昨日は東京国分寺にコンサートを聴きに行って参りました。
「Prhymx(ぷらイム)」というユニット――テルミン奏者の大西ようこさんのお話とテルミン、三谷郁夫さんが聞き手、歌、朗読、ギターを務められての、題して「もうひとつの智恵子抄」。すばらしいコンサートでした。
会場は、民家でした。外観は普通のマンションのような建物ですが、一歩足を踏み入れると、別世界。富士吉田にあった築300年以上の古民家の部材を移築したとのことで、いい感じでした。50畳近くあるのでしょうか、大広間的な空間が、音楽サロンとして活用されているそうです。
プログラム的には、アンコールを含め、全10曲の演奏。その合間に大西さんと三谷さんのトークが入るという流れでした。
曲目としては、既製のものがほとんどで、9曲目の田中修一さん作曲「三つの情景」のみ、「智恵子抄」からのインスパイアということでしたが、既製の曲もそれぞれに「智恵子抄」の雰囲気にぴったり合っていました。カッチー二の「アヴェ・マリア」など、当方も大好きな曲です。
テルミンの演奏は、初めて生で聴き、非常に興味深く拝聴しました。というか、テルミンの実物(右の画像)を見たのも初めてでした。どうしてこれで微妙な音程や深い曲想が表現できるのか、まったく不思議です。
三谷さんはギターを弾きつつ歌い、朗読をなさり(まさに「弾き語り」ですね)、いい声だな、と感じました。ラフマニノフのピアノ協奏曲に乗せての朗読がありました。「智恵子抄」にはラヴェルやドビュッシーなどのフランス近代もの、またはショパンなどを使う方が多いのですが、ラフマと「智恵子抄」という取り合わせも違和感がありませんでした。
そして曲間のトーク。大西さんが光太郎智恵子についてよく調べられていて、感服しました。ご来場の方々は、みなさん光太郎智恵子についてあまり詳しくない方だと拝察されましたが、そういう方々にもわかりやすく、興味深いお話だったのではないでしょうか。
おおむね智恵子の生涯を追ったお話でしたが、智恵子の統合失調症が顕在化し、ゼームス坂病院に入院というあたりまででした。智恵子の死、『智恵子抄』の刊行、残された光太郎、『智恵子抄その後』、十和田の裸婦像といったあたりでの続編を期待します。
また、昨日の演奏曲目から抜粋されたCDも販売されていまして、1枚購入して参りました。是非お買い求めを。
来月には、やはり大西さんの参加されている別のユニット、「otoyomi/おとよみ」さんによる「otoyoMuseum 四ノ館『智恵子抄」が開催されます。
以下、コピペです。
■日時:2014年10月4日(土)13:30~、17:00~二回公演
■場所:現代座会館 JR武蔵小金井駅下車
■出演:otoyomi
宝木美穂[朗読・歌] 大西ようこ[テルミン] 今井万里子[マリンバ]
■ゲスト:江上瑠羽[和太鼓]
■作曲:清道洋一 「智恵子抄」楽曲書き下ろし
■入場料:<前売>一般:3,000円 中学生以下:1,500円
<当日>一般:3,500円 中学生以下:2,000円
※前売は前日10/3(金)23:00締切。それ以降のお申込みは当日料金となります。
※未就学児のご入場はご相談ください。
お問い合わせ・お申し込みはこちら
MAIL:otoyomi@hotmail.co.jp
TEL :080-5910-1310 (B-project)
お名前・ご連絡先・公演時間・枚数をお知らせください。
■出演:otoyomi
宝木美穂[朗読・歌] 大西ようこ[テルミン] 今井万里子[マリンバ]
■ゲスト:江上瑠羽[和太鼓]
■作曲:清道洋一 「智恵子抄」楽曲書き下ろし
■入場料:<前売>一般:3,000円 中学生以下:1,500円
<当日>一般:3,500円 中学生以下:2,000円
※前売は前日10/3(金)23:00締切。それ以降のお申込みは当日料金となります。
※未就学児のご入場はご相談ください。
お問い合わせ・お申し込みはこちら
MAIL:otoyomi@hotmail.co.jp
TEL :080-5910-1310 (B-project)
お名前・ご連絡先・公演時間・枚数をお知らせください。
よく同じことを方々で書いたり喋ったりしていますが、どんなにすばらしい芸術作品でも、我々のちの世の人間が、その価値を正しく理解し、次の世代へと受け継ぐ努力をしなければ、やがて歴史の波に埋もれてしまいます。そういう意味で、音楽や舞台芸術、美術作品、文筆作品などの二次創作で、偉人たちの業績をオマージュすることも非常に有効で、こうした取り組みは、実にありがたい限りです。
全国の表現者のみなさん、どんどん光太郎智恵子の世界を取り上げて下さい。ただし、健全なリスペクトの念を忘れずに。また、ご連絡いただければ、こちらで紹介したり、できるだけのサポートをしたりということも可能です。あくまで健全なリスペクトの念を持つであろうものに限りますが。
【今日は何の日・光太郎 補遺】 9月21日
昭和30年(1955)の今日、光太郎終焉の地、中野のアトリエで、家政婦の堀川スイ子を雇いました。
堀川は中野家政婦会からの派遣。光太郎が亡くなるまで約半年間、アトリエ所有者の中西家のみなさん共々、光太郎の身の回りの世話をしました。
光太郎歿後の昭和34年(1959)、筑摩書房から刊行された草野心平編『高村光太郎と智恵子』という80余名の回想録がありますが、堀川も「高村先生の思ひ出」と題する一文を寄せています。なかなか心打たれる文章です。