【今日は何の日・光太郎 補遺】 3月21日
昭和27年(1952)の今日、花巻郊外太田村山口の小屋に、建築家の谷口吉郎、詩人の藤島宇内が訪ねてきました。
二人の用件は、青森・十和田湖畔に立てる十和田国立公園指定15周年記念モニュメントの制作依頼でした。これが十和田湖畔に立つ裸婦群像(通称・乙女の像)に繋がっていきます。
その前年から青森県では佐藤春夫ら、中央の著名文化人等に相談するなど、いろいろと段取りを立て、この日の二人の訪問に至ります。二人には佐藤春夫からの丁重な手紙が託されていました。
4月には県の関係者も山小屋を訪問、ともかくも現地を見てから、という光太郎の要望で、6月には関係者一同で十和田湖の現地視察。この際にも谷口と藤島は同行しています。
下記の画像が6月の現地視察時のもの。左端から草野心平、光太郎、松下英麿(編集者)、谷口、菊池一雄(彫刻家)、佐藤春夫夫妻、藤島です。
そのあたりの事情は、この画面左の「ブログリンク」にも登録してありますが、十和田湖奥入瀬観光ボランティアの会さんのHP「十和田湖奥入瀬ろまん新聞」に詳しい経緯が書いてあります。
「十和田湖奥入瀬ろまん新聞」中の「「乙女の像」の歴史と魅力にせまる ろまんヒストリー」lというメニューです。
昨年、像の除幕から60周年を迎えたのを機に、十和田市さんや地元ボランティアの皆さんが中心となって、像をめぐるいろいろな顕彰活動が展開されています。
過日は像の設置工事に直接携わった技師の方への聞き取り調査もなさったとのこと。今まで活字になっていなかったような当時の様子等が、やはり「十和田奥入瀬ろまん新聞」中にアップロードされています。
今年も引き続き、いろいろと顕彰活動が行われるとのこと。当方も少しばかりお手伝いしています。今後の活動については、順次、ご紹介していきます。