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さて、地上波テレビ東京系で、土曜の夜に「美の巨人たち」という番組を放送しています。BSではBSジャパンで、1ヶ月遅れぐらいで日曜の夜の放映です。毎回、一人の作家の一つの作品に的を絞り、ミニドラマ的なものも交えつつ紹介しています。地味な番組ですが、コアなファンが多いようで(当方もその一人ですが)、平成12年に放映開始で、そろそろ長寿番組の仲間入りですね。
 
光太郎についてもこれまでに3回取り上げられました。平成13年(2001)7月には木彫の「鯰」、同19年(2007)12月には「手」、昨年(2011)11月には「十和田湖畔の裸婦像」。光雲の「老猿」も、平成19(2007)年6月に扱われました。今後、ぜひ智恵子や光太郎の弟・豊周についても取り上げて欲しいものです。
 
先週土曜日のオンエアは、17世紀イタリアバロック期の彫刻家、ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ作「アポロンとダフネ」。ギリシャ神話に題を取ったもので、全能神ゼウスの息子、アポロンが、川の神の娘、ダフネに恋をしますが、これを嫌って逃げるダフネと、追いすがるアポロンの姿を刻んだものです。逃げるダフネの体は半分月桂樹に変化(へんげ)しています。
 
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大理石の彫刻ですが、「超絶技巧」という点では舌を巻く様な作品でした。何しろ、薄い月桂樹の葉まで(それも何枚も)一つの石から掘り出しているのです。番組の中で、同じことを現代の彫刻家に依頼してやってもらっていましたが、見事に(笑)失敗していました。
 
特に興味深かったのは、「展示」に対する作者の意図でした。
 
この彫刻は、完成後にどこにどのように置かれるかがあらかじめ判っていて、ベルニーニはその空間構成を考えて作っているとのことでした。例えば、壁際に置かれることが判っていたので、壁側に当たる面は粗彫りのままの箇所が残っているとか、展示場所に入ってきた人に、はじめはアポロンの後ろ姿だけが見えるようにし、やがて近づくと逃げるダフネの姿が眼に入るようにしてある、といった点です。ベルニーニは、こういう作り方で「物語性」を彫刻に持たせていた、という結論に達していました。「なるほど」と思わされました。
 
しかし、光太郎はベルニーニに対して、高い評価は与えていません。『高村光太郎全集』増補版全21巻別巻1、全体を通してベルニーニの名前は1回しか出て来ませんし、その1回も「ベルニニ、カノヷ、ジエロオム、マクモニイ、降つて現今の新海竹太郎氏あたりの彫刻については生死でも口にする外何も言ふ気になれない」(「言ひたい事を言ふ」大正3年 『高村光太郎全集』第4巻)と、とりつく島もありません。
 
「超絶技巧」といえば、光太郎の父・光雲の木彫。薄い月桂樹の葉をも石から掘り出すベルニーニに負けず劣らず、一本の木から観音像の持つ蓮の花まで掘り出していました。
 
しかし、光太郎はこの手の「超絶技巧」には否定的なのです。
 
薄いものを薄く彫つてしまふと下品になり、がさつになり、ブリキのように堅くなり、遂に彫刻性を失ふ。これは肉合いの妙味によつて翅の意味を解釈し、木材の気持に随つて処理してゆかねばならない。多くの彫金製のセミが下品に見えるのは此の点を考へないためである。すべて薄いものを実物のやうに薄く作つてしまふのは浅はかである。
(「蝉の美と造型」 昭和15年(1940) 『高村光太郎』全集第5巻)
 
ここには「具象」から「抽象」への発展といった考えが垣間見えます。ただ、光太郎は完全に「抽象」へは進みませんでしたが。
 
また、「物語性」についても、光太郎は若い頃は積極的に自作に取り入れていましたが、後に方向転換します。
 
若し私が此の胸中の氤氳を言葉によつて吐き出す事をしなかつたら、私の彫刻が此の表現をひきうけねばならない。勢ひ、私の彫刻は多分に文学的になり、何かを物語らなければならなくなる。これは彫刻を病ましめる事である。
(「自分と詩との関係」 昭和15年(1940) 同第8巻)
 
しかし、どうしても吐き出したい「胸中の氤氳」をどうするか。そこで「詩」です。
 
私はどうしても彫刻で何かを語らずには居られなかつたのである。この愚劣な彫刻の病気に気づいた私は、その頃ついに短歌を書く事によつて自分の彫刻を護らうと思ふに至つた。その延長が今日の私の詩である。それ故、私の短歌も詩も、叙景や、客観描写のものは甚だ少く、多くは直接法の主観的言志の形をとつてゐる。客観描写の欲望は彫刻の製作によつて満たされてゐるのである。かういふわけで私の詩は自分では自分にとつての一つの安全弁であると思つてゐる。
(同)
 
この点についてはまた別の機会で述べましょう。
 
さて、大阪の研究者・西浦氏から、また海外の写真等をいただきました。今日のこのブログの内容に関わりますので、その辺を明日。