一昨日、福島県川内村の草野心平を偲ぶイベント「天山祭り」に行って参りました。今日も川内村ネタで行きます。
 
もともと草野心平と川内村の縁は、蛙。蛙をモチーフにした詩をたくさん書いた心平が、樹上に産卵するというモリアオガエルに興味を持ち、その生息地である川内村を訪れたことに始まります。
 
先日の天山祭りでは、心平の肉声の録音による詩の朗読が流されました。宮沢賢治の「永訣の朝」「雨ニモマケズ」、光太郎の「鉄を愛す」「樹下の二人」、そして心平自身の詩「ごびらっふの独白」。「蛙語」で書かれています。
 
  ごびらっふの独白 001

 

るてえる びる もれとりり がいく。

ぐう であとびん むはありんく るてえる。

けえる さみんだ げらげれんで。

くろおむ てやあら ろん るるむ かみ う りりうむ。

なみかんた りんり。

なみかんたい りんり もろうふ ける げんげ しらすてえる。

けるぱ うりりる うりりる びる るてえる。

きり ろうふ ぷりりん びる けんせりあ。

じゅろうで いろあ ぼらあむ でる あんぶりりよ。 002

ぷう せりを てる。

ぼろびいろ てる。

ぐう しありる う ぐらびら とれも でる ぐりせりあ ろとうる

ける ありたぶりあ。

ぷう かんせりて る りりかんだ う きんきたんげ。

ぐうら しありるだ けんた るてえる とれかんだ。

いい げるせいた。

でるけ ぷりむ かににん りんり。

おりぢぐらん う ぐうて たんたけえる。

びる さりを とうかんてりを。

いい びりやん げるせえた。

ばらあら ばらあ。
 
この詩は昭和23年(1948)に刊行された心平の詩集『定本蛙』に収められていますが、その扉は光太郎の揮毫です。
 
まず光太郎には書けない詩ですね。光太郎は自分にはない心平のこの種の才能を高く評価していました。
 
この詩には「日本語訳」もついています。003
 
幸福といふものはたわいなくつていいものだ。
おれはいま土のなかの靄のやうな幸福につつまれてゐる。
地上の夏の大歓喜の。
夜ひる眠らない馬力のはてに暗闇のなかの世界がくる。
みんな孤独で。
みんなの孤独が通じあふたしかな存在をほのぼの意識し。 
うつらうつらの日をすごすことは幸福である。
この設計は神に通ずるわれわれの。
侏羅紀の先祖がやつてくれた。
考へることをしないこと。
率直なこと。
夢をみること。
地上の動物の中でもつとも永い歴史をわれわれがもつてゐるといふことは 平凡であるが偉大である。
とおれは思ふ。
悲劇とか痛憤とかそんな道程のことではない。
われわれはただたわいない幸福をこそうれしいとする。
ああ虹が。
おれの孤独に虹がみえる。
おれの単簡な脳の組織は。
言わば即ち天である。
美しい虹だ。
ばらあら ばらあ。
 
さて、一昨日。天山祭りとその後の懇親会の間が一時間以上空いていましたので、村有数のモリアオガエル繁殖地である平伏沼(へぶすぬま)に行ってみました。
 
蕭々と降る雨の中、村の中心部から7~8㎞はあったでしょうか、延々と続く山道を「ほんとにこの道でいいのかな」と思いつつ運転しました。これ以上車で行けない、というところに駐車し、熊でも出そうな森の中をさらに200㍍ほど歩きました。
 
やがて眼前に沼が。意外だったのは、沼といいつつ水が無いことです。
 
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木の下に発泡スチロールの容器が100個ほども置いてあるでしょうか。中を見ると……。
 
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これがモリアオガエルのオタマジャクシなんですね。心平の魂を受け継ぎ(笑)、元気に育ってほしいものです。
 
親ガエルは盛んに鳴いていましたが、その姿は見えませんでした。また、特徴的な樹上の卵胞も、それらしきものは見えましたが、よくわかりませんでした。雨も降っていましたし、もう日暮れが近づいていましたので。
 
モリアオガエルの繁殖地として国の天然記念物に指定されているのは、ここと、岩手県にもう一カ所だけだそうです。原発事故に右往左往する我々人間を見て、蛙たちは、そしてあの世の心平や光太郎は、どう思っているのでしょうか……。
 
【今日は何の日・光太郎】 7月15日

昭和7年(1932)の今日、智恵子が大量の睡眠薬を服用しての自殺未遂がありました。