3月17日(木)、田町の日本建築学会図書館さんをあとに、上野に向かいました。目指すは上野の森美術館さん。こちらでは現代アートの「VOCA展2022 現代美術の展望―新しい平面の作家たち―」が開催中です。ちなみに周囲では早咲きの桜がちらほら、というところでした。
会場に入ってすぐ、VOCA佳作賞に輝いた谷澤紗和子さんの作品「はいけい ちえこ さま」。
思ったより大きな作品でした。
上段中央の作品。智恵子の紙絵がモチーフです。折り紙を折りたたんでハサミで切り込みを入れ、広げて出来るシンメトリーの作品。この手の作品の中では有名なものの一つです。
単に智恵子紙絵の模作ではなく、中央に小さな顔が配されていました。それから、他の作品もすべてそうですが、フレームは旧い家屋から採った廃材だそうで。中には金具がそのままついているものもありました。古い家制度の象徴、といったところなのだろうと思いましたが、はたして後ほど購入した図録に載っていた審査員諸氏の選評にもそのように書いてありました。
上段右の作品は、雑誌『青鞜』明治45年(1912)第2巻第1号から第3号にかけて使われた、智恵子筆の表紙絵を元にしています。かつてはスズランと言われていましたが、福島県立美術館さんの学芸員をなさっている堀宜雄氏のご指摘ではスズランではなくアマドコロ。当方もその通りだと思っております。下段中央の作品。やはり智恵子の紙絵が元ネタで、元々の作品は封筒を分解して開いて台紙とし、赤い蟹の紙絵が貼られています。その蟹が「NO」の文字に。何に対してのNOなのでしょうか。ある意味、モラハラに近かった光太郎に? 世間一般の智恵子評に? 智恵子自身が智恵子自身の作品世界に? いろいろ考えさせられました。
下段左の作品。これも智恵子紙絵を元にしたと思われますが、これについてはどの紙絵をあしらったのか、よくわかりませんでした。そしてやはり紙絵模作だけでなく、文字。大正15年(1926)4月の雑誌『婦人の友』に載った智恵子のアンケート回答「新時代の女性に望む資格のいろいろ」の一節です。
あなた御自身、如何なる方向、如何なる境遇、如何なる場合に処するにも、たゞ一つ内なるこゑ、たましひに聞くことをお忘れにならないやう。この一事(いちじ)さへ確かならあらゆる事にあなたを大胆にお放ちなさい。
それは最も旧く最も新しい、生長への唯一の人間の道と信じます故。
限りのない細部に就てはのぞみきれませぬ。
このあたりがオマージュの難しさで、審査員諸氏、こういう文章の中の一節をここに持ってきているんだ、というのがわかって審査されているのかどうか……。あるいは会期中にこの作品を見る観客のうち果たして何人がそうだと分かるのか……。別に批判している訳ではないのですが……。
そこで誰にでも分かるように、ということでしょうか、谷澤さんから智恵子への手紙が配された作品が2点。
下段右の作品。はじめ、元になった智恵子の紙絵が何だったかわからなかったのですが、どうもこれも有名な柘榴の紙絵でした。
網状にかぶせられているのが、谷澤さんから智恵子へのメッセージです。ある意味、超絶技巧、一枚の紙から切り出したもののようです。
そして上段左の作品、切り出したこの文字を他の紙の上に置き、金色の塗料を吹きつけています。それが箱の包装紙の模様。事前に見ていた公式サイトの小さな画像では、このあたりが全く分かりませんで、実際に見て舌を巻きました。
ちなみに元ネタとなった智恵子の紙絵は、光太郎からの見舞い品である千疋屋さんの包装紙がそのまま使われており、千疋屋さんのロゴまで分かるものです。
先ほどもちらっと触れた、図録に掲載された審査員諸氏の選評。
出品一覧。
申し訳ありませんが、このブログでは、他の出品作に触れる余裕がありません。他に光太郎智恵子、光雲からのインスパイア作品等はなかったようですし。
さて、「VOCA展」。次回が30回目だそうで、同展メインスポンサーである日比谷の第一生命さんで回顧展的な展示も為されています。
ところで、どうでもいいのですが、会場の第一生命さん本社ビル、階上の本社では、当方の息子が働いております(笑)。この手のメセナとは全然関係のない部署だそうですが(笑)。
閑話休題、上野の森美術館さんは3月30日(水)まで。コロナ感染には十分お気をつけつつ、ぜひ足をお運びください。
【折々のことば・光太郎】
(協定書、28年8月完成、百萬円今年、28年1月百萬円、完成時百萬円、据付迄作者負担、台の工事は県負担、)
生涯最後の大作、「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」に関する、発注元の青森県との協定書の要旨です。ギャラが合計300万円。当時の物価としては、例えばこの年11月の大卒国家公務員六級職の初任給が7,650円、やはりこの年に刊行された中央公論社版『高村光太郎選集』第二巻(B6判上製函入り374ページ)の定価が380円でした。
会場に入ってすぐ、VOCA佳作賞に輝いた谷澤紗和子さんの作品「はいけい ちえこ さま」。
思ったより大きな作品でした。
上段中央の作品。智恵子の紙絵がモチーフです。折り紙を折りたたんでハサミで切り込みを入れ、広げて出来るシンメトリーの作品。この手の作品の中では有名なものの一つです。
単に智恵子紙絵の模作ではなく、中央に小さな顔が配されていました。それから、他の作品もすべてそうですが、フレームは旧い家屋から採った廃材だそうで。中には金具がそのままついているものもありました。古い家制度の象徴、といったところなのだろうと思いましたが、はたして後ほど購入した図録に載っていた審査員諸氏の選評にもそのように書いてありました。
上段右の作品は、雑誌『青鞜』明治45年(1912)第2巻第1号から第3号にかけて使われた、智恵子筆の表紙絵を元にしています。かつてはスズランと言われていましたが、福島県立美術館さんの学芸員をなさっている堀宜雄氏のご指摘ではスズランではなくアマドコロ。当方もその通りだと思っております。下段中央の作品。やはり智恵子の紙絵が元ネタで、元々の作品は封筒を分解して開いて台紙とし、赤い蟹の紙絵が貼られています。その蟹が「NO」の文字に。何に対してのNOなのでしょうか。ある意味、モラハラに近かった光太郎に? 世間一般の智恵子評に? 智恵子自身が智恵子自身の作品世界に? いろいろ考えさせられました。
下段左の作品。これも智恵子紙絵を元にしたと思われますが、これについてはどの紙絵をあしらったのか、よくわかりませんでした。そしてやはり紙絵模作だけでなく、文字。大正15年(1926)4月の雑誌『婦人の友』に載った智恵子のアンケート回答「新時代の女性に望む資格のいろいろ」の一節です。
あなた御自身、如何なる方向、如何なる境遇、如何なる場合に処するにも、たゞ一つ内なるこゑ、たましひに聞くことをお忘れにならないやう。この一事(いちじ)さへ確かならあらゆる事にあなたを大胆にお放ちなさい。
それは最も旧く最も新しい、生長への唯一の人間の道と信じます故。
限りのない細部に就てはのぞみきれませぬ。
このあたりがオマージュの難しさで、審査員諸氏、こういう文章の中の一節をここに持ってきているんだ、というのがわかって審査されているのかどうか……。あるいは会期中にこの作品を見る観客のうち果たして何人がそうだと分かるのか……。別に批判している訳ではないのですが……。
そこで誰にでも分かるように、ということでしょうか、谷澤さんから智恵子への手紙が配された作品が2点。
下段右の作品。はじめ、元になった智恵子の紙絵が何だったかわからなかったのですが、どうもこれも有名な柘榴の紙絵でした。
網状にかぶせられているのが、谷澤さんから智恵子へのメッセージです。ある意味、超絶技巧、一枚の紙から切り出したもののようです。
そして上段左の作品、切り出したこの文字を他の紙の上に置き、金色の塗料を吹きつけています。それが箱の包装紙の模様。事前に見ていた公式サイトの小さな画像では、このあたりが全く分かりませんで、実際に見て舌を巻きました。
ちなみに元ネタとなった智恵子の紙絵は、光太郎からの見舞い品である千疋屋さんの包装紙がそのまま使われており、千疋屋さんのロゴまで分かるものです。
先ほどもちらっと触れた、図録に掲載された審査員諸氏の選評。
出品一覧。
申し訳ありませんが、このブログでは、他の出品作に触れる余裕がありません。他に光太郎智恵子、光雲からのインスパイア作品等はなかったようですし。
さて、「VOCA展」。次回が30回目だそうで、同展メインスポンサーである日比谷の第一生命さんで回顧展的な展示も為されています。
期 日 : 2022年3月11日(金)~11月30日(水)
会 場 : 第一生命ロビー
東京都千代田区有楽町1-13-1 第一生命保険株式会社 日比谷本社ビル1F
東京都千代田区有楽町1-13-1 第一生命保険株式会社 日比谷本社ビル1F
時 間 : 8:00~20:00
休 館 : 期間中無休
料 金 : 無料
VOCA展の30周年を前に、第一生命が所蔵するこれまでのVOCA賞作品を一堂に会し紹介いたします。
(一部の作品は展示されない期間があります。2022年VOCA賞作品は4月以降に展示します。)
これまでの大賞(VOCA賞)作品のほとんどが出ているそうです。フライヤー裏面には、昨年のVOCA賞受賞作《上野山コスモロジー》。光雲の木彫代表作「老猿」もモチーフに使われています。ところで、どうでもいいのですが、会場の第一生命さん本社ビル、階上の本社では、当方の息子が働いております(笑)。この手のメセナとは全然関係のない部署だそうですが(笑)。
閑話休題、上野の森美術館さんは3月30日(水)まで。コロナ感染には十分お気をつけつつ、ぜひ足をお運びください。
【折々のことば・光太郎】
(協定書、28年8月完成、百萬円今年、28年1月百萬円、完成時百萬円、据付迄作者負担、台の工事は県負担、)
昭和27年(1952)7月5日の日記より 光太郎70歳
生涯最後の大作、「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」に関する、発注元の青森県との協定書の要旨です。ギャラが合計300万円。当時の物価としては、例えばこの年11月の大卒国家公務員六級職の初任給が7,650円、やはりこの年に刊行された中央公論社版『高村光太郎選集』第二巻(B6判上製函入り374ページ)の定価が380円でした。