昨日に続き、骨董市ネタです。
 
数年前のことでした。市に参加しているある店の店頭に、額に入れられた「光太郎の葉書」が並んでいました。葉書ですので表裏になっていますが、裏面(文面)の方がこちらに向けてあり、表面(宛名面)の方はコピーで横に並べてあります。
 
山梨出身のマイナーな詩人・野沢一(はじめ)にあてたもので、『高村光太郎全集』には2通、山梨県立文学館所蔵のものが掲載されています。実際に同館でそれを見たこともありました(細かな文面までは頭に入っていませんでしたが)。そこで、「野沢宛か、あってもおかしくないな。」と思いました。書かれている内容も野沢の質問に対しての解答になっており、筋が通っています。筆跡も問題なさそうです。
 
値段を訊いてみると、「額付きで5万円」とのこと。まあ、妥当な値段です。さすがに財布に5万円は入っていませんし、こんな所ではカード払いなど不可能です。しかし、会場になっている神社の近くにコンビニがあったので(今は閉店してしまいましたが)、そこのATMから下ろせば何とかなります。その時点では、もう半分以上買う気になっていました。
 
もう少し確認しようと、店主に頼み、額から出して貰い、手に取ってみました。すると、額のガラス越しの時には感じなかった違和感。形的には見慣れた光太郎の筆跡ですが、どうにも筆跡に力がないのです。うまくいえませんが、光太郎の筆跡に接した際に感じられるオーラのようなものが漂ってこない、ということです。この時点で、だいぶ疑いが濃くなりました。
 
裏返して宛名面を見てみると、更におかしなことが。消印がないのです。消印がないということは、投函されていないということですね。なぜ投函されていないのか、と考えれば、答えはこれが偽物だから、です。
 
消印がないからといって、一概に偽物とは言えません。実際、消印がない本物も存在します。直接手渡したか、他の何かと一緒に封書や小包にして送ったかであれば、消印はなくてもおかしくはないので。しかしこの葉書は筆跡が弱すぎる。結局買うのはやめました。
 
逆に、消印が押してある偽物も見たことがあります。というか、現在も他の方のブログで、我が家の家宝です、みたいに紹介されています。これはどうみても筆跡が違うし、内容もおかしいし、何より光太郎の住所が間違っています。ここまで来ると程度が低すぎてすぐわかります。ただ、どうして消印が押してあるのかは謎ですが。
 
家に帰って、調べてみたところ、例の葉書に書かれていた内容は、現存する野沢宛2通の内の1通と同じでした。誰かが未使用の古い葉書に光太郎の筆跡を巧妙に真似て、書き写したということでしょう。偽物は今までに何点か見ましたが、筆跡を真似る技術では、これが一番でした。ある意味、すごい才能です。でもいかんせん、書かれた文字に「力がない」。それでも形はそっくりです。こういう才能をもっと他の部分で使うことはできないのでしょうか……。悲しくなります。
 
手前ミソになりますが、だまされなかった自分の眼力をほめたくなりました。テレビ東京系の「開運!なんでも鑑定団」という番組、よく見ているのですが(ちなみに5月のオンエアで光雲の弟子筋にあたる木彫家の作品が出ており、興味深く拝見しました)、「鑑定士」と称する人がよく「力がない」ということを言っています。この経験をするまで、「ほんとかよ」と思っていました。しかし、わかるものなんですね。実感しました。

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