昨日に引き続き、震災と光太郎関連を。
 
先週の『読売新聞』さんの青森版の記事です。

観光客「魅力あれば戻る」 風評被害 

 寒風吹きすさぶ2月下旬。県内有数の観光地・十和田湖畔休屋地区は静まりかえっていた。メーンストリートのホテルや土産物屋は多くがシャッターを下ろし、道の両脇には雪がうずたかく積もったまま。
 「お客さんはすぐ戻ってくれると思っていたが、2年たっても戻らない。どう手を打てばいいのか、出口が見えない」
 本県側の湖畔で唯一、冬季営業を続けるホテル「十和田荘」の中村秀行社長(57)の表情は険しい。
 バブル崩壊後の1990年代後半以降、減少傾向が続いていた湖への観光客。追い打ちをかけたのが、東日本大震災と東京電力福島第一原発事故だった。十和田市などによると、震災前の2010年に比べ、客足は11年は6割程度、12年も7~8割程しか戻っていない。特に外国人観光客は一時ほぼゼロになり、風評被害の影響が顕著に表れた。観光客の関心は西日本に移り、今も東北地方全体で観光客が戻りにくい状況だ。
 観光関係者らでつくる十和田湖国立公園協会によると、震災後、湖畔の宿泊施設は8軒中4軒が閉鎖。売店の閉店が相次いだ。撤去費用がない施設は放置され、景観を壊すという悪循環に陥っている。
 「復活できるかどうか、正念場の3年目になる」。そんな危機感が官民に広がる中、再起に向けたアイデアが出始めている。
 十和田市は、名産「十和田湖ひめます」の販路拡大や宿泊クーポンの発行など、観光再生に向けた事業を来年度当初予算案に盛り込んだ。今年で設置60周年を迎えた湖畔の観光名所「乙女の像」の作者高村光太郎と妻・智恵子の愛をモチーフに「恋の名所」として湖をPRする案も浮上。市観光推進課の岡山新一課長は、「もはや風評被害で言い訳はできない。魅力があれば必ずお客さんは戻ってくる」と強調する。
 かつて十和田神社への参道沿いに栄えた門前町を再現する構想を温めるのは、十和田湖の冬祭り「十和田湖冬物語」を手がけるレストラン経営鈴木章悦さん(42)。十和田湖観光が衰退した要因について「企業努力が少なく観光客に飽きられてしまったのでは」と話す。これからは民間が自由にアイデアを出し、行政がフットワークよく支援することが重要だと指摘する。
 震災で顕在化した観光地としての足腰の弱さ。克服に向け、鈴木さんは意気込む。「昔はシャッターを開ければお客さんが来たが、もうそうはいかない。必ず『十和田湖は良くなった』と言わせたい」
2013年3月8日 読売新聞)
 
「魅力ある街づくり」。大切なことです。
 
当方の住む千葉県香取市も、ほんの10数年前まではさびれた街でしたが、江戸時代以来の古い街並みを生かし始めたところ、観光地として再生しました。首都圏に近いというのも大きいのですが、古民家や歴史遺産をうまく活用し、個性的な店が並ぶようになったのが大きいと思います。
 
相変わらずテレビ等のロケも多く行われており、NHK大河ドラマ「八重の桜」(会津藩本陣金戒光明寺のシーン)や、NTTドコモの堀北真希さん出演のCMなどは香取市で撮影されています。
 
しかし、やはり震災の爪痕は深く、半壊した古民家、液状化でガタガタになった道路などの改修もなかなか進みません。それでも一時激減した観光客の皆さんがかなり戻ってきました。ありがたいことです。
 
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十和田をはじめ、東北はやはり首都圏からのアクセスの問題もあるかと思います。それでも記事にあるとおり、「魅力があれば必ずお客さんは戻ってくる」と信じ、努力を続けてほしいと思います。
 
【今日は何の日・光太郎】3月12日

明治22年(1889)の今日、岡倉天心の勧めで、街の仏師だった光雲が東京美術学校に奉職することになりました。