現代アートのインスタレーションです。

あどけない空#2 The artless sky #2

期 日 : 2021年10月8日(金)~10月30日(土)
会 場 : CLEAR GALLERY TOKYO 東京都港区六本木7-18-8
時 間 : 12:00~18:00
料 金 : 無料
休 館 : 日曜日、月曜日

この度CLEAR GALLERY TOKYOでは、来田広大による「あどけない空 #2」展を開催いたします。

来田広大は、国内外各地でのフィールドワークをもとに、絵画やインスタレーション、野外ドローイングなどを展開し、身体的経験を通じた作品を制作・発表しています。来田は定着のしないチョークを主要な画材として使用し、手/指で描いていきます。描かれているモチーフは実際に訪れた風景であったり具象的なイメージでありながら、ためらいや、恐怖、興奮といった作家の感情の形跡を伴った躍動感のあるストロークが、遠い距離にあった鑑賞者の視点を、画面の近くまで引き寄せ、「来田の見ていた風景」を観ていたはずの意識を、描いている作家側へとフォーカスしてさせていきます。

本展は、高村光太郎の詩集「智恵子抄」の一節「あどけない話」に着想を得て福島の空を描いた「あどけない空」(2020)の連動した作品として、来田が2021年夏に屋上で東京の空をトレースしていくところを記録した映像作品と、平面作品を発表いたします。この機会にぜひご覧いただけましたら幸いです。

作者の言葉

本作は、高村光太郎の詩「あどけない話」(詩集「智恵子抄」に掲載)をもとに制作している。
精神病を患い闘病中であった智恵子が夫の光太郎に向かって、「東京には空がない」、「あたたら山の『ほんとの空』が見たい」と語ったという詩である。(智恵子は安達太良山がある福島県二本松市出身)

2020年の夏、私は智恵子のいう『ほんとの空』をこの目で確かめるために安達太良山に登り、そこで見た空や自身の登山の経験をもとに作品を制作した。(同年いわき市内のギャラリーにて発表)
そして、東京での開催となる本展では、東京の街でフィールドワークをおこない、東京の空と安達太良山の空を対比することを試みる。

私たちを取りまく環境において、場所との関わりや場所に対する記憶は曖昧で不確かなものであり、それは各々が持つアイデンティティにも起因する。移動や外出が制限され、人との距離や場所との関わりに変化が生じつつある現代において、『ほんとの空』とはどのような意味を持ち、何を表象しているのだろうか。

雲のように移り変わり、消え去っては立ち上がる風景の記憶の断片を、対象に直接触れるように画面上に重ねていく。
この詩を読む人がそれぞれの空を想像するように、それぞれが想いを馳せることのできる空が描ければと思う。 

来田広大
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来田氏、昨年12月から今年1月にかけ、いわき市のギャラリー昨明(caru)さんで、「来田広大個展「あどけない空」KITA Kodai Solo Exhibition “Candid Sky”」を開催されていたそうで、それに続くチャプター2、ということだそうです。いわきでの告知には「高村光太郎」「智恵子」「ほんとの空」といったワードが入っていませんでしたので、こちらの検索の網に引っかかりませんでした。
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昨日ご紹介した演劇「金魚鉢の夜」にしてもそうですが、若い方々が光太郎智恵子の世界観にインスパイアされている現状を喜ばしく存じます。

当方もうかがうつもりでおりますが、皆様もぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

朝弘さん栗もち持参、雪ふかき由、明日花巻よりペニシリンを買つてきてくれる由につき2000円渡し。


昭和26年(1951)1月2日の日記より 光太郎69歳

「弘さん」は、光太郎が蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村の山小屋近くの開拓団の青年。この頃になると、抗生物質も入手しやすくなっていたのですね。おそらく智恵子と同時期に結核に罹患したはずの光太郎も、元々身体頑健ということもあったでしょうが、医薬品類の普及で永らえた部分があったように思われます。