12日の土曜日、福島川内村で行われた、草野心平が愛した祭り「第49回天山祭り」について、地元紙が報じています。
草野心平しのぶ 川内で天山祭り 児童が詩を朗読
いわき市出身で川内村名誉村民の詩人草野心平をしのぶ「天山祭り」は12日、村内の天山文庫で催された。住民らは心平との絆を再認識し、古里の復興を願った。
実行委の主催、福島民報社など後援。石井芳信実行委員長と遠藤雄幸村長、かわうち草野心平記念館の秋元正館長があいさつした。前記念館長の晒名(さらしな)昇さんに村から感謝状が贈られた。出席者の代表が心平の遺影に献花した。
川内小の5、6年生6人は心平の詩「おたまじゃくしたち45匹」を朗読した。鏡開きに続いて郷土芸能が披露され、村に伝わる西山獅子舞や川内甚句が繰り広げられた。
祭りは心平の書などを集めた天山文庫の落成を機に、昭和41年に始まった。今年で49回目。
実行委の主催、福島民報社など後援。石井芳信実行委員長と遠藤雄幸村長、かわうち草野心平記念館の秋元正館長があいさつした。前記念館長の晒名(さらしな)昇さんに村から感謝状が贈られた。出席者の代表が心平の遺影に献花した。
川内小の5、6年生6人は心平の詩「おたまじゃくしたち45匹」を朗読した。鏡開きに続いて郷土芸能が披露され、村に伝わる西山獅子舞や川内甚句が繰り広げられた。
祭りは心平の書などを集めた天山文庫の落成を機に、昭和41年に始まった。今年で49回目。
( 2014/07/13 福島民報)
そうかと思うと、同じ日に原発事故関連のニュースも入っています。
川内村の避難指示解除提案=反対多く26日は見送り
政府は13日、東京電力福島第1原発から20キロ圏内で避難指示解除準備区域などに指定されている福島県川内村東部の住民と懇談会を開き、放射線量の低減などを理由に、26日の避難指示解除を提案した。住民側からは慎重な意見が相次ぎ、終了後、復興庁の熊谷敬統括官は26日の解除は見送る方針を明らかにした。
熊谷統括官は「村と十分協議し適切な時期を見定めたい」と語り、帰還準備に向け4月26日から3カ月間行っていた長期宿泊の延長も含め、村と協議する意向を示した。
懇談会では、内閣府や環境省の担当者が、避難指示区域内で除染前と比べ放射線量が平均63%下がったとのモニタリング調査の結果や、生活インフラなどの改善状況などを報告。その上で、26日の避難指示解除と、同時に居住制限区域を準備区域に再編する方針を提示した。
これに対し、住民側から一部の場所では今も放射線量が高く、道路の改修工事も終わっていないなど生活環境が整っていないとの声が上がった。一方、区域再編に大きな異論は出なかった。
遠藤雄幸村長は、26日の解除について「住民の理解が得られていないと感じる。もう一度、住民との協議の場を設けたい」と述べた。
熊谷統括官は「村と十分協議し適切な時期を見定めたい」と語り、帰還準備に向け4月26日から3カ月間行っていた長期宿泊の延長も含め、村と協議する意向を示した。
懇談会では、内閣府や環境省の担当者が、避難指示区域内で除染前と比べ放射線量が平均63%下がったとのモニタリング調査の結果や、生活インフラなどの改善状況などを報告。その上で、26日の避難指示解除と、同時に居住制限区域を準備区域に再編する方針を提示した。
これに対し、住民側から一部の場所では今も放射線量が高く、道路の改修工事も終わっていないなど生活環境が整っていないとの声が上がった。一方、区域再編に大きな異論は出なかった。
遠藤雄幸村長は、26日の解除について「住民の理解が得られていないと感じる。もう一度、住民との協議の場を設けたい」と述べた。
( 2014/07/13 時事通信)
さらに続報も。
解除時期妥協点見えず 川内の旧警戒区域対象の住民説明会 村民の不安解消に至らず
福島県川内村の避難指示解除準備区域の解除と居住制限区域の区域変更の説明会が14日、いわき市で開かれ、2日間の日程を終了した。政府が26日の解除、区域変更を断念したことで、村と政府は解除時期の本格的な協議に入る。遠藤雄幸村長は、避難指示解除準備区域内の村道整備が終了する9月以降を解除時期の一つとして想定しているとみられる。ただ、住民からは、より充実した生活環境の整備を求める声が根強く、解除時期の妥協点は見えない。
■村長の思い
遠藤村長は3カ所で開かれた村民との説明会を終え、「さまざまな意見を聞き、あらためて26日の解除は国に再考を求めた。今後、しっかり協議したい」と述べた。
ただ、仮設住宅での生活が与える精神的、肉体的ストレスを考えれば、「そんなに遠くないタイミングで考えたい」とも語った。
準備区域内の二つの村道は、8月と9月にそれぞれ舗装改修工事が完了する。村が設置した第三者の検証委員会からは今月下旬に中間答申が示される。こうした判断材料を総合的に勘案し、解除時期を検討する考えだ。
住民の生活圏が富岡、大熊町にあることを認めつつ、「100パーセントではないが、(村内で)代替えできるのではないか」と語った。13日の説明会でも「解除を一日千秋の思いで待っている人もいる。その声にも応えたい」と難しい胸中を語った。
■村民の要求
「戻っても買い物、病院などで余計な時間と経費がかかる」「屋内の放射線量が心配」。14日の説明会でも解除に対する懸念の声が相次いだ。
区域内の仮置き場にある除染廃棄物も課題の一つ。政府は保管期間の3年を過ぎた廃棄物を順次、村外へ運び出す計画だが、中間貯蔵施設の設置が前提だ。「仮置き場があるうちは帰る環境にはない」と話す住民も多い。
村の新たな商業施設、災害公営住宅は来年3月までに完成する。住民の一人は「少なくとも来年3月以降の解除を」と話す。
また、農業、林業の再開見通しも立たない。生活の糧が絶たれている現状での解除に難色を示し、生活再建に向けた精神的賠償の継続を望む声も多い。
■政府の姿勢
政府の担当者は説明会で、「解除は、復興につながる規制緩和」と強調した。避難指示は強制的な措置で、長期間にわたり不便な生活を強いているのが現状とする。
帰還のための準備宿泊(長期宿泊)は25日で3カ月間の期限を迎える。復興庁の熊谷敬統括官は取材に対し、「延長はしなければならないと考えている。できるだけ早急に決めたい」と語った。延長する期間は解除時期となる可能性があるため、村と慎重に協議した上で、あらためて住民説明会を開く方針も示した。
■村長の思い
遠藤村長は3カ所で開かれた村民との説明会を終え、「さまざまな意見を聞き、あらためて26日の解除は国に再考を求めた。今後、しっかり協議したい」と述べた。
ただ、仮設住宅での生活が与える精神的、肉体的ストレスを考えれば、「そんなに遠くないタイミングで考えたい」とも語った。
準備区域内の二つの村道は、8月と9月にそれぞれ舗装改修工事が完了する。村が設置した第三者の検証委員会からは今月下旬に中間答申が示される。こうした判断材料を総合的に勘案し、解除時期を検討する考えだ。
住民の生活圏が富岡、大熊町にあることを認めつつ、「100パーセントではないが、(村内で)代替えできるのではないか」と語った。13日の説明会でも「解除を一日千秋の思いで待っている人もいる。その声にも応えたい」と難しい胸中を語った。
■村民の要求
「戻っても買い物、病院などで余計な時間と経費がかかる」「屋内の放射線量が心配」。14日の説明会でも解除に対する懸念の声が相次いだ。
区域内の仮置き場にある除染廃棄物も課題の一つ。政府は保管期間の3年を過ぎた廃棄物を順次、村外へ運び出す計画だが、中間貯蔵施設の設置が前提だ。「仮置き場があるうちは帰る環境にはない」と話す住民も多い。
村の新たな商業施設、災害公営住宅は来年3月までに完成する。住民の一人は「少なくとも来年3月以降の解除を」と話す。
また、農業、林業の再開見通しも立たない。生活の糧が絶たれている現状での解除に難色を示し、生活再建に向けた精神的賠償の継続を望む声も多い。
■政府の姿勢
政府の担当者は説明会で、「解除は、復興につながる規制緩和」と強調した。避難指示は強制的な措置で、長期間にわたり不便な生活を強いているのが現状とする。
帰還のための準備宿泊(長期宿泊)は25日で3カ月間の期限を迎える。復興庁の熊谷敬統括官は取材に対し、「延長はしなければならないと考えている。できるだけ早急に決めたい」と語った。延長する期間は解除時期となる可能性があるため、村と慎重に協議した上で、あらためて住民説明会を開く方針も示した。
( 2014/07/15 福島民報)
さすがに政府も、地元の現状、意向を無視してのゴリ押しはできないようです。しかし、そうやっていると、「最後は金目でしょ。」とか言い出す愚か者がいるから困りものです。
ちなみに、地図で表すと以下の通りです。
一日も早く、心平の愛した美しい川内村に戻ることを期待しますが、再び「安全神話」を創り出すために、条件が整っていない中での避難指示解除はありえませんね。これ以上、この地域をスケープゴートにしないでほしいものです。
【今日は何の日・光太郎 補遺】 7月15日
昭和36年(1961)の今日、千葉県九十九里浜に、光太郎詩「千鳥と遊ぶ智恵子」碑が除幕されました。
九十九里は、昭和9年(1934)に、統合失調症が進んだ智恵子が療養していた地です。ほぼ毎週のように、東京から見舞いにきていた光太郎は、のちにこの地での様子を、「智恵子抄」中の絶唱、「風にのる智恵子」「千鳥と遊ぶ智恵子」などに結晶させました。
碑は、地元の俳句愛好者の会・白濤会が中心になって発願、町ぐるみの運動に拡大し、碑陰記を書くなどで、心平も一肌ぬぎました。
同年10月発行の雑誌『文学散歩』第10号に、北川太一先生による、除幕当日のレポートが載っています。地元に人々に加え、心平、高村規、伊藤信吉、高田博厚、中原綾子、室生朝子(犀星長女)、宮崎春子らが参加したとのこと。
式は白濤会による碑詩朗読、智恵子夫人令妹節子さんに抱かれた一歳のお孫さんちえ子嬢による除幕、祝辞、回想いろいろ、真亀下部落獅子連による獅子舞などもあって、一時過賑かなうちに終了した。
式後、鈴木仙吉氏の好意による地曳網が流され、草野、伊藤、高田等の諸氏は地元の人々にまじつてパンツ一つの美事(?)な半裸で、女人禁制の漁船に同乗、はては太平洋に跳込んでの力闘、漁師顔負けで生鯵を頬ばる草野心平や、波に浮きつ沈みつする伊藤信吉、高田博厚の白髪は見ものだった。