2回に分け、智恵子の故郷・福島は二本松からの情報をご紹介します。
 
まずは地方紙の記事から。 

秋の訪れ華やかに演出 二本松で「県芸術祭」開幕式典

福島民友新聞 9月14日(日)
 
 県内最大の芸術文化団体の祭典「第53回県芸術祭」の開幕式典は13日、二本松市で行われ、「智恵子の里に集う文化で深める絆」をメーンテーマに出演者が“芸術の秋”の訪れを華やかに演出した。県芸術文化団体連合会、県、県教委、二本松市などの主催、福島民友新聞社などの後援。
 本年度は県北を重点地区に開催。7月から12月までの期間中、県内全域で主催行事や参加行事を数多く繰り広げる。
 この日は約1200人が来場。式典では鈴木千賀子県文化スポーツ局長、高城俊春県芸術祭運営委員長、宍戸貞之県芸術祭県北地区実行委員長があいさつ。新野洋二本松市長が祝辞を述べた。
 開幕行事では、伊達市の川前愛宕神社獅子舞保存会が「川前愛宕神社獅子舞」などを披露した。
 
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以前にご紹介した、福島県芸術祭の開幕式典の報道です。芸術の秋、という感じになって参りました。
 
 
 もう一件、別件です。 

二本松の広瀬さん ご当地ヒーローに変身

福島民報 9月14日(日)
 
 福島県二本松市の飲食店経営広瀬和重さん(50)は東日本大震災と東京電力福島第一原発事故で被災した市民を元気づけようと、ご当地ヒーロー「光の戦士ツインウェイター」として活動を始めた。 
 広瀬さんは20代前半に俳優の真田広之さんに憧れ、東京都のアクション俳優養成所「ジャパンアクションクラブ」に入所した。6年間活動した後、会社勤務を経て実家の飲食店を継いだ。 
 震災と原発事故後、県内の雰囲気が暗く、笑顔があまり見られなくなったように感じた。「かつて学んだアクションを生かし、ご当地ヒーローとしてみんなを元気づけよう」と考えた。本業の傍ら劇団HERO’S ACTION CLUBを設立し、団員を募った。 
 「二本松」にちなみヒーローの名前は「ツイン(2つ)ウェイター(待つ)」とし、赤と黄色の2人のヒーローが「ほんとの空」を取り戻すため、安達ケ原の鬼婆伝説を基にした怪人と戦うストーリーを作った。 
 28日に白河市で開かれる「ご当地キャラこども夢フェスタinしらかわ2014」のステージに立つ。出番は午後1時10分からで、今までで一番大きな舞台だ。広瀬さんは「ヒーロー同士の友情や悪者に立ち向かう勇気を見てほしい」と話している。 
 団員を募集中で、出演依頼も受け付ける。問い合わせは広瀬さん 電話080(6013)7378へ。
 
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子供たちに夢を与えてほしいものです。
 
 
もう一件、二本松在住の渡辺元蔵氏から、同人誌『現代詩研究』第73号をいただきましたのでご紹介します。
 
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平成22年(2010)、二本松駅前に建立された智恵子の像「ほんとの空」の作者、日展の彫刻家、橋本堅太郎氏について書かれた「橋本堅太郎作品について」、二本松市教育委員会により行われている「智恵子のふるさと小学生紙絵コンクール」について書かれた「第十八回智恵子のふるさと小学生紙絵コンクール智恵子大賞について」が掲載されています。
 
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こうした地道な努力により、光太郎智恵子の名が後世に伝えられていってほしいものです。
 
 
【今日は何の日・光太郎 補遺】 9月15日
 
明治42年(1909)の今日、智恵子の祖父、長沼次助が隠居しました。
 
次助は元々新潟の出身です。杜氏として二本松にやってきて、そのまま居着き、一代で長沼酒造を興しました。隠居後は智恵子の父、今朝吉に家督を譲ります。
 
今朝吉は、次助の妻・ノシの連れ子、センと結婚し、夫婦で次助と養子縁組をしたので、次助と血縁はありません。その長子が智恵子です。