の一節。
竹内 主食の量は違いましたか。
高村 主食はもともと少かつたんですが、食糧には困らなかつた。みんな持つて来てくれるんです。お米でも稗でも、漬物や南瓜なども……。蛋白質だけはなかつたな。
川島 田舎ではね……
高村 それで蛙をとつて食べたんです。赤蛙をね、まだ動いているのを皮をはいで……。近所にはいゝ奴がどつさりいたんです。蛇もいたが、これは歯が悪いので駄目でした。
ワイルドですね(笑)。