昨日のこのブログの訪問者数が、「631人」。普段の10倍近い数字になりました。
特に午前9時半頃の時点で、既に300件ぐらいカウントされており、驚きました。昨日の記事を書きはじめた9時少し前には10数件だったのに、投稿が終わって、左の窓を見ると、数字が跳ね上がっていました。
時折、反原発的なことも書きますので、そういう記事を見つけた幼稚なネトウヨが「反日」レッテルでも貼って拡散し、いわゆる「炎上」の状態になったのか、などとも思いましたが、そういう場合にあり得るコメントは全く入っていなかったので、それはありませんでした。しかし、なぜ、というのがさっぱりわからず困惑したまま昨日が終わりました。
YAHOO!ブログの場合、日付が変わって朝になると、前日のアクセス状況の解析が出来ます。早速、解析ページに飛んでみると、5月29日(日)に書いた「紀尾井町福田家インターネットオークション」という記事にアクセスが集中していました。
光太郎も訪れ、さらにその前には岩手太田村に蟄居していた光太郎に援助の手をさしのべていた東京紀尾井町の老舗料亭・福田家さんが、移転に伴い、店の調度品や食器などをオークションに出品、売り上げは千代田区の桜再生事業に寄付する、というニュースの紹介でした。
なぜ、この記事に? と思い、さらに調べてみると、昨日朝、テレビ朝日さんの「羽鳥慎一モーニングショー」で、このニュースを取り上げていたことが分かりました。まさに訪問者数が跳ね上がった時間帯でした。
超レア食器1円から!?話題のオークション・鑑定士驚く文豪の皿
いま調度品の数々がネットオークションに出品され話題を呼んでいる。
出品したのは「福田家」(東京・千代田区紀尾井町)で1円からスタートされる。
福田家は1939年に割烹旅館として創業した。
ノーベル賞作家・川端康成、ノーベル物理学賞・湯川秀樹など多くの著名人に愛された店。
アドバイザー的存在だったのが芸術家・北大路魯山人。
料理を盛り付ける皿にも魯山人の作品を使用しているという。
5月に移転したのをきっかけにオークションに出品することを決めた。
戦後、地域のためにと先々代が始めた桜の苗木を植える「千代田区・区のさくら再生事業」への取り組みに収益を充てたいという。
オークションへの出品は11回に分け300点以上になるという。
鑑定士(株)かぐら堂・八木康介、福田家代表取締役・福田貴之のコメント。
店内に飾られた魯山人の作品、川端康成から譲られた飾り皿。
出品したのは「福田家」(東京・千代田区紀尾井町)で1円からスタートされる。
福田家は1939年に割烹旅館として創業した。
ノーベル賞作家・川端康成、ノーベル物理学賞・湯川秀樹など多くの著名人に愛された店。
アドバイザー的存在だったのが芸術家・北大路魯山人。
料理を盛り付ける皿にも魯山人の作品を使用しているという。
5月に移転したのをきっかけにオークションに出品することを決めた。
戦後、地域のためにと先々代が始めた桜の苗木を植える「千代田区・区のさくら再生事業」への取り組みに収益を充てたいという。
オークションへの出品は11回に分け300点以上になるという。
鑑定士(株)かぐら堂・八木康介、福田家代表取締役・福田貴之のコメント。
店内に飾られた魯山人の作品、川端康成から譲られた飾り皿。
さらに、『読売新聞』さんにも昨日、記事が出たようです。
ヤフオクで高級料亭の品 「福田家」出品
◆川端、魯山人…ゆかりの調度など300点
歴代首相が利用した応接間のソファに、川端康成から譲り受けた角皿――。千代田区紀尾井町の高級料亭「福田家」が、今月9日に移転したのを機に、300点以上の調度品をインターネットのオークションサイト「ヤフオク!」に出品している。収益の一部は、区が取り組んでいる桜の再生事業に寄付するという。
福田家は1939年に港区虎ノ門で 割烹(かっぽう) () 旅館として創業し、45年に紀尾井町に移転した。ノーベル賞を受賞した川端康成や湯川秀樹、彫刻家のイサム・ノグチが定宿にしたほか、池田勇人、佐藤栄作といった元首相をはじめとする政治家がこぞって利用したことで知られる。
同店は「外国人にも、日本文化を伝えていく店」を目指し、同じ紀尾井町にあった築80年の木造の別館を約2年がかりで改装。そこに移転し、今月9日から営業を始めている。
移転にあたり、一部の家具や器などを整理することにしたが、4代目の福田貴之さん(39)は、「何か社会に役立てる方法はないか」と思案。64年頃、2代目社長が店のあった真田 濠(ほり) () (江戸城の外堀の一部)跡に桜の苗木100本を寄贈したことに触発され、区が2004年から千鳥ヶ淵や真田濠跡などで続けている桜の再生・維持活動に、収益を寄付することにした。
出品しているのは、日本の歴代首相や外国の政治家らを通した応接間にあったソファと振り子時計のほか、川端康成や北大路魯山人から譲り受けた器など、計300点以上。オークションは16日から始まっており、11回に分けて7月31日まで行う予定。既に終了している回もあり、ソファは9万8000円、振り子時計は16万6000円でそれぞれ落札されている。
福田さんは、「大切にしてきた調度品の数々が、店が代々お世話になってきた真田濠の桜に役立てばうれしい」と話している。
ついでに、オークション開催元の「ヤフオク!」さんによる紹介記事も引用させていただきます。
先々代から受け継がれる桜への想い〜紀尾井町 福田家
北大路魯山人の「美」と「味」の調和を大切にしてきた老舗料亭「紀尾井町 福田家」。店舗移転の際に整理した調度品を出品して、千代田区の「さくら再生事業」を支援いたします。
北大路魯山人の「美」と「味」の調和を
昭和14年虎ノ門にて開業。
その後紀尾井町へ移り、川端康成、湯川秀樹、イサム・ノグチら文化人、政財界の方々が利用されました。 また深い交流のあった北大路魯山人から得た「美」と「味」の調和を大切にいたしております。
この春、別館として営業していた日本家屋に移転。変わらぬおもてなしでお客様をお迎えしております。
その後紀尾井町へ移り、川端康成、湯川秀樹、イサム・ノグチら文化人、政財界の方々が利用されました。 また深い交流のあった北大路魯山人から得た「美」と「味」の調和を大切にいたしております。
この春、別館として営業していた日本家屋に移転。変わらぬおもてなしでお客様をお迎えしております。
歴代首相や海外の国賓も「おもてなしの心」で
これまでには、歴代首相や海外からもフランスのミッテラン大統領やジョージ・ブッシュ大統領(副大統領時)、第6代のガリ国連事務総長など、海外からもさまざまなお客様を迎えさせていただきました。
料亭とは、四季に恵まれた日本独自の文化です。
美しいしつらいとお料理をゆっくりお楽しみ頂ける空間を提供いたしております。 時代とともに料亭の数は少なくなってきておりますが、今後も引き継いで守っていきたいと思っております。
料亭とは、四季に恵まれた日本独自の文化です。
美しいしつらいとお料理をゆっくりお楽しみ頂ける空間を提供いたしております。 時代とともに料亭の数は少なくなってきておりますが、今後も引き継いで守っていきたいと思っております。
「器は料理の着物」
福田家では、「器は料理の着物」と説いた北大路魯山人から譲り受けた貴重な器類や花器をはじめ、椅子や調度品に至るまで細部にこだわりのある品々が使われています。この度、店舗移転に伴って整理した器や調度品を出品することにしました。
出品期間:5月16日(月)〜7月31日(日)、商品数:300点以上
*商品は、週毎に約30点ほどの出品を予定しております。
・第1弾:5月16日(月)〜5月22日(日)
・第2弾:5月23日(月)〜5月29日(日)
・第3弾:5月30日(月)〜6月5日(日)
・第4弾:6月6日(月)〜6月12日(日)
・第5弾:6月13日(月)〜6月19日(日)
・第6弾:6月20日(月)〜6月26日(日)
・第7弾:6月27日(月)〜7月3日(日)
・第8弾:7月4日(月)〜7月10日(日)
・第9弾:7月11日(月)〜7月17日(日)
・第10弾:7月18日(月)〜7月24日(日)
・第11弾:7月25日(月)〜7月31日(日)
・第1弾:5月16日(月)〜5月22日(日)
・第2弾:5月23日(月)〜5月29日(日)
・第3弾:5月30日(月)〜6月5日(日)
・第4弾:6月6日(月)〜6月12日(日)
・第5弾:6月13日(月)〜6月19日(日)
・第6弾:6月20日(月)〜6月26日(日)
・第7弾:6月27日(月)〜7月3日(日)
・第8弾:7月4日(月)〜7月10日(日)
・第9弾:7月11日(月)〜7月17日(日)
・第10弾:7月18日(月)〜7月24日(日)
・第11弾:7月25日(月)〜7月31日(日)
先々代から受け継がれる桜への想い
先々代社長の故 福田彰(ふくだ あきら)は、昭和39年頃に13回忌にあたる母への想いとともに、戦後の復興途上の姿であった江戸城外濠 真田濠にさくらの苗木100本を献木しました。
千代田区に文化をつくり、伝統として守り磨き上げてほしいとの思いから継続した寄付を続けてきました。
今回の調度品を販売して集まった資金は、この先々代からの桜への想いを受け継ぎ、千代田区の「区の花さくら再生事業」へ寄付させていただきます。*一部、運営費を除く
千代田区に文化をつくり、伝統として守り磨き上げてほしいとの思いから継続した寄付を続けてきました。
今回の調度品を販売して集まった資金は、この先々代からの桜への想いを受け継ぎ、千代田区の「区の花さくら再生事業」へ寄付させていただきます。*一部、運営費を除く
【寄付先】千代田区「区の花さくら再生事業」
千代田区では、多くの人の思いで引き継がれてきた「さくら」を、今、さらに美しい「さくら」として未来に引き継ぐため、「区の花さくら再生計画」を策定し、さくらサポーターの方々と再生事業を推進しています。
千代田区では、多くの人の思いで引き継がれてきた「さくら」を、今、さらに美しい「さくら」として未来に引き継ぐため、「区の花さくら再生計画」を策定し、さくらサポーターの方々と再生事業を推進しています。
「区の花さくら再生事業」: http://goo.gl/D5ur0b
記事にある先々代社長の母、というのが、太田村の光太郎に食料を贈った福田マチですね。
光太郎が福田家さんを訪れたのは、十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)制作のため、再上京した昭和27年10月。当日の日記が残っています。
十月二十日 月
午後一時半主婦之友より迎へ、紀尾井町福田家、川島四郎博士、竹内てるよさんと座談会、七時頃かへる、
座談会の模様は「簡素生活と健康」の題で『主婦之友』に掲載されました。十日前まで暮らしていた岩手太田村での食生活についての話が中心で、蛙まで食べた、などという話も飛び出しました。
ちなみにオークションで集める目標金額は100万円ということで始められましたが、既に集まっている金額は5,227,789円、目標額の5倍を超えています。この調子で7月末までにいくら集まるのか、非常に興味深いところです。そして、それをそっくりさくら再生事業に寄付する、というのですから素晴らしい話ですね。
敗戦後の混乱期に、見ず知らずの光太郎へ食料を贈った先々代の母・福田マチの精神が今も息づいているということなのでしょう。
ところでYAHOO!ブログ、訪問者数が多いと、Tポイントがもらえます。当方、福田家さんほどの気前の良さはありませんが、たまったTポイントは寄付にまわしています。先般の熊本の震災時にも、それまでにたまっていた分をそっくり寄付しました。ネット上でその操作ができるので楽です。昨日のアクセスの多さに対しても、ポイントが加算されるはずですので、またそうした寄付できる機会があったら応じようと思います。
【折々の歌と句・光太郎】
船のせて船には人のおもひのせて刀根の夕かぜ長うもわたる
明治35年(1902) 光太郎20歳
昨日に引き続き、「常陸の旅の歌の中に」という詞書きがついたうちの一首です。
下記は、当方自宅兼事務所のある千葉県香取市を流れる利根川です。光太郎、ここを汽船で通ったのではないかと思われます。