京都から企画展示情報です。
いわゆる「超絶技巧」系の工芸を中心とした清水三年坂美術館さん。木彫のコレクションも充実していて、これまでも光太郎の父・光雲作品を複数展示した企画展をたびたび開催して下さいました。
平成23年(2011) 「帝室技芸員series3 彫刻 高村光雲と石川光明」
平成27年(2015) 「明治の彫刻」
令和元年(2019) 「帝室技芸員の仕事 彫刻編」
今回も光雲作品、複数並ぶことと思われます。「主な出品作」として挙げられているのが「月宮殿」(大正7年=1918)。愛らしい作品ですね。
他にも関西方面で見ておきたいもろもろがありまして(おいおい紹介しますが)、来月末くらいに拝見に伺おうかと思っております。
コロナ感染には十分お気をつけつつ、皆様もぜひどうぞ。
【折々のことば・光太郎】
今夕公民館にモンブランの演奏会ある由にて一旦菊屋にかへり、公民館にゆく。九時過終わる。 菊屋にかへり、吉田幾世さん他三四人と演奏会の話、
「モンブラン」は、フランスのヴァイオリニスト、レイモン・ガロワ=モンブラン。東宝映画「花の中の娘たち」の音楽を担当し、この年と翌年、来日していました。
佐藤隆房編『高村光太郎山居七年』から。
その日、県公会堂で音楽会が開かれていました。全国主要都市で演奏をし、盛岡に来たモンブラン一行のフランス演奏団の音楽会です。幾世さんは職員にも頼み、いろいろ探してやっと切符一枚を得て先生に上げましたところ大変喜び、急いで会場に車を走らせました。会場の係の人が気をきかせて、一番いい席へ先生を案内しました。
久しぶりにフランス人の演奏をきくことのできた先生は、いいようのない興奮の中にジイッときき入っておったのですが、終ると感激の拍手をおくり、しばらくは席にじっとしていたということです。
菊屋旅館に夜九時頃帰りました。そして何か輝かしい目をしながら幾世さんたちに「モンブランに感謝の挨拶をしたかったです。僕はフランス語もできるし。だがこの服装では失礼になるので出ることはできなかった。」とまことに残念そうにいいました。
あとで、モンブラン一行の人が、「あの前の席にいたおじいさんの熱心なききぶりは普通の人ではない、余程すぐれた人にちがいない。」ともらしていたということです。
単にガタイがでかくて目立っただけのような気もしますが(笑)。
明治・大正時代の木彫
期 日 : 2022年3月5日(土)~5月29日(日)
会 場 : 清水三年坂美術館 京都市東山区清水寺門前産寧坂北入三丁目337-1
時 間 : 10:00~17:00
休 館 : 月・火曜日(但し、祝日は開館)
料 金 : 一般800円/大学・高校・中学生500円/小学生300円
日本では古くから木製の仏像・置物・細工物などが盛んに作られてきました。明治は社会変動に伴い、それら木彫を取り巻く環境が変化した時代です。とくに西洋の「美術」および「彫刻」といった概念の流入は、木彫界にも大きな影響を及ぼしました。帝室技芸員として知られる高村光雲・石川光明らはこの激動の時代に台頭し、明治から大正にかけて指導的役割を果たしました。
明治・大正時代には、木彫の近代化を目指して様々な試みがなされた一方、前近代から存続してきた置物や細工物の世界においても森田藻己の木彫根付など、高い技術力を駆使した名品が作られました。また光雲・光明・藻己ら東京を拠点とした作家のみならず、大阪などの地方でも木彫の作家たちが活躍しました。
このたびの展示では、当館が誇る近代の細密工芸のコレクションから、多彩な顔ぶれによる木彫作品を紹介します。幅広い近代の木彫の世界をどうぞお楽しみください。
◆主な出品作品明治・大正時代には、木彫の近代化を目指して様々な試みがなされた一方、前近代から存続してきた置物や細工物の世界においても森田藻己の木彫根付など、高い技術力を駆使した名品が作られました。また光雲・光明・藻己ら東京を拠点とした作家のみならず、大阪などの地方でも木彫の作家たちが活躍しました。
このたびの展示では、当館が誇る近代の細密工芸のコレクションから、多彩な顔ぶれによる木彫作品を紹介します。幅広い近代の木彫の世界をどうぞお楽しみください。
《鍾馗》石川光明(1852~1913) 高 21.6㎝/大正2年(1913)
《月宮殿》高村光雲(1852~1934) 高 11.3㎝/大正7年(1918)
《龍自在置物》穐山竹林斎(1891~1937) 長 68.0㎝
《根付 薪束》森田藻己(1879~1943) 3.0×5.5×3.7㎝
《童と犬》山崎朝雲(1867~1954) 童 41.5×15.0×22.0cm 犬 15.5×20.5×18.0㎝ 大正8年(1919)
平成23年(2011) 「帝室技芸員series3 彫刻 高村光雲と石川光明」
平成27年(2015) 「明治の彫刻」
令和元年(2019) 「帝室技芸員の仕事 彫刻編」
今回も光雲作品、複数並ぶことと思われます。「主な出品作」として挙げられているのが「月宮殿」(大正7年=1918)。愛らしい作品ですね。
他にも関西方面で見ておきたいもろもろがありまして(おいおい紹介しますが)、来月末くらいに拝見に伺おうかと思っております。
コロナ感染には十分お気をつけつつ、皆様もぜひどうぞ。
【折々のことば・光太郎】
今夕公民館にモンブランの演奏会ある由にて一旦菊屋にかへり、公民館にゆく。九時過終わる。 菊屋にかへり、吉田幾世さん他三四人と演奏会の話、
昭和27年(1952)3月30日の日記より 光太郎70歳
「モンブラン」は、フランスのヴァイオリニスト、レイモン・ガロワ=モンブラン。東宝映画「花の中の娘たち」の音楽を担当し、この年と翌年、来日していました。
佐藤隆房編『高村光太郎山居七年』から。
その日、県公会堂で音楽会が開かれていました。全国主要都市で演奏をし、盛岡に来たモンブラン一行のフランス演奏団の音楽会です。幾世さんは職員にも頼み、いろいろ探してやっと切符一枚を得て先生に上げましたところ大変喜び、急いで会場に車を走らせました。会場の係の人が気をきかせて、一番いい席へ先生を案内しました。
久しぶりにフランス人の演奏をきくことのできた先生は、いいようのない興奮の中にジイッときき入っておったのですが、終ると感激の拍手をおくり、しばらくは席にじっとしていたということです。
菊屋旅館に夜九時頃帰りました。そして何か輝かしい目をしながら幾世さんたちに「モンブランに感謝の挨拶をしたかったです。僕はフランス語もできるし。だがこの服装では失礼になるので出ることはできなかった。」とまことに残念そうにいいました。
あとで、モンブラン一行の人が、「あの前の席にいたおじいさんの熱心なききぶりは普通の人ではない、余程すぐれた人にちがいない。」ともらしていたということです。
単にガタイがでかくて目立っただけのような気もしますが(笑)。