昨夜は東京・代官山に行って参りました。
 
過日のブログでご紹介したクラブヒルサイドさん主催の読書会「少女は本を読んで大人になる」を拝聴して参りました。
 
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ゲストは編集者・絵本作家の末盛千枝子さん。光太郎と交流のあった彫刻家の故・舟越保武氏のお嬢さんで、「千枝子」さんというお名前は、光太郎が名付け親だそうです。
 
お話の中には光太郎智恵子、そして智恵子を主人公とした小説『智恵子飛ぶ』をお書きになった津村節子さんと同じく作家の故・吉村昭さんご夫妻、そしてご自身のご両親、さらにご自身など、さまざまな「夫婦」のありようについてのお話もありました。
 
末盛さんはお子様がまだ幼い頃に最初のご主人を急に亡くされ、再婚されたご主人も今年亡くされたそうですが、そうした深い悲しみを伴うはずのご体験もそうと感じさせせずにお話下さいました。もはや人生を達観なさっているという感じでした。
 
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光太郎という偉大な芸術家に名前を付けても000らったことに対し、お若い頃(失礼)には反発を感じる部分もあったそうですが、今では光太郎の思いをしっかり受け止められているようで、光太郎智恵子の事績についても的確なお話をなさいました。
 
また、末盛さんは岩手県八幡平市にお住まいだそうです。元々お父様の故・舟越保武氏は一戸のご出身で、盛岡にお住まいだった時期もあるので、そういう関係でしょうか。末盛さんご自身、盛岡にお住まいの頃、お父様に連れられて光太郎にお会いになっているとのことです。
 
そこで、東日本大震災の復興支援ということで、「絵本プロジェクトいわて」という活動にも携わっていらっしゃいます。
 
これは「被災地の子どもたちへ絵本を届ける」というコンセプトで、少し前までは絵本の寄贈も受け付けていましたが、現在はそちらは締め切り、現在は絵本を子どもたちへ届けるとともに、 「えほんカーを被災地へ」プロジェクトなどを行っているそうです。
 
ところで、休憩時間に末盛さんにご挨拶いたしましたところ、会の終了間際にいきなり当方に振られ(よくあることなのでもう慣れっこですが)、ご参会の皆様の前で連翹忌の宣伝をさせていただきました。
 
とにかく光太郎智恵子を敬愛する人々のネットワークを広げていくことが大切だと考えておりますので、このブログをお読み下さっている方々も、ぜひ連翹忌にご参加下さい。
 
【今日は何の日・光太郎】 12月7日

明治20年(1887)の今日、皇居造営事務局の命を受け、光雲が皇居化粧の間鏡縁「葡萄に栗鼠」を制作しました。
 
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平成14年(2002)に茨城県近代美術館他で巡回開催された「高村光雲とその時代展」に出品され、当方、実物を見ましたが、舌を巻くような精緻な彫刻、まさに超絶技巧でした。