今月中に3つほど、「智恵子抄」関連のイベントの情報を得ています。
まずは北海道紋別市から。概要をわかりやすくするため地元紙『北海民友新聞』さんの記事から引用させていただきます。
平野学コンサート21日に、編曲版「ボレロ」初演も
認定NPO法人紋別文化連盟(荻野不二男会長)は21日午後6時半から紋別市民会館大ホールで、創立60周年記念事業の1つ「平野学コンサート~黒と水色の…」を開く。ピアノを中心とする音楽活動で知られる平野学さんが新たに編曲した「2台のピアノと小太鼓によるラヴェル『ボレロ』」の演奏など、意欲的なステージが繰り広げられる。広く鑑賞を呼びかけている。
平野さんは国立(くにたち)音楽大学楽理科で編曲などを学び卒業。NHK交響楽団事務局勤務を経て平成10年に紋別高等養護学校へ赴任。現在は紋別養護学校に勤務している。
これまで市内で数回のコンサートを開いたほか、流氷公園ロマンティックコンサートへの出演、合唱団伴奏者などとしても活躍。紋別高校の校歌作曲者でもある。
今回はソロリサイタルではなく、音楽仲間4人と合同でステージを作り上げる。
メーンの1つはラヴェル作曲「ボレロ」。小さな小太鼓の音で始まり、最後は爆発的に高揚して曲を閉じるバレエ音楽で、誰もが一度は耳にしたことがあるような有名な曲。本来は管弦楽で演奏されるが、今回は平野さんが2台のピアノと小太鼓のために編曲した作品を初演する。
平野さんは紋別エッセイクラブに所属する文筆家で、今回は音楽と詩の融合にも挑戦する。
その1つが高村光太郎が亡き妻への思いを綴った詩集「智恵子抄」を題材とした作品。光太郎と智恵子の心の軌跡を音(ピアノと朗読)で表現しようとするもので、平野さんは「歌曲でもなく、ステレオタイプな朗読でもない。音と言葉が、融合したり寄り添ったり、時には火花を散らしたりするような表現なのである。ピアノの即興演奏は、鍵盤だけでなく、弦をはじいたり木琴のばちで叩くといった内部奏法も活用する」と、語る。
入場料は1000円。チケットは市民会館、茶豆館などで発売中。問い合わせは同連盟事務局の茶豆館(電話0158・23・6081)まで。
平野さんは国立(くにたち)音楽大学楽理科で編曲などを学び卒業。NHK交響楽団事務局勤務を経て平成10年に紋別高等養護学校へ赴任。現在は紋別養護学校に勤務している。
これまで市内で数回のコンサートを開いたほか、流氷公園ロマンティックコンサートへの出演、合唱団伴奏者などとしても活躍。紋別高校の校歌作曲者でもある。
今回はソロリサイタルではなく、音楽仲間4人と合同でステージを作り上げる。
メーンの1つはラヴェル作曲「ボレロ」。小さな小太鼓の音で始まり、最後は爆発的に高揚して曲を閉じるバレエ音楽で、誰もが一度は耳にしたことがあるような有名な曲。本来は管弦楽で演奏されるが、今回は平野さんが2台のピアノと小太鼓のために編曲した作品を初演する。
平野さんは紋別エッセイクラブに所属する文筆家で、今回は音楽と詩の融合にも挑戦する。
その1つが高村光太郎が亡き妻への思いを綴った詩集「智恵子抄」を題材とした作品。光太郎と智恵子の心の軌跡を音(ピアノと朗読)で表現しようとするもので、平野さんは「歌曲でもなく、ステレオタイプな朗読でもない。音と言葉が、融合したり寄り添ったり、時には火花を散らしたりするような表現なのである。ピアノの即興演奏は、鍵盤だけでなく、弦をはじいたり木琴のばちで叩くといった内部奏法も活用する」と、語る。
入場料は1000円。チケットは市民会館、茶豆館などで発売中。問い合わせは同連盟事務局の茶豆館(電話0158・23・6081)まで。
コンサートの詳細情報は以下の通り。
平野学コンサート「黒と水色の・・・」 En noir blue clair
期 日 : 2015年11月21日(土)
時 間 : 開場18時00分 開演18時30分
会 場 : 紋別市民会館 大ホール 紋別市潮見町1丁目4番3号
料 金 : 1,000円
出 演 : 平野学(pf) 大和田義輝(pf) 小野辰朗(パーカッション)
長澤達也・瀧澤みどり(朗読)
長澤達也・瀧澤みどり(朗読)
問合せ先 : 認定NPO法人紋別文化連盟 0158-23-6081

朗読で参加される方のブログによれば「ピアノの演奏も朗読も よくある感じではなく より音楽的なダイナミズムで作り上げていくもの」だそうです。
さすがに北海道は遠いので当方は参りませんが、お近くの方、ぜひどうぞ。
この手のイベントを企画されている方はこちらまでご連絡いただければご紹介しますし、協力も致します(内容によりけりですが)。
【今日は何の日・光太郎 拾遺】 11月10日
昭和2年(1927)の今日、アトリヱ社から、光太郎が解説を執筆した『ドラン画集』が刊行されました。

アンドレ・ドラン(1880~1954)はフランスの画家。アンリ・マティスとともにフォービズムの旗手として名を為しました。また、光太郎と交流のあった安井曾太郎などに多大な影響を与えたり、同じエコール・ド・パリの画家・藤田嗣治に高く評価されたりしました。