先日、『水滸伝』にからめて、光太郎の周囲は多士済
々、ということを書きました。それは、現在製作中の冊子『光太郎資料38』で、そういった感じの内容の部分があり、そこからの連想なのです。

『光太郎資料』。元々は北川太一先生が、昭和35年(1960)から平成5年(1993)にかけ、不定期で刊行されていたものです。結局、36号で休刊という形になっていました。初期の頃はガリ版刷りで、先生が高校に勤務されていた頃の教え子の方々、北斗会の皆さんがお手伝いなさって作られていました。
内容は多岐に亘り、一度目の『高村光太郎全集』の補遺、没後年譜、索引類、同時代の光太郎評、その他さまざまな光太郎関連資料が載せられていました。それらの成果は後に文治堂書店から刊行された『高村光太郎資料』全六巻や、二度目の『高村光太郎全集』、それから『連翹忌五十年』という書籍などに反映されています。
その伝統ある『光太郎資料』の名跡をお譲り頂き、幸い「好きにやってよい」というお墨付きも頂きましたので、もちろんアドバイスを賜りながらですが、本年4月に『光太郎資料37』を刊行いたしました。内容としては、以下の通りです。
よろこびを告ぐ 『光太郎資料』の新生について 北川太一
「光太郎遺珠」から 欧米留学をめぐって
光太郎回想・訪問記 高村光太郎 父光雲をいたわる神々しい姿 大悟法利雄
光雲談話筆記集成 『明治会見記』より
昔の絵葉書で巡る光太郎紀行 月寒牧場(北海道・札幌)
音楽・レコードに見る光太郎 歩くうた(一)
高村光太郎初出索引(一)
編集後記
「光太郎遺珠」から 欧米留学をめぐって
光太郎回想・訪問記 高村光太郎 父光雲をいたわる神々しい姿 大悟法利雄
光雲談話筆記集成 『明治会見記』より
昔の絵葉書で巡る光太郎紀行 月寒牧場(北海道・札幌)
音楽・レコードに見る光太郎 歩くうた(一)
高村光太郎初出索引(一)
編集後記
メインは「「光太郎遺珠」から」。以前にも書きましたが、二度目の『高村光太郎全集』完結後、さらに見つかった光太郎作品を「光太郎遺珠」として紹介し続けています。しかし、年1回、見つかったものから順にどんどん載せていますので、内容的にはバラバラです。そこで、テーマや関連事項ごとに分類、再構築し、画像や関連資料を交え、紹介するものです。
さて、『光太郎資料38』を今、製作中です。とりあえず、年2回の刊行ということにしました。編集の手間だけを考えれば季刊程度は可能なのですが、非売ですので、制作費や郵送料等すべて持ち出し、出せば出すほど赤字という状態となり、年2回が限界です。そこで、1回は連翹忌に合わせて4月2日、もう1回は智恵子の命日、レモン忌に合わせて10月5日の発行と設定しました。次号のラインナップは以下の通りです。
「光太郎遺珠」から 新詩社・『スバル』・パンの会・そして『白樺』
光太郎回想・訪問記 「魔の宴」(抄)その一 木村荘太
光雲談話筆記集成 『漫談 江戸は過ぎる』より(一)
昔の絵葉書で巡る光太郎紀行 十和田湖とその周辺(青森)
音楽・レコードに見る光太郎 歩くうた(二)
高村光太郎初出索引(二)
編集後記
光太郎回想・訪問記 「魔の宴」(抄)その一 木村荘太
光雲談話筆記集成 『漫談 江戸は過ぎる』より(一)
昔の絵葉書で巡る光太郎紀行 十和田湖とその周辺(青森)
音楽・レコードに見る光太郎 歩くうた(二)
高村光太郎初出索引(二)
編集後記
前振りが長くなりましたが、メインの「「光太郎遺珠」から」で、新詩社、雑誌『スバル』や『白樺』、そしてパンの会関連の新資料をまとめました。そこで関わってくる人々がやはり多士済々、錚々たるメンバーなので、梁山泊に思い至ったのです。
この38号は連翹忌の御案内を差し上げている方には当方から発送します。また、37号もそうしましたが、光太郎と関連のありそうな全国の文学館、美術館、大きな図書館などにも勝手に送ります。この「勝手に送る」というのが北川先生の頃からの伝統でして、それを踏襲しています。
この38号は連翹忌の御案内を差し上げている方には当方から発送します。また、37号もそうしましたが、光太郎と関連のありそうな全国の文学館、美術館、大きな図書館などにも勝手に送ります。この「勝手に送る」というのが北川先生の頃からの伝統でして、それを踏襲しています。
それ以外に37、38とも、欲しいという方はご連絡ください。送料のみ頂く形でお分けいたします。